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二十九話
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当然ながら、静弥への投稿も俺の目に入って来ている。
静弥の読書アカウントの公開アカウントの引用ポストの内容は、俺の想像を絶するものばかりだった。
『ガリガリマウント男、消えろ。コウ君はお前の人生を、リベンジする道具じゃない』
『学生時代から、ずっとコウ君を推してました。コウ君は、私の生活の一部なんです。私を始めコウ君ファンを、傷付けて楽しいですか?』
『コイツ、境界性パーソナリティ障害かなんかじゃない? 板に書いてある情報によったら、五月の緑の怪我はコイツのせいらしいし』
『あーね笑って感じ。絶対に関わったら、ダメなタイプの人じゃん』
『コウもメンヘラなところあるし、お似合いなんじゃない?笑 こういうタイプ好きそうだもん笑』
静弥と会って話した訳でもないのに、なんでこんな酷いことが言えるんだろうか?
あいつのことを、何も知らない癖に……! 自分の憶測と自分の中の正しさで叩きやがって、本当に気持ち悪い。
静弥が酷いことを言われている怒りと同時に、俺を叩きたいから静弥を引き合いに出しているんじゃねえの? って怒りも、ある。
静弥はtmitterのアカウントを動かしていなく、だんまりを決めこんでいる。
こんなの、見ない方が良い。
tmitterのアプリを閉じようとしたのを、見計らったように静弥からLIMEのメッセージが入った。
俺は慌てて通知のバナーをタップして、トーク画面に飛ぶ。
『こんにちは。お父さんの余命が短いらしいので、お父さんの希望で一緒に住むことになりました』
え。家賃とか、光熱費とか、払える自身がない。どうしよう? と、真っ先にお金の心配が浮かぶ自分の浅ましさが、嫌になる。
数十秒遅れてから、あの父親一緒に住む……? 大丈夫か? って言う疑問が、浮かんだ。
ちょっとの間、話しただけの俺でも感じた違和感。
静弥は小さい頃から見ているだろうし、人間弱っている時は態度が横柄になるもんだ。
倒れる前ですら人間の言葉や道理が通じない人間なのに、倒れた後に丸くなるなんて思えない。
静弥から、またメッセージが来た。
『今月分の家賃、かかりそうな光熱費、水道代、食費振り込んでおいたから。時間ある時に、確認して』
ただの連絡と、お願いのメッセージなのに。
お金なら、振り込んだ。人としての義理は果たしたから、こっちに踏み込むな。って言われている気がする。
リビングの壁掛け時計は、夕方六時丁度を示している。
あいつが居ないだけで、部屋がとても広い。
*
夕飯とシャワーを終わらせて自分の部屋のベッドにうつ伏せで寝転がり、俺はアナニーに勤しんでいた。
通販で買った、ビーズの部分が亀頭型になっているやつだ。サイズも、まあまあデカい。
ホームページの商品説明の写真に玄人向けと書いてあったので、イカレチンポ雲雀丘に「これって痛い? やらん方がいい?」ってメッセージで聞いたら「アナニーしてる時点で玄人だから、大丈夫だろ」って返事が返って来たのだ。
そうだけど、そう言うことじゃねえんだよ……。
アナルビーズにローションをシロップのように垂らして、ケツアナ確定! させて動かしてるんだけど……気持ち良くない。
にゅぷにゅぷとスライムのような音で、虚しくなるだけだった。
「……」
前に山南村で、後ろにボールペンを挿れた時は心も体も昂ったのに。
静弥が、居ない。静弥が、帰って来ないからだ。
「……っ、ううっ」
頬から、一筋の涙が溢れる。
静弥はいつも無茶苦茶はするけど、気持ちいいことをしてくれていた。
セックスだけじゃない。
たくさん、俺に与えてくれた。日常の下らない会話とか、静弥の天然っぷりでの笑い、ゴミの分別の仕方とか、難読地名とか難読苗字の読み方とか、買い出しとか、俺の部屋まで掃除してくれたり、小説を読んでて分からない熟語も教えてくれた。
……炎上の時も、そうだ。
俺のことを責めずに、俺を庇ってくれてたんだ……!
どうして、今になって気付くんだろう。
スマホを手に取り『お金、ありがとう。お父さん、良くなるといいね』とメッセージを入れる。
本当は『あの親父が嫌になったら、いつでも帰って来いよ』って言いたいけど、静弥が覚悟を決めたのに、水を差したくない。
パシャッと、シャッター音が鳴った。
誤操作で、カメラを起動したのだろう。
スマホの画面に視線を落とすと、なんと静弥に俺がアナルビーズをぶち込んでいる様子が送信されていた。
や、やべー!! 送信取り消ししないと!! そう思うも、時既に遅し。
俺が送ったメッセージと、画像に既読マークがついていた。
『いいもの見せて貰ったよ。ありがとう』
殺してくれ……。
*
同時刻。瀬良市の商店街の裏の通りにある、小さな古着屋。
店内の照明は半分落として、店の入り口のドアには「close」と書かれた木製のプレートが下げられている。
インディーズバンドのしっとりとしたバラードが、夜を告げているようで風情がある。
狭い店内に、色とりどりの数多の古着が展開されている。
花が刺繍されたチュニックに、インド映画に出てきそうな原色の柄シャツに、パッチワークを連想させるスカートに、麻のキャミソール。
たくさんの生地の匂いが混じり合って、古着屋という空間が出来上がっている。
オープンしたばかりかつ、立地も良くはないのに店の売り上げは有難いことにそこそこある。
主にSNSで知った古着好きの人間が、奈良旅行のついでに買いに来てくれているようだった。
店長である未来の洋服アカウントのエンスタグラムのフォロワーは、約五万人。自分が住んでいる市の人口と、ほぼ同じでなんだか笑えてしまう。
店の公式アカウントは、約二万人。
投稿内容は営業時間や、買取で入荷した有名ブランドの服や、未来と深優が組んだコーディネートの紹介。
未来が作った餃子や焼売のぬいぐるみが縫い付けられたトートバッグや、手作りアクセの販売のお知らせも投稿している。
店のドアに備え付けられた、入店を合図するベルがちりんちりんと鳴った。
レジの精算作業をしていた深優は顔を上げて、ドアを見た。
業者の人間と話していた未来が断りを入れてから、入って来た女性客に「すみません。もう閉店してるんです」とやんわりと拒否を示すも女性客は「えー、そんなのどこに書いてあるんですかあ?」と言うだけだった。
そのイントネーションが小学生が言う「それは何時何分地球が何周回った時ですかー?」そっくりで、深優は作業の手を止めた。
女性は辛子色の半袖ワンピースに身を包んでいて、靴は爪先のスパンコールの飾りがいくつも取れたパンプス。
指の爪は橙色のマニキュアを塗っているが、ムラだらけ。
彼女の手には、有名コーヒースタンドのフラペチーノが握られている。
長い茶髪の髪をポニーテールに縛っているが、歩いてるうちに崩れて来たのか一つ結びと言った方が良い位置に髪の毛が垂れ下がっている。
深優は未来に目配せしてから、二人の間に割って入った。
未来は小さく頭を下げてから、業者の人間の方へ戻り会話を再開した。
「お客さん、すみません。うち、飲食物持ち込み禁止なんですよ~」
「えっ? じゃあ、雨の日は、どうしてるんですかー?」
先程と全く同じような発音で言われて、深優は吹き出しそうになった。
(あー、この手のタイプね)
女性は深優の視線なんて歯牙にもかけず、店内を一周見て回ってから
「だっさい店。帰るー。多分、すぐ潰れると思いまあす」
と捨て台詞を吐いて、出て行った。
「深優君、ごめんね。対応して貰って」
「いいよいいよ。男相手でアレだし、未来店長相手だと何しでかすか分かんないから気にしないで」
「深優君、優しいね。ありがとう……!」
アスファルトに咲くタンポポのような笑顔を向けられて、深優は視線を逸らした。
(上司じゃなかったら、好きになりますわ……)
*
その後は何のアクシデントもなく、無事に一日の仕事が終わった。
深優は自宅のガレージにシルバーのエメラルド グリーンの自動車を停めて、家の鍵を回して玄関へと入る。
玄関には、小さな子供が描いたイラストのようなニコニコ笑顔の母親が立っていた。
新品のベイビーピンクの丸首襟の花柄のワンピースを着ているからか、いたくご機嫌で深優の身体は強張った。
BGMに童謡の「チューリップ」が、聞こえて来そうなくらいだ。
「おかえり~、深優君。今日も、お疲れ様。ブティックのお仕事、慣れた?」
「……大分、慣れたよ」
「そっかそっかぁ。流石、お母さんの子だね」
「……うん。疲れたから、シャワー浴びるね」
「えぇ? 田舎のブティックで、疲れてちゃダメよぉ。お母さん、デパートで働いてた時はもっと大変だったんだから」
深優は短く頷いてから、階段を上がって行く。
トントンと鳴る足音の一定のリズムで、自身の心を整える。
ずっとこうだった。自分が子供の頃から、この家は変わらない。
山南村と同じように、時が止まっているのだ。
階段を登り自身の部屋の扉を開けると、小学校三年生の妹の心生が床に寝転りながら小さなフォトアルバムを見ている。
「……おい、何してんだ?」
「おかえりー。お兄ちゃんの写真、見てるー」
心生はラインストーンが散らばったデニムのミニスカートを履いているにも関わらず、脚をバタ足泳ぎのように動かしている。
六畳一間の、なんの個性もない部屋。生活する為の家具と、母親が作ったぬいぐるみや壁掛け式のウォールポケットしかない部屋。
ウォールポケットには女児が好きそうなピンクのチェック柄のワッペンが貼られ、花形のビーズが縫い付けられている。
「ただいま。恥ずかしいから、やめろって」
そう言って心生の小さな手から、フォトアルバムを取り上げる深優。
熊手のような前髪の下から覗く瞳は、とても大きい。
「あ、そうだ。お兄ちゃん。今度の休み、一緒にホイップデコしようよ」
「ん。分かった。やろ」
トートバッグを勉強机の荷物掛けにかけて、深優は思い出したように口を開く。
「折角の夏休みなのに、翔太君と遊ばなくて良いの?」
「あんなヤツ、だいっっ嫌い!」
心生は急に立ち上がり、どすどすと足音を鳴らして深優の部屋から出て行った。
深優はズボンのポケットからスマートフォンを取り出して、蒼真にメッセージを送った。
『心生、翔太君のこと嫌いになったみたい。夏休み入るまで、好き好き言ってたのに笑』
すぐに既読アイコンがつき、蒼真から返信が返って来た。
『それはね、君がお兄さんだからだと思うよ』
「どゆこと?」
深優は口に出して、一人で首を捻るのだった。
静弥の読書アカウントの公開アカウントの引用ポストの内容は、俺の想像を絶するものばかりだった。
『ガリガリマウント男、消えろ。コウ君はお前の人生を、リベンジする道具じゃない』
『学生時代から、ずっとコウ君を推してました。コウ君は、私の生活の一部なんです。私を始めコウ君ファンを、傷付けて楽しいですか?』
『コイツ、境界性パーソナリティ障害かなんかじゃない? 板に書いてある情報によったら、五月の緑の怪我はコイツのせいらしいし』
『あーね笑って感じ。絶対に関わったら、ダメなタイプの人じゃん』
『コウもメンヘラなところあるし、お似合いなんじゃない?笑 こういうタイプ好きそうだもん笑』
静弥と会って話した訳でもないのに、なんでこんな酷いことが言えるんだろうか?
あいつのことを、何も知らない癖に……! 自分の憶測と自分の中の正しさで叩きやがって、本当に気持ち悪い。
静弥が酷いことを言われている怒りと同時に、俺を叩きたいから静弥を引き合いに出しているんじゃねえの? って怒りも、ある。
静弥はtmitterのアカウントを動かしていなく、だんまりを決めこんでいる。
こんなの、見ない方が良い。
tmitterのアプリを閉じようとしたのを、見計らったように静弥からLIMEのメッセージが入った。
俺は慌てて通知のバナーをタップして、トーク画面に飛ぶ。
『こんにちは。お父さんの余命が短いらしいので、お父さんの希望で一緒に住むことになりました』
え。家賃とか、光熱費とか、払える自身がない。どうしよう? と、真っ先にお金の心配が浮かぶ自分の浅ましさが、嫌になる。
数十秒遅れてから、あの父親一緒に住む……? 大丈夫か? って言う疑問が、浮かんだ。
ちょっとの間、話しただけの俺でも感じた違和感。
静弥は小さい頃から見ているだろうし、人間弱っている時は態度が横柄になるもんだ。
倒れる前ですら人間の言葉や道理が通じない人間なのに、倒れた後に丸くなるなんて思えない。
静弥から、またメッセージが来た。
『今月分の家賃、かかりそうな光熱費、水道代、食費振り込んでおいたから。時間ある時に、確認して』
ただの連絡と、お願いのメッセージなのに。
お金なら、振り込んだ。人としての義理は果たしたから、こっちに踏み込むな。って言われている気がする。
リビングの壁掛け時計は、夕方六時丁度を示している。
あいつが居ないだけで、部屋がとても広い。
*
夕飯とシャワーを終わらせて自分の部屋のベッドにうつ伏せで寝転がり、俺はアナニーに勤しんでいた。
通販で買った、ビーズの部分が亀頭型になっているやつだ。サイズも、まあまあデカい。
ホームページの商品説明の写真に玄人向けと書いてあったので、イカレチンポ雲雀丘に「これって痛い? やらん方がいい?」ってメッセージで聞いたら「アナニーしてる時点で玄人だから、大丈夫だろ」って返事が返って来たのだ。
そうだけど、そう言うことじゃねえんだよ……。
アナルビーズにローションをシロップのように垂らして、ケツアナ確定! させて動かしてるんだけど……気持ち良くない。
にゅぷにゅぷとスライムのような音で、虚しくなるだけだった。
「……」
前に山南村で、後ろにボールペンを挿れた時は心も体も昂ったのに。
静弥が、居ない。静弥が、帰って来ないからだ。
「……っ、ううっ」
頬から、一筋の涙が溢れる。
静弥はいつも無茶苦茶はするけど、気持ちいいことをしてくれていた。
セックスだけじゃない。
たくさん、俺に与えてくれた。日常の下らない会話とか、静弥の天然っぷりでの笑い、ゴミの分別の仕方とか、難読地名とか難読苗字の読み方とか、買い出しとか、俺の部屋まで掃除してくれたり、小説を読んでて分からない熟語も教えてくれた。
……炎上の時も、そうだ。
俺のことを責めずに、俺を庇ってくれてたんだ……!
どうして、今になって気付くんだろう。
スマホを手に取り『お金、ありがとう。お父さん、良くなるといいね』とメッセージを入れる。
本当は『あの親父が嫌になったら、いつでも帰って来いよ』って言いたいけど、静弥が覚悟を決めたのに、水を差したくない。
パシャッと、シャッター音が鳴った。
誤操作で、カメラを起動したのだろう。
スマホの画面に視線を落とすと、なんと静弥に俺がアナルビーズをぶち込んでいる様子が送信されていた。
や、やべー!! 送信取り消ししないと!! そう思うも、時既に遅し。
俺が送ったメッセージと、画像に既読マークがついていた。
『いいもの見せて貰ったよ。ありがとう』
殺してくれ……。
*
同時刻。瀬良市の商店街の裏の通りにある、小さな古着屋。
店内の照明は半分落として、店の入り口のドアには「close」と書かれた木製のプレートが下げられている。
インディーズバンドのしっとりとしたバラードが、夜を告げているようで風情がある。
狭い店内に、色とりどりの数多の古着が展開されている。
花が刺繍されたチュニックに、インド映画に出てきそうな原色の柄シャツに、パッチワークを連想させるスカートに、麻のキャミソール。
たくさんの生地の匂いが混じり合って、古着屋という空間が出来上がっている。
オープンしたばかりかつ、立地も良くはないのに店の売り上げは有難いことにそこそこある。
主にSNSで知った古着好きの人間が、奈良旅行のついでに買いに来てくれているようだった。
店長である未来の洋服アカウントのエンスタグラムのフォロワーは、約五万人。自分が住んでいる市の人口と、ほぼ同じでなんだか笑えてしまう。
店の公式アカウントは、約二万人。
投稿内容は営業時間や、買取で入荷した有名ブランドの服や、未来と深優が組んだコーディネートの紹介。
未来が作った餃子や焼売のぬいぐるみが縫い付けられたトートバッグや、手作りアクセの販売のお知らせも投稿している。
店のドアに備え付けられた、入店を合図するベルがちりんちりんと鳴った。
レジの精算作業をしていた深優は顔を上げて、ドアを見た。
業者の人間と話していた未来が断りを入れてから、入って来た女性客に「すみません。もう閉店してるんです」とやんわりと拒否を示すも女性客は「えー、そんなのどこに書いてあるんですかあ?」と言うだけだった。
そのイントネーションが小学生が言う「それは何時何分地球が何周回った時ですかー?」そっくりで、深優は作業の手を止めた。
女性は辛子色の半袖ワンピースに身を包んでいて、靴は爪先のスパンコールの飾りがいくつも取れたパンプス。
指の爪は橙色のマニキュアを塗っているが、ムラだらけ。
彼女の手には、有名コーヒースタンドのフラペチーノが握られている。
長い茶髪の髪をポニーテールに縛っているが、歩いてるうちに崩れて来たのか一つ結びと言った方が良い位置に髪の毛が垂れ下がっている。
深優は未来に目配せしてから、二人の間に割って入った。
未来は小さく頭を下げてから、業者の人間の方へ戻り会話を再開した。
「お客さん、すみません。うち、飲食物持ち込み禁止なんですよ~」
「えっ? じゃあ、雨の日は、どうしてるんですかー?」
先程と全く同じような発音で言われて、深優は吹き出しそうになった。
(あー、この手のタイプね)
女性は深優の視線なんて歯牙にもかけず、店内を一周見て回ってから
「だっさい店。帰るー。多分、すぐ潰れると思いまあす」
と捨て台詞を吐いて、出て行った。
「深優君、ごめんね。対応して貰って」
「いいよいいよ。男相手でアレだし、未来店長相手だと何しでかすか分かんないから気にしないで」
「深優君、優しいね。ありがとう……!」
アスファルトに咲くタンポポのような笑顔を向けられて、深優は視線を逸らした。
(上司じゃなかったら、好きになりますわ……)
*
その後は何のアクシデントもなく、無事に一日の仕事が終わった。
深優は自宅のガレージにシルバーのエメラルド グリーンの自動車を停めて、家の鍵を回して玄関へと入る。
玄関には、小さな子供が描いたイラストのようなニコニコ笑顔の母親が立っていた。
新品のベイビーピンクの丸首襟の花柄のワンピースを着ているからか、いたくご機嫌で深優の身体は強張った。
BGMに童謡の「チューリップ」が、聞こえて来そうなくらいだ。
「おかえり~、深優君。今日も、お疲れ様。ブティックのお仕事、慣れた?」
「……大分、慣れたよ」
「そっかそっかぁ。流石、お母さんの子だね」
「……うん。疲れたから、シャワー浴びるね」
「えぇ? 田舎のブティックで、疲れてちゃダメよぉ。お母さん、デパートで働いてた時はもっと大変だったんだから」
深優は短く頷いてから、階段を上がって行く。
トントンと鳴る足音の一定のリズムで、自身の心を整える。
ずっとこうだった。自分が子供の頃から、この家は変わらない。
山南村と同じように、時が止まっているのだ。
階段を登り自身の部屋の扉を開けると、小学校三年生の妹の心生が床に寝転りながら小さなフォトアルバムを見ている。
「……おい、何してんだ?」
「おかえりー。お兄ちゃんの写真、見てるー」
心生はラインストーンが散らばったデニムのミニスカートを履いているにも関わらず、脚をバタ足泳ぎのように動かしている。
六畳一間の、なんの個性もない部屋。生活する為の家具と、母親が作ったぬいぐるみや壁掛け式のウォールポケットしかない部屋。
ウォールポケットには女児が好きそうなピンクのチェック柄のワッペンが貼られ、花形のビーズが縫い付けられている。
「ただいま。恥ずかしいから、やめろって」
そう言って心生の小さな手から、フォトアルバムを取り上げる深優。
熊手のような前髪の下から覗く瞳は、とても大きい。
「あ、そうだ。お兄ちゃん。今度の休み、一緒にホイップデコしようよ」
「ん。分かった。やろ」
トートバッグを勉強机の荷物掛けにかけて、深優は思い出したように口を開く。
「折角の夏休みなのに、翔太君と遊ばなくて良いの?」
「あんなヤツ、だいっっ嫌い!」
心生は急に立ち上がり、どすどすと足音を鳴らして深優の部屋から出て行った。
深優はズボンのポケットからスマートフォンを取り出して、蒼真にメッセージを送った。
『心生、翔太君のこと嫌いになったみたい。夏休み入るまで、好き好き言ってたのに笑』
すぐに既読アイコンがつき、蒼真から返信が返って来た。
『それはね、君がお兄さんだからだと思うよ』
「どゆこと?」
深優は口に出して、一人で首を捻るのだった。
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