黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

文字の大きさ
275 / 411
黒豚令息の領地開拓編

ベルダの野望

しおりを挟む
デイビッドとベルダが井戸を覗き込み、アリーのする事を見ていると、やがて土だらけの顔を上に向けたアリーの目がキラリと光った。

「ミズ アッタ!」

アリーが背伸びして井戸の縁に腰掛け、ズルズルと土の中から根を引きずり出すと、かなり先の方に湿った泥が付いていた。

「土が変わった…水脈に近づいてる…」

付着した泥の水気が段々増え、ついに井戸の底からゴボゴボと音を立てて水が戻って来た。

「わっ!お水が湧いてきましたよ!?」
「本当に出るなんて!」
「どのくらい掘ったんだ?」
「ワカンナイ ズットシタマデ」
「そうか、水の位置が下がって届かなくなってたのか…」

水底にはまだ泥水が湧いており直ぐには使えないが、2~3日もすれば水が澄んで汲めるようになる。

「組み上げポンプでも付けた方が良さそうだな。」
「だいぶ深くなったみたいだものね。いやぁアリーはなんて優秀なんだ!すごいよ、土の中をたどって水脈を探すなんて
!」

ひとまず木蓋を嵌め、後日屋根なども付けなければならないので、今日のところは引き上げる。

「アリーがいるとなんでもできちまうな…」
「魔法もいりませんでしたね。」
「最強種の魔物がいたら領地開拓なんてあっという間だね!?」
「ちょっとチート過ぎないかしら…?」
「色々勘違いしそうで怖ぇよ…」

本来、荒廃地の開拓など、重労働と先の見えない不毛な日々との戦いだ。
井戸ひとつ掘るにしても、来る日も来る日も汗と泥にまみれ、何日も掛けて掘った穴が全くの無駄になることなどザラな事。それこそ体力と忍耐が試される過酷な肉体労働だ。
(それをものの数分じゃ、感覚がおかしくなっちまう…)
デイビッドは以前から考えていたある計画を、ついに実践に移す決心をした。


それはさておき。

「さて、今日は何作るかな…」

保冷庫から鹿型の魔物肉を3種類取り出し、串にそれぞれ突き刺して、昼は串焼きに決まった。

ヴィオラはアリーとまたベリーなどを摘みに行き、シェルリアーナも気になる魔草があったとかで採取のため2人について行ってしまった。
姿が見えないアリーをヴィオラは声と気配で探っているらしい。シェルリアーナもなんとなく存在を捉えて行動を共にしているそうだ。


残ったベルダは腰の鞄から取り出した大量の紙を広げ、ひとつの資料にまとめようとひたすらペンを動かしていた。

デイビッドが少し鮮度の落ちてきたレタスでスープを作っていると、不意にベルダが話しかけてきたので、デイビッドは手を動かしながら顔を向けた。

「ねぇデイビッド君、ちょっと話してもいいかな?モノは相談なんだけど…」
「なんだよ、もったいぶって。」
「僕が…ここに住まわせて欲しいって言ったら、君は反対するかい?」
「ここに?!アンタが?なんで?!」
「アリーはやっぱり狭い温室じゃかわいそうだと思ってね。ここはね、魔性植物には天国みたいな環境なんだよ。自然が豊富で、栄養も申し分なくて、世界樹からは澄んだ魔素がどんどん供給されるし、何より領主の理解がある。こんな理想的な場所、他に無いよ。」

魔物も多く、森の中にも天敵や脅威になりそうな魔物は発生していなかったそうだ。
そもそもアルラウネは別名を“森の番人”あるいは“森の支配者”などと呼ばれる存在。
これ以上強い魔物はそうそう居ない。

「確かに、あの喜び様見てりゃ外の方が断然いいと思ったよ。始めは保護のつもりが、無理させちまってたなぁ。このままの方が幸せだろうし、リディアも来てくれるならそれこそ安心だしな。アリーもそれなら納得してくれるだろ。」
「うーん…本当ならそうしたい所なんだけどね。リディアにはちょっと事情があって…屋内の環境を整えてからじゃないと…」
「事情?まさか外が苦手なんて事はねぇんだろ?」
「まさか!ドライアドは本来、深い森の奥でひっそりと暮らしているような魔物だよ。あの温室で彼女には随分我慢させてしまっているくらいだよ。」
「できた助手だな。そういやアリーみたいな魔力の暴走なんかは大丈夫なのか?」
「…僕は彼女に他の研究者と同様、魔力に制限がかかるよう魔術式を掛けているんだよ…」
「へぇ、意外だな。そこは自由にさせてるのかと思ってた。」
「そんな事ないよ。科学者として必要な事だなんて言い訳して、右に倣えさ。」
「ここでなら外してやれるんじゃねぇのか?」
「それがね…できないんだよ…」

ベルダは、ペンをピタリと止め、悲しそうに顔を上げた。

「怖いんだよ…外に出て、自由になったリディアが、僕から離れて行ってしまうんじゃないかって…それが怖くて僕は彼女を解放してあげられないんだ…」


ベルダがリディアを見つけたのは、今から約20年程前。
魔素地での採集中に偶然、乾眠中のドライアドの繭を拾い、持ち帰ったのが始まりだったそうだ。
数カ月の眠りの後、目覚めた幼体を手塩にかけて世話をし、魔力を注いで進化を助け、今のリディアに育て上げたそうだ。

始めの頃は人間に懐くどころか、ケースに近づくだけで威嚇していたリディアが、徐々に心を開き、こちらの気持ちに応えてくれた時は、嬉しくて嬉しくて飛び上がって喜んだそうだ。
進化を重ねる度に強く、そして賢く、人の生き方に慣れて行ったリディアは、ついにベルダを受け入れ、ケースから出て助手として申し分ない働きをする様になるまでになった。

その際に、万が一の危険を避けるため、リディアに直接魔術式を施し、人前でも連れて歩けるようにしたそうだ。
当時はそれが何より嬉しく、誇りにすら感じていたが、ここ最近、その自信が根本から崩壊してしまい、耐え切れない日々を送っているらしい。


「君のせいだよ!なんで野生のアルラウネなんか拾って来てあんなに懐かれてるのさ!ケースもリードも拘束ひとつ使わないで…それなのに、外に出したら戻って来るんだよ?!こんなに広くて、魔物に取ってこれ以上無い環境で自由を手にしたアルラウネが!あんなに嬉しそうに、にこにこ帰って来るなんて…」
「リディアだってそうだろ?」
「こんなに迷惑しか掛けない自分本位で自堕落なダメ人間の所になんて、帰って来る訳無いだろ!!」
「自覚してんなら直せよ!めんどくせぇな!?」
「じゃぁ君ならどうする!?婚約者がもう戻って来ないかも知れない状況で、その手を離せるって言うのかい?!」
「こちとら四六時中そんなもんだよ!手を離すどころか、繋がれてんのはこっちだ!」
「リディアが…リディアが居なくなったら…僕はもう生きて行けない…」
「じゃぁこんなとこでアリーに浮気してねぇで側に居りゃいいじゃねぇかよ!」
「それとこれとは別だよ!!アルラウネの研究は僕の長年の夢だったんだ!リディアだってそこは理解してくれてるよ!」
「面倒くせぇー!!」

ひとしきり喋り切ると、ベルダはまたペンを動かしながら、落ち着いた声で話を戻した。

「あ、で、移住の件なんだけどさぁ。」
「情緒不安定か!ホント疲れるなアンタと話してっと!!」
「良かったら森の入り口辺りに小屋でも建てて籠もってるから、あんまり住民と接触しない様にしたいんだ。」
「なら、あの建物改装するか?まだ使えそうだったし、もう少し手を入れれば住めるだろ。」
「君、まさかあんなすごい建物くれるつもりでいるのかい?!」
「俺、ああいう造りの建造物苦手なんだよな。管理も手入れもできねぇし。でもリディアがいていてくれりゃ高いとこの掃除も修理も可能だろ?部屋数も多くて窓も大きかったから、植物の研究にも持って来いだろうし、ついさっき井戸も繋がったしな。居住区も森からもっと離さなきゃだから、それこそ周りに人が居なくなっちまうが、むしろ離れたいなら好都合だ。それに、何かあった時相談できる専門家がいるのはありがたい。」 
「デイビッド君…君、あんなに僕の事警戒してたクセに、そんな好待遇で受け入れようとしちゃうの、なんでなの?ツンデレなの?」
「目に付くとこに置いとかねぇと一番危ねぇだからだよ!国家機密の共有に、こっちは自分の極秘情報握られてんだぞ?!フラフラされるよか100万倍マシだ!!」

肉が焦げないよう火加減を見ながら、隣で好き勝手喋る狂科学者の相手をするのも、思いの外疲れるものだ。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

国王一家は堅実です

satomi
恋愛
オスメーモ王国…そこは国王一家は麗しくいつも輝かんばかりのドレスなどを身につけている。 その実態は、国王一家は国民と共に畑を耕したり、国民(子供)に読み書きを教えたり庶民的な生活をしている。 国王には現在愛する妻と双子の男女の子に恵まれ、幸せに生活している。 外部に行くときは着飾るが、領地に戻れば庶民的で非常に無駄遣いをしない王族である。 国庫は大事に。何故か、厨房担当のワーグが王家の子どもたちからの支持を得ている。

『伯爵令嬢 爆死する』

三木谷夜宵
ファンタジー
王立学園の中庭で、ひとりの伯爵令嬢が死んだ。彼女は婚約者である侯爵令息から婚約解消を求められた。しかし、令嬢はそれに反発した。そんな彼女を、令息は魔術で爆死させてしまったのである。 その後、大陸一のゴシップ誌が伯爵令嬢が日頃から受けていた仕打ちを暴露するのであった。 カクヨムでも公開しています。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

傍観している方が面白いのになぁ。

志位斗 茂家波
ファンタジー
「エデワール・ミッシャ令嬢!貴方にはさまざな罪があり、この場での婚約破棄と国外追放を言い渡す!」 とある夜会の中で引き起こされた婚約破棄。 その彼らの様子はまるで…… 「茶番というか、喜劇ですね兄さま」 「うん、周囲が皆呆れたような目で見ているからな」  思わず漏らしたその感想は、周囲も一致しているようであった。 これは、そんな馬鹿馬鹿しい婚約破棄現場での、傍観者的な立場で見ていた者たちの語りである。 「帰らずの森のある騒動記」という連載作品に乗っている兄妹でもあります。

悲恋小説のヒロインに転生した。やってらんない!

よもぎ
ファンタジー
悲恋ものネット小説のヒロインに転生したフランシーヌはやってらんねー!と原作を破壊することにした。

力は弱くて魔法も使えないけど強化なら出来る。~俺を散々こき使ってきたパーティの人間に復讐しながら美少女ハーレムを作って魔王をぶっ倒します

枯井戸
ファンタジー
 ──大勇者時代。  誰も彼もが勇者になり、打倒魔王を掲げ、一攫千金を夢見る時代。  そんな時代に、〝真の勇者の息子〟として生を授かった男がいた。  名はユウト。  人々は勇者の血筋に生まれたユウトに、類稀な魔力の才をもって生まれたユウトに、救世を誓願した。ユウトもまた、これを果たさんと、自身も勇者になる事を信じてやまなかった。  そんなある日、ユウトの元へ、ひとりの中性的な顔立ちで、笑顔が爽やかな好青年が訪ねてきた。 「俺のパーティに入って、世界を救う勇者になってくれないか?」  そう言った男の名は〝ユウキ〟  この大勇者時代にすい星のごとく現れた、〝その剣技に比肩する者なし〟と称されるほどの凄腕の冒険者である。 「そんな男を味方につけられるなんて、なんて心強いんだ」と、ユウトはこれを快諾。  しかし、いままで大した戦闘経験を積んでこなかったユウトはどう戦ってよいかわからず、ユウキに助言を求めた。 「戦い方? ……そうだな。なら、エンチャンターになってくれ。よし、それがいい。ユウトおまえはエンチャンターになるべきだ」  ユウトは、多少はその意見に疑問を抱きつつも、ユウキに勧められるがまま、ただひたすらに付与魔法(エンチャント)を勉強し、やがて勇者の血筋だという事も幸いして、史上最強のエンチャンターと呼ばれるまでに成長した。  ところが、そればかりに注力した結果、他がおろそかになってしまい、ユウトは『剣もダメ』『付与魔法以外の魔法もダメ』『体力もない』という三重苦を背負ってしまった。それでもエンチャンターを続けたのは、ユウキの「勇者になってくれ」という言葉が心の奥底にあったから。  ──だが、これこそがユウキの〝真の〟狙いだったのだ。    この物語は主人公であるユウトが、持ち前の要領の良さと、唯一の武器である付与魔法を駆使して、愉快な仲間たちを強化しながら成り上がる、サクセスストーリーである。

帰国した王子の受難

ユウキ
恋愛
庶子である第二王子は、立場や情勢やら諸々を鑑みて早々に隣国へと無期限遊学に出た。そうして年月が経ち、そろそろ兄(第一王子)が立太子する頃かと、感慨深く想っていた頃に突然届いた帰還命令。 取り急ぎ舞い戻った祖国で見たのは、修羅場であった。

【完結】婚約破棄される未来見えてるので最初から婚約しないルートを選びます

22時完結
恋愛
レイリーナ・フォン・アーデルバルトは、美しく品格高い公爵令嬢。しかし、彼女はこの世界が乙女ゲームの世界であり、自分がその悪役令嬢であることを知っている。ある日、夢で見た記憶が現実となり、レイリーナとしての人生が始まる。彼女の使命は、悲惨な結末を避けて幸せを掴むこと。 エドウィン王子との婚約を避けるため、レイリーナは彼との接触を避けようとするが、彼の深い愛情に次第に心を開いていく。エドウィン王子から婚約を申し込まれるも、レイリーナは即答を避け、未来を築くために時間を求める。 悪役令嬢としての運命を変えるため、レイリーナはエドウィンとの関係を慎重に築きながら、新しい道を模索する。運命を超えて真実の愛を掴むため、彼女は一人の女性として成長し、幸せな未来を目指して歩み続ける。

処理中です...