光彩濁りて愛となる

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二十八話

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 アレからお互いがお互いを避けるように、残りの一日を過ごした。
 翌日。朝目覚めて部屋を出ると、黒いプチハイネック姿にグレーのスラックスを履いた静弥の背中が見えた。
 廊下の電球は不規則に点滅していて、切れかかっている。
 玄関にはキャリーケースが置かれていて、俺は喉を鳴らしてフリーズしてしまった。
 出て行く気なのか……? そう浮かんだ後に、そりゃそうだよな。と、納得の感情も浮かんでしまう。
「……お父さん」
 静弥の肩が微弱に震えながら、ゆっくりと静弥はそう言った。
「え、お前の?」
「うん。持病で、倒れたってさ。だから、病院行って来る。事態によったら、しばらく帰れないかもしれない」
 大変だな。大丈夫かな? 相手を労ったり心配する気持ちより先に「助かる」と、思ってしまった。
 どこまで、自己中なんだよ。俺……。
「……晄くん」
 静弥はゆっくりと振り返り、俺の唇に触れるだけの優しいキスをした。
「……え」
「僕のこと、なんて言ってくれても良いから。本番前に、こんなことになってごめんね」
 そう言って笑う静弥の顔は春の日差しみたいに明るくて、俺にとっては体温を奪う猛吹雪のようだった。
 恋愛ドラマのように、静弥を引き留めることすら俺には出来なかった。
 なんとなくだけど、静弥が遠くへ行ってしまう気がした。
 静弥が去った後の玄関。出て行ってから、どれだけ経ったのかすら分からない。
 アイツの定位置に三角座りをして、俺は声をあげて泣いた。
 小説とか漫画で使われる「慟哭」と言う言葉が、俺の感情になった瞬間だった。
 今までなんにも打ち込めず、本気の楽しいも本気の嬉しいも知らない俺が初めて知った本気の感情は「悲しい」だった。
 今思えば、昨日のうちに逃げずに話し合えば良かった。あんなにつよい言葉で、言い返さなかったら良かった
 ……違う。そんな後じゃない。静弥があの発言をした時に、真意を聞いたら良かったんだ。
 どうして人は人が居なくなってからじゃないと、その人にしてあげられたことに気付けないのだろう?
 静弥の唇の温もりが己の唇から離れなくて、俺は項垂れることしか出来なかった。






『お騒がせしている件につきまして
日頃から、応援ありがとうございます。トリニティのコウです。
お騒がせしております恋人の件でございますが、お付き合いしている男性はいらっしゃいます。
頃合いを見て、皆様に話すつもりではいました。
お相手の方、ソレソレさんの配信に出演なさった女性の方は一般人でございます。
質問やお問い合わせ等は、ご遠慮頂けますと幸いです。
Newgenesis Weetuber Fesは、精一杯努めて参りますので応援よろしくお願いします』
 静弥が帰った翌日に、俺は声明を出した。
 だんまりを決め込むのも考えたが黙ってたら認めたものとされ、一部のファンには「不誠実」と石を投げられる。
 鍵垢引用投稿の勢いは落ちないどころか、増している気がする。
 静弥のことを肯定するにしても否定するにしても、リスナーと静弥を傷付けることには変わりはない。
 静弥の存在を否定したならば、静弥と俺を結ぶ糸の一つが断ち切られてしまう。と思い、存在を認める方向性にしたのだ。
 それに対する反応は、大体こんな感じだった。
『お前も、一般人だろwww 配信者の痛さが、詰まってるわwww』
『相手、地元でも浮いた人間だったみたいだよ。毒親同士、お似合いじゃん』
『NWFで、緑のペンラどれだけ減るのか楽しみ笑笑笑 来年は慎重に、出演者選ばなきゃだねー』
 山南村の同窓会の件やオナニー配信にも話を広げている人間も、当然ながら居る。
 俺に向けられた数々の言葉に、呼吸は浅くなり手は震えてスマホを落としてしまった。
 どうせ「恋人は居ません」と嘘を吐いても、責める癖に。
 俺が何をどう言っても、責める癖に。
 ……あれ。胸の湖に、石が投げられたように水紋が広がった気がする。
 思ったことを言っただけなのに、責められるのは静弥も一緒だったんじゃないか?
 周りに理解されず、恐れられ、輪に入れて貰えない。
 結果一人で過ごすしかなく、人間生活におけるコミュニケーションスキルを磨けなかった静弥。
 こんな気持ちだったのかな? 今更気付くなんて、何もかも遅い。
 あんな風に感情をぶつけて、冷たい言葉で見放して、家族が大変な時期に、自分がしんどいからってメッセージを送れる訳がない。
 空は作り物めいた、橙と紫のグラデーションで不気味なくらいにキレイだ。







「篠塚、炎上してるん?」
「うん。アイドルでもないのに……」
 晄と高校の頃の同級生だった相澤 雄大と犬山 陸は、天谷市の国道沿いのファミリー レストランの二人掛けテーブルで向かい合って座っている。
 学生達の夏休みかつ夕飯時と言うこともあり、店内は賑わっている。
 相澤 雄大が頼んだメニューは、ミックスグリルとライス。犬山 陸が頼んだメニューは、イカ墨パスタ。
 肉の生命力に溢れた香りと、ツンとするアンモニアのような魚介類の匂いがエアコンの風に流された。
「お前風呂キャンと歯磨きイヤイヤ期なのに、そんなん食うなよ」
 相澤の指摘に犬山は「俺は、幼稚園児かよ」と、ツッコミを入れた。
「時間計算出来ない、レジ金マイナス五千円出す、乾電池を一発でセット出来ない、鞄から大量の小銭と砂とコンビニのおしぼり出てくる……幼稚園児だろ」
「幼稚園児は、働けませーん」
「おもんな。どうせ、風呂入ってないんだろ」
 相澤は薬局で買ったばかりのファブリーズをレジ袋から出し、パッケージを開けた。
 ノズルをONに切り替えて、身を乗り出して犬山に拭きかける。
「おい。二日入ってないだけで、失礼だろ」
「くっっさ」
 そう言って、また犬山にファブリーズを振りかける相澤。
「晄に、メッセージ送らんの?」
 犬山はフォークにイカ墨パスタを絡ませながら、首を傾げた。
「大丈夫な訳ないのに、大丈夫? って聞くのもって感じだし、篠塚は絶対『大丈夫大丈夫笑』みたいに言うじゃん」
 相澤の言葉に、犬山は「あー……ね」と、虚空を見上げながら頷いた。
「あっ。犬山、お前は送んなよ! INTPだから、人の心ないから!」
「や、あるよ。フツーに」
「あったら、風呂キャンしないだろ」
「ああ、まあ、筋は分かる」
 相澤は「もー」と唸りながらテーブルの上のスマホを握り、WeeTubeのアプリを開いた。
「てか、なんで、炎上してんの?」
「今、それを調べようと思ってんの。なんか、暴露系? 配信者に、恋人居るのバラされたとかなんとか」
「良いだろ、別に」
「うわあ、ガチINTP」
 相澤は音量を下げて、動画の再生ボタンをタップした。
 数十分後。
 相澤と犬山は、二人して顔を見合わせた。
「え。別に、篠塚悪くなくね……? 勝手に恋心抱いたの、そっちじゃん。大金積ませたとか、お金借りてるとかならまだしも」
「しかも、このおばさん無課金言ってるしなー。古参みたいだけど、知らんがな。って感じするけど。飛び火って言うか」
「……なんかさ」
 犬山が右手の中指のささくれを、いじりながら言う。
「篠塚って、昔から沈黙してるの怖いとこあったじゃん」
「え? そう? おしゃべり好きなんだと、思ってた」
「まあ、それもあるだろうけどさ。その話すスキルが配信者として成功しちゃって、こんな形で自身に返って来るの酷だよな」
「あー……あいつ、昔から語録天才だからなあ。分かるわあ。俺的には、父親の方がヤバいなー。思ってたけど」
「あー……ね」
 犬山は視線を落としたまま、それ以上何も言わない。
 相澤はミックスグリルのハッシュドポテトを、フォークで刺した。
「篠塚から相談されたら、相談乗ろうよ」
「ん」
 






 本番に向けてのダンススクールでのレッスンも、会場でのリハーサルも本格化している。
 自分でもびっくりするくらい上手く踊れていて、悲しい筈なのに身体は数字の為に動けるのだ。と、知ってしまった。
 なんて皮肉で、残酷なんだろう。自他共に認める不器用な人間なのに、ここだけは器用に出来てしまうなんて。
 上坂さんも下村さんも、炎上のことには触れない。
 大人として、本番前にわざわざ言って心を揺さぶる必要はない。と、思っているのだろう。
 確かに人間が軌道に乗るべき「道徳」だとは分かるけど、気を使われてる感じもしてしんどさもある。
 もう何回も利用しているダンススクールが、やけに窮屈に思えてしまう。
 それこそ、刑務所のようだ。
「篠塚さんってぇ」
 例のコンカフェみたいな喋り方をする、受付のバイトの子が廊下ですれ違いざまに話しかけて来た。
「なんで、タップダンス始めたんですか?」
「え?」
 その質問は、俺が一番して欲しくないもの一位に該当する。
 そんな俺の核に触れる質問を、なんでもない雑談のように聞けちゃうんだよ。
 頭では、分かっている。女の子は、馬鹿にしている訳でもない。純粋な疑問で、聞いてるってことを。
「あー。近所に住んでたじいちゃんが好きで、教えて貰ったんスよ」
「へぇ~。それが今の篠塚さんに、繋がってるってことなんですよねぇ。素敵~」
 今即席で作った嘘が美談に昇華されたのを見て、心臓の古い歯車がゆっくりと動いた気がする。
「ですよねー! お盆に帰った時に、お礼言おうっと」
「えー! 絶対、喜びますよ~!」
 わざとらしく、握った拳を振る女の子。
 俺は嘘吐きだから、簡単に笑える。雑談として、仲良く話せる。
 女の子がジャージのポケットからスマホを、取り出した。
「もしかして、タップダンスのブーム来てるのかなぁ? すごいイケメンの子も、踊ってみたをあげてるんですよぉ」
 そう言って、彼女が見せて来たのはジュンが『座頭市』のタップダンスを踊っている動画だった。
 まるで廊下の天井から俺と女の子を遮るように、店の鉄格子のシャッターが降りて来たような錯覚を覚えた。
 やめろ。なんでも出来る癖に、それまで俺から奪うんじゃねえよ!!
 頭が良くって、どんな習い事だって出来て、顔が整っていて、なんだって持っている癖に!! タップダンスじゃないと、座頭市じゃないとダメな理由なんてないだろう。
 どうせ数字の為に、やっている癖に!! 数字の為に、俺の核を消費すんじゃねえよ!!
「あ、あの、篠塚さん?」
「あ、ちょっと疲れたのかな? 給水して来ます」
「あ、はぁい。お疲れ様です。熱中症には、気をつけてくださいね」
 この女の子が、悪い訳じゃない。
 どうして、この世界は「悪」が居ないんだろう。自分とは違う「正しさ」を持ったやっしか、居ないんだろう。
「ワンピのアーロンみたいな奴なら、遠慮なくしばけるのに……」
 俺の小さな小さな独り言は、生温い廊下に消えていくだけだった。
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