黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息の領地開拓編

キャラバンの夜

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街道を少し離れただけで、そこは既に未開同然の土地で、人は寄り付かず草が生い茂っている。

デイビッドは地図を頼りに、僅かに残っている垣根や畑の跡を見つけながら馬車を進めると、広い草原に出た。

「わぁぁ!向こうまで続いてますね!?」
「恐らく…麦畑か何かの跡地だろうな。」

デイビッドは大きなマロニエの木を見つけると、その下に馬車を止め、草を払い始めた。

「私もやります!!」

ヴィオラは手の平に魔力を集め丸く平たいイメージを固め、高速で回転させると草むらの中へ放り出した。

「風魔法の応用なんです!」
「便利だなぁ魔法…」

風の丸鋸が走った跡には倒された草が残るので、デイビッドはそれを集め1カ所にまとめると、拠点の支度を始めた。
いつもの様に石でかまどを作り、水場を探しに行くと直ぐ側に昔の用水路が小川になっているのを見つけ、川上の水質を確かめに行く。

ヴィオラはその間にひとりで冒険を始め、木苺の茂みを見つけて夢中で摘んでいた。

小川の上流は大きな川で、その先は湖の方へ向かっていた。
周辺には朽ちた民家の跡が残っており、この辺りには農家の集まりがあった様だ。
不自然に崩壊しているのは、村人が浮浪者や盗賊の根城などにならないよう、空き家をわざと壊していくからだ。
窓や柱が取り外され、土台だけになった家々の跡は既に自然に呑まれ大地に帰り始めている。

しかし、領主や役人が建てた物は石や煉瓦造りで堅牢な上、貴族の管轄のため、村人は基本触らない。
森の入り口近くに、大きな煉瓦の建物を見つけたデイビッドは、静かにその場を立ち去った。


自分達の拠点まで戻って来ると、次は少し離れた場所に深い穴を掘り、砂を敷いた上から何かの粉と虫の入った土を撒き、更に土を被せ水を撒き、また同じ事を繰り返し最後に砂を被せてしばらくすると徐々にすり鉢状のくぼみができてきた。

「なんですか、これ?」
「ゴミ処理用の穴だよ。中にワームと数種類の粘菌類が入ってて、有機物ならなんでも土に還してくれる。便利だろ。」

例えば解体した動物の内臓や、料理で出た生ゴミ、家畜の排泄物などもここに放り込めばあっという間に土になる。
試しにムスタの馬糞を入れてみると、すぐにズブズブと砂の中に消えていった。
ワームが穴の底のコロニーまで餌を運ぶので中の物が臭う事も無い。
周りにも砂を撒き、板を渡して衝立てを立てると、簡易のトイレにもなって長期野営にはとてもありがたい物だ。
ワームは育つと勝手に出ていくので、1週間に1度追加で幼体を入れてやる必要があるが、掃除も砂をまき直すだけで良いので、清潔も保ててズボラには丁度良い。


服の泥を落として手を洗ったら、折り畳みのキッチンを展開し、さっそく調理開始。
新しいオーブンの使い勝手を見る時、デイビッドは必ず何か焼き菓子を焼く。
山盛りのバターを器からひと掬い、砂糖、塩一つまみ、小麦粉と馴染ませたらひとまとめにして丸く型を抜き、コップの底を押し付けて器形にし、一度焼き上げる。
その間にカスタードクリームを作り、冷ましているとヴィオラがにこにこしながら戦利品を抱えて帰って来た。

「見て下さい!ハックルベリーの藪を見つけたんです!!」
「だいぶ採れたな!俺が使っても良いのか?」
「もちろんです!」

カゴいっぱいに摘まれた黒々ツヤツヤなハックルベリー。
指先が紫色になるまで摘んで来たヴィオラは、口の周りから鼻先まで紫色にしてカゴをデイビッドに差し出した。

「下の方にはラズベリーも入ってるんです!」
「大変だったろう?怪我しなかったか?」
「全然!それに美味しい物を採るんですから、少しくらい気になりません!」

手を洗いに行ったヴィオラが流しの鏡を見て、顔を真っ赤にしながら必死に洗うのを横目に、採れたてのベリーをザルでよく洗い、鍋に移したら砂糖をどっさり入れて火に掛けると、浅煮の内にいくらか取り分け、残りは灰汁を取りながらジャムにする。

竈門の火が落ち着く頃を見計らい、鉄板を乗せて油を引くと市場で仕入れた肉を焼き、隣で瓶詰めトマトを鍋に開け、スープを作る。
ニンジン、セロリ、ナス、タマネギ、束ねたハーブの枝と一緒にグツグツ煮込んだら、塩と商会ではもうお馴染みとなった固形の調味料と、ハチミツをほんの少し、そこへおまけで貰った鶏の屑肉を入れてひと煮立ち。

肉は表面が焼けたら鉄板から引き上げて余熱で火を通し、買ってきた丸パンを添えて夕飯の支度ができる。

ジャムとクリームが冷めたら、カップにしたクッキー生地にたっぷり盛って、取り分けた分を飾り、摘み立てベリーのタルトの完成。
サクサクの生地となめらかなクリーム、甘酸っぱいベリーの相性が良い。


城で料理している間、デイビッドは本当は不安で仕方なかった。
それなりの味覚とそれなりの勘だけで、どこまで人をごまかせるか、いや、ごまかしてしまって良かったのか…
決め手がわからないまま、感覚頼りでできた物の味が自分にはっきりわからず、ずっともどかしかった。
それが城の外に出た途端、全ての感覚はちゃんと自分の元へ戻って来た。
もう大丈夫。まだ大丈夫。
少なくともこの不慣れなオーブンで焼いたタルトはまともな味に仕上がっている。
デイビッドは安心したように、ヴィオラが摘んで来た残りのベリーを口に放り込んだ。


家馬車の中では靴を脱ぐスタイルを採用した。
多国籍な内装になってしまい統一感は無いが、何故かそれがまた妙に落ち着いて見える。
一足先に中に入っていたエリックは、早くも自分のスペースを囲い、模様替えを済ませくつろいでいた。
上段のベッドと小棚をテリトリーにしたエリックは、そこへ自分のトランクの中身を取り出し、すっぽり収めてしまっている。

「猫足キャビネット!!」
「いいでしょう?!一目惚れだったんですよ!」
「風魔法の送風機に、妖精のランプ!?」
「ファンの音が気にならない、天然風仕様の送風機!妖精のランプは寝る時も眩しくなくて、優しい明かりが目に良いんで気に入って買っちゃいました!」
「そしていつものお部屋着…」
「ちょっと見た目派手なんですけどね?着心地は最高なんですよ!」

目に痛いショッキング柄のカエルは放っておき、ヴィオラも窓辺のスペースに自分の持ってきた荷物を詰めた。
教科書、参考書、ノート、ミネルバ先生からの特別課題、まだ読んでいない本、筆記用具、そして子豚の木彫り人形…
開け放たれた広い窓辺に座り、外を見ると甘い香りが漂って来たので、急いで靴を履いて外に出た。

折り畳みのテーブルに今夜のご馳走が並び、薄暗い屋外にランプの明かりが灯り、風が気持ちが良い。
ヴィオラは、デイビッドと過ごす初めての屋外での食事にワクワクしていた。

「デイビッド様!お部屋の中とっても素敵です!」
「良かった、ヴィオラの居心地が一番だからな。欲しい物とか揃えたい物があったら言ってくれよ?」
「もう充分揃えましたよ!それより、もっとサバイバルを覚えないと!」
「しなくていい!多少自給自足にはなるだろうけど、すぐそこに街も市場もあるんだから!」
「魔物とか捌けた方が良いかなぁ…って…」
「必要無いだろ!?まぁ…なんか捕まえたら教えるよ…」
「やった!約束ですよ?!」

ヴィオラはスープを受け取ると嬉しそうにスプーンで掻き回した。

「スープ美味しい!お肉柔らかい!鹿ですか?」
「ああ、焼き加減は大丈夫か?」
「レア目のお肉最高です!」
「ヴィオラの採ってきてくれたベリーも美味いよ。」
「嬉しい!ジャムもタルトも最高です!」

その様子を上の小窓から見ていたエリックは、城の騒動で疲れたであろうデイビッドに、一時2人切りの時間を楽しませてやる事にした。

「ハァ…ここでこうして星を見ながら眠るんですね!?」
「ヴィオラはこの後帰るけどな。」
「イ゙ヤ゙ぁー!!帰りたぐないぃ~!!」
「無茶言うなって…」

デイビッドが洗い物をする間、ヴィオラは拗ねて馬車から出ては来なかったが、また明日転移門の設置が終わればいつでも会えると言うと、しぶしぶ、それはしぶしぶ、荷馬車の御者台の横で、デイビッドの腕にしがみついて帰路についた。
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