黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息と訳あり令嬢の学園生活

王子の仕事

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場所を移して、アザーレアは改めて語り始めた。

「さっき、私とデイビィが一緒に賊とやりあった事は話しただろう?その時、救援に私の兄、当時だだの第一王子だった今の王太子が駆けつけて来てな。倒れた賊の回収なんかを手伝ってくれたんだが、城に帰ってから様子がおかしくて、聞いたら流浪の民に一目惚れしてしまったと言うんだ。その時は復興に助力してくれた商団にも何人か女性はいたんで、それだと思ってあまり深くは考えなかったんだが…」

砂漠化の進む地域の立て直しに尽力した流浪の商団を、国王は国を上げて歓迎し労いの宴を催すと言い出した。
王子の探し人も、城の宴に招待した客の中に居るのならまた会えるだろうと誰もが疑わずに特に探しもしせず、王子も宴に出れば必ず会えると信じて、多くは語らなかった。

「それが悲劇の始まりだったんだ…」
「悲劇?」

王子の思いつきで、招待客の女性に即興でダンスを教えることになり指導者を集めていたら、王子が黒髪の者には必ずアザーレアが教えるようにと言い出した。
ここで違和感を覚えれば良かったものの、大雑把な性格のアザーレアは、何も考えず商団の中にいた唯一の黒髪、デイビッドにも同じダンスの指導をしてしまったという。

「あらかた様になって来たところで気になって聞いてみたんだ。なんで男のくせに女性のステップなんか覚えたいんだって…そしたら余興で踊れるようになれと言われただけで、ステップは本気で知らずに覚えていたと言われて…普通無いだろそんな事!だから急いで専門講師に頼んで改めて一から叩き込んでもらったんだ。」

ところが、いざ宴の席になってみると、長身者の多いエルムでは身長差があり過ぎて女性相手でもデイビッドでは背が足りなくなってしまう。
仕方なく12歳だった末の姫君と踊ることになったが、相手はなんと目が見えないと来た。

「末のルルーは喜んでいたんだ…目の事には一切触れず、楽しい話をしてくれたと。会場のテーブルでグラス集めてグラスハープなんか始めてな。音階を作って2人で楽しそうだった。人の集まる場所でルルーが初めて笑ったのを見て、改めて感心させられた…まぁその話は置いておくとして…」

この時、デイビッドは損な役割とまで言われた末姫の相手をしてくれる貴重な人材程度にしか思われていなかった。

王子が目当ての女性が居ないと騒ぎ出したが、どれだけ探しても該当する女性は見つからず、夜も更けて宴もお開きになる頃、姫はとっくに部屋に帰されていて同時にデイビッドも下がってしまっていた。

翌朝、再び捜索が開始されたが、その間に商団は国王への挨拶を済ませ帰り支度を始めていた。
兄が使い物にならないので、アザーレアが改めて詳しく話を聞くと、アザーレアの横で賊を相手に剣を振るう黒髪に鋭い切れ長の小麦色の肌の女が確かにいたと言う。

「なんか嫌な予感しかしませんね…」
「その通り、兄が惚れた女なんて始めから居なかったんだ…兄はずっとデイビッドを女と思い込んで恋焦がれていたんだからな!」
「「どっかで気づけよ!!」」
「なんて不幸な…」
「誰も知らなかったんだ!兄がふくよかで頼り甲斐のある女性が好みだったなんて!」

度重なる戦乱を越えて大きく発展した帝国だからこそ、王の隣はただ守られるだけの細君では務まらないのだろう。
それにしてもあまりにも残念な話である。

「あの…ひとついいですか?」
「なんだ?エリック。」
「どうやってアレを女性と間違えたんですか?!」
「そこなんだよ!」

砂漠側は砂塵が多いので、皆厚手のローブを羽織っていて体格が分かりにくい。
おまけにデイビッドは当時から既に髪もそこそこ長かった。
王子が見たのは丁度戦い終わってフードを払い、解いた髪を結い直そうとかき上げた瞬間だったらしい。
王子は目が合ったと言っていたがそれも定かではない。

「それに、14の時はもう少し幼い顔立ちだったんだ。」
「まぁ…それはそう?」
「ずっとあの顔な訳ないですもんね。」
「全然想像つかないけど。」

情報を繋ぎ合わせてやっと判明した事実は、王子の盛大な勘違い。
もうこの際男でもいいから連れて来いと言い出した頃には、商団はとっくに帝国を出た後だった。

「そこから兄は三月は使い物にならなくなった。」
「よっぽどショックだったんでしょうね…」
「信じられない事に、兄はその時脳裏に焼き付いたアイツの姿が未だに理想の女性像のままなんだ。」
「まさか…それでご結婚されていないのですか…?エルムの王太子殿下は…」
「……そうだ……」
「不幸を通り越して最早地獄ね。」

そういう理由もあって、エルムの王太子はラムダ国と友好関係は保とうとするものの、気恥しさから本人は決して国境を越えては来ないそうだ。

「そりゃ気まずいわ…」
「惚れた相手がただの巨漢だったなんて事ありますか普通?!」
「壮大なコメディを一冊読んだ気分ですね。」
「そもそも流浪の女性と王子様で一緒になれるものなんですか?」
「帝国は側妃も多いんだ。私の母も諸国を巡る剣士で、帝国に雇われたところ王に見初められて召し上げられた口だからな。何も珍しいことではないのさ。」
「帝国は自由な国風なのですね。」

ヴィオラは納得したようだったが、自由で括るには少し荒っぽ過ぎはしないかと思う3人だった。


「なんか…あっちは楽しそうな話してるぞ?!行ってみないか?!」
「あ゙ぁ?楽しくねぇよ!」
「アザーレア様にアリスティアもいるし…外交も必要…」
「今してきたろうがよ!?」
「あれは外交じゃなくて粛清では…」
「検問が仕事しねぇで賄賂が動いてりゃそうなるだろ!」
「だって…せっかくのパーティーなのに…」
「主役は妹だろ?!お前はここで王女の露払いくらいしてみせろ!」

アーネストを捕まえたデイビッドは、アザーレアから受け取った帝国側で検問に関わる貴族と、周辺の金の流れの調査結果から、ラムダ国内で怪しい動きのあった家門と決定的な証拠の上がった人物を、片っ端から引っ張って来ては容赦無く叩き潰していた。

「だいたい、あの程度が粛清なもんかよ。たかが6人、実際しょっ引いたのは2人だけで、後は全員釘刺して開放したろ?!」
「急所に一撃叩き込んだの間違いでは…?」
「口先だけで手は出してねぇんだから大した事ねぇよ!本来はお前の部下がする仕事だ!もっと周り固めとけよ。現国王はそこんとこ人材だけは揃えてるぞ。」
「そんなに言うなら…デイビッドが…」
「それ以上口にしたら、ここで縁を切る。」
「イヤだぁ…」

休憩用の個室で、デイビッドが集めた証拠を見返しながら関係者を洗い直している間、アーネストはひたすら泣き言をこぼしていた。

「残りは大した相手でもねぇだろうな。見落とした事にすら気付かなかったアホ役人共にでも押し付けちまえ。」
「なぁ…なんで城仕えは嫌がるのに、僕の仕事は手伝ってくれるんだ?」
「俺は自分の周辺被害の収拾に来ただけだ。」
「お前、凄いな!ここまで私利私欲で動いてるくせに、どうやったら国家交流と交易汚職事件の解決になるのかむしろ謎だ!」
「一石二鳥でいいだろ!ちょっと黙ってろ!」

絶え間なく動く友人の手元を眺めながら、アーネストは何か言いたそうにずっと下を向いていた。
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