黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息と訳あり令嬢の学園生活〜怒涛の進学編〜

友達

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「僕が今作ろうとしてるのは、実は“魔力安定剤”なんだ。」
「「ええぇぇっ!!」」

驚く声が上がるが、何がすごいのかデイビッドには理解できない。

「安定剤?」
「魔力持ちの中には自身の魔力が不安定で、いつ枯渇するかも知れない恐怖と戦っている人がけっこう居るんだよ。」
「魔力って体の中を巡る血液みたいなものなのね。それがいきなり減ったり増えたりすると、頭も体もおかしくなっちゃって病気みたいになっちゃうの。」
「体調や感情で揺れたりもするし、制御し切れない魔力が暴走することもある。小さな子供が命を落とすケースも後を絶たないからね。」
「何より、胎児が母体と共有するはずの魔力が不安定だと、流産の危険性も高いんだ。」
「深刻な問題なんだよ。特に成長期や思春期に制御装置の装着を余儀なくされる人もいるしね。」
「そんな事があるのか…」

魔力があれば万能だと思っていたデイビッドには、少し衝撃的な話だ。

「今ある安定剤はとても高価で、庶民は先ず常飲できないし、服用しても効果の差が大きい。目指すのは安価に流通できて、誰にでも一定の作用が見込める物に仕上げること。」
「そんな事が可能なのですか?」
「可能性が今目の前にあるからね。」

ベルダの目は真っ直ぐデイビッドを見ている。

「先日、ポナ草の正式登録が完了したよ。新薬の開発に使用する許可もね。正式名“ルポナス・ルメドール”僕の希望の光さ。そしてもうひとつ、来週君が認定と使用許可をもぎ取ってきてくれると信じてる例の魔性植物があれば、この夢のような薬が完成するはずなんだ。」
「はい!先生、その魔性植物ってなんですか?」
「どうかなデイビッド君。一般公開はかなり先になるし、そろそろ教えちゃってもいい?」
「…もう好きにしてくれ…」

これは逃げられないと悟ったデイビッドは、諦めたようにそう言った。
こうなったらもう、ベルダとはかなり長い付き合いを覚悟しなければならくなりそうだ。

「では持ち主の許可も得られた所で、今から説明するけど一度聞いたら逃げられないからね。乗るか降りるか、決める時間あげるよ!」
「僕は聞きます。魔力安定剤の改良は我が家でも長年の目標でしたから。」
「僕も乗った。実は僕も服用してたことがあってね。魔力の暴走は脅威だった。できる限り協力させて欲しい。」
「アタシも入れて!薬は専門外だけど、器具の扱いには慣れてるわよ!」
「私も!新しい魔法薬と聞いて動かない訳にはいきませんわ!」

ベルダは満足そうに笑うと、テーブルの上にガラス箱入りの小さなヒュリスを取り出し、4人にこれまでの経緯と、薬の開発に関する説明をし始めた。

「じゃぁ…これが例の蜂蜜事件の元凶…ってこと?!」
「長年国が情報を隠蔽していた魔性植物があったなんて…」
「すごーい!!それ解決しちゃったの?!」
「これは予想外過ぎるよ…確かに、新薬の開発にこの機会は逃す訳にいかないね。」

ベルダの話に夢中になる4人を他所に、この日の作業を終えたデイビッドは、気配を消して部屋からそっと出て行った。


冬の間は活動範囲も減り、連日の座り作業で運動不足がちなデイビッドは、そろそろ遠出がしたかった。
海で山で荒野で駆け回っていた身には、長くじっとしている事が辛い。
日増しに暖かくなるこの時期、運河の港にでも行こうかと考えていると、騎士科の方からカインがやって来た。

「デイビッド!!お前大丈夫だったのか?!こっちにまで噂が流れてきて、まさか本当に捕まったんじゃないかって心配してたんだ!」
「この通りちゃんと戻って来たよ。ただの冤罪だ。」
「だよな。お前みたいな良い奴が犯罪とか考えらんねぇもん。何にせよ、本当によかった!」
「………」

デイビッドの背中をバシバシ叩きながら、カインは本当に嬉しそうに笑っている。

「…もし俺が学園生としてここに通う事になってたら、お前と知り合って3年間過ごすのも悪くなかったかもな…」
「どうしたいきなり!?」
「んー…ここ最近変なのばっかに絡まれてたから、ごく普通の感覚で接してくれるお前のありがたさがちょっと染みてる…」
「そ…そっか…なんか、大変そうだもんな…お前の周り…」

そういえば、ここに来て一番最初に話しかけて来た生徒もカインだった。
噂や見た目に流されず、一貫してデイビッド自身と向き合ってくれた、一番得難い存在だ。

「そんなお前ももう卒業か…」
「ああ!郊外の商業区の騎士団に内定が決まったんだ!治安維持部隊だから、派手な仕事はないし地道だけど、俺には向いてると思うんだ。」
「適任だな。あの辺りは俺も良く行く。知り合いにも声掛けとくよ。なんかあったらカインって奴を頼れって。」
「そんな持ち上げるなよ!新人で入るんだぞ?」
「新人扱いなんてひと月だよ。直ぐ街に放り出されて雑用係りにされるぞ?なら顔と名前は売っておいた方がいい。」
「そっか…そういう事なら助かるけどよ…」

カインはそう言うと何やら口ごもった。

「あのさ…あのー…えと…」
「何かあるなら早く話せよ。」
「お前にさ…ひとつ頼みがあるんだ…」
「なんだよ。」
「あ、あの…頼む!一度でいいから俺をファルコに乗せてくれ!!」
「は?ファルコに?」
「ヒポグリフに乗れるのは、本来特殊部隊で選抜された有資格の騎士だけなんだ!平民なんてまず乗り手には選ばれない!この機を逃したら、俺は多分一生ヒポグリフなんて生き物に出会う機会も無く終わっちまう!だから、頼む!!」
「なんだそんな事かよ。わかった、日曜に遠出するから一緒に来いよ。単騎はさせてやれねぇけど、同乗なら問題無い。いや…ファルコはどうかな?」

そう言うと、デイビッドはカインを連れて家畜小屋まで歩いて行った。

「ファルコー?ちょっと出て来いよ。」
「キュークルル!」
「コイツはカイン。何度か会ったことあるな?背中に乗りたいんだと、どうする?」
「クゥルルルルルル…」

ファルコはカインの周りをぐるぐる回り、カインの背中に頭をグリグリ押し付けた。

「わっ!わっ!どうした?ファルコはなんて言ってんだ?」
「いいってさ。ついでだから少し乗ってみるか?」
「え?!いいのか!?」

デイビッドにゴーグルを渡され、カインは恐る恐るファルコに跨ると、手綱を取った。
その後ろにデイビッドも乗り、簡易のベルトを絞める。

「ファルコ、軽くで頼むぞ?」
「キュルルルルッ」
「走る感じは馬と変わらないな…うわっ!う、う、浮いた!!」
「しっかり体支えてろ!手綱より鞍の持ち手につかまれ。飛ぶぞ?!」

ファルコはギャロップを効かせると、そのまま滑らかに宙へ駆け出した。
演習場を越えて学園の上空へ舞い上がり、郊外をぐるりと回るつもりらしい。

「うわぁーーっ!すげぇっ!!高ぇっ!!飛んでる!ホントに飛んでる!!」
「キュールルル!」

ファルコは更に高く雲を抜け、そのまましばらく上空を飛び回り、静かに高度を下げて行った。
(だいぶ気遣いが出来るようになったな…)
乗り手を思って荒い飛び方を避け、穏やかに飛ぶファルコに成長を感じ、デイビッドも少し嬉しくなった。

「すっげぇぇっ!!雲の上だ!こんなに高いとこ初めてだ…気持ちいいなぁ…地面があんなに遠いなんて信じられねぇ
…」

無邪気に喜ぶカインは、初めてファルコに乗って空を飛んだ時のデイビッドに似ていた。
ゆっくりと演習場へ戻って来ると、カインはふらふらする足で地上に降り、ゴーグルを外して顔を拭った。

「ありがとう…デイビッド、本当に…夢だったんだ…ヒポグリフに乗って空飛ぶの…ずっと、俺の子供の頃からの夢で…」
「おい、ここで泣くなよ。週末は運河の港まで行くんだぞ?」
「そんなコトまで行けるのか?!お前本当にすごいなぁ…」
「凄いのはファルコだよ。じゃ、日曜楽しみにしとけよ?!」

そう言うと、デイビッドはまだ呆けているカインに手を振り、ファルコを畜舎へ繋ぎに行った。

「キュルルルル…」
「ちょっと待ってろよ今餌足してやるから…」

手を動かしながらふと考える。
(そっか…俺、友達ができたのか…)

損得ではなく、奇縁や繋がりがあるわけでも、誰かの紹介も関わりもない。
向こうから来てただ声を掛けて気にしてくれたカインの存在は、デイビッドの中でも特別貴重な物だ。

(あ、デイビッド様ここにいた。なんだか嬉しそう…何かいいことあったのかしら…?)

いつものように顔を出したヴィオラは、普段より明るく穏やかな表情のデイビッドに気が付き、嬉しくなった。
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