黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息と訳あり令嬢の学園生活〜怒涛の進学編〜

鹿肉

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息せき切って茂みから戻って来た生徒達が、次々と報告をする。

「大変だ!!ビッグホーンが出た!!」
「ビッグホーンだと?!」
「水を汲みに行ったら草むらからこっちを見ていたんだ!」
「全体、武器を取れ!!」
「直ぐに戦闘態勢に入れ!魔獣が襲ってくるぞ!?」

ビッグホーンとは、大角鹿含む角が特徴的な偶蹄目の魔獣の総称だ。
彼らが見たのは恐らく偵察の若い個体で、森に来た見慣れない人間いきもの達の様子を見に来たようだ。
普段人のいないこの拠点に入り込んでいた群れでもあったのだろう。

拠点内がバタバタと大騒ぎになり、皆が武器を手に臨戦態勢に入らされた頃、草むらからカインの声がした。

「おーい、なんかあったのか?!」
「カイン!今、中隊の奴等がビッグホーンを見つけて、襲って来るから準備しろって…」
「あー…たぶん、大丈夫だと思うけどなぁ…」

何か煮え切らないカインは、武器を持つ仲間達を宥め、こっそり水場まで案内して行った。

水場近くまで来ると、濃い血の匂いがして何名かが身震いし始めた。
しかし、夕暮れの中、火が焚かれた明るい方を見ると、木に吊るされた大角鹿が今まさに解体されている所だった。

「おう、来たな?!お前等ちょっと手伝えよ!」

そこには両手を血塗れにしたデイビッドが、何でもないような顔をしながら解体用の小刀を動かしていた。
深く掘った穴に食用にならない臓物を落とし込み、肉を丁寧に洗って血抜きしながら部位ごとに切り分けている。

「ランプ持っててくれよ。手暗がりで見づらくて。」
「お…おお…」

手際良くサクサク皮を剥いでいると、呆けていた他の生徒も動き出した。

「あの…僕、鹿の解体ならしたことあるので…」
「俺も、鹿なら実家でも捕れるし手伝いもするから…」
「おう、助かる!!じゃ、皮剥ぐ間に肉の方頼んだ!」

8人で分担すると、大きな鹿も直ぐに綺麗な肉塊へと変化していく。
切り分けた肉は良く洗ってから拭いて塩をまぶし布で包む。
毛皮は足の骨がついたままひとまず丸めて処理は後回し。 
肉だけで何十kgになるだろう。
手分けして拠点に運んでいく。

拠点に戻るとコールマンが慌てて飛んできた。

「どこへ行っていたんだ!!他の者には周辺の偵察だと誤魔化しておいたが、あまり長く拠点を離れるのは危険だ!ビッグホーンの目撃もあったんだぞ?!襲われたらどうする!?」
「すみません…」
「周囲の警戒ももちろんしてましたよ!でも…」
「悪い悪い!これ仕留めてた。」

デイビッドが大きな角をズイッと突き出すと、コールマンは飛び退いて驚いていた。

「うぉわぁっ!これは…ビッグホーン?!な…なぜ角だけに?」
「近くに群れが来てたから牽制がてら1頭頂いて来たとこだ。解体して肉と革に分けて、ホントは骨も健も持って行きたいとこなんだけど…全部は無理そうなんで残りは埋めちまったよ。」
「な…なるほど…?」

コールマンが部隊長の元へ角を見せに行っている間に、洗った鍋に水を入れ直し、香草と塩漬け肉と干しキノコを入れて煮立て、固形の調味料を落とす。
以前まで瓶詰めだった物を、乾かして一度粉にしてから成形する事で、日持ちが長くなり持ち運びも更に楽になった。
塩漬けの肉も寒晒しにする事で程よく水分が抜け、旨味が凝縮されてスープの中で良い出汁が出ている。
そしてお待ちかねの鹿肉は、豪快に切って木の枝に突き刺し、火の回りに並べて炙り焼きにしていく。
仕上げに岩塩と胡椒を振ったら、皿代わりの薄切りのパンに乗せる。

「ほら、完成だ!熱いから気をつけろよ?!」
「うわっ!うんまっ!!」
「スープもおいしい…まさか保存食以外の物が食べられるなんて…」
「遠征や移動中の食事は、何があっても怠らない方が良い。始めは何ともなくとも、栄養不足は心身を蝕む原因になりやすいからな。」
「おかわりくれ!!」
「ズルいぞ、カイン!」
「量はあるから喧嘩すんな!」
「鹿肉も最高だけど、このスープに入ってるぷるぷるの肉もうまい!」
「脂がいい具合に溶けてるな。食感も悪くない。いい出来だ。」

昨年から改良を重ねてきただけあり、保存食の成果はかなり高いものとなった。
栄養価もある程度見込めそうで、満足感もあって何より味が良い。

満ち足りた気分でテントを張る後続隊の生徒達は、そろそろ体力も限界の様だ。

「1時間毎に見張りを交代するぞ。最初は俺が番張っててやるから、しっかり寝とけよ。端から順に声かけてくから、寝てる奴起こさないようにな。」
「はぁ~い。」
「お休みなさ~い…」

焚き火に薪をくべると、離れた所でも他の分隊が見張りをしているのが遠くに見えた。
数人が武器を手にテントの周りを擁護するように辺りを見回している。
(あの格差も慣れちまうと違和感なんてねぇんだろうな…)

デイビッドは濃い目の薬草茶を淹れると、さっきから向かいで黙っているコールマンに差し出した。

「随分難しい顔してんな。」
「あ、ああ…いや、今日の貴殿の動きを見ていて、余りにも隙が無い事に驚いてしまってな!」
「気がかりって顔してんな…さっきの角の事か?」
「あっ…そう…その通りです、全く面目ない次第で…」

コールマンは、デイビッドの仕留めた鹿の角を持って隊長役の貴族子息の元へ報告に行った際、討伐証明部位である角を回収され、隊の成果にされてしまい、反論しようにも他の引率騎士達にも止められ、苦い思いをして戻って来ていた。

「気にすることあるか?俺が欲しかったのは肉であって成果じゃない。あの角も持ち歩くのには厄介なんで、持ってってくれるならありがたい話だ。」
「デイビッド殿はなんとおおらかで懐の深い方なのだろうな…」
「単に利害が一致しただけだよ。俺は好きな事して獲物が欲しい、向こうは楽して成果が欲しい。成果も肉も寄越せと来たら流石に俺もなんか言うよ。」
「それは…」
「だいたい鹿如きでいちいち騒ぎすぎだっての。拠点にあった足跡と周辺見りゃ重量、雌雄、群れの規模から、子鹿の産まれ時期までわかるって。鹿は警戒心強ぇから魔獣だろうとそこらの鹿だろうと火がありゃ人の寝込みは襲ってこねぇよ。それを…見たかアイツ等、探知機に魔導銃まで引っ張り出して来て何と戦うつもりだ?」

やがて1時間が経ち、次の見張りが呼ばれてコールマンと交代する。

「イヤ、私はまだ…」
「いいからいいから、明日も大変なんだ、しっかり休んで来て下さいよ?!」
「で…ではお言葉に甘えて…」
「お休みなさいコールマン先生!よ~し!次は俺だぁ!!」 

張り切るカインが入れ替わりに起きて来ると、デイビッドはコーヒー豆入りのチョコの欠片を渡した。

「食うか?眠気覚ましにいいぞ。」
「サンキュ!お前、本当に用意がいいな!?しかも大荷物なのに一つも無駄がないって感じで、羨ましい!俺なんて無駄な物か忘れ物か必ずあるから困るぜ。」
「慣れだよ。俺だってあの荷物全部解くかはわかんねぇよ。想定出来る事態にある程度備えただけだ。」

火を囲みながら2人でたわいない話をしていると、デイビッドが不意に後ろの茂みに顔を向けた。

「どうした?」
「いや…何か居るなと思ってよ。」
「魔獣か?!」 
「違う…人の気配だ…」
「人?あっちの隊の人間とかじゃないのか?」
「ならいいが、この後ろは水場も薪になりそうな雑木も無い。何しに来たかって方が気になるな。」
「あのさデイビッド…話に聞いたんだけど…貴族の坊っちゃんが屋外訓練で、平民組を脅かして面白がることがあるって…」
「なら逆に脅かしてやるか?」

デイビッドは手元に縛ってあった縄を解き、乱暴に揺らした。
すると暗闇の草むらからたくさんの鳴子の音が響いた。

カランカラン!ガラガラガラ!ジャリンジャリン!
「わぁぁぁっ!」
「なんだコレは!?」
「早く逃げろ!!」

押し殺したような叫び声と、いくつかの足音が遠ざかり、辺りがまた静になると、今度は中隊の上官達が走って来た。
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