光彩濁りて愛となる

RRMR

文字の大きさ
37 / 62

二十九話

しおりを挟む
 当然ながら、静弥への投稿も俺の目に入って来ている。
 静弥の読書アカウントの公開アカウントの引用ポストの内容は、俺の想像を絶するものばかりだった。
『ガリガリマウント男、消えろ。コウ君はお前の人生を、リベンジする道具じゃない』
『学生時代から、ずっとコウ君を推してました。コウ君は、私の生活の一部なんです。私を始めコウ君ファンを、傷付けて楽しいですか?』
『コイツ、境界性パーソナリティ障害かなんかじゃない? 板に書いてある情報によったら、五月の緑の怪我はコイツのせいらしいし』
『あーね笑って感じ。絶対に関わったら、ダメなタイプの人じゃん』
『コウもメンヘラなところあるし、お似合いなんじゃない?笑 こういうタイプ好きそうだもん笑』
 静弥と会って話した訳でもないのに、なんでこんな酷いことが言えるんだろうか?
 あいつのことを、何も知らない癖に……! 自分の憶測と自分の中の正しさで叩きやがって、本当に気持ち悪い。
 静弥が酷いことを言われている怒りと同時に、俺を叩きたいから静弥を引き合いに出しているんじゃねえの? って怒りも、ある。
 静弥はtmitterのアカウントを動かしていなく、だんまりを決めこんでいる。
 こんなの、見ない方が良い。
 tmitterのアプリを閉じようとしたのを、見計らったように静弥からLIMEのメッセージが入った。
 俺は慌てて通知のバナーをタップして、トーク画面に飛ぶ。
『こんにちは。お父さんの余命が短いらしいので、お父さんの希望で一緒に住むことになりました』
 え。家賃とか、光熱費とか、払える自身がない。どうしよう? と、真っ先にお金の心配が浮かぶ自分の浅ましさが、嫌になる。
 数十秒遅れてから、あの父親一緒に住む……?  大丈夫か? って言う疑問が、浮かんだ。
 ちょっとの間、話しただけの俺でも感じた違和感。
 静弥は小さい頃から見ているだろうし、人間弱っている時は態度が横柄になるもんだ。
 倒れる前ですら人間の言葉や道理が通じない人間なのに、倒れた後に丸くなるなんて思えない。
 静弥から、またメッセージが来た。
『今月分の家賃、かかりそうな光熱費、水道代、食費振り込んでおいたから。時間ある時に、確認して』
 ただの連絡と、お願いのメッセージなのに。
 お金なら、振り込んだ。人としての義理は果たしたから、こっちに踏み込むな。って言われている気がする。
 リビングの壁掛け時計は、夕方六時丁度を示している。
 あいつが居ないだけで、部屋がとても広い。




 


 夕飯とシャワーを終わらせて自分の部屋のベッドにうつ伏せで寝転がり、俺はアナニーに勤しんでいた。
 通販で買った、ビーズの部分が亀頭型になっているやつだ。サイズも、まあまあデカい。
 ホームページの商品説明の写真に玄人向けと書いてあったので、イカレチンポ雲雀丘に「これって痛い? やらん方がいい?」ってメッセージで聞いたら「アナニーしてる時点で玄人だから、大丈夫だろ」って返事が返って来たのだ。
 そうだけど、そう言うことじゃねえんだよ……。
 アナルビーズにローションをシロップのように垂らして、ケツアナ確定! させて動かしてるんだけど……気持ち良くない。
 にゅぷにゅぷとスライムのような音で、虚しくなるだけだった。
「……」
 前に山南村で、後ろにボールペンを挿れた時は心も体も昂ったのに。
 静弥が、居ない。静弥が、帰って来ないからだ。
「……っ、ううっ」
 頬から、一筋の涙が溢れる。
 静弥はいつも無茶苦茶はするけど、気持ちいいことをしてくれていた。
 セックスだけじゃない。
 たくさん、俺に与えてくれた。日常の下らない会話とか、静弥の天然っぷりでの笑い、ゴミの分別の仕方とか、難読地名とか難読苗字の読み方とか、買い出しとか、俺の部屋まで掃除してくれたり、小説を読んでて分からない熟語も教えてくれた。
 ……炎上の時も、そうだ。
 俺のことを責めずに、俺を庇ってくれてたんだ……!
 どうして、今になって気付くんだろう。
 スマホを手に取り『お金、ありがとう。お父さん、良くなるといいね』とメッセージを入れる。
 本当は『あの親父が嫌になったら、いつでも帰って来いよ』って言いたいけど、静弥が覚悟を決めたのに、水を差したくない。
 パシャッと、シャッター音が鳴った。
 誤操作で、カメラを起動したのだろう。
 スマホの画面に視線を落とすと、なんと静弥に俺がアナルビーズをぶち込んでいる様子が送信されていた。
 や、やべー!! 送信取り消ししないと!! そう思うも、時既に遅し。
 俺が送ったメッセージと、画像に既読マークがついていた。
『いいもの見せて貰ったよ。ありがとう』
 殺してくれ……。




 


 同時刻。瀬良市の商店街の裏の通りにある、小さな古着屋。
 店内の照明は半分落として、店の入り口のドアには「close」と書かれた木製のプレートが下げられている。
 インディーズバンドのしっとりとしたバラードが、夜を告げているようで風情がある。
 狭い店内に、色とりどりの数多の古着が展開されている。
 花が刺繍されたチュニックに、インド映画に出てきそうな原色の柄シャツに、パッチワークを連想させるスカートに、麻のキャミソール。
 たくさんの生地の匂いが混じり合って、古着屋という空間が出来上がっている。
 オープンしたばかりかつ、立地も良くはないのに店の売り上げは有難いことにそこそこある。
 主にSNSで知った古着好きの人間が、奈良旅行のついでに買いに来てくれているようだった。
 店長である未来の洋服アカウントのエンスタグラムのフォロワーは、約五万人。自分が住んでいる市の人口と、ほぼ同じでなんだか笑えてしまう。
 店の公式アカウントは、約二万人。
 投稿内容は営業時間や、買取で入荷した有名ブランドの服や、未来と深優が組んだコーディネートの紹介。
 未来が作った餃子や焼売のぬいぐるみが縫い付けられたトートバッグや、手作りアクセの販売のお知らせも投稿している。
 店のドアに備え付けられた、入店を合図するベルがちりんちりんと鳴った。
 レジの精算作業をしていた深優は顔を上げて、ドアを見た。
 業者の人間と話していた未来が断りを入れてから、入って来た女性客に「すみません。もう閉店してるんです」とやんわりと拒否を示すも女性客は「えー、そんなのどこに書いてあるんですかあ?」と言うだけだった。
 そのイントネーションが小学生が言う「それは何時何分地球が何周回った時ですかー?」そっくりで、深優は作業の手を止めた。
 女性は辛子色の半袖ワンピースに身を包んでいて、靴は爪先のスパンコールの飾りがいくつも取れたパンプス。
 指の爪は橙色のマニキュアを塗っているが、ムラだらけ。
 彼女の手には、有名コーヒースタンドのフラペチーノが握られている。
 長い茶髪の髪をポニーテールに縛っているが、歩いてるうちに崩れて来たのか一つ結びと言った方が良い位置に髪の毛が垂れ下がっている。
 深優は未来に目配せしてから、二人の間に割って入った。
 未来は小さく頭を下げてから、業者の人間の方へ戻り会話を再開した。
「お客さん、すみません。うち、飲食物持ち込み禁止なんですよ~」
「えっ? じゃあ、雨の日は、どうしてるんですかー?」
 先程と全く同じような発音で言われて、深優は吹き出しそうになった。
(あー、この手のタイプね)
 女性は深優の視線なんて歯牙にもかけず、店内を一周見て回ってから
「だっさい店。帰るー。多分、すぐ潰れると思いまあす」
 と捨て台詞を吐いて、出て行った。
「深優君、ごめんね。対応して貰って」
「いいよいいよ。男相手でアレだし、未来店長相手だと何しでかすか分かんないから気にしないで」
「深優君、優しいね。ありがとう……!」
 アスファルトに咲くタンポポのような笑顔を向けられて、深優は視線を逸らした。
(上司じゃなかったら、好きになりますわ……)

 





 その後は何のアクシデントもなく、無事に一日の仕事が終わった。
 深優は自宅のガレージにシルバーのエメラルド グリーンの自動車を停めて、家の鍵を回して玄関へと入る。
 玄関には、小さな子供が描いたイラストのようなニコニコ笑顔の母親が立っていた。
 新品のベイビーピンクの丸首襟の花柄のワンピースを着ているからか、いたくご機嫌で深優の身体は強張った。
 BGMに童謡の「チューリップ」が、聞こえて来そうなくらいだ。
「おかえり~、深優君。今日も、お疲れ様。ブティックのお仕事、慣れた?」
「……大分、慣れたよ」
「そっかそっかぁ。流石、お母さんの子だね」
「……うん。疲れたから、シャワー浴びるね」
「えぇ? 田舎のブティックで、疲れてちゃダメよぉ。お母さん、デパートで働いてた時はもっと大変だったんだから」
 深優は短く頷いてから、階段を上がって行く。
 トントンと鳴る足音の一定のリズムで、自身の心を整える。
 ずっとこうだった。自分が子供の頃から、この家は変わらない。
 山南村と同じように、時が止まっているのだ。
 階段を登り自身の部屋の扉を開けると、小学校三年生の妹の心生が床に寝転りながら小さなフォトアルバムを見ている。
「……おい、何してんだ?」
「おかえりー。お兄ちゃんの写真、見てるー」
 心生はラインストーンが散らばったデニムのミニスカートを履いているにも関わらず、脚をバタ足泳ぎのように動かしている。
 六畳一間の、なんの個性もない部屋。生活する為の家具と、母親が作ったぬいぐるみや壁掛け式のウォールポケットしかない部屋。
 ウォールポケットには女児が好きそうなピンクのチェック柄のワッペンが貼られ、花形のビーズが縫い付けられている。
「ただいま。恥ずかしいから、やめろって」
 そう言って心生の小さな手から、フォトアルバムを取り上げる深優。
 熊手のような前髪の下から覗く瞳は、とても大きい。
「あ、そうだ。お兄ちゃん。今度の休み、一緒にホイップデコしようよ」
「ん。分かった。やろ」
 トートバッグを勉強机の荷物掛けにかけて、深優は思い出したように口を開く。
「折角の夏休みなのに、翔太君と遊ばなくて良いの?」
「あんなヤツ、だいっっ嫌い!」
 心生は急に立ち上がり、どすどすと足音を鳴らして深優の部屋から出て行った。
 深優はズボンのポケットからスマートフォンを取り出して、蒼真にメッセージを送った。
『心生、翔太君のこと嫌いになったみたい。夏休み入るまで、好き好き言ってたのに笑』
 すぐに既読アイコンがつき、蒼真から返信が返って来た。
『それはね、君がお兄さんだからだと思うよ』
「どゆこと?」 
 深優は口に出して、一人で首を捻るのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

氷の檻に閉じ込められた月~兄上のすべては、私のもの~

春野ふぶき
BL
『兄上は私のものだ。魂も、肉体も。永遠に―—』 アーヴェント侯爵家の長男ライカは、妾腹として正妻に虐げられ続けてきた。 唯一の救いは、次期当主を目される異母弟カイエンの存在。 美しく聡明で、氷の騎士と呼ばれる彼だけは、常にライカの味方だった。 だが、その愛情は兄を守るものではなく、深く歪んだ執着だった。 母を排除し、兄を囲い込み、逃げれば鎖で捕らえる。 そしてついに、ライカの心身は限界に追い詰められていく。 ——カイエンが下す「最後の選択」とは。 ふたりが辿る結末は、幸福か、それとも狂気の果てか。

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

2度目の恋 ~忘れられない1度目の恋~

青ムギ
BL
「俺は、生涯お前しか愛さない。」 その言葉を言われたのが社会人2年目の春。 あの時は、確かに俺達には愛が存在していた。 だが、今はー 「仕事が忙しいから先に寝ててくれ。」 「今忙しいんだ。お前に構ってられない。」 冷たく突き放すような言葉ばかりを言って家を空ける日が多くなる。 貴方の視界に、俺は映らないー。 2人の記念日もずっと1人で祝っている。 あの人を想う一方通行の「愛」は苦しく、俺の心を蝕んでいく。 そんなある日、体の不調で病院を受診した際医者から余命宣告を受ける。 あの人の電話はいつも着信拒否。診断結果を伝えようにも伝えられない。 ーもういっそ秘密にしたまま、過ごそうかな。ー ※主人公が悲しい目にあいます。素敵な人に出会わせたいです。 表紙のイラストは、Picrew様の[君の世界メーカー]マサキ様からお借りしました。

強欲なる花嫁は総てを諦めない

浦霧らち
BL
 皮肉と才知と美貌をひっさげて、帝国の社交界を渡ってきた伯爵令息・エルンスト──その名には〝強欲〟の二文字が付き纏う。  そんなエルンストが戦功の褒美と称されて嫁がされたのは、冷血と噂される狼の獣人公爵・ローガンのもとだった。  やがて彼のことを知っていくうちに、エルンストは惹かれていく心を誤魔化せなくなる。  エルンストは彼に応える術を探しはじめる。荒れた公爵領を改革し、完璧な伴侶として傍に立つために。  強欲なる花嫁は、総てを手に入れるまで諦めない。 ※性描写がある場合には*を付けています。が、後半になると思います。 ※ご都合主義のため、整合性は無いに等しいです、雰囲気で読んでください。 ※自分の性癖(誤用)にしか配慮しておりません。 ※書き溜めたストックが無くなり次第、ノロノロ更新になります。

【連載中/BL】どうやら精霊術師として召喚されたようですが5分でクビになりましたので、最高級クラスの精霊獣と駆け落ちしようと思います。

架月ひなた
BL
異世界に召喚されたけど、即クビ!? しかも壊した魔法陣を直せと無茶振りされ、住む場所として案内されたところも廃墟のような別邸。 食事は小さなパンのカケラにグラスに三割しか入っていない水のみ。 帰還手段もなくどうやって生きていこうか悩んでいた千颯の前に現れたのは、もふもふ癒し系のホワイトタイガーだった(のち超絶イケメンに変化)。 「名をくれたお前をこれから先ずっと守ると誓おう」 溺愛MAXのもふもふイケメン精霊獣に「駆け落ちするぞ」ともちかけられ、元の世界へ戻る為に旅をする事になった平凡社会人(無自覚チート精霊術師)の契約異世界BLファンタジー。 行方不明になっていた祖父がこの世界で聖女に拉致されたのを知り、探し出して一緒にニホンへと帰るつもりだったが!? ※コメディよりのラブコメ。時にシリアス。 ※ざまあ展開にもなりそうな予感。 ※想定文字数10万〜13万文字くらい。

病み墜ちした騎士を救う方法

無月陸兎
BL
目が覚めたら、友人が作ったゲームの“ハズレ神子”になっていた。 死亡フラグを回避しようと動くも、思うようにいかず、最終的には原作ルートから離脱。 死んだことにして田舎でのんびりスローライフを送っていた俺のもとに、ある噂が届く。 どうやら、かつてのバディだった騎士の様子が、どうもおかしいとか……? ※欠損表現有。本編が始まるのは実質中盤頃です

モブなんかじゃ終わらない!?

MITARASI_
BL
気がつけばそこは、人気BLゲームの世界。 けれど与えられた役割は、攻略対象でも悪役でもない――ただのモブ。 本来なら物語の外でひっそりと生きていくはずだった。 だが、そんな彼の存在が、少しずつ“運命のルート”を揺さぶっていく。 選ばれないはずのモブが紡ぐ、新たな恋の物語。 ゲームの定めを超えて、彼が辿り着く未来とは――。

強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない

砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。 自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。 ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。 とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。 恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。 ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。 落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!? 最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。 12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生

処理中です...