黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息と訳あり令嬢の学園生活〜怒涛の進学編〜

第七研究室の仲間達

そしてまた魔の水曜日。

デイビッドは手順の洗い直しから始め、手際良く下準備の下準備を終わらせると、新しい作業に取り掛かった。
薬草から抽出した成分を種類毎に結晶化させる作業で、これがなかなか集中力がいる。

1つ目のシャーレに抽出液を落とし、中の結晶を確認していると、後ろのドアが開くと共に、ガシャンと何かがひっくり返る音がした。
音に気を取られた拍子にシャーレが揺れて中の結晶化が上手くいかなくなってしまう。

「あ、やっちまった!!なんだよ一体…」

少しイラつきながら後ろを向くと、床にテキストをぶちまけたシェルリアーナと目が合った。

「な、な、何してんのよアンタ!!」
「こっちのセリフだよ!静かにしてくれよ頼むから!またやり直しだ…」
「なんで?なんでここにいるの?!」
「研究室の補佐人員にされちまったからな。お前こそ、今日も授業か?」
「卒業論文書きに来たのよ!」
「ここで?」
「研究生だからに決まってんでしょ!?私、魔法薬学で論文書くつもりでベルダ先生のとこに入ったのよ。まさか…アンタがこないだ言ってた上司って…」
「ベルダ…」
「ウッソでしょ?!やめてよ!じゃあ何?三学期ずっとアンタと一緒にここに来なきゃいけないの?」
「我慢しろよ、俺は水曜日だけだからよ。」
「私も水曜日よ!!」
「…これで明日も顔合わすのかぁ…ヤダなぁ…」
「はっきり言うんじゃないわよ!塩漬けにして厚切りベーコンにするわよ?!」

怒鳴り散らしてから、シェルリアーナははたと気が付き周りを見渡した。
同じ研究員のクラスメイト達が珍しそうにシェルリアーナを見つめている。

「化けの皮めっちゃ剥がれたな。」
「黙れ!その面の皮引っ剥がして湯引きするわよ?!」
「怖ぁ…」

第七研究室に入った生徒は4人。
シェルリアーナとあと2人は恐ろしいことに女性だ。
残る1人はまだ来ていない。

しかし幸いな事に作業内容は全く違うため、デイビッドはなるべく離れた机でまた地道な業務を繰り返す。
少しでも距離を置き、関わらないように過ごしたい。

問題はその意図を誰も汲んではくれないということだ。

「ねぇ君、確かデイビッド君だよね?アナが他人を気にするなんて珍しいから気になってたんだけど…ああ、急に話しかけてゴメンよ?僕はイヴェット。淑女科の魔法学専攻でシェルリアーナのクラスメイトなんだ。よろしくね。」
「…どうも…」

夜の様に深い青の髪に流れ星色のように明るいスリットが入った妖艶な美人が、デイビッドの隣にいきなり座った。

「頼むからシャーレにだけは触んないでくれよ…?」
「真面目な人なんだね。同じ研究員同士仲良くして欲しいなぁ。君、領地経営科で講師してるんだよね?すごいね、同年代でそこまで先に行ってる奴、他に居ないよ?」
「イヴェット、貴女も自分の事をなさい!?」
「アナは厳しいな。そんな所も素敵だよ?!」
「ねぇ、アタシのコトも覚えて欲しいわ!シェリーと同じ淑女科のエリザベス!リズって呼んで!?」 

今度は明るいオレンジ色の髪を編み込んだティールブルーの瞳の生徒がイヴェットの反対側に座り、デイビッドが新しく薬草を捌く手元をじっと見つめる。

「貴方、ナイフの使い方上手ね!他の男子は役に立たなくって。隣の研究室の奴なんて自分の指切って大騒ぎしてたわよ?!刃物の扱いが上手いヒトってアタシ好きなのよねぇ。」
「…ソウデスカ…」
「ふーん…普通男子はこういう時、照れたりするのに。君、顔色分かりづらいけど血の気引いてない?大丈夫?」

イヴェットの言う通り、デイビッドは今真っ青な顔をしてシャーレだけを見ている。
ヴィオラにこれ以上心配かけまいと誓った手前、この環境はあまりにもよろしくない。
第三者目線に立てば顔面偏差値爆高ハーレムにしか見えないこの空間、最後の一人が男であることを祈るしかない。

「やぁ、遅くなったね。お待たせ、早速ベルダ先生から出た課題を始めようか!」

人形が歩いているのかと錯覚する程顔立ちの整った生徒が最後に入ってくる。
金髪碧眼で儚げな雰囲気、華奢で小柄だが、声も骨格も間違いなく男性だ。
デイビッドはこの時だけ賭けに勝った気がした。

4人の生徒は薬草の束を手に取ると、短い呪文を唱え、製薬に取り掛かった。
加熱、冷却、抽出、分離、凝縮、混合…数多の手順を全て魔法で補い、それこそあっという間に瓶の中は透明な薬で満たされていく。
デイビッドが地道に行っている作業は、1日以上経っても全体のまだ半分も進んでいない。
この光景を目の当たりにさせられながらの作業は、存外精神的に苦しいものだ。

やっと1つ目のシャーレの結晶化に成功し、次の薬を手にしようとした瞬間、シェルリアーナがひょいとシャーレに触れてしまい、結晶が急成長してしまう。

「あ゙ぁーーっ!!」
「何、これ?魔素の結晶?どんどん広がっていくわ。模様みたいでキレイね!」
「なにすんだよ!?触るなって言っただろ?余計な魔素が入ると自然な結晶化ができなくなるんだよ!」

その瞬間シャーレ1枚分の苦労が水の泡となる。

「ははぁん…これはアナの魔素を吸収して成長した結晶だよ。これはアナだけの形だ。まるで雪の結晶の様だね。」
「おもしろーい!私もやってみたい!」
「その培養地作るだけでも半日かかるんだよ!オモチャにすんな!!」
「えー?大丈夫、こんなのちゃちゃっと出来ちゃうよ?!」
「…魔素の影響を遮断した状態で作らなきゃ意味がねぇんだよ…魔力持ちが触ったらその瞬間で全部おジャンだ!魔力無しでも触れたら魔素が混じるから手は出さないでくれ…」
「でも君だって遮断性のグローブも無しに触れてるじゃない?」
「俺は魔力も魔素も持ってない。本来ここには居ないはずの人員だ。頼むからこれ以上…」

関わるなと言いかけて視線を上げるとシェルリアーナ除く4人がギラギラした目でこちらを見ていた。
金髪男子が特に熱い視線を向けてくる。

「じゃ…じゃあ、君ってまさかネクターなのかい?!」
「ネクター?」
「果物じゃないわよ?!魔力に晒されていない特殊な物質の総称よ。」
「せめて人限定の名称が良かった…」
「ホントのホントに?!信じられない!ああどうしよう!卒業論文のテーマ、魔法薬学は止めてネクターの魔力伝導実験に出来ないかなぁ…?!」
「コイツ今、なんかおっかねぇこと口走らなかったか…?」
「僕、エドワード・セオドアっていうんだ。な…仲良くしてもらえると嬉しいな…?」
「仲良くしたくなくなる発言の後に言われてもなぁ!?」

他の2人の視線もデイビッドへの興味が別次元になっていた。
猫が獲物を見つけた時の目によく似ている。

「スゴイ!天然の生きてるネクターなんて初めて見たわ!」
「早くも珍生物扱い!!」
「酷いじゃないかアナ、こんな逸材をずっと独り占めしてたの?ズルいよ!」
「私は専攻が違いますもの、興味ありませんわ。」
(興味あったらどうなってたんだ…?)

そう言えばシェルリアーナも魔女なのだと改めて思い出し、背筋が凍る。
じりじり近づいて来る3人からどう逃れようか考えていると、ようやくベルダが現れた。

「コラコラ!彼を虐めるのはそのぐらいにしなさい。君達課題は進んだのかな?」 

助かったと思ったのも束の間、ベルダもデイビッドのそばに寄って来るとニコッ
と笑って手を差し出した。

「ねぇデイビッド君、ちょっとだけ血採らせてくれない?」
「俺モルモット!!??」

絶望しているとベルダがまた笑い出す。

「アハハハ!そんなに怖がらないでよ!大丈夫だって。君、魔法薬の拒絶反応スゴイでしょ?“例の薬”のチェックに使いたいんだよ。」

そう言われてしまうと従わないわけにもいかず、恐る恐る腕を出すと針を通って血液が管を流れていくのが見える。
多くないか?と心配になってもそもそもの適正量すら分からないので口も出せず、黙って自分の血が抜かれていくのを見ているしかなかった。

「よし、こんなもんかな。大丈夫?気分悪くなったりしてない?」
「気分なら結構前から既に悪い…」
「新しい仲間ってのもいいものだよ?それじゃ僕は一旦道具とサンプルを片付けてくるね?!」
「今サンプルって言ったよな?!」

早くも実験動物にされた気分になり、デイビッドは恐怖から後はただ何も考えないようにしながら手元のシャーレに集中し続けた。
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