黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息と訳あり令嬢の学園生活〜怒涛の進学編〜

血統医術

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(死ぬのか…)
何度目かになるかわからない死の予感。
幾度となく乗り越え、最早慣れたと言ってもいい血の冷える感触。
しかし今までと明らかに違う事がひとつ。
(死にたく…ねぇなぁ…)

今の今まで、いつどこでこの身が果てようが朽ちようが構わなかった。
常にその覚悟はできていたし、惜しむ様な人生でもない、もし明日目が覚めなくても、それはそれでいいと腹を括って生きて来た。
それが今、初めてこの命が惜しくて仕方がない。

(死にたくねぇな…でも…ここで俺がいなくなれば、ヴィオラは自由になれるのか…?)
暮れなずむ空が菫色に染まり、赤い光が差している。
(こんな国さっさと捨てて、もっと広い世界に出ることもできる…もっとたくさん人に会って…また誰かと一緒んなって……)
息が浅くなり、煩かった鼓動が次第に弱くなる。
全身の痛みがスッと引いて体が軽くなると、デイビッドは血に染まった身体を引きずるように立ち上がり、朦朧とする頭を立て直し、城の方へ歩き出した。

「フザケんなよ…死んでたまるか…せっかくここまで来たってのに…こんなとこで…」

壁伝いに正しく死に物狂いで足を動かし、気が付いた兵士達が駆け寄って来て、急いで城内へ運び込まれた時には、デイビッドの意識はぷっつり切れて、また暗闇に沈んでいた。



「あっ!熱い!なんだろう…?指輪が熱くなってる…」

湯浴みを終えたヴィオラが着替えていると、左手の薬指に嵌めた指輪がいきなり熱を持ち始めた。

「まさか…デイビッド様に何かあったんじゃ!!」

魔道具の指輪の異変に、ヴィオラは不安が抑えきれなくなった。
部屋を飛び出し、回廊を駆けていくとエドワード達とエリックが何か立ち話をしている所に出会した。

「あら、ヴィオラ?どうしたの血相変えて…」
「デイビッド様は?!まだお戻りではないんですか?!」
「そう言えば少し遅いですね。」
「商会の方でなんかあったのかな?」
「あんな事の後だから少し心配だね。」
「私見てきます!」
「1人ではダメよヴィオラ、私も行くわ!」
「アタシもついてくよ!?」
「なら、みんなで探しに行こう。大丈夫、彼の事だからきっとどこかで道草でも…」

言いかけたエドワードの動きが止まり、城の入口に視線を動かした。

「エド?」
「イヴェット…急いで治療の支度を…血の…彼の血の匂いがする!!」

聞くが早く駆け出したのはヴィオラと、その後ろを追うようにエリックが続く。

「イヴェット!医療箱を!」
「わかった!リズ、特殊防壁の用意!アナは薬の支度をお願い!僕は道具を取って来る!!」
「任しといて!!」
「はぁ…無駄口を叩く暇は無さそうね…」

デイビッドを担ぎ、医療棟を目指していた兵士達を見て、ヴィオラは真っ青になった。

「デイビッド様!?そんなっ!!デイビッド様!デイビッド様、イヤです、お願い目を覚まして!!」
「駄目ですヴィオラ様、動かさないで!」
「なんでこんな事になってるの?一体何があったって言うのよ!?」
「君達ありがとう、後は僕等が引き受けるよ。代わりにシモンズ先生を呼んで来て欲しい!」

兵士達からデイビッドを預かると、エリザベスが箱状の魔道具をガチャガチャ回し、銀色の防御壁を展開させた。

「この中は無菌室!入った物は消毒される特殊結界だよ!」
「時間が無い。ここで治療します!」
「エリック先生、デビィの事押さえてて!」
「わかりました!」
「出血より…恐らく毒による衰弱だ…」
「解毒魔法は掛けられないわよ?!どうするつもり?」
「そこは君の薬が頼りだよ。」

そこへイヴェットが小さなトランクを持って戻って来た。

「お待たせ、これが僕の商売道具さ!」

薄いトランクを開くと、中から大きな棚が現れ、そこには医療具がずらりと並んでいる。

「毒の解析が必要だ……イヴェット、血統医療の権限を使う!魔法誓約書を作ってくれ!」
「いいけど…本人の同意無いよ?どうするの?」
「大丈夫、婚約者で間に合わせる!」

エドワードは真剣な顔でヴィオラと向き合い、口早に説明を始めた。

「ミス・ヴィオラ、僕はこれから解毒薬を調合するために、彼の血液中の毒物を解析しなければならない。そのために吸血行為、つまり血を飲む必要がある。」
「血…をですか?試薬を使うとかではなく?」
「今は試薬の反応を待つ時間も惜しい!僕はヴァンパイアの血統でね、人の血に何が含まれているか、味で分かるよう訓練を受けてるんだ。しかし、非人道的行為でもあるから、必ず同意が必要なんだ。今は彼の代わりに君の答えが欲しい…」
「それでデイビッド様が助かるなら…私は同意します!!」
「ありがとう!ミス・ヴィオラ!!」

誓約書に魔法文字が浮かび上がり、書類がたちまち出来上がると、ヴィオラがそこにサインをする。
イヴェットがそれを確認すると同時にエドワードが動いた。

「ごめんね、デイビッド君…僕の事、嫌わないでくれると嬉しいな…」

肩に突き立ったナイフを一気に引き抜くと、身体が少し跳ねたが、エドワードは構わず血の噴き出る傷口に被さり血を啜った。

「ヴァンパイア族の吸血は初めて見ました。」
「直接吸うんですね…」
「ごめん、僕もちょっと引いた…普通は入れ物とかヘラとかでかき集めて、味見するくらいなんだけどね。」
「ちょっと!エド!飲み過ぎ飲み過ぎ!!そんないる!?」
「あ…ゴメン…勢い良く血が出て来たんで勿体なくて…」
「だったら止血くらいなさい!スプラッタが2人に増えてどうすんのよ!」
「で…?毒の成分わかった?」
「もちろん…アミガサグモ、ハナミドクガエル、マダラトリカブト、アメミズチは血清がいるね、すぐに作るよ。」

口元を拭いながら、エドワードが呪文を唱えると、傷口から赤い血の玉がぷくぷくと宙に浮かび上がり、指先に集まってそこから透明な物質が分離した。 
血清ができると、それをまた傷口から体内へ送り込む。

「これが僕の得意技。血に関することなら、誰よりも良く知ってるし、自在に変化させられる…怖いかな?」

ヴィオラはそれを聞いてもふるふると首を振り、エドワードの手元をじっと見つめていた。

エドワードが血管を探り止血する間、毒に合わせた解毒薬をシェルリアーナが調合し、それをイヴェットが銀の注射器に吸い上げ、まじないを込めて首筋から一気に全身に巡らせていく。
どれも各血統にのみ許される特殊な治療術だ。
シェルリアーナが薬を塗り、イヴェットが細い糸を操り丁寧に傷を縫合し、エリザベスは時折結界を張り替えて中の清潔を保つ。

「すごい連係ですね。」
「幼馴染だからね、デビィが来るまでずっとこの4人でやって来たの。」
「頼もしい限りですよ。」

何もできないヴィオラは、ただひたすらデイビッドの手を握りしめていた。

やがて傷が綺麗に塞がり、洗浄を終えた4人が結界を払うと、いつの間にか外で待機していたシモンズに睨まれた。

「こんな道っ端で血統権限なんか使うんじゃない!!」
「すみません…」
「でも緊急で!」
「だったら隠蔽が認識阻害くらい掛けんか!外から丸見えだ!いつ人が来るかと兵士達がびくびくしていたぞ!?」
「申し訳ありません…」
「えへへ…アタシだぁ…ごめんみんな…」

用意されていた担架にデイビッドを乗せると、薄っすら目が開き、ぼんやりとヴィオラの方を見た。

「デイビッド様!!気が付きましたか!?」
「ヴィオラ…?」
「はい!ヴィオラです、ここにいます!デイビッド様、一体何が…」
「……やっぱ……ヴィオラに…黒は…似合わねぇな……」
「え……?!」

担架が運ばれると同時に、デイビッドの手を握っていたヴィオラの指からスルリと指輪が引き抜かれ、手が離れ軽くなる。

「待って…デイビッド様!!ダメ!返して!似合わなくてもいいの!釣り合わなくてもいい!持っていたいの!私の宝物なの!!返して!お願い、取らないで!デイビッド様ぁっ!!」

担架を追い掛け、泣き縋るヴィオラの反対から、ボキボキッという音がする。

「ほら、取り返したぞ?」
「え?え?!」
「あ!そういう感じでいいんだ?!」
「死に損ないの兵士の戯言なんぞ相手にするだけ無駄だ。どうせ気がつけば覚えてすらいないだろ。ただのうわ言が本音な訳あるか。これから医療棟で再度診察する。状態が落ち着いたら呼んでやろう。諸君、ご苦労であった!」

カツカツと踵を鳴らし去って行くシモンズを、残された6人は不安に包まれながら見送った。
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