黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息と訳あり令嬢の学園生活〜怒涛の進学編〜

タコ試験

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「それじゃ、試験始めぇ~!」

ベルダの一言で始まる薬草学の一次試験。

(あ…けっこうわかる…)
馬鹿真面目に授業を受けてテキストを呼んでいたデイビッドは、きちんと点数も取れるほどの優等生になっていた。
度々授業を中断させる発言を除けば、これほど集中して勉強に取り組む生徒も珍しい。
授業中、嫌過ぎてなるべく他のことを考えないように過ごしていたのが功を奏したようだ。

早々に問題用紙が埋まり、見直しもして解答を裏返して終わるのを待っている間、デイビッドは今朝届いた荷物について考えていた。

商会から度々届く輸送試験中の荷物が今日は特に多く、その度色々試行錯誤してきたが、今朝の品は特に難題で頭を悩ませている。


その頃、卒業前で授業がほとんどなくなったヴィオラは、いつもより早めにデイビッドの研究室にやって来た。
エリックも居ない部屋で1人本を読み始めると、部屋の隅から妙な音がする。

ゴポ…タプン…チャプ…

音の方を見ると、一抱え程の樽が置かれていて、“開けるな”と書かれた紙が貼られ、蓋代わりの板の上に重石が乗せてある。
(なんだろう…)

ジャプン…チャプン…

音からして何か水生の生き物が入っているようだ。
ヴィオラはついに好奇心に負けて蓋を開けてしまった。
おそるおそる覗いてみると、真っ黒な水の中にぬらぬらとした影が潜んでいた。
(なんだろう…?)
よく見ようと顔を近づけると、光に驚いた中の生物が逃げ出そうと腕を伸ばしてきた。

「キャァァァァッ!!!」

中にいたのは大きなタコ。
吸盤のついた腕が樽をつかんでいたヴィオラの腕に絡み付いて、蓋を必死に閉めようとすると、挟まれて余計に巻き付いてくる。
更に他のもう一匹がその隙間から出ようと何本も腕を出して来た。

「ヤダヤダヤダヤダ!!コワイコワイ!ゴメンナサイ!デイビッド様ぁ助けてぇぇっ!」

「だから開けるなって書いてあったんだってのに!!」

いつの間にか後ろにいたデイビッドが、絡みつくタコの腕をヴィオラから引き剥がし、樽の中に押し込んだ。
授業が終わり、廊下の先から歩いていると突然叫び声が聞こえて、急いで飛んできたら思った通りの事態になっていて、もう呆れるしか無い。

「なんでエリックといいヴィオラといい、やるなって言う事に挑戦しようとするんだ…」
「なんでそこで僕の名前が出てくるんですか?!」
「一番やりそうなのがアンタだからじゃない?」
「生きてるモノは流石に食べませんよ僕も!」

同じく走って来たエリックは、いきなりやらかしの同類にされて心外な顔をしていた。
デイビッドの後ろからついてきたシェルリアーナも呆れている。

「怖かったです!いきなりニュッてぬるぬるしたのが出てきて!絡みつかれてぞわぞわしました!!」
「…腕診るから離して欲しいんですけど…」

デイビッドはデイビッドで、ヴィオラに首に腕を回され身動きが取れなくなっている。

(なるほど、この人も亀の歩みなりに成長してるんですね。)
(ヴィオラも、なかなかやるようになったじゃない。アイツの反応が薄くてムカつくけど…)
昨年の夏、対面しただけで硬直していた頃と比べれば、顔を寄せて密着されても言葉が出る程度には慣れてきたようだ。

引き離されてしょげるヴィオラの顔を見ると、恐らく今の行動の何割かはワザだとわかる。
(これは期待出来るかな…?)
あの分厚い壁も少しは薄くなってきているようだ。


ヴィオラの腕は服の上からだったため、痕は付かなかったが腕がびしょびしょに濡れてしまっていた。

「見てて下さい!直ぐ乾きますよ!ホラ!!」

温かな風がシャツの中から外から吹き抜け、あっという間に濡れたところが乾いていく。

「…でも生臭い…」
「洗浄魔法じゃないと無理よ。」
「かぶれるから早く洗って来いって!!」

シェルリアーナに付き添われシャワー室へ言ったヴィオラは、服から染みた腕のぬるぬるを落とす為、洗浄魔法の練習をして戻って来た。

「筋はいいのよ。後は練習ね。」
「おや、失敗ですか?」
「周辺まで巻き込んで余計な魔力使っちゃうのよ。」
「お風呂場がピカピカになりました!」

それを聞いてタコを絞めていたデイビッドが渋い顔をする。

「俺苦手なんだよなぁ…汚れとか落とす系の魔法…」
「なんかあったんですか?」
「傷口洗うのに使われて、意識がぶっ飛んだ事があってよ…」
「それは…悲惨ですね…」

かけた相手も悪気はなかった事はわかっている。
通常の手順を踏んだら起きた不幸な事故であったとは理解している、が、掛けるなら掛けるであの時先に一声かけてくれても良かったのではないかと未だに思っている。
寄りによって魔物の強酸で焼かれた肌を更に魔力で焼かれ、初めて痛みで気を失った恐怖が忘れられない。


タコは塩と小麦粉でよく揉んでぬめりを落とし、壺抜きしてから叩いて柔らかくし足を1本切り外したら、良く研いだ長い包丁でごく薄く削いで一口食べてみる。
(美味いんだけどなぁ。)
ラムダ国には魚介を生食する文化が無い。
使いたい調味料も手に入らないので、塩と酢くらいしかなくいつも諦めている。
(マリネやサラダも悪かねぇけど…)
もう一切れ削いで口に入れようとすると、真横に視線を3つ感じてそっちを見るとヴィオラとエリックとシェルリアーナがじっとタコの切り身を見つめていた。

「お前等ケルベロスかよ…」
「それ、食べられるの…?」
「生ですよね?美味しいですか?」
「人に寄るぞ!?俺は食い慣れてるけどよ、抵抗強い奴もいるから勧めはしねぇよ?」
「デイビッド様、デイビッド様!あーん!」
「口開けて待ってないで!今皿に乗せてやるから!」

結果、エリックとシェルリアーナは気に入ったが、ヴィオラに生タコはまだ早かったようだ。

「ぐにぐにしてて…噛んでも噛んでも噛み切れない…ウッてなる…」
「大人の味ではありますね。」
「私は好きよ。歯応えが気に入ったわ。」

お次は下茹して真っ赤になったタコをぶつ切りにして、一部を香草と合わせてマリネとトマトソースで煮込み、残りは濃い目の味を付けて揚げ物にしていく。
エリックは早くも手を出しつまみ食いをしている。

「お酒飲みたい…」
「お前最近そればっかだな!?」
「これならおいしいです!」
「私はサラダがいいわね。オリーブオイルのコクが足されて食が進むわ。」
「食が進まないもんなんかあったか…?」

テーブルの下で足を蹴られながら、デイビッドはタコについて考え込んでいた。
輸送には耐えたが、料理の幅が広げられず、まだ少し王都に入れるには早い食材のようだ。
こうしてタコは今後の課題を残し、一切れ残らず食い尽くされた。


次の日、商業科の生徒はお祭り騒ぎでデイビッドを迎えた。

「先生おかえりなさーい!!」
「待ってました先生!」
「王都新聞の一面飾ってましたよ!!」
「“グロッグマン商会に影の指導者現る!”って先生の事ですよね?!」
「現るってなんだよ!元からいたわ!人を湧いて出たみたいに言いやがって…」
「経済のひっくり返しから立て直しまでの超スピード!尊敬します!!」
「俺だって地盤がなきゃやらねぇよ!?いつかこういう日も来るかと思って地道に足元固めて協力者作って情報集めてやっとここまで来てだからな?!これっきり頼まれても二度とごめんだからな?!」

今日の授業は、商売をする上での信頼を得る方法と、自分の身の守り方。
冤罪、言いがかり、風評被害、金銭が動く所ではいつでも危険は人の手でもたらされる。
抵抗の仕方、疑いの晴らし方、理不尽への対抗策。
まず1人では決して戦わない事。
抱え込んだり、強がって隠そうとするのは何より悪手である事。
権力に抗うには別の権力を使う事と、そのためのパイプは太く多く持って置くことなど、正に実体験を元に話すと皆良く聞いていた。

「後は、そうだな…人に言えないような遊びには手を出さない事かな。」
「じゃぁ先生は遊ばないんですか?」
「そんな暇ねぇよ!」
「暇ができたら何しますか?」
「……なんだろうな…ひとまず頭空っぽにしたい…」

商業科の生徒達は、およそ学生と同い年には見えない疲れた顔で足元に視線を落とすデイビッドを見て、その大変さを少しだけ感じ取ることができた。
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