黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息の領地開拓編

ベルダの野望

デイビッドとベルダが井戸を覗き込み、アリーのする事を見ていると、やがて土だらけの顔を上に向けたアリーの目がキラリと光った。

「ミズ アッタ!」

アリーが背伸びして井戸の縁に腰掛け、ズルズルと土の中から根を引きずり出すと、かなり先の方に湿った泥が付いていた。

「土が変わった…水脈に近づいてる…」

付着した泥の水気が段々増え、ついに井戸の底からゴボゴボと音を立てて水が戻って来た。

「わっ!お水が湧いてきましたよ!?」
「本当に出るなんて!」
「どのくらい掘ったんだ?」
「ワカンナイ ズットシタマデ」
「そうか、水の位置が下がって届かなくなってたのか…」

水底にはまだ泥水が湧いており直ぐには使えないが、2~3日もすれば水が澄んで汲めるようになる。

「組み上げポンプでも付けた方が良さそうだな。」
「だいぶ深くなったみたいだものね。いやぁアリーはなんて優秀なんだ!すごいよ、土の中をたどって水脈を探すなんて
!」

ひとまず木蓋を嵌め、後日屋根なども付けなければならないので、今日のところは引き上げる。

「アリーがいるとなんでもできちまうな…」
「魔法もいりませんでしたね。」
「最強種の魔物がいたら領地開拓なんてあっという間だね!?」
「ちょっとチート過ぎないかしら…?」
「色々勘違いしそうで怖ぇよ…」

本来、荒廃地の開拓など、重労働と先の見えない不毛な日々との戦いだ。
井戸ひとつ掘るにしても、来る日も来る日も汗と泥にまみれ、何日も掛けて掘った穴が全くの無駄になることなどザラな事。それこそ体力と忍耐が試される過酷な肉体労働だ。
(それをものの数分じゃ、感覚がおかしくなっちまう…)
デイビッドは以前から考えていたある計画を、ついに実践に移す決心をした。


それはさておき。

「さて、今日は何作るかな…」

保冷庫から鹿型の魔物肉を3種類取り出し、串にそれぞれ突き刺して、昼は串焼きに決まった。

ヴィオラはアリーとまたベリーなどを摘みに行き、シェルリアーナも気になる魔草があったとかで採取のため2人について行ってしまった。
姿が見えないアリーをヴィオラは声と気配で探っているらしい。シェルリアーナもなんとなく存在を捉えて行動を共にしているそうだ。


残ったベルダは腰の鞄から取り出した大量の紙を広げ、ひとつの資料にまとめようとひたすらペンを動かしていた。

デイビッドが少し鮮度の落ちてきたレタスでスープを作っていると、不意にベルダが話しかけてきたので、デイビッドは手を動かしながら顔を向けた。

「ねぇデイビッド君、ちょっと話してもいいかな?モノは相談なんだけど…」
「なんだよ、もったいぶって。」
「僕が…ここに住まわせて欲しいって言ったら、君は反対するかい?」
「ここに?!アンタが?なんで?!」
「アリーはやっぱり狭い温室じゃかわいそうだと思ってね。ここはね、魔性植物には天国みたいな環境なんだよ。自然が豊富で、栄養も申し分なくて、世界樹からは澄んだ魔素がどんどん供給されるし、何より領主の理解がある。こんな理想的な場所、他に無いよ。」

魔物も多く、森の中にも天敵や脅威になりそうな魔物は発生していなかったそうだ。
そもそもアルラウネは別名を“森の番人”あるいは“森の支配者”などと呼ばれる存在。
これ以上強い魔物はそうそう居ない。

「確かに、あの喜び様見てりゃ外の方が断然いいと思ったよ。始めは保護のつもりが、無理させちまってたなぁ。このままの方が幸せだろうし、リディアも来てくれるならそれこそ安心だしな。アリーもそれなら納得してくれるだろ。」
「うーん…本当ならそうしたい所なんだけどね。リディアにはちょっと事情があって…屋内の環境を整えてからじゃないと…」
「事情?まさか外が苦手なんて事はねぇんだろ?」
「まさか!ドライアドは本来、深い森の奥でひっそりと暮らしているような魔物だよ。あの温室で彼女には随分我慢させてしまっているくらいだよ。」
「できた助手だな。そういやアリーみたいな魔力の暴走なんかは大丈夫なのか?」
「…僕は彼女に他の研究者と同様、魔力に制限がかかるよう魔術式を掛けているんだよ…」
「へぇ、意外だな。そこは自由にさせてるのかと思ってた。」
「そんな事ないよ。科学者として必要な事だなんて言い訳して、右に倣えさ。」
「ここでなら外してやれるんじゃねぇのか?」
「それがね…できないんだよ…」

ベルダは、ペンをピタリと止め、悲しそうに顔を上げた。

「怖いんだよ…外に出て、自由になったリディアが、僕から離れて行ってしまうんじゃないかって…それが怖くて僕は彼女を解放してあげられないんだ…」


ベルダがリディアを見つけたのは、今から約20年程前。
魔素地での採集中に偶然、乾眠中のドライアドの繭を拾い、持ち帰ったのが始まりだったそうだ。
数カ月の眠りの後、目覚めた幼体を手塩にかけて世話をし、魔力を注いで進化を助け、今のリディアに育て上げたそうだ。

始めの頃は人間に懐くどころか、ケースに近づくだけで威嚇していたリディアが、徐々に心を開き、こちらの気持ちに応えてくれた時は、嬉しくて嬉しくて飛び上がって喜んだそうだ。
進化を重ねる度に強く、そして賢く、人の生き方に慣れて行ったリディアは、ついにベルダを受け入れ、ケースから出て助手として申し分ない働きをする様になるまでになった。

その際に、万が一の危険を避けるため、リディアに直接魔術式を施し、人前でも連れて歩けるようにしたそうだ。
当時はそれが何より嬉しく、誇りにすら感じていたが、ここ最近、その自信が根本から崩壊してしまい、耐え切れない日々を送っているらしい。


「君のせいだよ!なんで野生のアルラウネなんか拾って来てあんなに懐かれてるのさ!ケースもリードも拘束ひとつ使わないで…それなのに、外に出したら戻って来るんだよ?!こんなに広くて、魔物に取ってこれ以上無い環境で自由を手にしたアルラウネが!あんなに嬉しそうに、にこにこ帰って来るなんて…」
「リディアだってそうだろ?」
「こんなに迷惑しか掛けない自分本位で自堕落なダメ人間の所になんて、帰って来る訳無いだろ!!」
「自覚してんなら直せよ!めんどくせぇな!?」
「じゃぁ君ならどうする!?婚約者がもう戻って来ないかも知れない状況で、その手を離せるって言うのかい?!」
「こちとら四六時中そんなもんだよ!手を離すどころか、繋がれてんのはこっちだ!」
「リディアが…リディアが居なくなったら…僕はもう生きて行けない…」
「じゃぁこんなとこでアリーに浮気してねぇで側に居りゃいいじゃねぇかよ!」
「それとこれとは別だよ!!アルラウネの研究は僕の長年の夢だったんだ!リディアだってそこは理解してくれてるよ!」
「面倒くせぇー!!」

ひとしきり喋り切ると、ベルダはまたペンを動かしながら、落ち着いた声で話を戻した。

「あ、で、移住の件なんだけどさぁ。」
「情緒不安定か!ホント疲れるなアンタと話してっと!!」
「良かったら森の入り口辺りに小屋でも建てて籠もってるから、あんまり住民と接触しない様にしたいんだ。」
「なら、あの建物改装するか?まだ使えそうだったし、もう少し手を入れれば住めるだろ。」
「君、まさかあんなすごい建物くれるつもりでいるのかい?!」
「俺、ああいう造りの建造物苦手なんだよな。管理も手入れもできねぇし。でもリディアがいていてくれりゃ高いとこの掃除も修理も可能だろ?部屋数も多くて窓も大きかったから、植物の研究にも持って来いだろうし、ついさっき井戸も繋がったしな。居住区も森からもっと離さなきゃだから、それこそ周りに人が居なくなっちまうが、むしろ離れたいなら好都合だ。それに、何かあった時相談できる専門家がいるのはありがたい。」 
「デイビッド君…君、あんなに僕の事警戒してたクセに、そんな好待遇で受け入れようとしちゃうの、なんでなの?ツンデレなの?」
「目に付くとこに置いとかねぇと一番危ねぇだからだよ!国家機密の共有に、こっちは自分の極秘情報握られてんだぞ?!フラフラされるよか100万倍マシだ!!」

肉が焦げないよう火加減を見ながら、隣で好き勝手喋る狂科学者の相手をするのも、思いの外疲れるものだ。
感想 5

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