黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息と訳あり令嬢の学園生活〜怒涛の進学編〜

鏡の妖魔

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「ヴィオラ!ソーダ水のお店があるわ!」
「喉渇きましたね!行ってみましょう!」

ヴィオラとシェルリアーナが次の店を目指して歩き出し、人混みがわずかに開けた瞬間、2人はガクンと後ろに引き戻され、地面でなく誰かの腕の中に倒れ込んだ。

「「きゃぁっ!!」」
「あっぶねぇ……」

何が起きたのかわからず、2人が急いで起き上がろうとすると、横倒れにひっくり返ったデイビッドが2人の肩を抱える様に下敷きになっていた。

「ちょっと!いきなり何するのよ!?びっくりしたじゃないの!転ぶなら1人で転びなさいよ!!」
「シェル先輩!あ…あれ見て下さい!!」

ヴィオラの指差す方には、倒れた空樽とそこに突き刺さった錆びた手斧があった。
そこは今正に2人が歩いていた場所だ。

「何よ…これ…」
「デイビッド様!大丈夫ですか?!」
「なんとかな…二人共怪我はないか?」
「なによ!もうっ!カッコ付けるなら最後まで付けなさいよ!転がってんじゃないわよ!!」
「無茶言うな…こっちも必死だったんだって。」

人が集まりザワザワし始めると、どこに居たのかエリックも慌ててやって来た。

「すごい音がしましたけど、何があったんですか?!」
「なんだろうな…どっかから斧が飛んできた。」
「斧ですって?!そんな物がどこから…それより、飛んできたって事は誰かに狙われたってことじゃ…」
「目的は俺だろうが、ヴィオラを巻き込むとこだった…いや、巻き込ませようとしたのかもな。」

もしあのままデイビッドだけ避けていれば、その先にいた2人に被害が及んでいた事だろう。
最悪の事態にならなかった事がなにより救いだ。
起き上がり、まずは2人を落ち着かせるため座れる所へ移動し、服についた草を払った。

「一体誰がこんな事を…」
「わからん。巻き込んで悪かった。気づいたのがギリギリで突き飛ばすのもなと思ったらああなって…」
「ドキドキしました!色んな意味で!」
「エリックが居りゃ防壁でも何でも出させたんだけどよ?!」
「申し訳ありません、離れていたもので…」
「でっかいプレッツェル両手に持って現れた時は一発殴ろうか迷った。」
「チョコとプレーンどっちがいいですか?!」
「今からでも殴ってやろうか…?」


怯えてしまったヴィオラとシェルリアーナは、もう気を取り直して祭りにという気分にもならず、警邏が来たので斧がどこからか飛んで来たことだけ伝え、ここらで早めに切り上げて帰ることになった。

「せっかくのお祭りだったのに…」
「誰も怪我しなくて良かったですよ。」
「せっかくデイビッド様と楽しもうと思ったのに…」
「サーカスも露店も楽しかったわよ?」
「楽しみにしてたのに…」
「また来よう?な?」

皆で慰めてもヴィオラの気持ちはなかなか晴れない。
その内悲しみが怒りに変わっていった。

「デイビッド様を狙うなんて、どこの不届き者の仕業でしょう!」
「どこで覚えたそんな言葉…?」
「見つけたらギッタギタにして騎士団に突き出してやります!!」
「ヴィオラ様が?!」
「魔力の無い攻撃は認識できないと反応しにくいんですね。もっと精度上がらないかしら…」
「魔力の無いただの攻撃を判別するのはさすがに難しいわね。常時展開すれば防げはするけど、それだと何も触れられなくなってしまうわ。」

怒りが静まってくる頃には学園に着き、いつものソファでまた不貞腐れてしまう。
すると浮かない顔をしているヴィオラの目の前に、緑色のソーダ水が置かれた。
細長いグラスの中で細かい泡がパチパチ弾けている。
その上に、これでもかとアイスクリームが乗せられて、真っ赤ないちごが飾られている。

「わぁぁ!こんな…こんな食べ物があるなんて…」
「少しは機嫌直してくれるか?」
「はいっ!」

笑顔に戻ったヴィオラは、ソーダに浮かぶアイスをスプーンで掬い、幸せそうに口に運んだ。

「ひんやりシュワシュワ滑らかシャリシャリ…全部おいしい…」
「今流行りのフロートってヤツね!冷たさが疲れた体に染みるわぁ!」

2人は夢中でスプーンを動かしていた。

「お代わり!次はコーヒーでアイスにチョコかけて!」
「シェル先輩食べるの早い!頭キーンてならないんですか?!」
「もっと味わえよ…この時期氷作るだけでも一苦労だってのに…」

コーヒー仕立てのフロートを楽しむシェルリアーナをじっと見ていたヴィオラは、一口もらって大人の味も楽しんだ。
機嫌を直した妖精は、その後大きなイチゴのパイと、ソーセージや肉の串焼きなど屋台の様な食事にも満足して、また少し浮かれながら明るい内にシェルリアーナと2人で寮へ帰って行った。

「送って行かないんですか?妖精が住処へ帰っちゃいますよ?」
「まぁな。こっちもボロが出るといけねぇしよ。」
「なっ!!!」

エリックがからかおうとすると、デイビッドが着たままにしていたジレを脱ぎ、肩に手を当てた。
色の濃いジレに隠れていた白いシャツが真っ赤に染まり、乾き始めている。

「怪我してたんじゃないですか!!?」
「掠っただけだ。躱し切れなくてよ。やっぱ速さがいる時はダメだな。」

シャツを脱ぐと、左の肩に浅い切り傷ができていて、少し腫れている、

「そうならそうと早く言って下さいよ!あんな錆びた斧に当たって破傷風にでもなったらどうするんですか!?」
「今から手当てすりゃ問題ねぇって。」
「なんで隠してたんですか!?」
「言えるかよ…余計不安にさせるだけだろ。誰も怪我しなかったで終わりになる方がいいだろ。」
「毒でも塗られてたらどうする気ですか、まったくもう…」

傷口に消毒液をぶっかけ、手荒に擦る様をエリックは信じられないという顔で見ていた。

「ヒェェ…痛そう…」
「この程度もう慣れた。」

ガーゼを当てて新しいシャツを着てしまえば、もう怪我人には見えない。
デイビッドは立ち上がり、壁に向かって何か考え込むと首を捻っていた。

「どうしました?」
「んー…飛んで来た斧の角度が、どう考えても空からなんだよな…」
「空?!」

“空から”と言うと語弊があるが、かなり高い所から投げつけられたのは間違いない。
飛んで来た勢いから、放射線を描いて落ちて来たとはとても考え難い。
高い木などもなく、やぐらやテントはあったが登ればかなり目立つ。
浮遊魔法や隠蔽を使えば可能だろうが、その場合間違いなくヴィオラの指輪が反応したはずだ。

「まぁ考えても仕方ねぇか。」
「いやいや!直で命狙われたんですよ?!」
「あの斧じゃ余程打ち所悪くなきゃ死なねぇよ。ありゃ牽制だ。この首いつでも取れるってよ。」
「やめて下さいよ。何時の時代の武将ですか?!そもそも狙われる筋合い無いし、ほとんど嫉妬と逆恨みでしょ?ホント勘弁して欲しいですよ!」


消毒液が切れたので、エリックが新しい物を取りに行く間、血で汚れたシャツでも洗おうと腰を上げた時、またあの声がした。

「よぉ!無事で良かったな黒豚ちゃん!」

エリックの姿見に映ったデイビッドがニヤニヤしながらこちらに話しかけてくる。

「あそこに鏡があってラッキーだったな。どうだよ、俺の言った事は当たって…ちょっと待て!どっか行かれたら話できねぇんだって!」
「何度見ても気持ちワリィな…」

鏡の中で自分が好き勝手動き、しゃべくる姿は思いの外不気味なものだ。

「まぁ聞けよ!?これで俺が敵じゃないって事が分かっただろ?いいか、もしもあの忌々しい魔法塔から俺を出してくれるなら、お前のこ…待て待て待て!ちょっ、行くな行くな!話させろよ!おーーいっ!!」

外に出ると鏡に映る範疇から外れ、一瞬で静かになる。
(あの手の輩とは関わりたくねぇんだよな…)
どうやらまた謎の人外に絡まれているようだ。
(魔法塔って事は、どっかに本体でも封印されてんのか?)

洗ったシャツを干して戻ると、今度は壁掛けの小さな鏡から声がする。

「ツレないなぁ黒豚ちゃん。少しくらい話聞いてくれたって…わかった!もう言わない!頼むよ、ちょっと顔貸してくれるだけでいいから!な?!」

鏡を裏返そうとすると、中の自分が慌てて懇願してくるのでそれも余計に腹が立つ。
しかし、このままいつまでも付きまとわられるのも面倒なので、仕方なく姿見から一番遠い所に腰掛けて、この妖精だか悪魔だかよく分からないモノの話を聞くことにした。
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