光彩濁りて愛となる

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二十七話

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 すぐさま歩夢と智顕に、ソレソレにリークされたことの報告と今後の相談をした。
 結論から言うと、意見は見事に分かれてしまった。
 歩夢は「別に、恋人居るって言う必要なくない? 本番前なのに、火に油を注がなくても良いと思う」と言ったのに対して、智顕は「どうせセイヤ君のアカウントも、特定されてるよ。下手なウソを言う方が、不誠実だよ」と言ったのだ。
 自分がない俺からしたら、どちらの言い分も正しく聞こえる。
 静弥は、どっちがマシなんだろうか? 
 俺が配信や文面で「恋人が居る」と事実を明かして、顔も知らない人間から攻撃される方。
 それか「恋人なんて居ない」と嘘を吐き、静弥の存在や思い出をなかったも同然にされる方。
 静弥の性格的に前者の方を選びそうな気がするけれど、そうしたらどんな言葉の暴力を受けるか……。
 現に俺宛てへの、大量の鍵垢の引用ポストやリプライが届いているし……。
 なんか山南村の同窓会事件や、オナニー配信事件を思い出すな。
 tmitterのおすすめ欄は、俺とソレソレの話題で埋め尽くされている。
『三位一体の緑、NWF本番前に何やってんの? 恋人が居ることに怒ってるんじゃなくって、お前の脇の甘さに怒ってんだよ。どうせ違い、分かんないんだろうな』
『やっぱり、あの男の配信者は恋人だったんだ。スパチャ投げた時、緑の反応明らか違ったもん』
『どんな気持ちでNWF見ればいいの、、?配信チケット返金出来るのかな。。。』
『RuKIコウのこと嫌いだから、今頃ぼんチ。に愚痴ってそうwww』
『コウ君、やっと信頼回復して来たのに、そういうとこだよ。担降りしようかな、もうムリ』
 他にも数えるのも見るのも諦めるくらい、たくさんの言葉があった。
 電車の車窓から見える景色は目まぐるしく変わり、空は水色の絵の具で塗りたくったような快晴。
「……クソ。消えたい」
 それは現実から? 画面の中から?
 自分でも、分からない。自分のことなのに、分からない。
 俺の指先は、すっかり冷え切っていた。






 
 鉛のように重たい身体を、なんとか動かしながら、やっと帰宅した。
 家に帰ると静弥が玄関の廊下の定位置に居ないどころか、灯りが点いていない。
 静弥は今日は休日だから、買い出しに行ってくれてる可能性だってある。
 だけど、なんだか、嫌な予感が止まらない。
 心臓は激しく脈打ち、身体から脂汗が吹き出して来た。
 俺は手洗いうがいを急いで済ませて、静弥の部屋の扉を静かにノックした。
「静弥……? 居る?」
 俺の声は廊下に吸い込まれて、消えるだけだった。
「……入るよ」
 断りを入れてから、静弥の部屋に足を踏み入れた。
 壁にかけられたカレンダーは激しく破れかれていて、その紙切れは床に散らばっている。
 テーブルに置かれたマグカップは下を向いていて、フローリングの床に水溜りが出来ていた。
 俺に関するノートたちもビリビリに破かれていて、思わず目を逸らしてしまった。
 ベッドの上のタオルケットは気球の風船のように膨らんでいて、そこに静弥が居るのだろう。
「せ、せいや、ご、ごめん……。俺のせいで、こんなことになって」
 静弥から、返事は返って来ない。
 きっと静弥のアカウントにも、とんでもない言葉の刃が飛んで来ているのだろう。
 どう謝ったら良いか分からないのに、謝ることしか出来ない自分が嫌になる。
 どうしたら、この罪が償えるんだろう?
 俺が考えられるのは、一個だけしかない。
「……晄君」
「あ、うん」
 タオルケットが静かに動き、静弥が姿を現した。
 顔面蒼白とは、このことを言うのだろう。まるで店先のショーウィンドウのマネキンのように、血の気を感じられない。
 目は真っ赤に腫れていて、俺はその不気味なほどに綺麗なコントラストに身震いしてしまった。
「別れようとか、考えてるでしょ」







 どうしていつもズレたことを言うのに、こう言う時だけ鋭いんだろうか。
 肯定も、否定も出来ない。どちらを言っても、静弥の傷口に包丁を刺すことには変わりはないから。
 俺が黙りこくっているからか、静弥は口を開いた。
 あの錯乱モードが来る! そう思って脳内に静弥が言って来そうな言葉の譜面をイメージして、どう返せばパーフェクトとグレートとグッド判定でコンボが途切れないかも想像した。
「ねえ、コウ君のファン達おかしいよ」
 よし。大方予想通りの言葉が、来たぞ。
 静弥の強い正義心からしたら、あんな言葉を吐く連中はそう映るのは理解出来る。
「だ、だよなー」
 俺はあいまいに笑って、静弥に同調する。
 言われた俺も、そう思っているし。
 次の言葉は「大丈夫?」とか「晄君が、気にする必要ないよ」とかだろうか。
 しかし静弥の口から出て来た次の言葉は、俺の予想を根底から覆すものだった。
「あんな人達の言葉に傷付けられてまで、配信ってやらないといけないことなの?」
 ……は? 今、なんて言った?
 頭では、分かっている。智顕が言った「こんなもんだよね」発言のように、静弥なりの意図があると言うこと。
 立花の言葉が、俺の脳内で再生される。
『無理して、相手に合わせなくて良いと思うよ。篠塚優しいから、言いたいことちゃんと届くから』
 無理じゃん、こんなの。
 俺がどんな思いで、コウ君を演じて来たのか。
 歩夢や智顕と実力差を感じながらも、レッスンして来たのか。ファンの機嫌取りや、配信中の言葉選びにどれだけ気を使って来たのか。
 ファンや大学の子を選ばず、静弥を選んだこと。
 その前提すら分かってない奴に、俺の言いたいことなんて届かないじゃん。
 この間仲直りしたばかりなのに、なんでこのタイミングでそう言うこと言えちゃうんだよ。
 それなら「晄君なら、乗り越えられるよ」とか「どんな人にも、アンチは居るよ。信じてくれる人に、届けば良いと思う」とか、言われる方がマシだ。
「……ひ、晄君?」
「ごめん」
「な、何が」
 この本気で、分かってなさそうな顔も腹立たしい。
 その顔ならば、誰の人生だって狂わせられるだろう。誰の心だって、手に入るだろう。俺じゃないと、駄目な理由がない。
 元々コイツは思い込みから勝手に恋を始めて、俺の愛を終わらせたんだ。
 この間決意したばかりだけど、分かり合えない人間は居る。
 トイレ掃除へ行かない、あいつのように。
「お前、無理だわ」







 静弥は俺の両肩を掴み、顔を近づけて来た。
「ねえ、どうして!? 僕、間違えたこと言ってないよ……!! 僕も晄君も、悪いことしてないじゃない! 匂わせ?をした訳じゃないし、ファンの人達が勝手に特定したんだよ!」
 静弥の言い分も、正しいのは分かる。だけど、それなら「余りに酷いから開示請求しようよ」とか、言いようがあるだろう。
 俺がやっていることやって来たことの努力を、全て否定するようなこと言うんだよ。
「俺が何に苦しんだのか分からない時点で、俺にとってお前は悪い奴なんだよ!!」
 静弥の声量に釣られて、つい語気が強くなってしまった。
 昨日まで馬鹿やって、一緒の物語を共有して、笑い合っていたのに。
 全てコイツの一言で、無茶苦茶にされる。
「付き合おうって言ったの、晄君じゃない!! 酷いよ!!」
 静弥は崩れたフォームで、泣きながら俺にマグカップを投げつけて来た。
 顔色は真っ青に、切り替わっている。
「泣きたいのは、こっちだよ!!」
「うっ、うぅ……」
 神様。お願いですから、沼黒 静弥に幼稚園時代のお名前シールの件を運命じゃない。と、気付かせて下さい。他に、何も要らないです。
「……言いたいことあるなら、言えよ」
「僕は、晄君が、好き」
 だから、なんで、空気読まずにそう言うこと言うんだよ……。
 今までみたいに、俺を操れるって思っているんだろうな。
 コイツ、俺のこと舐めてるから。
「あっそ。俺にとっては、お前もファンも変わんねーよ。一緒だわ」
 俺はそれ以上何も言わず静弥を引き剥がして、部屋から出た。






 同時刻。板橋区のとあるマンション。
 この地域は夕方五時半になると、夕焼け小焼けの音楽に乗せた子供たちへの帰宅を促すアナウンスが流れてる。
『トラフィック*ライト』の面々は編集作業を放り出して、ジュンの私物のタブレットの画面を覗き込んでいる。
 防音設備がある、ジュンのマンションの六畳一間の一室だ。
 モノトーンで統一された部屋に置かれた家具や配信機材はどれも洗練されていて、モノクロ映画のようだ。
 三人で雑談配信をする時や、今日みたいな編集作業をする時は必ずと言って良いほどここに集まることになっている。
 部屋の真ん中に置かれたローテーブルに横一列で座り、同系統の配信グループの先輩でありライバルのメンバーの炎上劇をリアルタイムで見ているのだ。
「こんなん書かれるの? 怖……」
 T.Tが発した「生」の感想に、ヒョーマとジュンは短く首肯した。
「声優の炎上なんて、もっとエグいけん」
「張り合うなよ、同じアニオタとして」
 ジュンの指摘に、ヒョーマは「すみませんでしたぁ!」と野球部員が監督に頭を下げるかのように金髪頭を垂らした。
 ヒョーマは頭を上げ腕を組みながら、はっきりと喉を震わせて怒りを言葉にした。
「暴露系配信者って、なにがおもろいん? 自ら発信する能力ない癖に、他人を踏み台にすんねぇ。頑張っちゃっとる奴を笑うのムカつく。配信者なら、己の面白さで勝負せんかいね」
 T.Tは「ヒョーマの面白さを、デフォルトに考えない方が良いよ」と言い、ジュンは首を捻っている。
「コウと幼馴染の子が可哀想なのは、大前提として。この凸者も、可哀想だよな。好きって気持ちに、嘘偽りないのに嘲笑されてさ」
 ヒョーマと、T.Tは「確かに」とデュエットして、二人して頷く。
「【NWF】前にぶちこんでくるあたり、ソレソレも性格悪いわあ」
「それな」
 T.Tが激しく首を動かしているのに対して、ジュンは微動だにしない。
「……まあ。そう言うゲスさもないと、生き残れない世界だしな」
 ヒョーマは床に大の字で寝転がり、天を仰ぐ。
「……あっ! 閃いたけん。ソレソレのモノマネ動画、上げちゃろうかのう」
「つよ。しぬ」
 T.Tは腹を抱えて笑い転がっているのに対して、ジュンは大真面目に発言した。
 まるで理解の授業の実験結果を、発表する小学生のように。
「ソレソレが、ヒロユキをゲストに呼んだって言うのは? ヒロユキが開口一番『暴露系配信者って、意味あるんスか?』って言うの」
「お前が、いっちゃんえぐいのう……」
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