黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息と訳あり令嬢の学園生活〜怒涛の進学編〜

エリザベスのお見合い

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ブースの中では、ブロンド髪の男がエリザベスに向かって何かひたすら文句を言っている。

「クソッ!なんでこの僕が、お前みたいな色気もないチビでブサイクな女と婚約なんかしなくちゃならないんだ!!」

((婚約?!))
どうやらこの席は、エリザベスのお見合いに使われているらしい。

「何だその顔は!文句があるなら言ってみろ!父様もどういうつもりなんだかな!お前なんかよりロリーナの方がよっぽど頭が良くていい女だと言うのに!まぁいい、お前と婚約さえすればロリーナとは好きにして良いと言われてるからな!妻にできないのは残念だが、余計な仕事をさせずに済むならきっと彼女も喜んでくれるだろう!」

(うわ…堂々浮気宣言とか、絵に描いたようなクソ野郎…)
(………)

エリックが出て行こうとすると、デイビッドがそれを止め、静かにしていろと合図した。

「お前は僕の言う事だけ聞いていればいい!店には絶対出るなよ!?お前みたいなブサイクが店にいたら売り上げが落ちる!工房の隅から出て来るな!いいか?お前は魔導具だけ作っていればいいんだよ!!」

(あそこまで言わせておくなんてどういうつもりで…あ、録音中だ…静かにしとこ…)
エリックはデイビッドがいつから撮っていたのか、記録用魔導具(改)をパーテーションから差し込んでいるのに気が付いた。

「なんとか言えよ!!こっちはお前の親に頼まれて、仕方なくお前なんかと婚約してやるって言ってるんだぞ?!ひれ伏して詫びるくらい出来ないのか?!この、落ちこぼれの行き遅れが!」

遂に男は手元のカップをエリザベスに向けてぶち撒けた。
ポタポタと雫の滴るエリザベスは、身動ぎもせずじっとしているに。

(よし、こんなもんか…)
(わぁ…初っ端からブチ切れモードで行く気だこのヒト…)
スッとパーテーションから出て行くデイビッドを、エリックは少しワクワクしながら見送った。

「おい!!いい加減に…」
「いい加減にすんのはテメーだよ!!」

デイビッドは立ち上がりかけた男の頭を抑えつけ、テーブルに叩き込むともう一度頭を持ち上げた。

「困るんですよねぇ…人の店で騒がれると。女性を一方的に貶すクズ野郎が出入りしてるとか噂が立つと、ホント迷惑なんで…お引き取り願います……」

口にしたセリフよりも、凄んだ顔の方が恐ろしい。
男は口をパクパクさせながら何か言おうとしていたが、椅子から引き摺り降ろされて、更にガクガク震えていた。

「ボンド商会か…だいぶ経営が厳しいらしいが、ネームバリューだけでなんとか持ちこたえてるトコだったな…先代は努力家だったが、息子と孫は出来損ないのクズの様だ…悪いが、ここらで幕を引かせてもらおうか。」

デイビッドの合図で従業員が数人やって来ると、この情けない男を店の奥へと連れて行った。
乗ってきた場車に乗せて家まで帰すのだろうが、そこへデイビッドがもう一声かけた。

「お前の言い分はよーーくわかった。ただし、それに同意してくれる人間が父親以外にいると思うなよ?!」

デイビッドは、手にした記録映像を関係者に公開するつもりだ。
いくら老舗とは言え、赤字続きで屋台骨もボロボロの店の跡取りがこれな上に、父親もそれを容認しているとなれば、もう何処も契約はしないだろう。


ぼんくら息子が連れて行かれると、デイビッドは悪人の様な表情から元に戻り、エリザベスの元へ駆け寄った。

「大丈夫か…?」
「…うん…だい…じょうぶ…濡れただけ、アハハ…なんか、ゴメンね?情けないとこ見られちゃった…」

エリックが店の奥から大きなタオルを持って来てエリザベスにかけた。

「悪かった、記録を取ろうなんて考えない方が良かったな…」
「そんなことないよ!デビィが影から合図してくれたおかげで心強かったし、じゃぁ決定的な瞬間撮ってやろうって思えたもん!ありがと、助けに来てくれて。アタシ1人じゃ…ホントに…何もできなくて…アハハ…はは…うぅっ…」

しゃくり上げるエリザベスを馬車に乗せ、デイビッドは商会に向かった。

「アタシね、兄弟の8人目なんだ…家の継ぐものは全部上の兄さんや姉さん達が持ってるし、それが無くてもみんな功績上げて家を出てるの…」

エリザベスは胸のつかえを吐き出す様に喋り出した。

「デビィはさ…褒めてくれたけど、アタシにできることなんて、兄さん達はもっと前にできるようになってたし、ウチじゃみんなできて当たり前なんだ…物覚えも要領も悪くて、いっつもビリで良いとこナシなんだアタシ…だから…せめて早く結婚して家を出ろってずっと言われてて…それで…一番お金出してくれたとこに決めたから文句言うなって言われちゃってさ…」

あとからあとから溢れ出る涙を拭いながら、それでもエリザベスの話は止まらない。

「あ…たし…これからどうしよう…この婚約がダメになったら、もう面倒は見切れないって言われちゃっててね…そしたら学園にも通えなくなっちゃう…ペンター家の落ちこぼれって有名だから…どこも雇ってくれないし…兄さん達には嫌われてるから頼れないし…アタシ、もうなんにも残ってないの…なんにも……うっ…うぅぅ…うわぁぁぁん!!」

声を上げて泣くエリザベスの背中をエリックが優しく撫でながら、「これは本来お前の役目だぞ」という視線をデイビッドに向けた。


「始めに言っときますけど!友人がカフェで見合い相手に紅茶をかけられて困ってたから連れて来ただけですからね!?」
「あら…そうなのね?」

グロッグマン商会の服飾部で、偶然来ていたフィズ夫人にデイビッドが必死で前置きの説明をしている。
夫人は、また違う女性を伴って現れた甥っ子に尋問しようと近づいて行ったが、先に弁明されてしまい、上げかけた手をサッと背中に隠した。

「まぁまぁ、災難だったわねぇ。もう大丈夫よ、さぁこちらへいらっしゃい。シャワーを浴びて、お着替えも用意ましょうね?!」

エリザベスの事は夫人と従業員達に任せ、デイビッドは直ぐに会頭のいる部屋に向かい、ボンド商会に関する契約の一切を切るつもりでいる事を告げた。

「なるほどなるほど。確かにボンド商会はこのところ赤字も多く支払いも滞っておりますな。何より代替わり後から評判も落ちる一方で、あまり良くない噂まで耳にしております。ここらが潮時でしょう。不渡りなど起こされる前に、精算しておく方が良いでしょう。」
「悪いな、少し個人的な感情で動いた部分もあったんで、難しいかとも考えたんだけど…」
「いやいや、商人の勘や感性というのも、商いをする上では重要な素養ですからな。数字を見てもここはいずれ切っていたでしょうから、それが少し早くなっただけのこと。気にされますな!デュハハハハ!!」

会頭と別れると、今度は経理と統括室へ行き、いくつかの書類に目を通しサインをしていく。
その中でボンド商会とのやり取りに関する書類を抜き出し、別にまとめているとエリックが顔を出した。

「落ち目と言え老舗商会を切るのに全くためらいもないなんて、そういうの日和見しない所は本当に会頭仕込みですね。ロドム様の機嫌が良いことで。」
「そりゃガキの頃から色々教わったからな。実践で…」

12歳で家を飛び出し、クロノスにくっついて国を縦断したデイビッドは、エルムの砂漠地帯で当時行商をしていたロドムと出会い、1年以上行動を共にした事がある。
大きな商会を抱えながら、長年の夢であった故郷の立て直しに一役買いたいというロドムたっての願いを叶えるため、キャラハンを率いて移動中に拾われたのがデイビッドだった。

旅の最中、ロドムは行商をしながらデイビッドに商人としての心得を叩き込み、一人前の商売人として育てようとしていた。
その後正体がバレ、その繋がりでロドムはグロッグマン商会をデュロックの傘下に収める決断を下したそうだ。
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