光彩濁りて愛となる

RRMR

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二十六話

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 小説って、面白いんだな。やっぱりもう一編読んでから、寝よう! と決意して、一番最初の短編を読み始める。
 作品のタイトルは「不純恋愛」
 どう不純なんだろうか? 静弥が廣笠に借りた、世間の人らには理解されない特殊性癖を持った人の話か? それとも、罪を背負った者同士の恋物語か? 
 物語はヒロインとヒロインの友人の、カフェでの会話から始まる。
 ヒロインが、彼氏に浮気されてるかもしれない……って言いながら彼氏と知らない女のLIMEのスクショを友人に見せる。
 友人は「絶対、してるよ! 今度の土曜日渋谷でデートするみたいだから、尾行してみたら?」と、提案する。
 彼氏といちゃつく女を見て我慢出来なくなったヒロインは、二人の会話に割り込み「ヒロ君、浮気しないでよ! アンタは、他人の彼氏奪るなんてサイテー!」と吠えるのだ。
 対する彼氏は涼しい顔をして「俺達、元々既婚者用のマチアプで知り合ったじゃん」と言って物語の幕が閉じたのだった。
「何がおもろいん? これ?」
 え? 不純恋愛って、タイトルの割にテーマ浅くない? どっちも不倫してて、裁かれることもなく終わり? て言うか、ヒロイン馬鹿すぎだろ!
 春藤瑛一の作品と比べたら、月とすっぽんくらいクオリティーの差があるぞ!!
 ……え。俺が馬鹿だから、分からないだけなんか?
「静弥くーん!」
 俺は文庫本を手に取り、静弥の部屋へ駆け込んだ。







 静弥は俺が持っている短編集を見るなり、泥色の瞳を更に深い色にした。
「ちょっと、読んでみて! 最初のやつと、春藤瑛一のだけで良いから!」
 静弥は目線を落としたまま首を縦に振り、文庫本を手に取った。
 約十分後。
「春藤瑛一のは、面白いね」
「だよなー!!」
 良かった。俺が馬鹿だから、分からなかった訳じゃないみたいだ。
 静弥は、口を開く。
「春藤瑛一って、はやみ くゆる直撃世代なんだよね」
「う、うん?」
 はやみ くゆるって静弥が好きな作家の一人で、なんでも忘れる名探偵の小説の人だよな。
 本をあんまり読まない俺を一気読みさせる、書く力と読ます力のある作家だと思う。
「『そして六人がいなくなる』シリーズの四作目は、児童文学の皮を被った復讐劇とクライムサスペンスなんだよ。その作品の影響を、感じた。だけど、パクりじゃない。AIって言う身近なツールを使ってるのも、着眼点が良いと思う。何より、この少ないページ数でよく書いたな。って思う」
「編集か!」
 静弥は、文庫本から目を離さずに言った。
「こういう感じで、書いて欲しいな」
 うん。俺も、それは同感。
 あんなことがあったのに作家の作品をきちんと評価が出来るのは、静弥の成長だと思う。
 だから、お父さんかよ。
 静弥から文庫本を受け取り、床に置く。そのままスマホで、文庫本を撮影した。
「何してるの?」
「メルカルの出品」
「……」
 静弥は床に本を置くなんて、信じられない。と、言って来たが、スラム闇市の利用者だ。そんなこと、気にしないだろう。
 本の定価が八百円くらいだから、出品金額は四百円くらいにしとくか。
 出品が終わり、俺はナートゥダンスを踊る。
「何してる……の」
「いや、このダンスさ。ネットでミームになってんだけど、映画見たらちゃんと伏線で感動の材料なんだよ。春藤瑛一も、それが出来てた」
「編集か~い」
「ツッコミ、下手かよ!」
 二人で笑ってからtmitterで「春藤瑛一」と検索したら、本人のアカウントに行き着いた。
 作家って、普段何を投稿してるんだ……? そう思って、ポストを見るも仕事の告知ばかりだった。
 もれなく、この文庫本の宣伝も投稿している。
 そのポストに読者からリプライがぶら下がっているので、感想投稿か? と見てみると
『物語のオチの意味を、教えて下さい』
『ヒロインは、鬱だったってことですか?』
 と、どう見ても年齢層が若いアイコンから、リプライが送られていた。
 静弥は狼に育てられた子供を見るような目で、俺のスマホの画面を見ている。
「作家本人に言えるのヤベェよな。傷付くって、分からないんかな?」
「分からないから、自分の疑問だけで送ってるんだと思うよ」
「そもそも作家って、自分より勉強してて言葉を知ってる存在じゃん? mbti、絶対論理学者か討論者だろ。そんな奴相手に、喧嘩ふっかけるの頭悪いな」
「君は庇ってるの? 貶してるの? どっちなの?」
 そんなことを話しているうちに、メルカルに出品した例の文庫本が売れた。
 おっ。ご丁寧に、取引メッセージまで来てるな。
『読書感想文に使いたいので、早く送ってください』
 すげえ! さすが、スラム闇市メルカル!
 購入者の住所は、熊本県。
 俺は反射で、スマホに文字を打ち込む。
『うるせえ。お前が、東京まで取りに来いや』
 静弥は俺とスマホの画面を交互に見てから、ぼそっと呟いた。
「リアルゴミ捨て場の決戦だ……」
「上手いこと、言ってんじゃねえよ」
 






 親父と母親が大きな声をあげて、居間で喧嘩している。
 二人とも髪の毛や肌に艶があり、目尻や首輪の皺がない。
 居間のコタツに置かれた、人数分のカレー。親父のカレーは、一口食べただけで冷め切っている。
 親父の声に怯えた奈々が泣いているのを、蓮が抱っこしながら歌を歌って怪しているけど奈々の泣き声と両親の喧嘩の声が混ざってトリオになるだけ。
 おとうさん、おかあさん、ケンカやめてよ。
 幼稚園の俺は、すっと立ち上がった。
 自分の姿を見るなんてまるでテレビを見ているみたいなのに、現実にあったことだ。
 フィクションじゃない。
 アラームの音で現実に引き戻されて、瞼をゆっくりと開ける。
「くっそみたいな夢……」
 俺は寝癖がついた頭を掻きむしりながら、ベッドからのそのそと起き上がる。
「いて……」
 この夢を見た時、必ずと言っていい程足首が軋む。
 まるで、何かに掴まれているように。
 スマホで時間を確認したら、朝の九時過ぎと表示されていた。
 今日は【NWF】の会場で、リハーサルだ。遅刻は、許されない。
 どうして俺の人生はいつも、大事な日にこの夢を見るんだろう。
 小学校の修学旅行に、高校受験の日に、一人暮らしの家に引っ越す日。
 そんな一大イベントの日に、必ずと言っていいほどにこの夢を見る。
 きっと【NWF】本番の日も、見るんだろうな。
 静弥と朝食を食べて、身支度をして家を出た。






 約一時間後。俺達は無事集合して、スタッフさんに身分証や予め送られて来た関係者の名札を首から下げて会場内へ入った。
【NWF】の会場は、埼玉県屈指の有名アリーナだ。
 会場のキャパは三万五千人強。
 ステージを囲むように座席が展開されていて、ゴールド指定席とS席では二倍以上もチケット料金が違う。
 だだっ広い会場なのに、今は【NWF】の出演者や、関係者しか居ないからとても広く思える。
 気のせいじゃない。他の出演者達の目線は、獲物を狙う爬虫類のように爛々と光っている。
 ジャンルは違えど、俺達は数字を奪い合うライバルなのだ。
 上に行けば行くほど、椅子取りゲームは激しく苛烈になっていく。
「……まぶし」
 ステージ上の照明は、今まで浴びたどんな照明より眩しい。
 会場の広さに圧巻された後だからだろうか? ステージ場は、やけに狭く感じた。
 ダンススクールで目印の養生テープを貼って、その中で踊ってはいた。
 フォーメーションだって、頭に入っている。 
 なのに、何故こうも狭く感じるのだろう。
 いや、違うな。俺がコウ君になる為の、透明な檻だからだ。
「曲、流します! 3、2、1」
 会場スタッフが大きく腕をあげて、右手で数字を刻んでいく。
 あっけないほどあっさり、何の感動もなく、俺は踊れてしまった。
 高揚も、焦りも、緊張もない。
 本番だと、違うのかな……。同じな気がする。
 俺の人生、何も感動とかなく終わっちゃうのかな。






 帰りの電車で何気なくWeeTubeを見ていると、暴露系配信者のサムネイルに目が留まった。
「え……」
 サムネイルに映っている写真は、他でもない「トリニティ」のコウの写真だ。
 目線に黒い横線が引かれているのが、まるで犯罪者のような扱いをされているようで全身の毛が粟立つ。
 動画のタイトルは【有名配信者 恋人バレで、ブチギレる痛いリアコおばさん】だった。
 俺と向き合うように配置されているおばさんは、目を三角に吊り上げながら目と鼻の間に深い皺を刻んでいた。
 頭では、分かっている。こんなの、見ない方が良い。
 だけど俺はワイヤレスイヤホンを装着して、動画を再生していた。
 動画の投稿主であるソレソレが、まず何が起きているかを独特なイントネーションのぶつぶつ調の声で話している。
『ダンス系有名配信者グループのとある子の、恋人が特定された。って5chで、盛り上がってるのを見た凸者から、LIMEが100件くらい来たんだよ! これは、面白いぞ~って思って! 今日、来てもらうことになりました』
 動画のサムネイルに顔写真が使われているおばさんと通話を繋ぎ、通話の様子を話す暴露系配信者のお決まり劇が始まった。
『もしもし、それそれです。聞こえてます?』
『あ、はい。聞こえてます』
 おばさんの声は、どこにでもいそうな普通の声なのが怖い。
 それこそスーパーで、いかに安く買い物をするか? とか、カルデーの無料コーヒーを美味しく飲んでいる姿が浮かぶ。
『えー、推しに恋人バレと言うことですが』
『私は! あの子が、ピー君になる前から知っているんです!』
 モザイク音の部分は、コウ君だって言ったのを、ソレソレが編集したんだろう。
 その気遣いがあるなら、配信するなよ。ズレてんだよ。
『え、え? どゆことですか?』
 困惑しながらも、小馬鹿にするような返事をするソレソレ。
『あの子、高校時代は普通の配信者だったんです! インフルエンサーでも、なんでもなかったんです!』
『あー、はいはい。趣味でやってただけの子が、遠くに行っちゃって寂しい的な』
『だけど、私、それでも! ずっと見ていた! あの子の頑張りを、信じてたから! なのに!』
 おばさんの声が、どんどんとデカくなっている。
『みんな大好きだよ~。とか言いながら、裏で恋人作って!! それも、男の人ですよ!? ゲイって、ことですよ!! 女に媚びながら、酷い裏切りじゃないですか!!』
『あー。なるほどぉ。その子に、課金したの?』
『してません。見てくれるだけで、嬉しいって言ってたので』
 うん。それはね、お前みたいなファンを生み出さない為の予防線なの。
『ヤッバ!! 無課金おばさんじゃん!! 言う権利ないよ!!』
 ソレソレは、笑い飛ばした。
 おい、やめろって……。この手の人間は、自分の主張を受け入れられないことと馬鹿にされたら何をしでかすか分からないぞ……!!
『うるさいんだよ!! 私の恋を、笑うなぁああ!! アンタ、凄い人なんでしょ!! ピー君に、配信やめさせてよ!!』 
『ちょっと待って待って。そうしたら、見れなくなるよ』
 また嘲笑うように、言葉を紡ぐソレソレ。
 自分の再生数の為にリスナーが求める痛い人と数字を持ってるインフルエンサーを用意して、リスナーと嘲笑うのか。
 そうだ。俺だってそうなように、みんな自分より下の人間を見たいんだ。
 こんなクソに、俺は利用されたのか……。必死にコウ君を、演じた結果がコレか。
 俺の、コウ君の、存在価値って、ナニ?
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