黒豚辺境伯令息の婚約者

ツノゼミ

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黒豚令息の領地開拓編

ついてきた

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ベルダはあの吹き抜けの建物で、リディアとアリーの側で誰の目も気にせず研究を続ける未来を想像し、思わず口元がニヤけていた。

「僕にそんな話したら本気にしちゃうよ?本気で移ってきちゃうよ?!本気で!」
「せめて今の研究に目処は立てろよ?!学園の名前で金出して貰ってんだろ?!だったら研究室で成果出してからにしろ!」
「え?なぁんだ、でいいの?やったぁ!じゃぁ、早速辞表と後釜の用意しなくちゃ!例のヒュリスの温室も買い取ってここに運んじゃおうかな!」
「どうやって?!」
「そこはやり方があるんだよ。防護や衝撃緩和の結界張ったり、重量軽減や浮遊魔術掛けて運ぶんだ。」
「ガラス張りの建物をか?!なんでもアリなんだな…もう好きにやってくれ…」


ベルダの話を世間話のついでの様に聞き流したデイビッドは、今度こそ手元のコンロに集中した。
赤い海藻にキノコとレタスの入った鍋にトロミを付けてかき回しながら、そこへ溶いた卵を流し入れ、スープの完成。
肉も焼き上がり、キャラメルソースを巻き込んだ箱型パンもオーブンから取り出した。

「ああ、いい匂いですね。」
「やぁ!エリック君、お邪魔してるよ!」
「ベルダ先生、お久しぶりですね。あーぁ…ずっと本読んでたから肩凝っちゃった…」

やっと起き出してきたエリックは、顔を洗うと焼けたパンをつまみ食いしながらベンチに腰掛けた。

「楽しそうな計画が聞こえてましたね。」
「楽しくねぇよ!」
「まさか貴方が誰かと恋バナする日が来るなんて…」
「してねぇよ!生身の人間と魔性植物一緒にすんな!!」
「そう言う割にはアリーの事もちゃんと人格ある個人として扱ってるじゃないですか?」
「意思があるなら当然だろ!」
「ハァ…これだから無自覚人外モテ男は…貴方はそうやって魔物と人外にモテる人生を送ってればいいんですよ…」
「…人間は?!」
「何贅沢言ってんですか?ひとりいれば十分でしょう!?」


デイビッドが何か納得のいかない顔でカブのマリネを作っていると、大きなカゴを紫色のスモモでいっぱいにしてヴィオラ達が戻って来た。

「デイビッド様!見て下さい、プラムの木があったんです!アリーちゃんが木の上まで連れてってくれて、たくさん採れました!ハックルベリーもおかわり採ってきましたよ!?」
「薬草も生えてたわ。星見草がたくさん蕾をつけてたの!今夜月が昇ったらまた取りに行くわ!」
「アリーモ オミヤゲ! イッパイトレタ!」

アリーがぶら下げて来たのはなんとマンドラゴラ。
どれも太く年季の入った個体で、色も鮮やかだが、どこか元気がない。

「なんか…ぐったりしてんな…?」
「ウルサイカラ ナクマエニ シバイタ」
「シバいた…?」
「抜く直前に根元を締め上げて魔力を奪うんですって。うめき声すら上げずに抜けたから驚いたわ!」
「そんな方法があるのか!?」
「イッパツ カマシトクト シズカニナル」
「段々口が悪いなアリー!?」
「心当たりが無いとか抜かすんじゃないわよ?!」

デイビッドに関わると、どんな淑女も紳士も魔物ですら徐々に口が悪くなる。
感染源が改めない限り、今後も被害は拡大するだろう。

アリーに一発かまされたというマンドラゴラは、生のままかじってみると甘味も強く繊維も柔らかな上物だった。
さっそく蒸して皮を剥き、砂糖とバターを加えて卵と小麦粉を混ぜ、舟形にしてこんがり焼き上げたらスイートマンドラゴラが完成する。
先に肉串にかぶりついていたシェルリアーナは、それを見て真っ先に手を伸ばし、熱々に息を吹きかけながら幸せそうに頬張っていた。

ヴィオラは、皿を手に戻って来たデイビッドの真横にぴったりくっついて座ると、大きなキャラメルパンをむしって半分をデイビッドに差し出した。

「ふわふわでキャラメルのリボンがキレイに出てますね!」
「ヴィオラのリクエストだもんな。甘さもこのくらいでよかったか?」
「はい!」

食後のお茶を飲み一息つくと、ヴィオラはアリーに教わって再びマンドラゴラの採取に出かけた。

「初めて知ったわよ!マンドラゴラから魔力を抜いたら鳴かなくなるなんて!大発見じゃないかしら?!これなら採取し放題じゃない!?」
「魔力が抜けて薬になるのか?」
「…あ!!」
「世の中そう上手くはいかねぇな。」

ただ、作物として育てるためのヒントにはなりそうだ。
マンドラゴラは、養分の少ない過酷な土地でも土と水さえあれば割とどこでも育つ。
虫も付きにくく、発芽さえすれば外敵に襲われない限り大きくなり続け、頭に生える草も花も果実も薬の原料になるため捨てるところが無い。
収穫時の叫び声さえなんとかなれば、作物としても利用価値の高い植物(魔物)だ。
(改良研究は何度か手ぇ出したが…魔のつく系は初めてだな…)
その前に、畑となる土地を耕さないといけない。
20年前の広大な農地は、今やすっかり土が硬くなり雑草が生え放題になっている。
それでも山岳や荒野を一から開拓するより何倍も楽なはずだ。


マンドラゴラを裏漉しして鍋に入れ、ミルクとバターを加え、沸かさないよう弱火で煮込み、塩で味を整えポタージュにしてみると悪くない。
屑肉を叩いて繋ぎと一緒に捏ねたら寝かせて置き、パン生地は小ぶりに分けて丸く形を整え、夕飯の仕込みは簡単に終わった。

シェルリアーナは取りに行く物があると、一度学園へ戻って行った、
エリックも自分の巣に戻り、ベルダは今度こそ書き物に没頭してしまい何も聞こえていない。
デイビッドもチェアに腰掛け、古ぼけたノートを開いた。
エルピスで手に入れた手書きのノートを、なんとか破れた部分を繋いで糊と糸で綴じ、修復した物だ。
幸い欠けたページは無いようで、挿絵もインクの後も繋がっている。

(ブロック領…デルタ王朝…オメガポリスの遺跡にて…)
オメガポリスとは、かつてこの大陸で栄華を誇ったデルタ王朝と呼ばれる古代魔術が盛んだった時代に作られた巨大都市の名残だ。
大陸各地に遺跡が遺され、研究者も大勢いる。
ブロック領はラムダ王国の東側にあり、巨大な古代遺跡で有名な場所で、地下迷宮のある街では探索に向かうため集まった冒険者達で日夜賑わっていると聞く。
最初の日付は50年程前の物で、遺跡の探求に入った冒険者か研究者が書き残したものの様だ。

ボロボロのページを破かないようそっとめくっていると、元気な声が聞こえて来て現実に引き戻された。

「~~~ットさまぁ~~」
「ん?」
「デイビッド様ぁ~!!見て下さい!オモシロいものが採れました!」
「おもしろいもの…?」

しかし、ヴィオラを見ても何も持っていない。
またアリーが運んでいるのかと後ろを見ると、何かが列を成してゾロゾロついてきているのが見えた。
一見手足の生えたニンジンの様だが、目の様なものがついていて、頭の葉っぱを揺らしながらヴィオラの後を追って来ている。

「なんっだそりゃ!!?」
「わかりません!でも引っこ抜いたらついてきました!」
「なんか魔物じゃねぇのか?」
「ワカンナイ アリーモシラナイ」
「危険は無さそうなので連れてきたんです。これなんですか?」
「いや、わかんねぇよ!ベルダァッ!こういう時くらい役に立て!」

大声で呼ぶと、やっと顔を上げたベルダが眼鏡をかけ直し、ノート片手に飛んで来た。

「こ…これは!幻のアンブラレルバ歩き草!!マンドラゴラが高濃度の霊質を吸収すると、極稀に実体を持ったまま妖精の仲間に進化する事があるんだ!精霊化、または妖化とも言ってとても珍しい現象なんだよ!!」
「へぇ~…そういう話聞くとああ専門家なんだなって思うな…」
「ちなみに、コレがドライアドの起源じゃないかとも言われてて、人工的にマンドラゴラを霊質に近づける実験なんかも行われてるんだけど、成功例は無くて自然界でもほとんど見られないんだ!!」
「害はないのか?」
「さぁ?そういう事もよく分かってないからね!!」
「役立たずが!」
「ダイジョウブ コウゲキシタラ アリーガシメル」

謎の歩き草達は、アリーの事は恐れているようで、アリーがわざと顔を近付けるとサササッと何かの影に隠れようとしている。

「にしても…何匹いるんだ?」
「10本抜いて、2本は途中で他の生き物に食べられちゃいました。」

森の中を行進中、最後尾にいた2本が草むらから現れたウサギの魔物に呆気なく捕食されてしまったそうだ。
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