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十四話
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そもそもジュンは、どうやって静弥のチャンネルに辿り着いたんだ?
いくら身内フィルターをかけても、静弥のWee Tubeチャンネルは過疎っている。
仮に「オールウェイズ ホスト」で検索をかけても、検索の上位には上がって来ないだろう。新着順で、見つけたのだろうか。
夏野と廣笠は
「ヌマクロー、インフルエンサーの仲間入りするかもな!」とか「俺も、チャンネル登録しよ~」とか二人で盛り上がっている。
インフルエンサー。その言葉でイメージするのは、影響力のある人とかキラキラした人とかだろう。
俺も視聴者からしたら、そう言う風に思われている……とは思う。いや、思いたい。
インフルエンサーなんて言うから、何かに秀でた選ばれし才能がある人間に見えるだけだ。
インフルエンサーの中には、智顕みたいな天才も中には居る。
だけどそんな天才は、インフルエンサー一万人一人くらいの確率じゃないか? って、俺は思う。
ならば、インフルエンサーとはなんなのか?
その時代の価値観や流行を視て、世界へ発信をする者。
それが視聴者に届き、フォロワーと言う名の数になっていくのだ。
光を灯すのに電気回路の接続が必要なように、光が灯った後も誰かに見つけて貰えないと埋もれていくだけなのだ。
天才を見つけるには、もう一人の天才が必要だ。
インフルエンサーを作り上げるのにも、たくさんの視聴者が必要なのだ。
俺は小さな脳みそで必死に考えて、コウ君を演じている。
コウ君を演じてどうウケを狙い、再生数を稼ぐかを考えている。
静弥は……沼黒はそんな演技も計算もなしに、ジュンに見つけて貰ってバズった。
それを視聴者に、キャラとして受け入れて貰えてる。
ズルい、ズルいっ……!! 俺が何年もかけてやっと手に入れたものを、静弥は意図せず手に入れた。
講義室のエアコンが、ゴウンゴウンと荒い音を立てている。
こういう音って、一回気になり出したらずっと耳に入って来るんだよな。
夏野と廣笠が何を話しているか、分からない。
二人とも笑ってるから、なんか楽しい話をしているのだろう。
そう言えば、今日廣笠の家でゼミのメンバーたちと宅飲みするって言ってたな。
宅飲み、楽しそう。
宅飲みでも、今みたいに楽しい話をするんだろうな。
アレ? 楽しい話って、なんだっけ? Wee Tubeとか、漫画とか、犬とかの話だっけ?
そもそも、楽しいってなんだっけ?
楽しくないって言うことは、今の俺みたいなことだとは分かる。
頭がいい静弥のことだ。
今回のバズで配信のコツを掴んで、次に投稿する動画もきっとバズるんだろう。
良いよな。頭いい奴は、ラク出来てさ。
俺、今、何、考えた……?
分かっている。静弥がジュンにお金を払って、引用リポストして貰った訳でもないことを。
本当に、たまたま、運良く、ジュンが見つけて拡散したからバズったのだ。
静弥がズルをした訳じゃないって、分かっている。
分かっているけど「いいな」って、思ってしまう。
現段階のフォロワー数では、俺の方が圧倒的に優っている。
配信ジャンルだって違うし、そもそも比べる相手じゃないのも分かっている。
だけど、分かんないじゃん。いつか自分が、抜かされるかもしれない。
それこそ「トラフィック*ライト」のジュンと沼黒がコラボしたりして、めちゃくちゃ数字が跳ねるかもしれない。
誰かが「寒い」と言い出したのかエアコンの設定温度は上げられ、講義室内はじんわりと暑かった。
*
時の流れは残酷だ。昼間にショックを受けても、ごくごく自然に時間は過ぎ去っていく。
【NWF】本番まで、あと約一週間。
夕方から降り出したバケツをひっくり返したような雨は、未だに止んでいない。
どころか台風かと疑うレベルに、勢いを増している。
昼間は、カンカン照りだったのに。
山南村程じゃないけど、夏場は天気が変わりやすいのは東京も一緒らしい。
レッスンはいよいよ大詰めで、二人とミゾを感じながらも俺が出来る全力を出し切ったつもりだった。
脳裏に静弥のバズとか、智顕が言ったことはチラついてはいた。
レッスン中はなるべく考えないようにして、踊ることに一点集中した。
大学の休み時間、バイトの休憩時間、早朝、寝る前一時間、レッスンの時間に当てていたんだ。
頑張ったじゃん、俺。そう、自分で自分に言い聞かせる。
二人みたいには無理でも、見せるレベルに仕上がっていると思い満面の笑みで通し練習を終えたのだった。
上下トレーナーコンビは、目を瞬かせて
「すごく上達したね!」と、褒めてくれた。
歩夢も「やるじゃねーか!」と、大げさに俺の背中をバシバシと叩いて祝福してくれた。
智顕一人だけいつもと変わらない、どこを見ているのかぼんやりとした目で
「まぁ、こんなもんだよね」と、言い放ったのだ。
俺達と智顕の間に、まるで切り取り線が見えたような気がした。
天才と、凡人のボーダー。
普通の人は「これを言ったら、傷付くだろう」と配慮して言えないことを、言えてしまうのが智顕なのだ。
分かっている。天才からしたら、ままごとみたいなレベルなんだろう。俺の本気のダンスは。
窓から差し込む街灯の灯りが、空気中で舞うほこりと呼ぶにも値しない繊維のようなほこりをぼんやりと照らした。
そのほこりはまるで仲間を見つけたように、俺の手の甲に留まったのだ。
歩夢は太い眉を吊り上げ、ただでさえハッキリとした顔立ちをアニメのような怒りの表情に変えた。
「おい! 智顕! そんな言い方、ないだろ! 晄、めちゃくちゃ頑張ったじゃん!!」
分かっている。歩夢は、俺を庇うつもりで言ってくれているって。
だけど持っている側の持たない側へのフォローは、余計に俺を惨めにさせる。
上坂さんはいつもより落ち着いたトーンで「州崎さん、落ち着いて」と言い、歩夢に静止をかけた。
下村さんは智顕に「あんな言い方は、ないですよ」と、まるで道徳を説く小学校の先生のような声で説明している。
歩夢の怒りは収まらないようで「だって……!」と、上坂さんに反論している。
以前静弥のことで、歩夢も「ムカつくと思うぞ、智顕は」と言っていた。
俺が気付いてないだけで、歩夢は歩夢で智顕に思うところはあったのかもしれない。
思えば歩夢がこんなに智顕に、叱るのは初めてかもしれない。
いつもは俺が「遅刻するなら、言え!」とか「お前、そう言うこと言う!?」とかキレてるのに。
自分が瞬間湯沸かし器すぎて、恥ずかしくなって来る。
悪意なしで言ってしまう智顕と、言われたことに怒り狂う俺を宥める歩夢。それが、普段の俺達だった。
レッスンルームがいくらエアコンが効いているとは言え、運動をしたら汗をかく。
なのに、今日は汗をかいていない。毛穴とか、汗腺とか、いや、細胞単位でカチコチに氷漬けされているような気がする。
外に出さなければいけないものを、全部全部俺の中に閉じ込めてしまっている。
分からない。なんでこの二人が、俺とチームを組んでくれているのか。
だって俺より上手い奴なんて、掃いて捨てるほど居るじゃん。
俺達三人で【NWF】と言う、でっかいでっかいエレベストみたいな山に登ろうとしている。
俺が手持ちの服を適当に見繕ったのに対して、二人は下ろしたてのレインウェアやトレッキングパンツやグローブやマウンテンクルーザーからストックまで装備している。
歩夢と智顕はスルスルと険しい道を登って行くけど、俺はそうじゃない。
よちよち歩きで、なんとか一歩ずつ一歩ずつ登っているのだ。
歩く道も他の登山客とぶつからないように、端へ端へと寄るから一歩踏み外せば落ちかねない。
分かっている。これだけは、言わない方が良いって……。
「そうだよ! 親ガチャ失敗した貧乏の俺は、こんなもんだよ!! 高みを目指すなら、家太のダンス経験者を仲間に入れたら良いじゃん!!」
ああ。口にしてしまった。一番大事な友人二人になんてことを、言ってしまったんだ。
謝ったって、許される訳がない。
俺は逃げるようにレッスンルームを後にして、更衣室で着替えて、荷物を持ってダンススクールを後にした。
外の雨は一向に病む気配がなくビニール傘に縋り付くように身を寄せて、行く当てもなく走り出したのだった。
家には、帰りたくない。静弥が好きな篠塚 晄を見せられない。
なんて言うのは言い訳で、俺が静弥の顔を見たくないのだ。
*
静弥にはメッセージを入れて、廣笠ん家の宅飲みに急きょ混ぜて貰うことになった。
俺は廣笠のアパートに向かう為に、電車に揺られている。
夜九時を過ぎているのに、相変わらず人が多い。
社畜大国め……。
歩夢から鬼のような着信やメッセージが入っているけど、無視を決め込んでいる。
だってまだ熱が下がってないのに、話してもケンカするのが目に見えているし。
廣笠とは違うゼミなんだけど、参加者が「え!? トリニティのコウ!? 呼んで呼んで!!」って好反応だったので、遠慮なくお邪魔させて貰う。
インフルエンサーって、こう言う時便利だ。
普通ゼミの飲み会だって言ってるのに、違う所属の奴が「行きたい!」なんて言ったら、KY認定をされる。
物語では女社会の面倒くささがフォーカスされがちだけど、男社会は男社会で面倒くさいもんだ。
大学生にもなれば入学式の日に教室に入ったその瞬間に、自分がこの学部でどの立ち位置に属するのか本能で理解する。
エゲツない言い方をすれば、こいつより俺は上であいつらに下に見られているってことが分かるのだ。
忘れもしない。大学一年生の入学式が終わってすぐの頃の話だ。
俺は校門脇の桜が咲いていることにも、全自動の風呂にも慣れていなかった。
同じ学部の荻原(おぎわら)って言う、勝本たちみたいなグループが言い出したことに目を白黒させてしまったのだ。
「みんなで集まって、ドッジやろうぜ! 贄川(にえかわ)とか、毒島(ぶすじま)狙おうや! 面白そうだし!」
俺が通っている大学は、ギリギリ偏差値四十後半のいわゆるFランの男女共学大学だ。
授業中にスマホを触る奴とか私語する奴なんて日常茶飯事で、俺達三人が授業を聞いているだけでおじいちゃん教授に「君達は、真面目で偉いねえ」って褒められるレベル。
俺がもう少し勉強が出来たら、こんな大学に通う必要もなかったのだろう。
お金がある家に生まれていたならばーー浪人して予備校にでも通って、もう少し高い偏差値の大学に行けたかもしれない。
だけど、俺は家はそうじゃない。
贄川と毒島って言うのは、他人事ながら女の子でその苗字で可哀想だな。って思う女子二人。
メイクをしていて服装にも気を使っているけど、二人ともどこか垢抜けない。
二人の会話内容も、推しのVの配信とかイケメンアイドル育成のソシャゲの話とかだ。
要するに、なんとか擬態しようとしているヲタク女子だ。
男社会のカーストは見た目や運動の他に、いかにおもしれぇことが出来るかが決め手となる。
荻原達は学部内のカーストは最上位で、幼稚園からずっとカーストを維持し続けて来たんだろう。
カーストを維持する為に、他人の気持ちを踏みにじり笑いに変えて来たのだろう。
荻原の友人達は「サイコーじゃん! やろうぜ!」って乗り気だったし、二軍男子共も手を叩いて笑っていた。
荻原はこの加害性を笑いで済ませられるって、本気で思い込んでるのだろう。
「なぁー。篠塚は、誰狙う?」
コイツは、俺を下に見ている。そんなことは、分かっていた。
「あのさ。男女で力の差あるし、ドッジしなくても……。バドミントンとか、ボウリングは?」
なるべく角を立てないように、幼稚園児に言い聞かせるような柔らかい声音で俺はそう提案した。
「は? あー、そう」
荻原の眉間に、深いシワが寄った。
勝本達と違って、荻原の見た目は清潔感があるし、顔だって整っている方だと思う。
抜け感のあるイルミナカラーの茶髪のセンター分けだし、服だって全身有名スポーツブランドのものだ。
家太で顔整っている癖に、なんでこんな歪んでんだ? なんて、思ったのを覚えている。
荻原は俺に戦力外通告を出す野球監督のような、冷たい背中を向けたのだ。
やらかした。キャンパス ライフ開始早々、やらかした。
あんなボス猿の機嫌損ねるなんて、俺は馬鹿だー!! と絶望していた時に、夏野と廣笠が声をかけてくれたのだった。
「オツカレ。俺荻原と高校一緒だけど、あいつイジメとかはしないから大丈夫だと思うよ」
夏野は慣れているのか、カラカラと笑っていた。
ああ。目に見えるイジメは、しないってことね……。ズル賢い奴。
それで愛きょうとコミュ力あるから、教師のお気に入り枠と見た。
廣笠は荻原の背中を見ながら
「あいつ、絶対指定校推薦だろ。教師の寵愛枠だろ」
と、皮肉たっぷりに口角だけ上げて笑ったのだ。
「ぎゃわうわっははー! お前、サイコー!!」
俺は腹を抱えて笑い、夏野も釣られて笑い出した。
「野球部も、指定校推薦っぽいけどな」
「ちゃんと、受験しました~。おベンキョーしました」
「棒読みじゃん!」
こうして、夏野廣笠篠塚の明郷(めいきょう)大学経済学部三馬鹿トリオは結成された。
いくら身内フィルターをかけても、静弥のWee Tubeチャンネルは過疎っている。
仮に「オールウェイズ ホスト」で検索をかけても、検索の上位には上がって来ないだろう。新着順で、見つけたのだろうか。
夏野と廣笠は
「ヌマクロー、インフルエンサーの仲間入りするかもな!」とか「俺も、チャンネル登録しよ~」とか二人で盛り上がっている。
インフルエンサー。その言葉でイメージするのは、影響力のある人とかキラキラした人とかだろう。
俺も視聴者からしたら、そう言う風に思われている……とは思う。いや、思いたい。
インフルエンサーなんて言うから、何かに秀でた選ばれし才能がある人間に見えるだけだ。
インフルエンサーの中には、智顕みたいな天才も中には居る。
だけどそんな天才は、インフルエンサー一万人一人くらいの確率じゃないか? って、俺は思う。
ならば、インフルエンサーとはなんなのか?
その時代の価値観や流行を視て、世界へ発信をする者。
それが視聴者に届き、フォロワーと言う名の数になっていくのだ。
光を灯すのに電気回路の接続が必要なように、光が灯った後も誰かに見つけて貰えないと埋もれていくだけなのだ。
天才を見つけるには、もう一人の天才が必要だ。
インフルエンサーを作り上げるのにも、たくさんの視聴者が必要なのだ。
俺は小さな脳みそで必死に考えて、コウ君を演じている。
コウ君を演じてどうウケを狙い、再生数を稼ぐかを考えている。
静弥は……沼黒はそんな演技も計算もなしに、ジュンに見つけて貰ってバズった。
それを視聴者に、キャラとして受け入れて貰えてる。
ズルい、ズルいっ……!! 俺が何年もかけてやっと手に入れたものを、静弥は意図せず手に入れた。
講義室のエアコンが、ゴウンゴウンと荒い音を立てている。
こういう音って、一回気になり出したらずっと耳に入って来るんだよな。
夏野と廣笠が何を話しているか、分からない。
二人とも笑ってるから、なんか楽しい話をしているのだろう。
そう言えば、今日廣笠の家でゼミのメンバーたちと宅飲みするって言ってたな。
宅飲み、楽しそう。
宅飲みでも、今みたいに楽しい話をするんだろうな。
アレ? 楽しい話って、なんだっけ? Wee Tubeとか、漫画とか、犬とかの話だっけ?
そもそも、楽しいってなんだっけ?
楽しくないって言うことは、今の俺みたいなことだとは分かる。
頭がいい静弥のことだ。
今回のバズで配信のコツを掴んで、次に投稿する動画もきっとバズるんだろう。
良いよな。頭いい奴は、ラク出来てさ。
俺、今、何、考えた……?
分かっている。静弥がジュンにお金を払って、引用リポストして貰った訳でもないことを。
本当に、たまたま、運良く、ジュンが見つけて拡散したからバズったのだ。
静弥がズルをした訳じゃないって、分かっている。
分かっているけど「いいな」って、思ってしまう。
現段階のフォロワー数では、俺の方が圧倒的に優っている。
配信ジャンルだって違うし、そもそも比べる相手じゃないのも分かっている。
だけど、分かんないじゃん。いつか自分が、抜かされるかもしれない。
それこそ「トラフィック*ライト」のジュンと沼黒がコラボしたりして、めちゃくちゃ数字が跳ねるかもしれない。
誰かが「寒い」と言い出したのかエアコンの設定温度は上げられ、講義室内はじんわりと暑かった。
*
時の流れは残酷だ。昼間にショックを受けても、ごくごく自然に時間は過ぎ去っていく。
【NWF】本番まで、あと約一週間。
夕方から降り出したバケツをひっくり返したような雨は、未だに止んでいない。
どころか台風かと疑うレベルに、勢いを増している。
昼間は、カンカン照りだったのに。
山南村程じゃないけど、夏場は天気が変わりやすいのは東京も一緒らしい。
レッスンはいよいよ大詰めで、二人とミゾを感じながらも俺が出来る全力を出し切ったつもりだった。
脳裏に静弥のバズとか、智顕が言ったことはチラついてはいた。
レッスン中はなるべく考えないようにして、踊ることに一点集中した。
大学の休み時間、バイトの休憩時間、早朝、寝る前一時間、レッスンの時間に当てていたんだ。
頑張ったじゃん、俺。そう、自分で自分に言い聞かせる。
二人みたいには無理でも、見せるレベルに仕上がっていると思い満面の笑みで通し練習を終えたのだった。
上下トレーナーコンビは、目を瞬かせて
「すごく上達したね!」と、褒めてくれた。
歩夢も「やるじゃねーか!」と、大げさに俺の背中をバシバシと叩いて祝福してくれた。
智顕一人だけいつもと変わらない、どこを見ているのかぼんやりとした目で
「まぁ、こんなもんだよね」と、言い放ったのだ。
俺達と智顕の間に、まるで切り取り線が見えたような気がした。
天才と、凡人のボーダー。
普通の人は「これを言ったら、傷付くだろう」と配慮して言えないことを、言えてしまうのが智顕なのだ。
分かっている。天才からしたら、ままごとみたいなレベルなんだろう。俺の本気のダンスは。
窓から差し込む街灯の灯りが、空気中で舞うほこりと呼ぶにも値しない繊維のようなほこりをぼんやりと照らした。
そのほこりはまるで仲間を見つけたように、俺の手の甲に留まったのだ。
歩夢は太い眉を吊り上げ、ただでさえハッキリとした顔立ちをアニメのような怒りの表情に変えた。
「おい! 智顕! そんな言い方、ないだろ! 晄、めちゃくちゃ頑張ったじゃん!!」
分かっている。歩夢は、俺を庇うつもりで言ってくれているって。
だけど持っている側の持たない側へのフォローは、余計に俺を惨めにさせる。
上坂さんはいつもより落ち着いたトーンで「州崎さん、落ち着いて」と言い、歩夢に静止をかけた。
下村さんは智顕に「あんな言い方は、ないですよ」と、まるで道徳を説く小学校の先生のような声で説明している。
歩夢の怒りは収まらないようで「だって……!」と、上坂さんに反論している。
以前静弥のことで、歩夢も「ムカつくと思うぞ、智顕は」と言っていた。
俺が気付いてないだけで、歩夢は歩夢で智顕に思うところはあったのかもしれない。
思えば歩夢がこんなに智顕に、叱るのは初めてかもしれない。
いつもは俺が「遅刻するなら、言え!」とか「お前、そう言うこと言う!?」とかキレてるのに。
自分が瞬間湯沸かし器すぎて、恥ずかしくなって来る。
悪意なしで言ってしまう智顕と、言われたことに怒り狂う俺を宥める歩夢。それが、普段の俺達だった。
レッスンルームがいくらエアコンが効いているとは言え、運動をしたら汗をかく。
なのに、今日は汗をかいていない。毛穴とか、汗腺とか、いや、細胞単位でカチコチに氷漬けされているような気がする。
外に出さなければいけないものを、全部全部俺の中に閉じ込めてしまっている。
分からない。なんでこの二人が、俺とチームを組んでくれているのか。
だって俺より上手い奴なんて、掃いて捨てるほど居るじゃん。
俺達三人で【NWF】と言う、でっかいでっかいエレベストみたいな山に登ろうとしている。
俺が手持ちの服を適当に見繕ったのに対して、二人は下ろしたてのレインウェアやトレッキングパンツやグローブやマウンテンクルーザーからストックまで装備している。
歩夢と智顕はスルスルと険しい道を登って行くけど、俺はそうじゃない。
よちよち歩きで、なんとか一歩ずつ一歩ずつ登っているのだ。
歩く道も他の登山客とぶつからないように、端へ端へと寄るから一歩踏み外せば落ちかねない。
分かっている。これだけは、言わない方が良いって……。
「そうだよ! 親ガチャ失敗した貧乏の俺は、こんなもんだよ!! 高みを目指すなら、家太のダンス経験者を仲間に入れたら良いじゃん!!」
ああ。口にしてしまった。一番大事な友人二人になんてことを、言ってしまったんだ。
謝ったって、許される訳がない。
俺は逃げるようにレッスンルームを後にして、更衣室で着替えて、荷物を持ってダンススクールを後にした。
外の雨は一向に病む気配がなくビニール傘に縋り付くように身を寄せて、行く当てもなく走り出したのだった。
家には、帰りたくない。静弥が好きな篠塚 晄を見せられない。
なんて言うのは言い訳で、俺が静弥の顔を見たくないのだ。
*
静弥にはメッセージを入れて、廣笠ん家の宅飲みに急きょ混ぜて貰うことになった。
俺は廣笠のアパートに向かう為に、電車に揺られている。
夜九時を過ぎているのに、相変わらず人が多い。
社畜大国め……。
歩夢から鬼のような着信やメッセージが入っているけど、無視を決め込んでいる。
だってまだ熱が下がってないのに、話してもケンカするのが目に見えているし。
廣笠とは違うゼミなんだけど、参加者が「え!? トリニティのコウ!? 呼んで呼んで!!」って好反応だったので、遠慮なくお邪魔させて貰う。
インフルエンサーって、こう言う時便利だ。
普通ゼミの飲み会だって言ってるのに、違う所属の奴が「行きたい!」なんて言ったら、KY認定をされる。
物語では女社会の面倒くささがフォーカスされがちだけど、男社会は男社会で面倒くさいもんだ。
大学生にもなれば入学式の日に教室に入ったその瞬間に、自分がこの学部でどの立ち位置に属するのか本能で理解する。
エゲツない言い方をすれば、こいつより俺は上であいつらに下に見られているってことが分かるのだ。
忘れもしない。大学一年生の入学式が終わってすぐの頃の話だ。
俺は校門脇の桜が咲いていることにも、全自動の風呂にも慣れていなかった。
同じ学部の荻原(おぎわら)って言う、勝本たちみたいなグループが言い出したことに目を白黒させてしまったのだ。
「みんなで集まって、ドッジやろうぜ! 贄川(にえかわ)とか、毒島(ぶすじま)狙おうや! 面白そうだし!」
俺が通っている大学は、ギリギリ偏差値四十後半のいわゆるFランの男女共学大学だ。
授業中にスマホを触る奴とか私語する奴なんて日常茶飯事で、俺達三人が授業を聞いているだけでおじいちゃん教授に「君達は、真面目で偉いねえ」って褒められるレベル。
俺がもう少し勉強が出来たら、こんな大学に通う必要もなかったのだろう。
お金がある家に生まれていたならばーー浪人して予備校にでも通って、もう少し高い偏差値の大学に行けたかもしれない。
だけど、俺は家はそうじゃない。
贄川と毒島って言うのは、他人事ながら女の子でその苗字で可哀想だな。って思う女子二人。
メイクをしていて服装にも気を使っているけど、二人ともどこか垢抜けない。
二人の会話内容も、推しのVの配信とかイケメンアイドル育成のソシャゲの話とかだ。
要するに、なんとか擬態しようとしているヲタク女子だ。
男社会のカーストは見た目や運動の他に、いかにおもしれぇことが出来るかが決め手となる。
荻原達は学部内のカーストは最上位で、幼稚園からずっとカーストを維持し続けて来たんだろう。
カーストを維持する為に、他人の気持ちを踏みにじり笑いに変えて来たのだろう。
荻原の友人達は「サイコーじゃん! やろうぜ!」って乗り気だったし、二軍男子共も手を叩いて笑っていた。
荻原はこの加害性を笑いで済ませられるって、本気で思い込んでるのだろう。
「なぁー。篠塚は、誰狙う?」
コイツは、俺を下に見ている。そんなことは、分かっていた。
「あのさ。男女で力の差あるし、ドッジしなくても……。バドミントンとか、ボウリングは?」
なるべく角を立てないように、幼稚園児に言い聞かせるような柔らかい声音で俺はそう提案した。
「は? あー、そう」
荻原の眉間に、深いシワが寄った。
勝本達と違って、荻原の見た目は清潔感があるし、顔だって整っている方だと思う。
抜け感のあるイルミナカラーの茶髪のセンター分けだし、服だって全身有名スポーツブランドのものだ。
家太で顔整っている癖に、なんでこんな歪んでんだ? なんて、思ったのを覚えている。
荻原は俺に戦力外通告を出す野球監督のような、冷たい背中を向けたのだ。
やらかした。キャンパス ライフ開始早々、やらかした。
あんなボス猿の機嫌損ねるなんて、俺は馬鹿だー!! と絶望していた時に、夏野と廣笠が声をかけてくれたのだった。
「オツカレ。俺荻原と高校一緒だけど、あいつイジメとかはしないから大丈夫だと思うよ」
夏野は慣れているのか、カラカラと笑っていた。
ああ。目に見えるイジメは、しないってことね……。ズル賢い奴。
それで愛きょうとコミュ力あるから、教師のお気に入り枠と見た。
廣笠は荻原の背中を見ながら
「あいつ、絶対指定校推薦だろ。教師の寵愛枠だろ」
と、皮肉たっぷりに口角だけ上げて笑ったのだ。
「ぎゃわうわっははー! お前、サイコー!!」
俺は腹を抱えて笑い、夏野も釣られて笑い出した。
「野球部も、指定校推薦っぽいけどな」
「ちゃんと、受験しました~。おベンキョーしました」
「棒読みじゃん!」
こうして、夏野廣笠篠塚の明郷(めいきょう)大学経済学部三馬鹿トリオは結成された。
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モブなんかじゃ終わらない!?
MITARASI_
BL
気がつけばそこは、人気BLゲームの世界。
けれど与えられた役割は、攻略対象でも悪役でもない――ただのモブ。
本来なら物語の外でひっそりと生きていくはずだった。
だが、そんな彼の存在が、少しずつ“運命のルート”を揺さぶっていく。
選ばれないはずのモブが紡ぐ、新たな恋の物語。
ゲームの定めを超えて、彼が辿り着く未来とは――。
強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない
砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。
自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。
ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。
とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。
恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。
ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。
落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!?
最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。
12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生
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