黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息と訳あり令嬢の学園生活〜怒涛の進学編〜

懸念

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「それにしても、ずいぶんハッキリ拒絶したじゃない?教員の立場もあるのに、思い切ったわね?」
「いや…もうあの顔見ると頭に蛆虫しか出て来ねぇし、触られたら身の毛がよだつ感じがして…」
「魔力をまとって人に触れてるんでしょうね。流石のそのベストも魔力の感触までは防げないのね。ヴィオラも、嫌ならあのくらいきっぱり断らないとダメよ。人との衝突を避けて自分の身が守れなくなっては本末転倒なんだから!」
「どうでもいいからヴィオラ持ってくなよ…」

今度はシェルリアーナに抱き寄せられて、ヴィオラは困ったような、それでも嬉しそうな顔をしている。

「あんなのにいちいちかまってちゃダメ!ああいうのこそ相手にしてやってると調子に乗るんだから。」
「でも、あからさまな態度だとまたイジメだなんだ言われて…特待生はそう言う噂を流されると指導対象になっちゃうんです…」
「だったらいい手があるじゃない!」

シェルリアーナはヴィオラに何かコソコソ耳打ちすると、人の悪そうな笑みを向けた。

「相手がそう来るなら、こっちも同じ手でやり返してしまえばいいのよ。醜聞を避けなきゃなのはお互い様のはずなんだから。」
「はいっ!頑張ります!!」

気合を入れ直したヴィオラは、再び自分のクラスに元気よく戻って行った。

「…何、話したんだ?」
「そんな大したことじゃないわよ。目には目を、ってね。」
「あんまり変な事吹き込むなよな…」


ヴィオラと別れた後、魔法学棟に向かうと、第七研究室ではいつもの3人が課題の難問に突き当たり、頭を抱えていた。
ドアを開けると、机いっぱいに広げられた紙の上にエリザベスがひたすら魔術式を書き込み、イヴェットが薬草の配合を組み替え、エドワードがその通りに薬草を混ぜ合わせていた。

「あ!シェリー手伝って!ベルダ先生の課題が全然進まないの!」
「ヒュリスとルポナスの魔力成分がなかなか混ざらないんだ。」
「何かいいヒントないかな…魔女の秘薬とか…?」
「そう都合良くあるわけ無いでしょ?!私にも見せて。」

魔法で精製する薬になるとデイビッドに出番はない。
大人しく自分用の器具を取り出し、こっちはこっちでヒュリスの蒸留を始める。

ガラスの蒸留器の中、刻まれた肉厚なヒュリスの花弁から水分が滲み出し、揮発してまた管を通りビーカーの中に落ちていく。
甘く重みのある香りが部屋に立ち込め、デイビッドは目を閉じて何か考えていた。

(ジャスミン?ピオニー?…ライラック…?何に似てるかな…?華やかで安定感があって…揮発成分だけでも気持ちが落ち着く感じがする…麻薬の成分は麻酔にも応用される…モルヒネも元はアヘンだ…ダチュラも神経毒の強い植物で…だったらコイツも使えるんじゃねぇか?痛み止め…痛み止めか…解熱…鎮痛…麻酔…鎮静…弛緩作用もあるんだっけか…」

ヒュリスとルポナスを他の容器で濾過し、少しずつ混ぜてみるがこちらもエドワード達と同じく分離してしまう。
どうしたものかとヒントを探している内に、デイビッドは次第に頭がふわふわとしてきて別の事も考え出した。

(分離した…なんか間に混ぜないと……リシュリューソースは卵を入れて酢と油を混ぜる…ガナッシュにはクリーム…豚と鶏は骨から出るゼラチン質でスープが白くなる…カカオは油脂だけ取り出したら白くなる…分離してまた混ぜて…バター…クリーム…チョコレート…油脂…オイル…?)
夢現に片足を突っ込み、いよいよ手元が危うくなって来た時、デイビッドは素材サンプルの中にあったドライアドから抽出した精油を取り出し、ビーカーに注いで混ぜだした。

(お…混ざった…)
「「「混ざった!!!」」」
「なんで?!何混ぜたのアンタ?!」

大声を出されてはたと我に返ると、手元には乳化してパステルミントに染まった抽出物が練り上がっていた。

「あぶねぇ…!!」

恐らく、蒸留したヒュリスの揮発成分にも鎮静作用かなにかがあるのだろう。
間近で作業していたデイビッドの思考は、完全にどこかへんでいた。

「いや、あっぶねぇ~…ボーッとしてた…」
「今、本気でどっか行ってたよね!?」
「僕も少しくらっと来た…なんだろうコレ…」
「この精製油のせいかな?良く効くみたいだね。催眠薬にもなるんじゃないかな?」
「窓開けて!換気して換気!!」

風が入り空気が入れ替わると、5人は改めてデイビッドの手元のビーカーを覗き込み、混ざった物体を確認した。

「混ざってる…白っぽいのは油脂のせいかな?」
「なんの油を入れたの?」
「覚えてねぇ…出した瓶のラベル見ねぇと…えーと、ドライアド…ああ、剪定したリディアの枝から取った精油だな。」
「ドライアド!そうか!その手があった!植物性の魔物の成分なら魔性質の植物同士を上手く繋いでくれるはず!」
「すっごいよ!私達もやってみよ!?」

そこからは次々と魔力薬の瓶が出来上がり、後はベルダの判定を待つばかりとなった。

「ありがとうデイビッド君!本当に助かった!」
「君は本当に良く奇跡を起こすね。トリップした君の顔、最高にトロけてたよ。」
「ポワポワしてるデビィかわいかった!」
「かわいくねぇよ!!」

先日、マンドラゴラを見てもかわいいとはしゃいでいたリズのかわいいとは…
シェルリアーナはミント色の薬をかき混ぜながら、ヒュリスの精油を凝視していた。
(魔女の薬棚に加えてもいいかもしれないわね…)
魔女の薬棚とは、歴代の魔女達が探し集め吟味し積み上げて来た薬を作るための目録の事だ。
どうやらヒュリスは、ロシェ家の魔女のお眼鏡に叶ったようだ。


試薬を見て、狂喜乱舞するベルダに絡まれる前にさっさと魔法学棟を後にしたデイビッドは、学舎内を歩く内にまた自分へのヘイトが増えた事に気が付いた。
ヴィオラの分がこちらに向いたのだろうが、噂話が娯楽とは、学生が随分と寂しい学園生活を送っているものだ。

しかし何を言われようと、デイビッドの頭の中は今、他の事でいっぱいだ。
もうすぐヴィオラの誕生日が来る。
その日を指折り数えて、何を贈ろうか、どう祝おうか、そればかりで忙しい。
楽しみがあると、幸せが続く。ヴィオラの言う通りだ。
こんなに何かを楽しみに待ち遠しく思う事は、久しくなかった。

しかし懸念がひとつ。
ヴィオラの誕生日を挟んで1週間、街は祭りの時期となる。
それも、女神マナを祀る教会の“聖女の式典”が行われるのを祝う王都最大のイベントだ。
街中が聖女を称え、女神に祈りを捧げる中、その教会から追われたヴィオラが目立つのは避けなければならない。

(授業が終わったら直ぐに声を掛けて…外出届はもう出してあるから、にも連絡しとかねぇと…)
あれこれ考えるデイビッドは、確かにこの時、期待と喜びに満ちていた。


領地経営科の教室では、デイビッドの表情がいつもより穏やかな事に、早くも生徒達が気が付き始めていた。

「来週は学園も休みだな。俺は教会とか宗教関係はあんま興味ねぇし関係もねぇから行かねぇけど、結構デカい催しなんだろ?」
「先生知らないんですか?!王都一のお祭ですよ!?」
「結界を張り直す時に、街中に祝福の光が降るんです!それがすごく綺麗でなんですよ!その後パレードと花火があって、毎年趣向が違ってて楽しみなんです!」
「王都の風物詩ですよ!?」
「うーん…俺はこの後の夏至祭りの方が馴染みがあるな。郊外の領地でもそっちはどこもみんなやってるだろ?その後はディルケの星祭りもあるし、わりと夏は忙しいよな!?」
「先生も楽しみなんですか…?」
「いや?特には?」
「でも…あの…なんか楽しそうなので…」
「あー、気にすんな!」

この日は治水の中でも反乱の起こりやすい地域の水源と、もしも防水措置を取るならどこが良いか皆で討論し合い、終了した。
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