黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息と訳あり令嬢の学園生活〜怒涛の進学編〜

土曜日のタマネギ

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三学期は一番短い分忙しい。
何せ進学や卒業を賭けた生徒達が、皆必死に勉強をしているのだ。
ヴィオラも2年生には上位クラスを狙おうと、仲間達と放課後も励んでいた。

昼に顔を出さない事もあり、デイビッドともすれ違う時間が増えていく。
それでも夕食には必ず間に合うよう研究室に来ていたが、今度はデイビッドが研究で遅くなることが多くなり、エリックとシェルリアーナに迎えられるが、ヴィオラは段々寂しさが募ってきた。
(会いたいな…一緒にご飯が食べたい…)



土曜日の午前中、デイビッドの担当する科目はランダムに授業が入っている。
語学初日、教員室に呼ばれたデイビッドは、ほとんど顔も忘れていた教師のステイシーに放り出すように本の束を渡された。

「あの…これは?」
「アデラ語の教材ですが?早くお持ちになって下さい。生徒が待っていますよ?」
「はぁ…これ使うんで…あ、もういねぇ…」

デイビッドを嫌う貴族出身教師の筆頭ミス・ステイシー。
家名は名乗られたことがないので知らない。
相変わらず蛇蝎の如く嫌われている。

デイビッドは上の一冊を手に取り、パラパラめくってげんなりした。
(20年以上前のしかもエルム経由のテキストかよ…使えねぇな…)

嫌々教室へ入ると、各学科バラバラに希望者達が集まり席についていた。
全員教員室で渡された物と同じテキストを持っている。
中の空気がピリピリして居心地は悪い。

「えー…と…ひとまず授業の前に聞きたいんだが…この本はいつから使ってる?」
「淑女科は二学期の終わりからです。」
「政務科は冬休み前に配布されました。」
「商業科は先週もらいました。」
「領地経営科もです…」

デイビッドは少し頭を抱えてしまった。

「そうか…残念な話だが…現在この本の中身はほとんど役に立たないと思え…」
「そんな…!」
「冗談でしょう?!」
「いや?なんなら使ったが最後なNGワードも入った粗悪品だ…なんで教師は気づかなかったんだ?」
「語学とマナーに厳しいステイシー先生が選んだエルムの教材ですよ?!」
「20年も前のな。当時アデラは発展途上で、今より地位が低くて文化も正確に伝わってなかったんだ。特にエルムとはあんまり仲が良くなかったから余計に雑な編集がされてる。この本は中でも特に質が悪いな…今から15年前に王権が代わって今のアデラになった際、言語や文字の再考もされてる。はっきり言ってこのままアデラなんぞ行った日にゃ大恥かいて国際問題まっしぐらだぞ?!」

教室はざわめき、生徒達は皆狼狽えていた。

「そんな…どうしたらいいんですか?」
「教材は新しいの選び直してやるから、今日の所は一番やっちゃいけないポイントだけ押さえて終わりにするか…」

幸いな事に単語や文法はそこまで変わらないので、後は日常会話の注意点などを説明すると、皆真剣にノートを取っていた。

「挨拶の前に付いてた短い単語は何があっても使うなよ?」
「何故ですか?」
「ニ代前の旧体制時代の国王を讃える略語なんだが…コイツがエライ暴君で当時アデラの衰退はほとんどコイツのせいなんだよ…今では暗黒時代として語る事も憚られてる。アデラ人に対してかなり尊厳を傷付ける発言になるから気をつけろ?!」
「一番に覚えなさいって言われた単語なのに…」
「私…アデラの人に使っちゃった…だから機嫌損ねちゃったんだぁ…」
「あぁ…それはもうご愁傷様としか…商談だの貴族間のやり取りで使ったら命取りと思え…まぁ教訓にするしかねぇな。」

その他にも細かな作法や、流行りの挨拶などを教えると、皆集中して聞いていた。

「デイビッド先生の発音はステイシー先生とは少し違いますね。」
「あー…上擦るような若干斜めに上がってく発音だろ?帝国訛りがきついとそうなるんだよ。聞き取りづらい上にアデラ語が下手な奴だと認識されるから、直した方がいいんだけどな…」
「デイビッド先生の発音は聞き取りやすいです。」
「先生はアデラ人なんですか?」
「四分の一な。隔世遺伝だから見た目だけだ。」
「アデラに留学したんですよね?!どんなでした?」
「いや、商団にくっついてって途中で逃げたから勉強は一切してねぇんだよ!代わりにスラムと市場と海洋事業関係は詳しい方だと思ってる。」
「変わってますね…」
「よく言われる。」


言語系の授業は概ねうまくいきそうだ。
残る調理実習に関しても、既に外部との繋ぎはつけており、専門家を召喚する事で凌ごうと考えていた。

授業が終わると、少し急いで研究室へ戻る。
今週は特に忙しさに流されて、ほとんどヴィオラに会えていない。
昼前なら間に合うと思い、ドアの前まで来ると中から何かが焦げた臭いと、か細い啜り泣くような声が聞こえてきた。
慌ててドアを開けると、流しの前で大鍋を抱えたヴィオラがひとりで泣いていた。

「ヴィオラ!大丈夫か?どうした、何があった?!」
「デイ…ビッド…さま…ヒック…お鍋…焦がしちゃっ…うぅっ…」

見ると、朝作って置いたポトフの鍋の底が真っ黒に焦げてダメになっていた。
鍋を取り上げ、流しに放ると一瞬身構えるヴィオラの肩をつかまえる。

「ごめんなさい!ごめんなさいっ!!温めてたら…課題に夢中になっちゃって…」
「怪我は?火傷してないか?鍋なんかどうでもいい、ヴィオラ、ちゃんとこっち向け!」

ヴィオラが咄嗟に後ろ手に隠した右手を、少し強引につかんで前に出させると、手の平が赤くなって人差し指に水ぶくれが出来ていた。

「やっぱり怪我してたな…薬塗るから座れよ…」
「うぅぅ…ごめんなさいぃ…」
「謝る必要はねぇよ…ただ、苦痛を隠されるのは好きじゃない。痛かったり、辛かったり、それこそ怪我したらちゃんと話して欲しい…我慢するのだけは止めてくれ…」

普段は出さない特効薬を塗り包帯と絆創膏を貼ると少し熱のこもった手をそっと離す。

「鍋焦がすくらい誰でもやるさ。気にするな?」
「ひぐっ…お鍋の底で、タマネギが真っ黒になってて、それ見てたらだんだんそれが自分みたいに思えてきて…私もダメになったら捨てられちゃうのかなって考えちゃって…悲しくて…」
「焦げたタマネギに自分を投影すんな!どんな心境で…あ…いや、不安にさせたのはこっちのせいか…全然会えなかったもんな。俺がここに来た理由はヴィオラのためだったはずなのに、また忘れるとこだった…謝るのは俺はの方だ…」
「そんなことないです!デイビッド様はいつも会えない私の事を気にしてくれてました!美味しいご飯作って、いつでもお部屋の中を温かくして、時々お手紙も置いてあって…わがまま言ってるのは私の方なのに…」
「そのわがままに付き合いたいんだよ、俺は。どんな顔のヴィオラも隣で見てたいんだ。それこそ俺の我儘だよ…あと、捨てるなんて事は絶対に無いから安心しろ…むしろ飽きて捨てられるのは俺の方だと思ってる…」
「私は何があってもデイビッド様からは離れません!ずっと一緒に居たいんです…ずっと…この先も、こんな私と居てくれますか…?」

俗に言うちょっといい雰囲気、とはこういうものだろうか?
などと考えていると、案の定ノックもなくドアが開いてエリックが遠慮なしに帰ってきた。

「たっだいま~!あれ?ヴィオラ様お怪我ですか。大変ですね。それにしてもなんですかこの焦げ臭いの…うわ、今朝のポトフ!楽しみにしてたのに、もー!こんな焦がして何してたんですかあ゙ぁ゙ぁぁいきなり絞め技ぁ゙ぁ゙ぁ??」
「まず殴らなかった事をありがたいと思えよ…?」

エリックの発言により、再び涙が込み上げてきてしまったヴィオラを慰め、今度は2人で昼食を作ることにした。

「お願いします!」
「そんな気合いいらないだろ?肩の力抜けよ。大丈夫、ヴィオラは飲み込みが早いから直ぐなんでも作れるようになるさ。」

作るのはヴィオラのリクエストのクランペットと、タマネギを丸ごと使ったスープ。
クランペットの焼け具合に一喜一憂するヴィオラを見ていると、早く卒業して欲しいと思う気持ちと、もう少しこのままでいたいという気持ちがせめぎ合う。


久々に幸せそうな2人のその横で、エリックはひたすら焦げた鍋を磨いていた。
(なんで僕が……?)
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