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麻田麻尋

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4夜 母親の嘘

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 天裂の槍カエルム ハスタの勇者一行とキースは、動転の余り言葉を失った。
(展望塔を破壊する力を持った、魔獣が一瞬で消し炭にされた……!? 一体、誰が!?)
 トーマスは双眼鏡で、周囲の偵察をしている。
「……見たことない奴らだ」
「どんな人らですか?」
「赤髪にゴーグルかけたイケメンと、黒髪のチェン国人か、大和皇国やまとこうこく人か……東洋の奴と、白髪の眼鏡かけた小柄な男」
「不思議な組み合わせですね……創立祭で観光に来た、他の街の勇者の御旗ブレイブ フラッグでしょうか?」
「多分、勇者じゃない。同業者の匂いがしないから」
 同業者の匂い? キースは、首を捻る。
 街中で武器を装備している人間を見れば、キースはみんな勇者に見えてしまう。
 勇者か、賞金稼ぎか、魔獣退治部隊兵かの区別なんてつかない。
 ヴェノムが「娼館の姉ちゃんと、特殊浴場の泡嬢と、不純喫茶のウェイトレスはすぐ分かる」だのなんだの言っていたことを、キースは思い出す。
 奴の場合は全く自慢出来る特技ではないので、忘れることにした。
 ともあれ何者かは知らないが、魔獣を倒してくれたことに変わりはない。
 難は去った。誰もが、そう思っていた。
 王都の空を取り囲むような、飛竜ワイバーンの大群を見るまでは。
 純白の軍服に身を包んだ軍人が、メガホンで自身の声を拡散させた。
「魔獣災害レベルを、四から五に引き上げーー! 安全な場所に、避難ー!」
 飛竜ワイバーンの大群が、目と鼻の先まで迫っている。
 奴らの背には、獅子型や馬型や熊型や猪型等々の魔獣が乗っているではないか。
竜騎士ドラグーンじゃなくて、魔獣が背中に乗ってる……!?」
「おいおい……さっきの魔獣だけでヤバいってのに、更に襲撃されたら一溜りもないぞ」
 ズシンと、また地面が揺れた。
 ヴェノムが生成した結界は、魔獣達に切られてしまった。
 結界が切られた途端に、民衆の理性がまんは限界を迎えたのだろう。
 恐怖の余りパニックに陥り、通りの宿屋や民家に雪崩込んでいく。
 先方の老夫が段差に躓き転ぶと、彼の後に続く人々はドミノ倒しの如くバタバタと倒れ込んだ。
「最近出来た法律で、勝手に人の家に入るのは『住居不法侵入』になるらしい」
 トーマスが腹を掻きながら、呟いた。
 絶対絶命のピンチだと言うのに、肝が据わっている男だ。
「言ってる場合ですか?! 安全な場所に避難って言ってたじゃないですか」
「安全な場所って、何処だよ」
「ないですね」
 そうなのだ。住居に避難したところで、魔獣は住居くらいは破壊する力がある。
 ヴェノムのように、結界を生成するのが一番確実な手なのだがーーそんな真似出来る魔術師は、世界保安団兵か勇者の御旗ブレイヴ フラッグか国際魔術師連盟か宮廷魔術師の家ミッズガルズか。
 ミッズガルズは王家一族の命は守っても、平民の命を守りはしないに決まっている。
 辺りを見渡す限り、結界が生成出来そうな魔術師は居ない。
 目と鼻の先に、飛竜ワイバーンが迫っていた。
 ポッカリと開けられた、奴の大きな口。並ぶ鋭い牙を見て、キースは不思議と冷静になった。
 誰がどう見ても、死ぬと判断出来る状況だからだろう。
 死という存在には、情緒も感動も後悔も通用しない。
 次にキースが瞳を開ける前に、木から果物が落ちるように首が落ちているに違いない。
(ソフィ……上手く逃げられたかな。こんなことになるなら、父さんの旅行に無理矢理にでも連れて行かせたら良かった)
 ああ、後悔だけは一丁前にあるらしい。
 走馬灯のように、キースの約十七年間の思い出が過り始めた。








 一番始めに蘇った記憶は、やはり三歳の頃の物だった。
 浜辺で素足を砂で汚しながら、貝殻を集めるキース。
 左手に持っている牛乳瓶に、拾った貝殻を詰めている。
 お気に入りの絵本の主人公が、こうやって海の思い出を詰めているのだ。
 最近母親に文字を教えて貰い、幼児キース レイバンの世界はぐっと広がった。
 絵本も、お店のメニューも、猫さんの名札も、キース レイバンは読める。
 村の子供達は読んで欲しい物を持って、キースのところへ集まって来る。
 家が隣のキャロラインは猫が冒険する絵本がとてもお気に入りで、毎日の読むのをお願いして来るのだ。
 ゼノクロノス王国の南方青府なんぽうせいふ最南端にあたる、小さな漁村マーグヌス マル村。
 鉄道が通ってなければ、酒場もなければ、図書館もない。
 何にもない、ドがつく田舎だ。
 しかし、アルストレンジ中を探し回しってもこんな雄大で清冽な海は存在しない。世界一、綺麗な海と評されている程だ。
 同じ海が観光名所となっている場所と言えばノイアリアの帝都ーーアクア エデンもあるが、そちらの紹介はまたの機会にしよう。
 そんな何もない、平和な田舎村でキースは母親と平和に暮らしていた。
 父親のことは、母親は余り語らなかったのだ。
 世界的に有名な、作家だとは言っていた。
 一人じゃないと物語が書けないから、一緒には住めない。それなのに、何も出来ない人なのよ。
 そんな矛盾めいたことも、困ったような照れ臭そうなーー母は苦笑いをしながら、そう漏らしていた。
「キース。そろそろ日が沈むから、帰りましょう」
 ずっと様子を見守っていてくれた、母親がキースの手を引いた。
 母の穏やかで柔和な笑顔を見ると、キースは幸せな気持ちになれる。
 作りたての貝殻が詰まった瓶を、キースは母親に見せた。
「まぁ。綺麗な貝殻を選んだのね。グラデーションになっていて、とても素敵だわ」
「えへへ。おかあさんに、あげる」
「いいわよ。折角キースが作ったんだもの。キースが持ってなさい」
 母親が紅茶色の長い髪を揺らしながら、陸地の坂道をゆったりと上がって行く。
 帰路で顔見知りの、昼間から飲み歩いている中年男性三人組がビラを配っていた。
 ビラは「ハーフエルフを見かけたら、通報に協力を!」と書かれている。
 母親アエテルはビラをくしゃくしゃと丸めて、スカートのポケットに捩じ込んだ。
 ハーフエルフはエルフと人間が交わり、生まれる存在である。
 人間でも、エルフでもないーー境界の生き物。
 エルフは人間より遥かに強い魔力を持ち、その魔力で独自の文明を築き上げていた。自分の手を汚さなくても洗濯が出来る機械や、食料を保存出来る機械や、一瞬で移動が出来る空間転移放置や、魔獣を従える道具もあると言う。
 魔獣の永きにわたる戦い以外にも、人とエルフの戦いもあった。
 エルフとの戦は魔獣との戦に比べて、賭ける物が多かった。いや、多すぎた。
 魔獣との戦いは、大きく纏めると人間の命だけだ。
 エルフとの戦いは、領土、文化財、誇り……etc
 心を持つ者同士の戦いだ。一筋縄には、いくわけがない。
 人間達にも心があるように、エルフにだって心はある。
 正義の対義語は、悪ではない。また別の正義なのだ。
 しかし人間達は、エルフの心を知ろうとしなかった。
 人間の理解が出来る領域を超えた、魔力、技術力、知能を持つ彼らを畏怖する余りーー悪魔と呼んでいた。
 戦う相手を敬わず、蔑称で呼んでいた連中に勝ち目がある訳ない。
 エルフが指定した、魔力が大量に摂取出来る土地のほぼほぼ全てをエルフに譲った。
 エルフの言うことを聞かなければ、またあの光を放つ銃で焼き殺されてしまう!
 言うことを聞く以外の選択肢を、人間達には与えられていなかった。
 アルストレンジ創世記でも、現代においても、王国は常に敗戦国のレッテルが貼られている。
 それは先の帝国との大戦でも同様で、ゼノ クロノス王国民は疲弊しきっていたのだ。
 そんな時に現れたのが、当時は救世主と持て囃された独裁者だった。
 彼は国が一丸となる為、共通の敵を作った。
 その対象となったのが、人間とエルフの混血ーーハーフエルフだったのだ。
 ハーフエルフは人間と交わって生まれた存在である為、エルフの領地には入れて貰えない。
 人間の領地は人間側の暗黙の了解や倫理観や常識が通じない為、煙たがられているのは事実だ。
 そんな人間が扱いに困っていたハーフエルフを、明確に悪者と宣言した独裁者は人間側には正義の大英雄に映ったのだ。
 彼が試作した「ハーフエルフ撲滅法」を王国民は、何も考えず賛同した。
 当時は今以上にみんな貧しく、生活に苦しんでいた。
 日頃のストレスを発散出来る奴隷おもちゃが、欲しかったのだ。
 彼らを劣悪な環境で無銭労働させたり、大量の湯を浴びせたり、内臓を引き摺り出す拷問機の上に乗せて殺害したという。
 それも一人二人の話ではない。王国人によって、命を落としたハーフエルフは数万人居るとされる。
 当時から王国の「ハーフエルフ撲滅法」は非人道的だ! と、各国から非難を浴びた。
 王国はアルストレンジ国際連合を強制的に脱退させられ、孤立して行ったのだ。
 約三十年近く前の話である。
 キース達は前時代の人間がやらかした「悪魔の民族」と言う、負の負債を背負わされているのだ。
 約十年前。王国は、リトルピット共和国との戦にも負けた。
 技術力、兵力、軍事力全てにおいて王国のが優勢であったにも関わらず、だ。
 どの国の新聞紙も、一面の記事を飾った程である。
 リトルピット共和国が言い放った停戦条件は「ハーフエルフ撲滅法」の廃止であった。
 多額の賠償金や領地の譲渡ではなく、法律の廃止。
 リトルピット共和国はエルフの領地と隣接しており、エルフ達を大変尊敬している。
 エルフの血を引く者達が惨殺されるのを、見ていられない。
 リトルピット共和国の臣下達は、説得をしに王国にやって来た。
 グリード カール ゼノクロノス十八世が彼らの説得を聞かず、射殺を命じたのだ。
 そして、戦へと発展したのである。
 戦いは、戦いしか生まない。謙虚さは、頭が良い相手にしか通じない。とはよく言ったものだ。
 ハーフエルフ撲滅法が廃止されたにも関わらず、国民みんながハーフエルフを見る目が変わった訳ではない。
 自警団気取りの連中が、こうして活動しているのが何よりの証拠である。
 






 歩くこと、数分。自分の家が見えて来た。
 キースの家は海のすぐ近くで、常に潮風に当てられているのだ。
 郵便受けは錆びており、玄関の木戸はところどころ腐り始めている。
 リビングと風呂と寝室と父親の部屋と、屋根裏部屋しかない小さな家。
 お世辞にも立派な家とは言えないが、温かくて優しい母が居るこの家がキースは大好きだ。
「とびら、あいてる……」
 キースは強盗や泥棒という存在は知らなく、想像は働いていないようだ。
 しかし、母親と住んでいる家を何者かが踏み荒らしたことはわかったらしい。
「いけない。タオルを取りに来た時に、鍵を閉め忘れちゃったみたい」
 母親はごめんねと頭を下げた。
 アエテルの声は、震えている。はっきりと嘘だと、分かる。
 その横顔は恐怖を打ち消す強い意志と覚悟に、満ちていた。
 あんなに美しい顔に勝る表情を、キースはまだ知らない。
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