黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息と訳あり令嬢の学園生活〜怒涛の進学編〜

血と苦悩

じゃが芋を潰しているヴィオラの口に、焼けたクッキーを端からホイホイ入れていると、トレイの反対からひょいひょいなくなっていく。

「いや!今食うなよ!またなくなるって!」
「何よ、ヴィオラには食べさせてるじゃない。」
「これは味見だって!一気に5枚6枚持ってくなよ!」

遠征中、好評だったナッツとドライフルーツのペーストを使ったソースを、今日は豚ヒレに合わせて焼いていく。
甘辛いフルーツソースは癖のある肉に良く合う。

ヴィオラが温室で採れたプチトマトを洗っていると、デイビッドが見たことの無い物を水切りカゴに開けた。
赤くてモサモサした植物のような不思議な物体だ。

「野菜ですか…?」
「これはダルス。キリフの海辺の方で良く食べられてる海藻の仲間だよ。乾燥させてあるのを水で戻したとこだ。」
「シャキシャキコリコリしてて面白い!」
「サラダやスープにも使えるし、体にもいいから流通させてぇんだよなぁ…」

助手がいると料理が捗る。
それだけではない、隣にヴィオラがいるというだけで、もう充分幸せだ。

デイビッドはこれ以上をいつも望まない。
真面目な話、貴族同士で仮婚約中の間柄ならば、本来これでも距離が近過ぎる程だ。
所謂、“節度”というものに従えば、この壁は望ましいものなのだろう。
翻弄されている様に見えて、案外こういう所は良く見極めている。
逆にヴィオラはそれが不満で仕方がない。
なんとか進展させようと、実はいつも躍起になって空回っている。

そしてその様子に外野の2人はそろそろ気が付き始めていた。

「ねぇ…思ったんだけど、もしかして…アイツのアレって、照れてんじゃなくて、耐えてんのかしら…?」
「その可能性、一理あるかもですね。祖父君もお父上も超が付く愛妻家で、家系上の誰しも一度惚れると暴走するのはお約束みたいな話ですから。」
「え?なに、じゃぁ豚の皮被った獣だったってこと?」
「豚も獣じゃないですか?」
「迂闊だったわ…なら余計に見張ってないとじゃない!?」
「この半年近くずっと見張ってたようなモンでしたけどね。」
「それにしても耐性なさ過ぎよね。そんなに女性との関わり無かったの?」
「ないでしょうねぇ。そもそも幼少時から話せる相手すら居なかったって話ですし。お茶会で女の子にはっきり「田舎臭い豚と友達になるなんて無理」って言われたそうですよ?」
「……あ……そ…そう…そんな事があったのねぇ…」

どこか狼狽えるシェルリアーナを他所に、エリックはそろそろ出来上がった料理のつまみ食いに向かい、フライ返しで叩かれていた。

「ご飯が出来ました!」
「人手があるとやっぱ早いな。」

トマトと海藻の赤が映えて、見た目もなかなか良い食事ができた。

「ヴィオラの作った料理が食べられるなんて幸せね!」
「このお肉パンに挟むと美味しぃですね!」
「おイモもサンドイッチにすると止まりません!ホクホクとふわふわとこってりで良く合います!」


今週はいよいよ卒業に向けた論文の仕上げに向けて、シェルリアーナは資料室、ヴィオラは図書室で作業することが多い。
デイビッドも魔法学棟の研究室に籠もり、少しでも作業を進めようと実験道具とにらめっこの日が続いた。
あれから出来上がった薬の数は7本。
日に10本から15本は仕上げる他のメンバーの横で、牛の歩みの作業は続く。

各工程が抽出や濾過など待ち時間を要する間、一息つこうと椅子に掛けた鞄を引き寄せると、中身が無い。
落としたかと思って視線を動かすと、気配を消したイヴェットが部屋の隅で丸まって、ボトルに詰めたお茶と卵のサンドイッチを抱え込んでいた。

「また猫になるぞ?」
「もうならないよ。油断しなければ大丈夫…」
「もう姿勢と行動が猫だろ…」
「君さ、なんでこんなすごいの飲んでるの?昨日のより強いよ、これ…」
「…俺には元々魔性の隠蔽を見破る力は無くてな、いずれこの目はアリーもヒュリスを映さなくなる。ベルダが言うには、その前に霊質の補給ができれば多少それが遅らせられるかも知れないそうだ。ドライアドとアルラウネの花は魔物素材の中じゃ特に霊質が高いからな。あと単純に香りが良くて栄養価と薬効が豊富だから使ってるってのもある。」
「…言ってることはわかるのに、めちゃくちゃなはなしだね。」

イヴェットはボトルの中身をカップに注ぎ、ゴクゴク飲んでサンドイッチを口いっぱい頬張った。

「霊質は、僕らようせいけっとうにも、ひつようふかけつなようそなんだ。いつもはまっずいポーションか、ヘドがでそうになるあんていざいで、ごまかしてしのいでる…」
「イヴェット?」
「アナもおなじさ。まじょのけっとうはとくに、ししゅんきにふあんていになりやすくて、きょねんまであんていざいがてばなせなかった…」
「イヴェット、おい、イヴェット!」
「あんていざいをのむと、しばらくたべものがうけつけられなくなって、けっきょくからだをこわすヒトも、おおぜいいて…」
「なぁ、頭。耳出てる!」
「に゙ゃぁぁっ!!」

イヴェットは猫の耳を押さえてまた丸まった。

「気づけよ!さっきはならねぇとか言ってたクセによ。」
「おさえがきかないんだよぉぉ!こんなにつよいれいしつはじめてで…アルラウネはうちでもつかってるよ!でもなんでこんなにちがうのぉぉ?!」
「アリーの花だからか?前に成体になる時、魔素が足りなくて枯渇しそうになって、焦って精霊樹の実を丸ごと食わせたことがあってな。以来他の個体とはなんか違うらしいぞ?」

あと考えられるのは鮮度と量くらいだろうか?
使い切らない程あるので、試しに手頃な茶葉と煮出してみたら上手くいったのが始めだった気がする。
そこまで聞くとイヴェットは、いきなり立ち上がって威嚇してきた。

「はぁ?!なにやってんの?!せいれいじゅの実なんて魔物に食わせる馬鹿がこの世にいるとか考えらんない!それ一つで遺伝性の魔力暴走に悩む特殊血統が何人救えると思ってんの?!魔術師と魔法医学に対する冒涜だ!冒涜!!そもそもアルラウネを育てようなんて気が触れてるとしか思えない!ホント君なんなのっ?!」
「お、戻った。」

フゥフゥ言いながら毛を逆立てていたイヴェットの耳が、だんだん元に戻っていく。
肩で息をしていたイヴェットは、またカップの中身を飲み干して大きく深呼吸した。

「…ん…なんかちょっと、スッキリした…」
「そうか、良かったな…」
「はぁ…君の隣は居心地がいいね。息がしやすくて、気持ちがとても軽くて、まるで重りから解放された気分だ…」
「今ガーって叫んだからじゃねぇの?」

イヴェットは残りのサンドイッチを口に詰め込むと、サンドイッチとボトルが入っていた紙袋を折り畳んでぼんやり窓の外を眺めていた。
そこへエドワードがやって来た。

「進んでる?」
「ぼちぼちだな。」
「珍しいな、イヴェットが呆けてるなんて。」
「さっきまで俺の弁当盗み食いして猫になりかけてたぞ?」
「あー…美味しかったもんね、デイビッド君のご飯。だからって…」
「猫なら仕方ねぇかって思った。」
「…彼女を見て猫ならって割り切れる君がすごいよ?」

そんなやり取りがあってから、イヴェットはちょくちょくデイビッドの周りに現れるようになった。


この日はもう温室も行かず、部屋で焼き菓子のストックを増やそうと考えていると、中から話し声がした。

「…って友達が言ってたんです。だからデイビッド様はダウナー系なんだと思います!」
「アレは単に捻くれて表情筋が死んでるだけよ。中身は割とフツーの男共と変わんないでしょ。ダウナーなんじゃなくてくたびれてやさぐれてんのよ。」
「本物のダウナーには色気もあるんですよ!あの人には欠片もないから違いますね。」
「でも笑うとかわいいですよ?」
「そうかしら?いつ見てもあんま変わんなくない?」
「表情のわかんない生き物も、飼ってみるとかわいく見えて来るって言いますからね。」
「何の話だ?!」

テーブルには何故か山盛りの豆が置かれている。
豆を選り分けながら談笑する3人の目が、それぞれの表情でデイビッドの方を見ていた。
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