黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息と訳あり令嬢の学園生活〜怒涛の進学編〜

ヴィオラの誕生日

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真っ暗闇の中、デイビッドは息苦しさと痛みで気が付くと、そこは見覚えのある空間だった。
地面には泥の様な重い何かが広がっていて、身体中に纏わりつき、起き上がるのも一苦労だ。
立ち上がり、前に進もうとするが、そもそもどっちへ向かえばいいのかもわからない。
(ここは…前にも来たことがあったっけか…?)
少しずつ足を動かすが、ズブズブと沈んでしまい、だんだん身体が泥に埋まっていく。
(流石に疲れたな…)
目を閉じようとした時、誰かがデイビッドの顔を叩いた。
(いてっ!!なんだよ一体!)
目を開けても何も見えないが、弱々しい力がデイビッドの袖を掴んでいる。
(…来いって言うのか?)
振り払えば掻き消えてしまいそうな程小さく弱い力だが、デイビッドをどこかへ連れて行こうと必死な様子はよくわかる。
(わかったよ……)
痛む身体を引きずるように、デイビッドはまた暗闇と泥の中を歩き出した。


王城の医療棟の奥、シモンズ直下の診療室で、消毒液と薬品の匂いに包まれたベッドにデイビッドは寝かされていた。
横にはエリックがずっとついていて、シモンズからあれこれ指示を受けている。
そこへまずやって来たのはヴィオラとシェルリアーナ、そしてアザーレアだった。

「デイビッド様…!助かったんですよね!?もう大丈夫なんですよね!?目を開けて下さい!!デイビッド様ぁっ!!」

目を閉じたままのデイビッドに駆け寄り、また涙がこみ上げるヴィオラにエリックが申し訳無さそうに声を掛けた。

「あ、ヴィオラ様…それね、さっき目が覚めて速攻ベッドから抜け出して逃げようとしたんで、ブチギレたシモンズ先生に許容量ギリギリまで鎮静剤と睡眠薬ぶち込まれて寝かされてるだけなんですよ。」
「え…?」

ベッドに寝かされ気がついた直後、シモンズの目を盗んで逃げ出そうとして速攻捕獲され、囚人などにも使う強力な薬品を強制的に打ち込まれたそうだ。

「そんな事が…」
「僕も止めたんですけどねぇ…」
「アホか!!」
「手負いの戦士でももう少し休もうとするぞ?獣か何かなのかコイツは?!」
「医者嫌いは昔からだ!身体が動けば治った気になっているのだから手に負えん!」

奥からイライラした様子で手を拭きながら現れたシモンズが、ヴィオラを見てほんの少しだけ表情を和らげた。

「叱咤は数え切れん程受けていたが、泣かれるのを見るのは初めてだ。そもそも女性に見舞われるなど今まで考えられなかったからな。」
「私はあるぞ?!一度キリフから帰った時、歩けなくなったと聞いて見舞いに行ったな。」

アザーレアの一言に、ヴィオラの表情がさっと曇る。

「歩け…なく…?!」
「そうか、ヴィオラは聞いていないのか。後でシャーリーンと話すといい。あの時のことならよく知っているだろうからな。」
「シャーリーン様と…ですか…?」
「今夜は興が覚めてしまったな。楽しくお喋りという気にもならんだろう。夜も遅い。軽く食事を摂ったら休むといい。」

デイビッドの顔を見て少し安心したヴィオラを連れ、アザーレアが部屋へ戻ると、入れ替わりにエドワード達が入って来た。

「シモンズ先生!デイビッド君は?!」
「もう後は安静にしていれば大丈夫だ。お前達の治療は完璧だ。私が太鼓判を押そう。資格が降り次第、立派に医者の道で食っていけるだろうな。」
「そう言って頂けて嬉しいですわ、先生!」
「よく眠っているみたいだ、お疲れ様デイビッド君…」
「随分眠りが深いんだね。」
「逃げようとして睡眠薬入れられたんですよ。」
「そんなに元気になったんだ!?なら良かったぁ!」

こちらも自分達の治療が成功したことを聞き、胸を撫で下ろして帰って行った。

「さ、僕達もそろそろ戻りましょ。シェル様も少し休まないと。ずっと予後薬の調合してたんでしょ?」
「なんで知ってるのよ!」
「わかりますよ。貴女は意外と隠し事が苦手の様ですから。」
「そんな事ないわよ!!」

診察室の扉が閉まり、シモンズも居なくなると、またデイビッド1人だけがベッドに残された。


夜も更け、城内の明かりが落ちる頃、指先程の小さなランプの光だけが灯る診察室に誰かが入って来た。

それは光魔法を灯したヴィオラだった。
夜着のヴィオラがこっそりベッドを抜け出した事に、まだ城の誰も気がついていない。

(治療が間に合って良かった…)
デイビッドの手を握ってみるが、今はなんの反応もない。
(お願いです…私をひとりにしないで…ずっと一緒にいて下さい…早く良くなって下さいね、デイビッド様、だいすきです。)
暗がりの中、ヴィオラは意識のないデイビッドの頬にキスを落とすと、また部屋へ戻って行った。


「えーコレやっばい!もどかし過ぎてキュンキュンする!」
「あーーもーー!健気なのはいいけど、そこは唇のひとつも奪っていいタイミングじゃない!?意識無いんだから、やりたい放題やればいいのに!こういうところがいじらしくってかわいいのよヴィオラは!!」

万が一の追加の刺客に備えて、人が入ると起動する監視の魔道具を取り付けていたエリックとシェルリアーナは、別室でその様子を目の当たりにし、悶えていた。

「キスは卒業まで待つって、素直に約束守っちゃう辺りまだまだ恋に恋してるお年頃ですねぇ。」
「絶対に内緒にしときなさいよ!?今のは事故!ヴィオラのプライベート侵さないって決めてるんだから!」
「それにしても相変わらず受ける側なんですねアノ人は…」
「なんでなの?いつもそう!なんで今回も眠って待つ側なのよ!おかしいでしょ?!」
「姫が元気良過ぎるのでは?」

何をされても言われても、相変わらず置物のように眠ったデイビッドには伝わらない。
この時までは、薬さえ抜ければ直ぐにまた起きて来ると、誰もが信じて疑わなかった。
しかし、デイビッドはそれから目を覚ます事なく、丸三日眠り続けたのだった。


「え…まだ目が覚めないんですか?!」
「うーん…薬はそろそろ抜けてもいい頃なんだが…効き目が強過ぎたのか、あるいは身体の方が限界だったのか…」
「限界!?」
「これまでは定期的に大怪我を負っていたからな。」
「定期的に大怪我!!」
「それで強制的に取れていた休養が取れなくなって、身体の方が先に音を上げたのだろう。」
「そんな事あるんですか!?」
「此奴は自分自身を人間扱いしない節があるからな。休息を取ることを疎かにしがちで、英気を養うという事を知らんのだ。心身共にかなり蓄積してからでないと疲れを感じなくなっていたから、これを期に脳が静養しようとしているのかも知れん。大丈夫、呼吸も鼓動も浅いが正常だ。その内ひょっこり起きるだろ。たまに様子を見に来てやると良い。」

シモンズにそう言われ、ヴィオラは大人しく城の中の充てがわれた部屋へ戻って行った。


部屋にはたくさんの箱が積まれている。
全てヴィオラの誕生日プレゼントだ。
しかしどんなに素晴らしい贈り物を貰っても、ヴィオラは心から喜ぶことができなかった。
今日はヴィオラの17歳の誕生日。
しかし婚約者を心配するヴィオラを慮って、密かに計画されていた誕生日パーティーもアザーレアの提案で延期になった。

「今祝いの言葉を述べても、無理に笑顔を作らせてしまうだけだからな。私はヴィオラにそんな事はさせたくない。」
「その通りですわアザーレア様。婚約者があの様な状態で、お祝いなどできませんもの。」
「今日はそっとしておいて差し上げましょう。パーティーなんていつだってできますもの。」

アザーレア、シャーリーン、アリスティアの3人はそう話し合って、今日は傷心のヴィオラを休ませてやる事にした。

「時に…刺客の方は捕らえられたのか?」
「ええ、ナイフに残っていた魔力の痕跡から、クロード兄上の元側近の1人と判明しました。今、捕縛に向かわせております。」
「式典が大惨事となり、おまけに特定の人物を狙った暗殺者が出たとなれば、集会はもちろん私達の滞在にも影響が出てしまいますわね…」
「せっかくの機会だったと言うのに…せめてデイビッドの無事な姿を見るまでは居させてもらいたいのだがな…」
「ヴィオラ様もお可哀想に。」
「ええ本当に…こんな事になるなら、もっと父に反対すれば良かった。」

そんなアリスティアの心配を他所に、ヴィオラはシモンズの所からの戻りに、丁度行き合ったディアナと庭園でお茶をしていた。
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