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十五話
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廣笠が住んでいるアパートは、町田市にある。
指定された住所に書かれた建物名と、目の前のアパートを見比べてみる。
「レオパレス アポロン」
えーっと。レオパレスは、よく聞く物件ブランドの名前だと思う。
アポロンは、なんの宗教のなんの神だっけ?
キリスト教ではないだろうから、ギリシャ神話あたり……か?
静弥に聞いたら、子供用の絵本の解説のごとく教えてくれるんだろう。
廣笠のアパートは町田市の成瀬駅から、約徒歩二十分の距離にあった。
廣笠は「迎えに行く」と言ってくれたけど、折角宅飲みを楽しんでいるのに悪いって言うのが一点目。
二点目は、家主が居なくなった酒入った男子大学生が何をやらかすか分からないから。
俺が居酒屋でバイトしているのもあるけど、男だけの集団客はどうしても構えてしまう。
さっき言った通り、男社会のてっぺんを取るにはグループの中でいかに面白いことを出来るか? みたいな風潮がある、グループだってある。
言うまでもなく、荻原のグループはそういう気がある。
一年くらい前にバイト先に来た男子大学生の集団は、料理皿を灰皿代わりにしたりトイレに間に合わないからってジョッキグラスに小便しだしたのだ。
見つけたバイト仲間の女の子がすぐさま店長に報告して、俺と店長と言う二大ティファールが客に怒鳴り散らかしたのは良い思い出だ。
警察も呼び警察は怒鳴られて泣いている大学生達に同情するわ
「この子らも、反省してるようですし……」とか言い出した時はしばき回そうかと思った。
俺よりも理性がなく反射で生きている店長は、警察相手に
「反省する脳みそある奴は、ここまでの真似しえよ!」と吠えていたのだ。警察相手に。怖いもの知らず過ぎだろ。
なんで警察より、店長の方が怖いの? 動物園から逃げ出したゴリラだからか。ウッホウホ。
廣笠が住んでいる「レオパレスアポロン」は、小学校の授業で習う横長の直方体のお手本のような建物だった。
幼稚園くらいのマンションに住んでいる子供が「ぼくのおうち」って、描くような形とも言う。
茶色と黄色の中間のようなコンクリート製の住居で、一晩寝るだけで忘れそうな気もする。
廣笠の部屋は一階らしく、一階だからか外にまで笑い声が聞こえている。
自分から飲み会に飛び入り参加宣言をした癖に、この野太い笑い声を聞いたら急に面倒くささが湧いて来たのだ。
原因は、分かり切っている。
飲み会のメンバーに、荻原が居ることだ。
俺に求められてる役割は、面白い篠塚 晄だ。荻原を引き立てるテレビのガヤ役みたいな、感じだろう。
「はぁー……」
俺はアパートのコンクリートの道を、忍者のように忍び足で歩く。
まるで乾く前のセメントに足を下ろすように、靴が沈んでいく気がした。
廣中が住んでいると言う、一◯四号室のインターホンを鳴らす。
角から二つ目の部屋だ。
*
「ガチで、田舎だったの! 山南中学校。全校生徒で七十人居るか、どうかだったし」
レモンサワーを飲みながら十八番の山南村トークを披露する度に、飲み会に参加しているメンバーは手を叩きながら笑っている。
静弥からも連続でメッセージが来ているけど、歩夢と同様にスルーを決め込んでいる。
今話している間にも
『誰と、会ってるの? 写真送ってよ』とか『返事して』とか来ていたけど、いつものメンヘラ構文だ。急いで返事をする必要性はない。
「でさー。俺最初はバスケ部入ったんだけど、部員六人しか居ないの。試合出れるじゃん! って、喜んでたんだけどさ。顧問がザ昭和の人って感じで、走り込みとかちょっとでも遅れたら竹製の物差しでケツぶたれたりすんの」
ヤバー! パワハラじゃん! って、声が荻原達から上がった。
荻原の口の端と端は均こうがとれていなく、とても歪んで見えた。
まるで自分は、そう言ったことをしてません。と、言わんばかりの声だった。
廣笠の部屋は1LDKの、普通の一人暮らし用の物件と言う印象を受けた。
部屋の広さは、多分八畳くらい。
その狭い空間に男子大学生が俺含め七人くらい居て、収容所のようにも見えてしまう。
七人の印象をひっくりまとめて言うなら、カーストが真ん中より上の男の集まりって感じ。
その地位を築くのに、誰かの陽だまりを奪った者達とも言う。
俺含めて。
床はスナック菓子や、酒の空き缶、コンビニ物の鶏の軟骨唐揚げの容器などで散乱している。
食い物が、見事に茶色しかない。
女子大生だけの宅飲み会ならば、食い物が茶色だけにはならないのだろう。唐揚げとかつまみの他にカルディとかでナッツ入りのチーズを買ったり、業務スーパーでラザニアを買ったり、コンビニでサラダとか買ったりして、たくさんの色の食材が並ぶのだろう。
部屋に入ってすぐ左のシューズボックスには、百均で買ったと思われる透明ケースがキレイ並べられていた。
透明ケースの中身は文庫本で、ジャンル問わず色々な小説がプラケースの中に所狭しと並んでいる。
文庫本の中には日本人作家を代表するミステリー作家のもあれば、恋愛小説、短編集、去年映画化された「多様性とは何か?」を問いかける小説もあった。
まるで物語達に「人の数だけ、人生があるよ」って諭されているような気分になった。
玄関の隅にスニーカーを揃えて置き、たくさんの物語が示す正しい人間の形をせめてこの部屋の中では行おうと思ったのに。
みんなに乗せられるまま酒を飲み、暑くなった俺は服を脱ぎ捨てた。
いやだって、七人中半分くらいパン一なんだもん。
参加者に、女の子居ないし。
良かった。HUだけど、新品のパンツで。人様から見て、不潔感のある格好ではないだろう。
「やっぱ、鍛えてんなー! 腹筋、触っていい?」
「いいよ、いいよ! 好きなだけ、触って!」
「おお、すっげ」
名前も学部も忘れた、ウルフカットの毛先カラーの奴が遠慮なく俺の腹筋を掌全体で触る。
時刻は夜の十一時前で、みんな酒が回っているのだろう。
大きな声を出して、笑っている。
「もっと派手な下着履いてるかと思ってたわ。蛍光グリーンとか」
荻原が、さも感想だけ言ってますよ~。くらいのトーンで、俺を見ながら歯を見せて笑ってる。
この言い方で俺が「はぁ? バカにしてんの?」とか言ったら、俺が悪者にされそうな話し方を選んでいるのだ。
やっぱりコイツ、小賢しいな~。って思う。
俺はキャベツ次郎をむさぼりながら、本当に何も気にしてなさそうに
「そこまで、チャラくねえよ~」って、笑っておく。
どうだ。楽しくないだろ、荻原君よ。思い通りにならなくて。
荻原は俺の腹筋を触っている裾カラーマンに、声を落とす。
「気を付けた方が、いいよ。篠塚君、男が好きだし。勘違いされても、困るでしょ?」
「あ?」
荻原にそんなことを、言ったことはない。概ね、俺たちの会話を盗み聞きしたんだろう。
インターネット上では見せびらかすのは違うと思ってるけど、プライベートまで徹底する必要はないと思っている。
だから夏野と廣笠に話したことだし、コイツは駄目。ってことはない。
ハズ、なのに。
わざわざこう言う言い回しをする奴に、知られたくなかったな。って、気持ちが真っ先に来た。
一層のこと荻原が勝本達みたいに馬鹿でクズだったら、良いのに。
俺に「男同士って、どうセックスすんの? ケツ使うってマジ!? ゴム要るの?」とか、聞いてくるレベルの馬鹿なら、俺も遠慮なくバイト先の酔っ払い客にするようにキレられる。
毒を以て毒を制する、ってヤツだな。
だけど荻原は、あくまでアドバイスみたいな口ぶりで今も話しやがるのだ。
キレたら、俺がイヤな奴みたいになるじゃん……。
はぁ~あ。しばきてえ。コイツの背中を、しばきてえ。
しばきたい背中。
こんな思いをするならば、飲み会に途中参加するなんて言わなければ良かった。
俺は、選択を間違えてばかりじゃないか?
なんて思っていたら、部屋のインターホンが連続で鳴った。
もしかしたら、隣の部屋の住民からクレームか? なんて思ったら、水色のジャージワンピースにハーフパンツを履いた静弥が部屋に襲撃して来た。
うお……。天使界隈を化粧や加工なしに、まるで店先のマネキンのように着こなしてやがる。
ハーフパンツから覗く陶器のような滑らかな脚、たまんねえ。人目がなかったら、今すぐ舐めたい。って変態親父か。俺は。
でも、なんで、天使界隈? もしかして、部屋着用にジャージを買ったつもりだったとか?
なんて考えている内に、俺の下着姿を見た静弥の顔面から血の気が奪われていく。
あ。パターン青、来るな。コレは。
*
静弥の女装と呼ぶにも値しない服装を見た面々が、何コイツ? って顔をした後に、荻原に視線で助けを求めるかのように荻原の方を向いた。
静弥は椎野 苹果の「約束」を鼻歌で口ずさみながら、荻原に頭突きを喰らわせた。
なんでメンヘラって、椎野 苹果か大林 靖子に走るんだろうか?
メンヘラ中学校かなんかで配られる教科書に、載ってんのか?
「え、な、なに。誰」
静弥は荻原の真正面に陣取り、息がかかるくらいの距離で顔を突き付けている。
「晄君の恋人。貴方のクソみたいな性格を、治せって言ってるんじゃないです。貴方のクソみたいな性格で、晄君を傷つけるな。って言ってるんです」
池袋イーストゲートパークか?
荻原は「分かった分かった。気をつけるね」と、アルバイトの面接で見せるかのような笑顔を静弥に向けた。
静弥の顔色は変わらずで、他の奴らに一発ずつデコピンを喰らわせた。
え、なんでェ……? 妬いてるんだろうけど、巻き込まれ事故な気もする。
だって、俺から行きたいって言ったんだし。
「その下着、僕が見たことない奴なのに……。なんで、この人らが一番に見てるんだよ!!」
そう言いながら、静弥は本革の黒いトートバッグに腕を突っ込んだ。
余りに着ている服装とチグハグなトートバッグから、何が出て来るのかと俺の胸の鼓動は速くなる。悪い意味で。
静弥の白い手には、アダルトなDVDが握られていた。
タイトルは
『素人トー横立ちんぼM女子 お持ち帰り』
パッケージには、天使界隈ワンピースを着た、色白の華奢な黒髪ボブの女の子が描かれている。
ほ、ホギャーッ!! 通販で買って、一昨日に届いたのがもうバレてるー!!
【NWF】が終わったら、ご褒美に見ようと思ってたのに……!!
あ、だから、天使界隈着てんのか!?
「せ、静弥、ごめんって……」
「レッスンを頑張った晄君の為に、たくさん好物を作ったんだよ。豚汁と、オムライスと、青椒肉絲」
食い合わせって、知ってる!? そんなに食えねえよ!! この時期に、豚汁はちょっと……。
俺はどれから言うべきか分からず「お、おう」と唸るようにしか言えなかった。
展開についていけない宅飲みメンバーは、目を白黒させている。うん、ですよね。意味分からんよな。
「僕は晄君を一番に考えてるのに、こんな下品な女の人で自慰しようなんて……。どう見ても、僕の方が遺伝子ガチャ優勝で顔整いだろ!」
静弥の言葉に、国会中のおじいちゃん政治家みたいにみんなは首をうんうんと縦に振っている。
静弥は雑に俺に服を着せて、俺の首に例の首輪を装置した。リード付きで。
「勘弁して!! 家ではいくらでもやるけど、外はヤダっ!!」
大袈裟に身をよじって抵抗すると、また静弥は鞄に手を突っ込んだ。
わあ。またエッチなDVDが、出て来やがりますねえ。すごく、見覚えがある~。
『ツンデレDK君 メスイキ調教』と描かれたDVDのパッケージの角で、何回も頭を叩かれる。
「やめろ! ダンスの振り付け忘れたら、どうすんだよ!」
廣笠は「お前ら、頼むから帰って……」と頭を抱えながら、声を絞り出した。
おっしゃる通りだと思います。本当に、ごめんなさい。
静弥は俺の首輪のリードを引いているけど、意識は俺に向いてない。
静弥の視線の先は、靴箱に入れられた透明ケースがあった。
「あ。良かったら、この本借りて良いですか?」
マイペースが過ぎる……!
静弥が指を刺したのは、例の多数派の意味を問いかける文庫本小説だった。
「貸すから、本当帰ってください」
まるでおまけでもつけるかのように、廣笠は文庫本の上に新品未開封のゴムを箱ごと渡して来た。
黒色にギラギラなピンクのラメで蝶々が描かれた、スーパーの安売りのバーコードが貼られたゴムだった。
どう見ても、彼女が置いていったやつだろ!
「要らん気遣いやめろ!」
「ヒアルロン酸入りだって」
「ケツ穴に、そんなの要らねーから!!」
指定された住所に書かれた建物名と、目の前のアパートを見比べてみる。
「レオパレス アポロン」
えーっと。レオパレスは、よく聞く物件ブランドの名前だと思う。
アポロンは、なんの宗教のなんの神だっけ?
キリスト教ではないだろうから、ギリシャ神話あたり……か?
静弥に聞いたら、子供用の絵本の解説のごとく教えてくれるんだろう。
廣笠のアパートは町田市の成瀬駅から、約徒歩二十分の距離にあった。
廣笠は「迎えに行く」と言ってくれたけど、折角宅飲みを楽しんでいるのに悪いって言うのが一点目。
二点目は、家主が居なくなった酒入った男子大学生が何をやらかすか分からないから。
俺が居酒屋でバイトしているのもあるけど、男だけの集団客はどうしても構えてしまう。
さっき言った通り、男社会のてっぺんを取るにはグループの中でいかに面白いことを出来るか? みたいな風潮がある、グループだってある。
言うまでもなく、荻原のグループはそういう気がある。
一年くらい前にバイト先に来た男子大学生の集団は、料理皿を灰皿代わりにしたりトイレに間に合わないからってジョッキグラスに小便しだしたのだ。
見つけたバイト仲間の女の子がすぐさま店長に報告して、俺と店長と言う二大ティファールが客に怒鳴り散らかしたのは良い思い出だ。
警察も呼び警察は怒鳴られて泣いている大学生達に同情するわ
「この子らも、反省してるようですし……」とか言い出した時はしばき回そうかと思った。
俺よりも理性がなく反射で生きている店長は、警察相手に
「反省する脳みそある奴は、ここまでの真似しえよ!」と吠えていたのだ。警察相手に。怖いもの知らず過ぎだろ。
なんで警察より、店長の方が怖いの? 動物園から逃げ出したゴリラだからか。ウッホウホ。
廣笠が住んでいる「レオパレスアポロン」は、小学校の授業で習う横長の直方体のお手本のような建物だった。
幼稚園くらいのマンションに住んでいる子供が「ぼくのおうち」って、描くような形とも言う。
茶色と黄色の中間のようなコンクリート製の住居で、一晩寝るだけで忘れそうな気もする。
廣笠の部屋は一階らしく、一階だからか外にまで笑い声が聞こえている。
自分から飲み会に飛び入り参加宣言をした癖に、この野太い笑い声を聞いたら急に面倒くささが湧いて来たのだ。
原因は、分かり切っている。
飲み会のメンバーに、荻原が居ることだ。
俺に求められてる役割は、面白い篠塚 晄だ。荻原を引き立てるテレビのガヤ役みたいな、感じだろう。
「はぁー……」
俺はアパートのコンクリートの道を、忍者のように忍び足で歩く。
まるで乾く前のセメントに足を下ろすように、靴が沈んでいく気がした。
廣中が住んでいると言う、一◯四号室のインターホンを鳴らす。
角から二つ目の部屋だ。
*
「ガチで、田舎だったの! 山南中学校。全校生徒で七十人居るか、どうかだったし」
レモンサワーを飲みながら十八番の山南村トークを披露する度に、飲み会に参加しているメンバーは手を叩きながら笑っている。
静弥からも連続でメッセージが来ているけど、歩夢と同様にスルーを決め込んでいる。
今話している間にも
『誰と、会ってるの? 写真送ってよ』とか『返事して』とか来ていたけど、いつものメンヘラ構文だ。急いで返事をする必要性はない。
「でさー。俺最初はバスケ部入ったんだけど、部員六人しか居ないの。試合出れるじゃん! って、喜んでたんだけどさ。顧問がザ昭和の人って感じで、走り込みとかちょっとでも遅れたら竹製の物差しでケツぶたれたりすんの」
ヤバー! パワハラじゃん! って、声が荻原達から上がった。
荻原の口の端と端は均こうがとれていなく、とても歪んで見えた。
まるで自分は、そう言ったことをしてません。と、言わんばかりの声だった。
廣笠の部屋は1LDKの、普通の一人暮らし用の物件と言う印象を受けた。
部屋の広さは、多分八畳くらい。
その狭い空間に男子大学生が俺含め七人くらい居て、収容所のようにも見えてしまう。
七人の印象をひっくりまとめて言うなら、カーストが真ん中より上の男の集まりって感じ。
その地位を築くのに、誰かの陽だまりを奪った者達とも言う。
俺含めて。
床はスナック菓子や、酒の空き缶、コンビニ物の鶏の軟骨唐揚げの容器などで散乱している。
食い物が、見事に茶色しかない。
女子大生だけの宅飲み会ならば、食い物が茶色だけにはならないのだろう。唐揚げとかつまみの他にカルディとかでナッツ入りのチーズを買ったり、業務スーパーでラザニアを買ったり、コンビニでサラダとか買ったりして、たくさんの色の食材が並ぶのだろう。
部屋に入ってすぐ左のシューズボックスには、百均で買ったと思われる透明ケースがキレイ並べられていた。
透明ケースの中身は文庫本で、ジャンル問わず色々な小説がプラケースの中に所狭しと並んでいる。
文庫本の中には日本人作家を代表するミステリー作家のもあれば、恋愛小説、短編集、去年映画化された「多様性とは何か?」を問いかける小説もあった。
まるで物語達に「人の数だけ、人生があるよ」って諭されているような気分になった。
玄関の隅にスニーカーを揃えて置き、たくさんの物語が示す正しい人間の形をせめてこの部屋の中では行おうと思ったのに。
みんなに乗せられるまま酒を飲み、暑くなった俺は服を脱ぎ捨てた。
いやだって、七人中半分くらいパン一なんだもん。
参加者に、女の子居ないし。
良かった。HUだけど、新品のパンツで。人様から見て、不潔感のある格好ではないだろう。
「やっぱ、鍛えてんなー! 腹筋、触っていい?」
「いいよ、いいよ! 好きなだけ、触って!」
「おお、すっげ」
名前も学部も忘れた、ウルフカットの毛先カラーの奴が遠慮なく俺の腹筋を掌全体で触る。
時刻は夜の十一時前で、みんな酒が回っているのだろう。
大きな声を出して、笑っている。
「もっと派手な下着履いてるかと思ってたわ。蛍光グリーンとか」
荻原が、さも感想だけ言ってますよ~。くらいのトーンで、俺を見ながら歯を見せて笑ってる。
この言い方で俺が「はぁ? バカにしてんの?」とか言ったら、俺が悪者にされそうな話し方を選んでいるのだ。
やっぱりコイツ、小賢しいな~。って思う。
俺はキャベツ次郎をむさぼりながら、本当に何も気にしてなさそうに
「そこまで、チャラくねえよ~」って、笑っておく。
どうだ。楽しくないだろ、荻原君よ。思い通りにならなくて。
荻原は俺の腹筋を触っている裾カラーマンに、声を落とす。
「気を付けた方が、いいよ。篠塚君、男が好きだし。勘違いされても、困るでしょ?」
「あ?」
荻原にそんなことを、言ったことはない。概ね、俺たちの会話を盗み聞きしたんだろう。
インターネット上では見せびらかすのは違うと思ってるけど、プライベートまで徹底する必要はないと思っている。
だから夏野と廣笠に話したことだし、コイツは駄目。ってことはない。
ハズ、なのに。
わざわざこう言う言い回しをする奴に、知られたくなかったな。って、気持ちが真っ先に来た。
一層のこと荻原が勝本達みたいに馬鹿でクズだったら、良いのに。
俺に「男同士って、どうセックスすんの? ケツ使うってマジ!? ゴム要るの?」とか、聞いてくるレベルの馬鹿なら、俺も遠慮なくバイト先の酔っ払い客にするようにキレられる。
毒を以て毒を制する、ってヤツだな。
だけど荻原は、あくまでアドバイスみたいな口ぶりで今も話しやがるのだ。
キレたら、俺がイヤな奴みたいになるじゃん……。
はぁ~あ。しばきてえ。コイツの背中を、しばきてえ。
しばきたい背中。
こんな思いをするならば、飲み会に途中参加するなんて言わなければ良かった。
俺は、選択を間違えてばかりじゃないか?
なんて思っていたら、部屋のインターホンが連続で鳴った。
もしかしたら、隣の部屋の住民からクレームか? なんて思ったら、水色のジャージワンピースにハーフパンツを履いた静弥が部屋に襲撃して来た。
うお……。天使界隈を化粧や加工なしに、まるで店先のマネキンのように着こなしてやがる。
ハーフパンツから覗く陶器のような滑らかな脚、たまんねえ。人目がなかったら、今すぐ舐めたい。って変態親父か。俺は。
でも、なんで、天使界隈? もしかして、部屋着用にジャージを買ったつもりだったとか?
なんて考えている内に、俺の下着姿を見た静弥の顔面から血の気が奪われていく。
あ。パターン青、来るな。コレは。
*
静弥の女装と呼ぶにも値しない服装を見た面々が、何コイツ? って顔をした後に、荻原に視線で助けを求めるかのように荻原の方を向いた。
静弥は椎野 苹果の「約束」を鼻歌で口ずさみながら、荻原に頭突きを喰らわせた。
なんでメンヘラって、椎野 苹果か大林 靖子に走るんだろうか?
メンヘラ中学校かなんかで配られる教科書に、載ってんのか?
「え、な、なに。誰」
静弥は荻原の真正面に陣取り、息がかかるくらいの距離で顔を突き付けている。
「晄君の恋人。貴方のクソみたいな性格を、治せって言ってるんじゃないです。貴方のクソみたいな性格で、晄君を傷つけるな。って言ってるんです」
池袋イーストゲートパークか?
荻原は「分かった分かった。気をつけるね」と、アルバイトの面接で見せるかのような笑顔を静弥に向けた。
静弥の顔色は変わらずで、他の奴らに一発ずつデコピンを喰らわせた。
え、なんでェ……? 妬いてるんだろうけど、巻き込まれ事故な気もする。
だって、俺から行きたいって言ったんだし。
「その下着、僕が見たことない奴なのに……。なんで、この人らが一番に見てるんだよ!!」
そう言いながら、静弥は本革の黒いトートバッグに腕を突っ込んだ。
余りに着ている服装とチグハグなトートバッグから、何が出て来るのかと俺の胸の鼓動は速くなる。悪い意味で。
静弥の白い手には、アダルトなDVDが握られていた。
タイトルは
『素人トー横立ちんぼM女子 お持ち帰り』
パッケージには、天使界隈ワンピースを着た、色白の華奢な黒髪ボブの女の子が描かれている。
ほ、ホギャーッ!! 通販で買って、一昨日に届いたのがもうバレてるー!!
【NWF】が終わったら、ご褒美に見ようと思ってたのに……!!
あ、だから、天使界隈着てんのか!?
「せ、静弥、ごめんって……」
「レッスンを頑張った晄君の為に、たくさん好物を作ったんだよ。豚汁と、オムライスと、青椒肉絲」
食い合わせって、知ってる!? そんなに食えねえよ!! この時期に、豚汁はちょっと……。
俺はどれから言うべきか分からず「お、おう」と唸るようにしか言えなかった。
展開についていけない宅飲みメンバーは、目を白黒させている。うん、ですよね。意味分からんよな。
「僕は晄君を一番に考えてるのに、こんな下品な女の人で自慰しようなんて……。どう見ても、僕の方が遺伝子ガチャ優勝で顔整いだろ!」
静弥の言葉に、国会中のおじいちゃん政治家みたいにみんなは首をうんうんと縦に振っている。
静弥は雑に俺に服を着せて、俺の首に例の首輪を装置した。リード付きで。
「勘弁して!! 家ではいくらでもやるけど、外はヤダっ!!」
大袈裟に身をよじって抵抗すると、また静弥は鞄に手を突っ込んだ。
わあ。またエッチなDVDが、出て来やがりますねえ。すごく、見覚えがある~。
『ツンデレDK君 メスイキ調教』と描かれたDVDのパッケージの角で、何回も頭を叩かれる。
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「あ。良かったら、この本借りて良いですか?」
マイペースが過ぎる……!
静弥が指を刺したのは、例の多数派の意味を問いかける文庫本小説だった。
「貸すから、本当帰ってください」
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黒色にギラギラなピンクのラメで蝶々が描かれた、スーパーの安売りのバーコードが貼られたゴムだった。
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自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。
ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。
とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。
恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。
ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。
落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!?
最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。
12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生
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