黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息と訳あり令嬢の学園生活〜怒涛の進学編〜

過去の欠片

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ヴィオラが教室から出て行く頃、教員室ではデイビッドが教頭ミセス・ミネルバに捕まっていた。

「まったく…いきなりやって来て助けて欲しいなんて、何を言い出すかと思えば…」
「すいませんでした…」
「構いませんよ、今回の事は逆に私も助かりました。まさかあのような授業がされていたなんて…今までもきっとそうだったのでしょうね…」

デイビッドはあの台詞を聞いた直後、教頭に直談判し、ステイシーの授業を抜き打ちの見学と称し、監視してもらえるよう願い出た。
自分が飛び込んでも事態を悪化させるだけと、良くわかっていたからだ。
ステイシーの言葉で思い出したのは、幼少時一番辛かった時期の記憶の断片。
とても見逃すわけには行かず、教員としてという建前で、なんとかヴィオラを助けようと、頼ったのが教頭だった。

「あの方は以前から下位貴族や郊外出身者を嫌っておりましたから…あの指導は余りにも度が過ぎているものかと…」
「私も前から少し疑ってはおりました…高位貴族にばかり贔屓していると噂はありましたが、あれは酷過ぎます。それにしても、婚約者を助けるのに自分の首を賭けてもいいなんて台詞は軽々と口にしないことですよ?!貴方はお父様似かと思いきや、しっかりお母様にも似ているのね。熱くなると自己犠牲に走る癖はかつてのミス・カトレアそっくりよ?!」
「は…母上…と?」
「私の元生徒だもの、良く知っているわ。そうねぇ、聞き分けの良いところと反省の態度が見られるところは少し違うかしら?あの子は何が何でも自分を通したから…とにかくお転婆で気の強い生徒でした。」
「そう…ですか…」

まさかここで母親の話を聞く事になるとは思わなかった。
苦手意識のあった教頭が少しだけ身近に感じられ、今後は避けずにきちんと話を聞こうと思わされる。


ヴィオラはもう研究室へ向っただろうか。
教員室を出たデイビッドは東側へと進もうとして、丁度戻って来たステイシーと再び出くわしてしまった。

「お疲れ様です。」
「あら、貴方ですか。帝国語のテキストは理解出来ましたか?困りますよ?生徒に不正確な授業をされては。」

どの口が言うのかと言いたいところグッと我慢してにこやかに返す。

「テキストは今回は使いませんでした。手紙の書き方と注意などを説明している内に、時間になってしまいましたので…」
「まぁ、貴方に出来るのはその程度でしょう。これだから周りの見えない…」
「田舎者は…ですか?先生は良くそう仰いますね。田舎者が勉学に励むのはいけない事ですか?」
「だって必要ないでしょう?!いくら知識を詰め込んだ所で所詮は田舎の庶民上がりですよ?夢を見るのは勝手ですが、映えある王都の民に近づけるなどという思い上がりは、早い内に諦めさせて差し上げるのも教師の務めです!」

デイビッドの表情がどんどん冷めていく。
ヴィオラもこんな言葉に晒されて、きっと傷ついた事だろう。

「思い上がりですか。別に王都民になりたい訳ではないと思いますが…貴女方の感覚に従えば、この国の8割が田舎者になりますね。…所で、ミセス・オッドはお元気ですか?ああ、もう家名はお持ちではなかったですね。」
「なんですって…?」
「服役先から手紙は来ませんか?まだ刑期は明けていないでしょうから、今も収容施設においでなのでしょう?」

ステイシーの顔がみるみる青褪め今度は赤くなる。

「なんのお話か分かりませんね?!」
「12年前、家庭教師として入った家々で生徒の虐待と予算の使い込みを繰り返し、投獄された元教師の貴女の母君の話ですよ。貴女まで同じ教師の道を歩まれているとは思いもしなかった。このままでは落ちる所まで同じになりますよ?くれぐれもお気を付けて…」

言い捨てて立ち去ろうとしたが、ステイシーは黙らなかった。

「酷い言い掛かりです!こんな侮辱は初めてよ?!我がオッド家をここまで馬鹿にしてただで済むとお思いですか?!」
「そのオッドを没落寸前まで追い込んだのがデュロックだった事はもう忘れたか?大人しくしてりゃ良かったものを、この次は無いと思え。俺を気に入らないのは勝手だが、蹴落とすにもやり方が姑息なんだよ。人の婚約者で憂さ晴らしなんざしなけりゃこっちも思い出す事もなかったのに…いい迷惑だ。」

それを聞いたステイシーの顔から血の気が失せ、蒼白となってよろめいた。
デイビッドはその横を抜け、もう後は見ずに廊下を進んで行く。
その横にひょいと現れたエリックが並んだ。

「珍しいですね。貴方から喧嘩吹っかけに行くの。あんなの普段は素通りなのに。」
「エリック、いつから見てた?」
「割と最初から?」
「ヴィオラに手ぇ出されたからかな、むしゃくしゃしてつい…。でもこのくらいはいいだろ?」
「いいんじゃないですか?過去の復讐も時には必要ですよ。」
「いや…正直、なんかムカついたなって事しか覚えてねぇんだよな…」
「怒りが長続きしないタイプだった…」


呆れるエリックとデイビッドがヴィオラを追いかけたつもりで研究室のドアを開けると、そこに居たのはヴィオラではなかった。

「あ、鍵が開いてたので、お邪魔してました。」
「お前等…何してんだ?」

ソファに座っていたのはテレンスとセルジオの2人。
セルジオはだいぶ包帯が取れ、テレンスは髪がすっきりと短くなっていた。

「課題です。僕、こんなだからどこへ行っても煙たがられちゃって、そしたら先輩が良い所があるって。」
「僕は自領の事業計画の草案を作るんで、ここならいい資料があるかと思って来たんだ。」
「そんなんここにあるか?」
「あるよ、今、僕の目の前に。」
「資料って…俺のことか!?割と根に持ってた!!」

学科も学年も違うこの2人。
人目を避けようとして転びそうになったセルジオを、テレンスが助け起こした事で仲良くなったそうだ。
かつて高々掲げていたプライドがへし折れた者同士、何か通じるものがあったらしい。

「ったく、部外者がたむろすとこじゃねぇんだけどよ!」
「女の子は追い出さない癖に、野郎だったら摘み出すの?!」
「追い出せるもんならとっくにやってるわ!!人の弱み直ぐ握ろうとする王族と、速攻で蹴り入れてくる淑女モドキ相手にそう簡単に太刀打ちできると思うなよ?!」

そう言った瞬間、デイビッドの後頭部に分厚い本の角が振り下ろされた。

「誰が淑女モドキですって…?!」

「な?!こうなるぞ…?」
「凄い説得力…」
「以外としっかり負けてた!」

シェルリアーナが装丁のゴツい煉瓦のような本をしまうと、その後ろからヴィオラがおずおず顔を出す。
この部屋に男子生徒が来ることは今まであまりなかったので、少し緊張しているようだ。

「あ、あの!マナーの補講、合格取れそうです!まだ点数は出てないけど、教頭先生が大丈夫って言ってくれました!」
「良かったな、これで一安心だ。」
「ところで、今日は先客がおりますのね?テレンスと…こちらは?」
「ひゃい!あの、えと…セル…ジオです…」
「見覚えがあるような無いような…誰だったかしら?」
「ほら、夜会場で大コケしたエルムの第四王子ですよ。」

エリックの一言にシェルリアーナの目がスッと細くなる。

「あぁ、あの時の…こんな所まで来て、一体何の用かしら?」
「ヒィッ!」
「課題しに来たんだとよ。あんま威圧してやるな。」
「なんでアンタが許しちゃうのよ!?こっちは不完全燃焼なのよ?!」
「怪我人に鞭打つなよ…アザーレアに半月も扱かれりゃ反省もしただろ…」

熟成の済んだ大きな兎肉を捌き、半分はソテー、屑肉はパイ皮に包み、残りを鍋で煮込んでいく。
いつもの様にヴィオラが飛びついて来ないのは、後ろの2人に遠慮しているからだろう。

「デイビッド様は優し過ぎます。私なら許せません。」
「許すも何も、あんなの見せられたら追い打ち掛けらんねぇだろ?」
「かっこよかったなぁ…あの時のアザーレア様…」
「頼むからアレに憧れるのだけは止めてくれよ!?」

テレンスはその様子を眺めながら、過去の自分が一体何にしがみつき、こだわっていたのか思い出していた。
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