光彩濁りて愛となる

RRMR

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十六話

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 雨が降った後だからか、空はいつにも増して真っ暗だ。
 人間が思い浮かべる星の灯りは俺達には届かず、街灯に群がっている蛾がてらてらと光って見えた。
 俺は静弥にリードを引かれながら、とぼとぼと見知らぬ街を歩いている。
 お散歩プレイかよ! って声に出して、ツッコミを入れる気力もなくただ歩いて帰る。
「なあ。なにに、そんな怒ってんの?」
 どうして、俺の居場所が分かったのか? とか、なんで荻原と廣笠がすぐ分かったのか? その格好、なんなんだよとか、色々と聞きたいことはある。
 だけどこの静弱な夜の帳の中だから、口に出せる質問はムードに合ったものとなってしまったのだ。
 首輪つけられてて、ムードもクソもないかもだけど。
 お恥ずかしながら、怒られる思い当たりがあり過ぎる。
 まずAV。これは、弁明させて欲しい。人間の三大欲求の一つだし、別にAV女優にガチ恋しているとかない。
 静弥が俺に好き放題ヤるように、俺は俺で欲求があるのだ。
 そう。AV女優やBLもんなら挿れられる側に感情移入して、こんなことされたら絶対に気持ちいい! って思いながら、シコるのがサイコーなのだ。
 ご飯を作って貰ってるのに、その場のテンションで飲み会に参加したのは俺が全面的に悪いです。はい。
 普段のガサツっぷりも、気をつけてはいる。気をつけてはいるけど、静弥の基準には満たないっていうことなのだろう。
 いやでもさあ……。ヌマクローハウスの共同生活の時点で、俺がガサツなんは分かり切ってるじゃん。
 それを飲んだ上で、ルームシェアを提案したんじゃねえの?
 俺が努力して俺なりに気を使っているのは、認めて欲しいって言うか……。
 静弥は肩を震わせながらこちらを振り返り、強く強く抱きしめた。
 まるでこれから出征する我が子を、抱きしめる母親みたいな感じで。
 静弥は俺の肩に顔を埋めたまま、動かない。
 んん? なんかいつもの、メンヘラプリウスミサイルじゃないな?
 マジで、何をやらかしたんだろう!? 決定打を分かってないのに、謝るのも違う気がする。
「どうして州崎さん達と仲違いしたのを、言ってくれなかったの……」
 俺の肩に、雨がはたはたと落ちる。また、降り出して来たのか? と空を見上げても、雨なんて降っていない。
 数テンポの後、静弥の涙だと気がついた。
「えッ?」
 余りにも、間抜けな声しか出せなかった。
 昭和のホームドラマの、ドジなお父さんが娘に彼氏が出来た。と知った時にする下手くそな演技のような声。
 静弥が仕込んだ盗聴なり盗作アプリか? と一瞬思ったけど、レッスン中はロッカーに貴重品を預けている。
 他に考えられる可能性は、歩夢が静弥に相談した。って言う線。
「なんで宇宙人から、一番に聞かされなきゃいけないの……」
 俺達の横を、軽自動車が通り過ぎて行った。
 絞り出すような静弥の声。車の走行音よりも、俺の耳には大きな音で届いた。
「……え」
 分かっている。え? って言いたいのは、静弥の方だ。
 俺が、話してくれなかったこと。それなのに、敵と見なしている人間から聞かされたこと。
 静弥の絶望の絵の具は、パレットで混じって黒に近いドブ川みたいな色になっているのだろう。
「心配で見に行ったら酔い潰れてるし、身体を他の人に触らせてるし……」
「お前、俺のスマホに何か仕込んでんだろ! やめろよな!」
「晄君」
 静弥は顔を上げて、濁った沼のような目で俺の目一点を見つめた。
 凝視とはこう言うことを、言うんだろう。
「あ、はい」
「君はね、すごく魅力的で隙があり過ぎるの。晄君は単純で人が良いから、簡単に籠絡出来るんだよ」
 大分とフィルターをかけて、見ているな。そんなにモテた経歴がある訳じゃない。
 告白されたのは、立花が初めてだったし……。
 大学に入ってからは何人かにされたけど、配信者って立場を考えて傷付けないように断っていたくらいだ。
 俺が単純だから、丸め込めそうなんは分かるけども!
「大丈夫だって。お前が思ってる程、俺モテないし……。どうせ知ってんだろ? 人生で初めて告白されたの、立花だよ」
 それも、破局した訳だし。
「それはね。中学校時代まで、晄君宛てのラブレターとか全部僕が捨てていたからだよ」
「……ハ?」
 俺の下駄箱や、机に入っていたラブレターを、捨てていたってこと……か?
 コイツ、マジヤッベェ……! 
 恋のライバルの存在に、焦ったり嫉妬心を燃やすのは分かる。
 普通、妨害までするか……? するよな、静弥だもん。
 斧で太腿を切られた時のように、俺の全身からみるみる血の気が引いていく。
 コイツはいつだって、そうだ。斧で襲った時も、蔵に閉じ込めた時も、生配信中にフェラして来た時も、スタンガン奇襲攻撃も、俺よりその場のテンションで父親に縋ったのも、虎婆さんとのお揃いのティーポットも、今日だってそうだ。
 自分の気持ちが最優先。沼黒 静弥が思う、篠塚 晄君にしてあげたいことをやるのだ。
 俺の顔色の変化を静弥は読み取ったのか「ごめんね……」と、項垂れたまま言うのだった。
 だけど何に対しての「ごめん」なんだよ、それ。
 分かってないまま、謝ってくんなよ。
 静弥が伸ばして来た手を、とっさに振り払ってしまった。
「……え」
 まさか拒否されると思っていなかったのか、静弥は明らかに困惑していた。
 まるで頑張って描いた母親の似顔絵をぐしゃぐしゃにされた、子供のような表情。
 本当ムカつく。いつだって、自分が被害者だって思い込んでいるその姿勢が。
 自分は弱者だと思っている癖に、俺が出来ないことをやれてしまうお前が憎たらしい。
「今、お前の顔、見たくない」
 情けなくくらい、上擦った声が出てしまった。今にも泣き出しそうな、鼻の頭で呼吸を寸止めしたかのような声だ。
「僕、気に障ることしちゃったんだよね。言ってよ、治すから。お友達の家に、押しかけたこと? アダルト ビデオの内容を、他人に言ったこと? 位置情報アプリを、入れたこと? 晄君への告白を、妨害したこと? もうしないから、許して!! 嫌いにならないで!!」
 涙を流しながら、ジリジリと静弥はこちらへ近寄って来る。
 俺がいくら後退しようが、その分距離を詰めて来るのだ。
 俺の目には、静弥が包丁を持って近寄って来る狂人に見えた。
「うるさいっ!! 話したくもない!!」
「……分かった」
 あの静弥が、了承した。肯定した。首を、縦に振った。
 俺が動転している間に、静弥は夜の闇の中へ溶け込んでいく。
 やっと絞り出すように言った「待って」って言う言葉は、地面に落ちるだけだった。
 その後どうやって帰ったのか、はっきりと覚えていない。







 人間の身体は、物理的に出来ている。
 寝る気がなくてもいつの間にか寝落ちしていたし、腹だって減るし、出るもんは出るし。
 昨日帰宅してリビングに入るなり、目に見えたのは飾りつけられた部屋だった。
 折り紙の輪飾りがカーテンレールから垂れ下がっていて、静弥の誕生日パーティーを思い起こさせた。折り紙で作った花とか星とかハートの飾りは壁に貼られて、まるで子供部屋みたいだった。
 ローテーブルには、ポチタのぬいぐるみとか、轟君のフィギュアとか、Switch2用のマリオパーティソフトとか、炭治郎モデルのDX日輪刀とか、らぶうーずのぬいぐるみキーホルダーやらが並べられている。
 あ、あいつ、また、無駄遣いしやがって……!
 って言う気持ちとは別で、静弥なりに俺を励まそうとしてくれたのだろうって予想も働いた。
 それなのに自分の都合で、感情を一方的にぶつけて最低すぎる。
 静弥は俺が寝ている間に、静弥は帰宅して仕事に行ったのだろう。
 ベッドから腕だけ伸ばして、スマホで時間を見るとスマホのホーム画面には午前十一時前と表示されていた。
 昨日帰って来たのが一時過ぎだから、それからなんやかんやして寝たのは二時半くらいな気がする。
 科学的には良くない時間だけど、八時間は寝てるんか……。
 静弥から電話やメッセージの類は、一切ない。全くのゼロ。
 いつもはあんなに、送って来る癖に……。
 俺はベッドから起き上がり寝巻きのまま、洗面台で口をゆすぎながらそんなことを考える。
 のろのろと冷蔵庫に近寄り、扉を開けた。
 静弥が作ったオムライスを冷蔵庫から取り出して、電子レンジで温める。
 電子レンジが音を奏でる数十秒前に、家のインターホンが鳴った。
 モニターで相手を確認すると、上坂さんと下村さんが居た。
 え。なんでェ?







「悪いね~! 上げて貰っちゃって!」
 俺は「いえ……」と短く言って、上坂さんと下村さんを見つめる。
 上坂さんは相変わらずのヘビーメタルバンドのライブTシャツに、ノーブランドのGパンに、スニーカーって言うラフな格好。
 対する下村さんは、ワイシャツにスラックスで休日出勤のサラリーマンみたいだ。
 部活動の為に出勤する、教師にも見える。
 こんなご時世なので、俺と上下コンビトレーナーの連絡先は交換していない。
 前にkポとか好きそうな女子大生の客から、上坂さんが連絡先の交換を求められているのをたまたま見かけたけど「ごめんねー。規則で、出来なくて」とか断っていた。
 熊手みたいな前髪をした、アッシュグレーの三つ編みボンボンのほっそい女の子。
 自分に似合う化粧の仕方とか、めちゃくちゃ研究してるんだろうな。って異性から見ても思うくらいには、可愛い子だった。
 俺の好みでは、ないけれど。
 上坂さんが断わったのが意外過ぎて、印象に残っている。
 本人もまさか断られるとは、想定していなかったのだろう。しつこく、食い下がっていた。
 前髪が軽いから、気持ちが重いのなのだろうか。
 反比例しちゃってますか~。なんて、俺は思っていた。
 乙女心が分からない下村さんは、助け船のつもりで
「上坂さんから貴方に気があれば、一発目に承諾してますよ。承諾してないのが、答えじゃないですか」
 なんて、言い出したのだ。
 当然女子大生は「ひどーい!」と下村さんに背を向けて、上坂さんに慰めて貰おうとしていた。
 上坂さんは困り気味に「ごめんねえ」って、笑っていたのだ。
 女子大生とすら、連絡先を交換しない上坂さんが俺と連絡先交換を訳がない。
 下村さんも、同様にしていない。
 俺の家の住所を知る術なんて、顧客の登録情報を見るとかしか浮かばない。
「なんで、俺の家知ってんすか……」
「ご想像の通りだよ。ごめん。悪いことは、分かってる。だけど君らのことを考えたら、大人が動かなきゃならんでしょ。って思ってさ」
 上坂さんが大手ショッピングモールのレジ袋をリビングのテーブルに置きながら、眉を下げてそう言った。
 こう言う悪いことに潔癖そうな下村さんは「今回だけですよ」と、レジ袋からお菓子を取り出して広げている。
「大人って、上坂さん若いじゃないですか……」
「いくつだと思ってんの? 俺今年で、三十七だよ」
「さ、ささ、さんじゅう……なな!?」
 うちの母親より、四つ下なだけ!? み、見えねぇ……!!
 下村さんが「上坂さん童顔で、いつまで経っても大学生みたいな感じですから」と上坂さんを一べつした。
 待てよ。上坂さんで、三十七ってことは……。
「私は、ぴちぴちの二十代ですので。二十八です」
「立派なアラサーじゃん。仲間仲間」
「貴方は、アラフォーって言うんですよ。ダンス以外の趣味、パチンコと競馬しかないの終わってますからね」
 上坂さんはわざとらしく口を尖らせながら、下村さんに反論する。
「フェスとか、うぃーつべとか、飲みも好きだから!」
「大学生か!」
 下村さんより早くに、俺は関西人のノリ ツッコミを入れてしまった。
 
 
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