黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息と訳あり令嬢の学園生活〜怒涛の進学編〜

ヒュリスの引っ越し

週末はベルダの言った通り雨になった。
ドライアドとアルラウネの天気予報は、当たる当たらないではなく、風と空と土から得られる情報によるため、外れることがない。

「わぁーーー!!この鉢植えグネグネ動いてますよ!?」
「あぁ、中型までデカくなると触手が伸びてくるんだよ。危ねぇからヴィオラは触らなくていいぞ?」

今日は待ちに待ったヒュリスの植え替え。
新設された温室の中は既に湿度と温度が保たれ、土が最高の状態で待機していた。

ヴィオラも手伝いに来てくれて、デイビッド達と一緒になって植木鉢を運んでいる。

「イウコトキカナイヤツハ アリーガハコブカラ アンシンシテ」

大型ヒュリスは土から離れると暴れるので、その都度アリーが一発シメてから連れて来る。

「ぐったりしちまってるけど…いいのか?」
「ダイジョウブ イレタラ マタゲンキニナル」

少し不安だが、植物の事は植物に任せるしか無い。

壁もガラスもピカピカの温室には、作業用の小部屋と小さな噴水の付いた池が設置されていて、中で小魚が泳いでいる。
青いタイルで統一された床には、草花や蔓の模様が描かれ、異国情緒があって美しい。

その片面にみっしり並んだヒュリス。
1番巨大な個体は根を張ると厄介なので、アリーのツルで天井から吊り下げられ、垂れた長い根の先から水と栄養を吸い上げている。

「思った以上に気持ち悪ぃな!!!」
「一面全部ヒュリスって…なんかヤだね…」
「でもメガネ外すとなんにも見えない…」

空いた所には、水辺に水耕栽培で大きくなったルポナス草と、並んだ鉢植えにはアリーから取れた世界樹の実モドキの種が植えてあり、中央には小さなヤシの木と、アリーとリディアの挿し木が添えられている。

「なんだか秘密基地みたい…」
「内側の結界と防壁と魔術式考えたら鉄壁要塞みたいなもんだけどね!!」
「極秘事項しか詰まってねぇからな…」

ヒュリスの消化液は、巨大ヒュリスの脇にぶっ刺したパイプをつたい、外の蛇口から幾らでも汲めるようになっており、いずれトリートメントの生産が軌道に乗ったらそこから回収できるようにしてある。

「お疲れ様!これで今日の作業は終わりだよ!!」
「デイビッド様の2つ目の秘密、私ちゃんと守りますからね!?」

誰もが羨むサラサラヘアを手に入れたヴィオラは、その原材料の秘密を知り、大いに驚いていた。

「でももう二度と命懸けの討伐とかヤメて下さいね…?」
「あれはアリスからの依頼で断れなくて…いや、確かに持ちかけたのは俺だったけど…わかった、もうここまでヤバいのには手は出さねぇよ…」
「約束ですからね!?」 


昼前には雨が止み、曇り空ではあるが外が出歩ける程度にはなった。

「ヴィオラ悪い、この後少し商会に呼ばれてて、王都の方に行ってこないとなんだ…」
「私なら大丈夫です!シェル先輩と魔法学の予習をしてるので、ゆっくり行ってきて下さい。」

デイビッドはクロードから受けたバカバカしい王都追放に、始めは意地になって従っていたが、今はとっくに忘れて堂々出入りしている。
元より王家は誰も本気になどしていなかったが、夜会で大勢に聞かれてしまった事で、市井ではそれが事実のように広まり、姿を見せると新聞やゴシップ誌が騒ぐが、商売の邪魔にならない内は気にしないことにした。
対してヴィオラは、教会という大きな組織からの追放宣言と生家からの縁切りを受けているので、滅多なことでは王都に足を踏み入れる事が憚られていた。
ましてや隣を歩くのはデイビッド。
身を守るという意味でも、王都を通る際には馬車と護衛が要る。

デイビッドは王都に呼ばれると、その都度申し訳ないという顔をするが、ヴィオラは全く気にしていなかった。


エリックを連れたデイビッドが商会に着くと、ものすごい勢いで化粧品部門の女性陣に詰め寄られた。

「若様!どうなさるおつもりですか!?」
「そうですよ!お得意様限定販売の反響がとんでもないことになって、このままでは反乱が起きますわ!!」
「んな大袈裟な!!」
「何か大げさなものですか!既に店頭で大騒ぎされるお客様が何組もいらしているんです!!商会全体の業務が滞る始末ですよ!?」
「わかったわかった!!大通りの角にできた空き店舗辺り押さえさせとくから、店が整い次第始めてくれ!」
「また人任せな!!ご自身でお客様をお迎えする気概はないのですか?!」
「俺がいたら売れるもんも売れなくなるっつーの!!」

ヒュリスのトリートメントは“アフロディテ”と名付けられ、輝かしい金のリボンを付けた細長い瓶に収められて、ラベルには髪の長い女性の横顔が銀色のシルエットで描かれている。
ひとまず500本限定で販売した所、とんでもない事態になり、収拾がつかないらしい。
美を求める女性のエネルギーとは恐ろしいものだ。

それから指示書にいくつか判を押し、腰を上げようとすると今度は魔導具の製作部門に呼ばれてしまう。

熱気の籠もった工房では、バルドル親方が炉から上がった魔導具に仕上げをしている所だった。

「おお、来たか!今終わらせちまうから少し待っとってくれや!」

職人が行き交う工房内は賑わってはいるが、手の空いた職人が次の工程を待っていて効率が悪そうだ。
というのも、魔導具の術式を正確に焼き付け、回路の確認が行える職人が足りないらしい。

「やれやれ、せめてあと一人、入れられんかね?!」
「うーん…腕の良いのは皆どっかのお抱えにされちまうし、若いのは大手に取られちまうし…なかなかなぁ…」
「けっ!何が大手だ。名前ばっかりで中身もねぇ大量生産品じゃねぇか!ったく、昔のやり方はもう何処も残っちゃいねぇか…」

受注の魔導具の出来と素材の在庫を確認すると、次は大型調理機の試験品を入れた系列店に使用感や改善点を聞くため、デイビッドは再び外へ出た。

「旦那様は執務室で人を動かす方でしたけど、デイビッド様はすぐ自分で動いちゃうんですよねぇ…」
「いいだろ別に!そもそもまだ見習いだ!どういうもんか経験もしねぇで指示なんか出せるかよ!?」
「その癖、肝心な所は人任せにして逃げちゃうんだもの、経営者失格ですよ?」


貴族の集まるカフェ通りを馬車で行くと、一角に華やかな庭園が現れ、その奥に白い建物と仕切りに区切られた屋外カフェが見える。
裏口から中へ入り、厨房で調理魔導具の様子を見てから、屋外の間仕切りに使われている防音と認識阻害の魔術式の説明を受けていると、どこかのブースから怒鳴り声が聞こえてきた。

「これは他の客には聞こえないようになってんのか?」
「はい、従業員専用通路以外に音声は漏れないようになっております。」
「便利ですねぇ。でも密会とかに使われて、犯罪まがいの事に利用されたりしませんか?」
「この様に従業員には見えも聞こえもいたしますので、常に巡回して怪しいお客様には声を掛けさせて頂いております。」
「で、アレはどうするよ?」

どうやら若い男性が女性に怒鳴りつけているようだ。
テーブルを叩く音や、椅子を蹴る様な音まで聞こえてくる。

「あれは…流石に一度お声掛けしなければなりませんね…」
「じゃ、俺行ってみていいか?中と外でどう見えてんのか見てみたい!」
「面白がってる…」

ブースのドアを開けると、まずはパーテーションの裏に出る。
そこから客の様子を伺い、注文品を出すタイミングや声を掛ける必要性の有無を確認するらしい。

エリックとデイビッドは客からは見えないパーテーションの隙間から中の様子を覗き見た。

(あ…!)
(え?あれって…まさか!?)

暗い顔で俯いている女性と、激昂して怒鳴り声の止まない男性。

(ミス・エリザベス?!…と、相手は誰でしょう?)
(ボンド商会の跡取りだ…女好きで遊び歩いてばっかな上に、腕が悪くて工房からおん出された事で有名なんだがな…)

そのドラ息子が、天才魔道具師のエリザベスを捕まえて一体何をしているのだろうか…
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