黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息と訳あり令嬢の学園生活〜怒涛の進学編〜

山間行軍

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後部歩兵組のリーダーはカイン。
統率はコールマン卿。
後尾警戒がデイビッドで、後は平凡な生徒達で固められていた。
人数は8人と分隊としてはやや少なめだが、機動性は悪くなさそうだ。


「後れを取るような無様はさらすなよ?!」
「訓練とは言え、魔境の中では何時いかなる時も気を抜くな!」
「平民共が足手まといにだけはなるなよ!精々我等の活躍を目に焼き付けて置くんだな!」

口々に何か言いながら先行の小隊が出発して行く。

「よし、俺達も行くか。」
「なんで平然としてんだよ!?あんな言われて悔しくないのかよ!?見ろ、全体の士気だだ下がりじゃねぇか!!」
「じゃ、士気下がったまま、行くか。」

気乗りしないからと兵が足を止めることは許されない。
後続隊は、早くも重い足取りで正門を抜け、訓練先へと向かって行った。

訓練を行う学園管理の森林地帯までは、街を抜け平坦な道をひたすら歩くのでとにかく人目に付く。
街中を歩いている内は、歓声や応援の声を浴びる先行隊に比べ、地味で装備も使い古しとわかる平民達は、貴族達の比較対象にされていた。

が、王都の壁門を潜り、郊外に抜けた途端、どういう訳か掛かる声が後ろの方に集中し始めた。

「あれ!若旦那?!どこ行くんですか?」
「今その呼び方は止めてくれ!!」
「お坊ちゃん達のお守りですか?大変ですねぇ!」
「仕事中なんだよ!話し掛けんな!」

道行く人々は皆、遥か後ろのデイビッドに向かってにこやかに手を振るので、先行隊は面白くなかった。
そして大街道をしばらく進んでから脇に逸れ、更に歩くと結界で覆われた森が現れた。
学園が管理する魔素地のひとつで、以前ベルダの授業で採取に来たのはここの浅層部分。

森に入る前に休憩と今後の動きの確認をし、隊毎に経路や拠点を確認し、先行隊の出発を待ち、間隔を開けながらぞろぞろとついて行く。

「今回の一番の目的は魔境内の魔獣の駆除と、岩場に住む大トカゲの討伐である!」
「へぇー。魔獣の種類は?」
「それは出て来ない事には何とも…」
「目処くらい付くといいな。魔素の湧く土地に入るなら。生態の調査も重要な任務のひとつだぞ?周りに異変がないか良く見ておけよ?!」
「「はいっ!!」」

デイビッドは機嫌の良いムスタを引いて森の中へと入って行った。
先を行くカインがコールマンに話し掛ける。

「魔獣や魔物が出てきたら、俺達で戦うんですよね…」
「ああ、そうだ。引率の我々は極力手を出さないことになっているからな。なぁに危ない時は助けに入るから安心しなさい!」

少し不安がる生徒達の後ろからデイビッドも話に加わった。

「なぁ、この辺りはいつもはどんな魔物が出るんだ?」
「そうだなぁ…行き当たりの魔獣とばかり戦って居たので特定が出来なくて…」
「トレントとか蛇型とか、猫科の危険な奴はいなかったのか?」
「それは無いな。そこまで魔素の濃い土地ではないから…」
「なら大丈夫か。雑木を見てみろ。新芽だけ食われた跡がある。あと木の皮が剥けた場所があるだろ?鹿が齧った跡だ。高さから見て大角鹿の縄張りで間違いなさそうだな。小鹿が巣立ちの前だから、かなり気が立ってるはずだ。さっき泥の所にも猪が通った跡が残ってた。鹿と猪が出るとそれを追って狼も来るかもな。気をつけろよ?!」

デイビッドの話に、隊の全員が食いついた。

「凄い…まだ入って10分でそこまで?!」
「そんな事まで分かるのか…?!」
「まるで熟練の討伐隊の様ではないかデイビッド殿!!」
「その熟練の討伐隊に扱かれただけだ。慣れれば誰でも見分けられる。難しいのは岩場に出てからだぞ?」

一定の間隔を開けながら付かず離れず前隊の後ろを追いかけていると、休憩の合図が出たので1度目の補給を行った。
朝から森まで歩いて来て、そこから中層部まで来たので時刻は既に昼近く。
1日目は各々持って来た携帯食を食べる。

「腹いっぱいにはしない方が良い。むしろ歩きながらこまめに口に入れられる方が体が持つぞ。」
「えー?腹減ってんのに?!」
「夜それなりのもん作ってやるから、今は空腹をごまかす程度にしとけ。いざって時に鈍っても困るだろ?」

携帯食に多いのは干し肉や燻製肉に保存の効くパンやビスケットの類、それからチーズやナッツ、干した果物やキャンディ、最近はチョコレートも人気だ。

ヴィオラがくれた包みには、カラカラに乾いたリンゴの切り身をチョコレートに浸して固めたものが入っていた。
魔法で水分を抜き、乾かしたリンゴはサクサクでチョコレートによく合う。
かさばらず携帯向きに出来ているのもありがたい。
受け取ったアミュレットは腰の小鞄に付けられていて、時折涼しげな光を足元に落としていた。

「何ちょっと嬉しくなってんだよ!!」
「嬉しくなっちゃ悪ぃかよ!!」
「なんか美味そうじゃねぇか!俺にも寄越せ!!」
「絶対やらねー!お前はこれでも食ってろ!」

カインに放った小袋にはキャラメルが詰まっていて、他の生徒達もこぞって手を出していた。
デイビッドは焚き火台に薬草茶を沸かし、全員に飲ませてから、炭をバケツに入れムスタの荷物の後ろに引っ掛けた。

やがて休憩が終わり、前方が進んで歩き出すと、途中に石組みの竈があり、拠点の目印となる旗が立てられていた。
つまり後続組は拠点にすら入れては貰えなかったという事になる。

また暗い顔で進む生徒達を見て、デイビッドはコールマンの背中を小突いた。

「騎士ってのはこれが普通なのか?実力でもない格差こんだけ広げて、逆に支障は出ないのか?!」
「デイビッド殿…これはもうここだけの問題ではないのです…騎士全体の由々しき事態ではあるものの、それも平民の僻みと言われ、上には取り合ってすらもらえない。実害も出ているのだろうが、それすら下位の者の実力不足で片付けられてしまい、辛酸を舐めさせられる若者を大勢見て参りました。私にできるのは、せめて実力を付け騎士として上へのし上がる術を授けることだけなのです…」
「イヤだねぇ…ここでもお貴族様か。階級ばっかにこだわって今や中身スッカスカじゃねぇか。だから騎士ってのが嫌いなんだよ俺は。」


道々デイビッドの手元は忙しなく動き、何か摘んだり採ったり拾ったりしている。

「デイビッド、それなんだ?」
「薬草だよ。傷薬にもなるし、煎じて腹の薬にもなる。」
「さっき摘んでた赤い実はなんですか?」
「立ち枯れたコーネルだ。これも薬になるし、食うとうまいんだよ。」
「へぇ~!何でも知ってるんですね!」
「覚えさせられたんだよ。討伐専門になりゃ何としても生き残って帰らなきゃいけねぇから、知識はとにかく広く持てってよ。」
「スゴい!討伐隊に居たんですが?!」
「半年くらい世話になってたかな。あっちこっち寄り道しながら国境を目指して国を縦断したんだ。」
「それって国内の遊撃隊ですよね?!どこの部隊ですか?」
「…クロノス…」
「うわぁ~!!スゴい!あの最強の討伐専門部隊に居たんですか?!」
「ガキの頃だから下っ端で雑用係だったけどな。知識と技術だけは叩き込まれたよ。」

子供にも容赦なく決して甘やかさないクロノスの後ろを、デイビッドは毎日命賭けで追い掛け、言われたことをこなしながら喰らい付く内、やがてサバイバルでの生き方に順応していったそうだ。

「人ってな、死ぬ気になると何でも出来るようになるんだよ…」
「命削ってんだな…お前…」

この日は丸一日歩き、目的地手前の広い拠点で野営となった。
後続組は相変わらず到着すらもほぼ無視され、拠点の端の方で同じ火も使わせて貰えないらしい。

「良いじゃねぇか。遠慮しながらちまちまやるより、自分達で始めた方が効率いいぞ?!」

デイビッドは古い石組みの竈を見つけ、簡単に直すと早速火を起こしてムスタに積んでいた荷物を降ろした。

「ちょっと出て来るからよ、疲れた奴は火見ててくれ!」
「どこ行くんだよ!単独行動は危険なんだろ?!俺も行く!」

くたびれて動けない生徒達をコールマンに任せ、デイビッドとカインは藪の中に入って行った。


春先の夜は冷え込みがまだ厳しい。
火の周りで温まりながら、デイビッドが置いていったココアの鍋を皆で空にしていると、拠点の奥が騒がしくなった。
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