黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息と訳あり令嬢の学園生活〜怒涛の進学編〜

動き出す計画

新しい茶器が運ばれてきて、呆けている間も体は勝手に動き、お茶会は無事に終了した。
馬車の中で母に胸の内を吐き出したシェルリアーナは、家に着くなり部屋に籠もり、日記にその事を書き記した。

“忘れないで!私のせいで、何もしてないあの子がヒドい目にあったのよ!?”
“忘れちゃダメよ?!次に会ったらかならずあやまるの!”

しかし日記の続きがだんだん思い出されていく。

“あの子がどこにもいないの。もうアカデミーには来ないのかしら?”
“誰もほんとの名前を知らないって言うのよ。こんなに悲しいことってある?”
“未来の私へ。もう二度とこんな事くりかえしてはダメよ!私はあやまちをおかしたの!いつかこの罪はつぐなうのよ!胸に刻みなさい!” 
“きっといい子になるのよ?!そうしたらいつかまた友だちになれるかも知れないわ!”
“変わるのよシェルリアーナ!!”

「覚えてないわよ!そんな事っ!!」

真夜中、口の中の不味さと喉の渇きで目が覚めたシェルリアーナは、自分に悪態をついた。

(仕方ないじゃない!!こっちはこっちで淑女教育と魔女の修練で精神状態もギリギリだったんだから!そんなんで10年も前の事覚えてろって方が無理よ!なによ!しょうがないでしょ?記憶に無いって言われちゃったんだから!他は謝ったわよ!そりゃ12年も経ってからで、おまけに向こうはすっかり忘れてたけど!なんなら先一昨日こっちの手が赤くなるくらい引っ叩いちゃったけど!?)

コップの水を煽って再びベッドに戻ると、今度は膝を抱えてしまう。
まさかこんな別れ方をしていたとは思いもしなかった。
そしてお互いすっかり忘れた頃に再会を果たし、食事する仲になるなどとも欠片も思っていなかった。

「人間、本質は変わらないのね…勉強になったわ…」

シェルリアーナが再び眠りに就くと、今度は夢も見なかった。


人の本質は本当に変わらない。
12年前のお茶会で、デイビッドは連れて来られはしたものの、帰りたくてしかたがなかった。
その時、テーブルの方から音がして、女の子が泣きそうにしているのが見えた。
これであの子と入れ替われば、主催者に追い出されて帰れるかも知れない!
そう思い立ったデイビッドは早速実行に移し、まんまとお茶会から逃走を図った。
多少の痛手も日頃受ける暴力に比べれば気にならない。
家庭教師の目も盗んで部屋に戻らず、その日1日庭の東屋で久々にのんびり本を読んで過ごしたデイビッドは、それは満足していた。
一方であの日の妖精シェルリアーナが泣いていたとも知らず…

そんなものだから、お茶会が本人の記憶に残っているわけがない。
堅苦しい場を嫌い、逃げ足が早く、すぐにワクワクする方へ行ってしまう。
幼少の頃からそこだけは変わらなかった。


次の日は朝からよく晴れた。
デイビッドは外で庭仕事に集中していた。
軒下にずらりとぶら下げられた春タマネギ。
ローズマリー、ネトル、レモングラス、春のハーブもみんな乾燥させていく。
竈ではルバーブを煮ながら、燻製釜でベーコンとソーセージとハムを仕込み中。

洗い物と冬物の虫干し、ムスタとファルコの世話をして少し外に出してやる。
大砂鳥の寝床を掃除し、卵を回収したら午前中の雑用は終わり。
部屋に戻り、テーブルで書き物をしているとノックの音がして、久しぶりにテレンスが顔を出した。

「お、珍しいな。お前ひとりか?」
「セルは今大使館で仕事中だからね。先週最後の包帯が取れてもう1人でも歩ける様になったよ。」
「ずっとついてやってたのか?ご苦労なこった。」
「当然だろ?!彼は僕の友人であり理解者だ!王族って事を抜きにしても1人で放っては置けないさ。」
「で?お前はここに何の用だ?」
「相談…その、君に聞きたい事があって…」
「ほーん?…」
「これを見て欲しい…」

テレンスが広げた紙に書かれていたのは、フィーラーの領地内に線路を敷き、穀物運搬用の路線を通す計画についての提案書だった。

「んーー…?詰めは甘いが…まぁよく書けてんじゃねぇの?後は敷設予定地の調査と予算と着工中の補填についてもう少し…」
「この案を兄に取り上げられそうなんだ…」
「は?」
「兄は…フィーラー家の次期本家跡取り…僕は領地経営を任されて穀倉地帯を管理している分家の次期当主として養子に出されるんだ…その兄が、この計画に興味を持ち始めて、自分の手柄にしようとしてる…」
「それで早めに家から逃げて来たって訳か。」
「そう…多分もう父さんに持ちかけてるんじゃないかな。僕が何か言っても後追いだと言われるかも知れない…」
「なるほど…で、なんとか自分の手で計画を進められないかって話か?」
「そうなんだ!!」

フィーラー侯爵家も複数家門運営の複合貴族家だ。
当主の名が付いても、そこには大きな隔たりと、上下関係がある。
本家を継ぐ兄は王都に残り、テレンスは外に出される。
その扱いだけでも、郊外と農林水産を下に見るラムダの中央貴族お得意の差別意識が見え隠れしている。

デイビッドは改めて計画書を読むと、しばらく考えてから顔を上げた。

「まず、目を付けられて当然の出来まで仕上げられた事は誇っていいぞ?後はこっからどう興味を引かせるかだな。だったら、この計画を石ころに見せかければいい。」
「いし…ころ?」
「ギラギラし過ぎてんだよ!有用性、利便性、優位性、そんなモンがつらつら書いてありゃ欲しくもならぁ。」
「じゃぁどうしろって言うんだ?!計画を認めてもらうにはメリットを示すべきだろう?」
「余計な虫が集るような文言が多過ぎんだよ。主張が強い、もっと徹底的に魅力を削れ!」
「魅力を…提案書なのに…?」

デイビッド曰く、あまりにも人の目の集まるおいしい話には、必ず良くないモノが寄って来ると言う。
そういう時は下手下手に出て、こちらから請う形で事業主と話を着け、了承を得る場合があるそうだ。

「これが無きゃ今後大きな損失になりかねない、なんとかこれだけはお願いしたいってな理由を見つけて、相手から同情や慈悲を乞うようなやり方だ。お前はもう少し這いつくばるって事を覚えろ。地べたに足を降ろしてみろよ。使う側作る側の目線が見えると、また一皮剥けるぞ?」
「作る…側…」
「自分が工事夫と一緒になって線路を作るとしたら?何が要る?どうして欲しい?従業員の役割は?穀物を運ぶ人足は?そもそも穀倉地帯の従事者達は路線が通る事で何が変わる。変わった先で起こり得る問題は?上からじゃない、下から見上げてみろ。凡夫が足掻いて手を伸ばした風を装って、親父も兄貴も出し抜いて来い!」

これは、人の足を引っ張ろうと躍起になる連中の目を掻い潜り、出る釘はすかさず打ちに来る姑息な輩を出し抜いて、大きな商会を動かしてきた会頭ロドム仕込みの底辺のやり方だ。

「すっごい悪い顔してる…」
「うるせぇな。」

デイビッドは計画書の一部を添削し、別の紙にざっくりと思い付いた路線に対する意見を書くと、デスクから何かの書き付けを取り出し、1枚の紹介状を書き出した。

「これは…?誰かの名前?デュロック…?!」
「現在汽車の製作技術と権利を持ってる俺の大叔父に当たる人の連絡先だ。このカードは強いぞ?何せ公爵家に目を付けられて以降、鳴りを潜めちまってたからな。隠居した気でいるが、直接顔を見せた相手の相談には乗ってくれるはずだ。」

ラムダ国で唯一、汽車と駅を所有する開発者と繋がれる一筆。
これの有る無しで計画の現実味は大いに変わる。
思いつきで語る机上の空論ではなく、地に足のついた事業計画である事の証明だ、。
紙束をまとめてテレンスに返すと、デイビッドはまた手元の書面に集中してしまう。

「あ…あの!」
「ん?」
「ありがとう…ございます…デイビッド先生…」

そう言うと、テレンスは書類を抱き締め、部屋から飛び出して行った。
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