光彩濁りて愛となる

RRMR

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十七話

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 今更ながら大慌てで寝巻きから部屋着に着替えて、洗顔と歯磨きも済ませた。
 上坂さんと、下村さんは何も話さずに横並びでじっと俺を待っていた。
 まるで空気が重りのように、のしかかっているような錯覚を覚える。
 エアコンはいつも通りの温度で、風を吐き出しているのに妙に生温い気さえしてくる。
「お待たせしました……」
 絞り出すような声で言って、二人の前に着席する。
 いつもは広い大きいローテーブルが、今は狭く感じた。
 上坂さんは短く頷いてから「いつか起きることだと、俺は思ってたよ」と、なんでもないような声で言ったのだ。
 まるでドラストでクーポン配ってるよ。くらいの、話し方。
「そう……ですか」
「今爆発して、良かったじゃん。話し合う期間、あるし。大概のことは、なんとかなるんだよ」
 そう言って、上坂さんはカラカラと笑っている。
 買って来たポテチの袋をパーティー開けして、ひょいひょいと摘んで食べている。
 上坂さんの言葉はすとんと俺の中に落ちて来て、何とかなりそうな気がして来るのだ。
 すげえ。年の功だけ、ある。
 対する下村さんは、眉間に深い皺を寄せたままだった。
「週明けの月曜日に、会場でリハーサルあるんですよ? 何をやっているんですか?」
 俺の足りない頭でも、こんな時期に喧嘩するべきじゃないって分かっている。分かっているのと、行動を制御出来るかは別だ。
「だから、明日仲直りしたら良いじゃん。不安だったら、俺同席するし」
 下村さんは「分かりました」と、渋々納得したようだった。
 気まずくて、二人から視線を逸らす。
 自分でもどこを見てるのか分からなくて、ゆっくりと漂う空中のほこりを追っているようにも思うし、壁のシミを人の顔に見立てているような気もする。
 上坂さんが「篠塚さんが、焦るの分かるよ」と、出した麦茶を飲みながら言う。
「元々EXILUに、入りたかったんだよね。フリーターしながら、養成所行って、オーディション受けてたよ。青春だったわ」
 うわ~っ!! めちゃくちゃ、納得出来てしまう!! 上坂さんに真っ黒なデカレンズのサングラスにつけさせて、スーツ着せて、適当なポーズでもとらせたらメンバーに見えるもん!!
 初対面の時に感じた、バイト先に来たら警戒するオーラの正体がわかった気がした。
「なんで、諦めたんですか?」
「いつまで経っても芽が出なかったのと、オーディションでは次々に新しい子が出て来て諦めた。って、感じかなあ、最終選考まで残った回もあったけど、合格する実感持てなかったのね。その回の受かった奴は『だろうな』って感じのオーラがある奴だった。みんなが、コイツ受かるだろうな。って思ってたと思うよ」
 最終選考に、残るってすごいな……。
 多分全盛期くらいの話だから、応募総数は低く見積もっても一万人は居たんじゃないだろうか?
 その中から最終選考に残る人間は、多く見積もっても五十人くらいだろう。
 EXILUになるべく、生まれたような人だったよ。そう言って、上坂さんは瞼をすっと閉じた。
 言葉を続ける、上坂さん。
「俺より年下でダンス上手い子とか、オーラある子とかじゃんじゃん出て来る訳。二十五くらいまではワンチャンあるかな? ってがむしゃらに、頑張ってたよ。なまじ最終選考まで残ったプライドとキャリアが邪魔しちゃって、引き返せないところまで来ちゃってたんだよ。途中からEXILUに拘らず、ダンサーのオーディションも受けたけどダメだった」
 きっと上坂さんみたいな人の方が、ステージの上で脚光を浴びる人間より多い。
 俺達「トリニティ」の陰に埋もれている、ダンス系配信者だって沢山居るのだろう。
「なんで、ダンススクールのトレーナーに?」
「姉の子供が俺のダンス真似っこするから、教えてあげて『こういう道もありかも』って思って、近所のダンススクールが求人出してから面接受けたって感じかなあ。色々あって、そこは辞めたけどね」
 コミュ強陽キャでEXILUのオーディションを最終選考まで残った人間なんて、ダンススクール側が頭を下げて来て欲しいレベルだろう。
「俺の頃は、親ガチャとか家太とか概念なかったからさ。そりゃ『友達ん家、金持ちで良いな~』とか『うちの親父、口うるせえな~』くらいは思ってたけど、うちはうち。よそはよそ。って諦めるのが普通だったからさ。親ガチャなんて概念はあるわ、他人の幸せそうな写真を簡単にスマホで見れるじゃん。大変だと思うよ、若い子らは。自分が思う折り合いを、見つけるしかないよね」
 山南村に居た時にも、感じてはいた。
 三村の家は言うまでもなく金持ちで、誕生日でもないのに親御さんが三村にコピックセットを買ってあげていた。
 三村の場合はちゃんと描くタイプの人間で、親御さんもそれを見抜いていたのだろう。
 あの一本四百円もする色ペンを、何でもない日に貰えるなんて金持ちだな! って思っていた。
 俺なんか誕生日プレゼントに、アライブのケーキしか貰えないのに。
 三村に対しては自分が欲しい能力じゃないし、男女の差もあるから嫉妬心は湧かなかった。
 歩夢と智顕はまずスタート地点から違うから、そんなに俺の嫉妬心を焚き付けなかったのだろう。
 だって、二人とも家太だし……。俺とは違うし。なんて悠長に思えていたのは、リスナーが無料で見られる配信だからだったのだろう。
【NWF】は、そうじゃない。お客様は、お金を払って観に来ている。
 お金を払っているお客さんからしたら、RukIとぼんチ。は家太ダンス経験者で上手いとか、コウは貧乏でダンスが下手とか関係がないのだ。
 それを分かっているから、努力した。
 なのに智顕にあんなことを言われて、俺は感情的に酷いことを言ってしまった。
 才能があるが故の上坂さんの焦りとは、違う気がする。
 あと俺の勘だけど、上坂さんは人生で「うちの家って、金ないんだな。俺が死んだら食い扶持が、一つ減る」とか考えたことないと思う。
 俺の元気が戻らないのを見た下村さんは、眼鏡のブリッジに右手の人差し指と中指を当てた。
「どうにもならない気持ちって、ありますよね。他人からしたら『過ちとしか言えない』恋をしたし『娑婆に出てはいけないような罪』を犯したから、分かりますよ」
 え。なに。下村さんの、恋話始まんの?







 下村さんの話は感想を述べるなら誰を責めたら良いか分からないし、みんな歪だった。
 下村さんは栃木の田舎出身で、祖父が開業医らしい。
 その地域の人間がみんなお世話になっている病院で、下村さんは相手のことを知らないのに挨拶されるなんて日常茶飯事だったらしい。
 田舎あるあるすぎる。
 当然のようにお父さんが病院の跡を継いでいて、次代は下村さんになる予定だった。
 下村さんは幼少期から、医大に入るべく勉強漬けで家はテレビ、ゲーム、漫画、玩具が禁止だったと言っている。
 幼稚園の冬休み明け、サンタさんになに貰った~? と同級生にウキウキの目で見られた時は、返答に困ったと言う。
 期待を込めながら親に怒られなさそうなジェンガを、サンタさんへのお手紙で書いた。
 なのに貰ったプレゼントは、小学校受験の参考書数十冊だったと言う。
 下村さんは、頭の出来は良かったらしい。
 どれくらい良いかと言うと、小学校から高校まで模試の成績も全国百番以内をキープし続けるくらいには。と、言っていた。
 本人的には謙遜しているつもりかもしれないが、全国百番以内を取り続けるのは相当な努力が必要だろう。
 上坂さんと俺は声を揃えて「すげえ」と、感嘆の息を漏らしたのだった。
 しかし下村さんには、欠点があった。
 本番に、極端に弱いらしい。
 たくさんの同い年の子が集められた、名門私立小学校の受験会場。
 教室内に鮨詰め状態にされた、たくさんの顔を見た瞬間に下村さんの頭は真っ白になったと言う。
 この子たちはみんなライバルで、この子達に勝たなきゃいけないんだ。負けちゃダメなんだ。
 それからはいつも出来ている、重ね図形や移動図形問題、水かさの計算などミスを連発して不合格。
 学区内の公立小学校に入学したが、そこからが地獄の始まりだったらしい。
 小学校受験に失敗したと言うことが、下村さんの母親のプライドを傷付けた。
 しかも公立小学校で習う授業内容など、息子にとっては片手間に本を読みながらでも解けるようなレベルだ。
 母親は一年生の授業が始まるなり
「うちの子は他の子たちと違って、頭が良いのでこんな授業を受けさせる必要ありません! 中学受験は、もう始まっているんです! 持参した参考書を、やらせるようにしてください!」と、職員室に乗り込んだと言う。
 当時の担任の先生は「下村さん。焦る気持ちはわかりますが、それを許すと他の子が絵を描いたり小説を読んだりしてしまいますので……」
 担任がやんわりと断っても、下村さんのお母さんは引かなかった。
 下村君だけ特別に……と内職の許可を出され、「なんであいつだけ?」と言う同級生の突き刺さる視線がとても辛かった。下村さんは、そう絞り出すような声で言った。
 夏季講習や冬季講習に行く為に学校を休んだこと、母親が他の母親に「野球させてるんですか?
選手になれる訳でもないのに?」とか言ったり、学芸会で下村さんが主役じゃないことで校長室に乗り込んだりしたこと。
 小学校は、悲しい思い出ばかりだった。
 中でも悲しかったのは、小学校四年の頃。鶏小屋の当番を四年生がやるという習わしがあるのに、下村君は勉強で忙しいからやらなくて良いよ。と、仲間に入れてもらえなかったこと。
 気を遣ってこその行為だと分かっているけど、だからこそ寂しかっただろう。
 中学受験はインフルエンザにかかり、失敗。
 公立中学校に入るも母親の噂は広まり切っていて、友達は出来なかったらしい。
 高校受験で、やっと花が開いたらしい。
 地域が違う俺でも知っているくらい、有名な進学校で上坂さんもびっくりしていた。
 高校生クイズ大会で出場したりとか、教育系のクイズ番組で出される難関校入試問題でよく目にする学校だ。
 俺からしたら、問題文の意味すらわからないことが多い。
 大学受験に挑む為に、母親は家庭教師を雇った。
 三十過ぎの優しい、品行方正が服を着て歩いているような地味な女の人だったと言う。
 今まで塾に通っていたが、行き帰りの時間が無駄だ! だの買い食いを覚えて、非行に走ったら……なんて心配から、家庭教師に変更したらしい。
 だけどこの変更が、みんなの人生を大きく狂わせてしまったと言う。
「出会ってから半年経った、連休の話です。先生が『たまにはリフレッシュも必要だから、ドライブ行こっか。お母さんには内緒だよ』って遊びに連れて行ってくれたんですよ。その日は、普通にドライブをして終わりました」
 すでに嫌な予感が、止まらねえぞ。
「先生との秘密の逢瀬は、その後何回もありました。映画館に行ったり、本屋さんへ行ったり、カフェへ行ったり、プラネタリウムに行ったり色々連れて行って下さった。逢瀬を重ねるごとに、私の想いもはらはらと雪のように募っていきました。ダメだとは、なんとなく分かっていました」
 まるで有名恋愛小説の主人公の声のように俺の心臓に、下村さんの声が届く。
 彼の言葉は、続く。
「今までずっと親に快楽を禁じられていたこそ、快楽に溺れたんですよね。少し他人より勉強が出来るだけで、友達とゲームセンターやカラオケに行ったこともなく、電話すらしたことなかった。そんな無知な高校生にとって、先生は世界そのものだったんです」
 きっと母親との関係に、悩んでもいただろう。下村さんにとったら先生は、救世主のように見えたのかもしれない。
 みんなが当たり前に経験している娯楽を知らない下村さんが言う、世界そのものはとても重く感じる。
 何も知らない真っ白な人間が、いきなり娯楽を与えられたら麻薬みたいなものだろう。
 アレもコレも、やってみたい! そんな願いを叶えてくれる神のような存在だったに違いない。
「高校二年の秋。受験シーズン真っ只中に、私は先生を妊娠させた挙句、中絶させたんですよ」
 
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