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四十七話
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あっという間に、一週間が過ぎた。
この間に荻原はまた彼女と破局したし(何代目だよ)、詩片 しずくはユニットを脱退させられていた。
地下アイドルとは言え、バックに事務所ついてんだろ……? こんなに、守って貰えないもんなのか?
非情な世界だな。と思った後に、短い期間でしかないがそう言う世界を一ミリでも覗いたから納得する自分も居る。
コウの公式tmitterアカウントに、詩片 しずく本人からDMが昨晩届いていた。
DMの内容は、びっくりするくらいあっさりした短文だった。
『コウ君
こんにちは。元I♡Shadowの詩片 しずくです
めーわくかけてごめんね』
迷惑くらい、漢字で書けよ! スマホの予測変換に出てくるだろ!!
そう思うも勇気を出して謝って来たんだから、俺は
「詩片さん、こんにちは。気にしてないよー。寒くなって来たから、ご自愛下さいねー」くらいの短文で返事をしておいた。
いやだって、本当に素で存在忘れてたしな……。
トリニティのグループLIMEに、詩片 しずくから謝罪のDMが来たことをメッセージで入れると予想以上に食い付いて来た(主に歩夢が)。
『マ!? いい子じゃん! やっぱり地下ドルって、闇深いんだな笑笑笑 人気あるメンバーだったらしいのに。色々やらかしてるらしいから、事務所的にはもう手に負えない。って、なったんかもだけど。地下ドルなんて、昼職はイヤ! 世間一般の努力もしたくないけど、チヤホヤはされたい奴がなる職業だもんなー』
お前は、ソレソレのリスナーかよ!!
テレビ局よりマスゴミしてるとは思ってたけど、一般視聴者側の下世話さもあるんかい!!
智顕は歩夢のメッセージを完全スルーして、教育テレビのゴマが寝ているスタンプを送って来た。
お前は、もうちょっと文脈を読めよ。
『このしずくって人、ダンス上手いよ。わざとくずして、おどってる。なんで?』
え? メンカラの青の子が言うには、詩片 しずくって運動音痴なんだよな? だからみんなより、ちょっとテンポがズレてんじゃねえの?
歩夢から、メッセージが入った。
『髪型と言い、ロリキャラと言い、陰キャ向け営業じゃないの?笑笑笑 運動出来ないってことで親近感覚えさせて、だけどひたむきに頑張ってる!! みたいな女の子、陰キャ好きそうじゃん笑笑笑』
なんとなく、分かってしまう自分が居る。
つまり詩片 しずくって言う、キャラを演じてたって訳か……。
実力はあるのに、わざと出来ない子を演じさせられるって、すごく残酷だな。
『闇深ァアー!!』
そうメッセージを入れたら、二人から「パーティー界隈が、言うな」とツッコミのメッセージが入った。
お前ら、しつこ過ぎ……。
母親が過去のことまで掘り返して、俺のズボラさやガサツさを指摘するくらいしつこい。
そろそろ、支度しないとな。
俺はボディバッグのファスナーを開けてスマホを閉まった。
上着を羽織り、リビングへと向かう。
*
静弥と二人で、クリニックへやって来た。
予約の時間は朝十時。俺達二人は、十分前に無事到着した。
ありふれたレンガ造りのビルの二階に、クリニックはあるみたいだ。
一階には眼鏡屋や床屋が入っていて、クリニックやの真横には歯医者が入っている。
クリニックのガラス戸を押すと、しんとした雪が降った朝のような空間が広がっていた。
フローリングの床の上には、パステルカラーの横長の合皮のソファーが何個も並べられている。
待合の椅子は平日にも関わらず半分以上埋まっていて、少しびっくりしてしまった。
俺達と同世代くらいの女の人や、小学校高学年くらいの男の子と母親や、俺からは普通に見えるスーツを着たサラリーマンや、どう見ても還暦をとっくに過ぎている女性も居る。
小学校高学年くらいの男の子は、木製のクリップボードを手に握っている。
色々な人が、クリニックにかかっているんだな。と思いつつ、受付へと向かう。
俺と静弥はマイナンバーカードを機械に読ませて、予約を入れた「篠塚と沼黒です」と受付の女性に挨拶をする。
webで予約した時にweb問診に記入したからか、思ったよりスムーズに受付は済んだ。
俺達それぞれに診察券と、クリップボードを渡された。
クリップボードには、一枚のA4サイズの用紙が挟まれている。
「良かったら、木の絵を描いてみて下さい。正解はないので、自由に描いて大丈夫ですよ」
ゲェー!! 絵心がない人間にとって、いきなり木を描け。なんて、言われても、拷問でしかない。
逆に静弥さんは、目を輝かせているけどな……。
受付の人は「良かったら」って言っていたから、強制ではないのだろう。
まあ……折角だし、木を描くか。
木と言われてパッと浮かんだのは、どう森の木とカービィのリンゴを投げて来る木だ。
渡された鉛筆で、左側にどう森の木を描いて右側にカービィのリンゴを投げて来る木を描く。
うーん。やっぱり世界観を表すなら、住民とカービィは必要だよなあ。
そう思って描いたは良いものの、出来上がったのはーークリーチャーでした。
恥ずかしいから、消そうかな!? いや、折角描いたんだし!! そんな矛盾めいた思考が、ぐるぐると回る。
「早く描いちゃいなさい。自由に、ってお姉さん言ってたでしょう?」
男の子のお母さんが、息子に話しかける。
短く切り揃えた栗色の髪の毛から覗く顔は、明らかに苛立っている。
「だって、見本ないとかけないッ!!」
病院にも関わらず、大きな声を張り上げる男の子。
周りの患者は一瞬だけ男の子をみてから、各自スマホなり文庫本なりに視線を戻した。
少し分かる気がした。正解が分からない、見えないって不安だよな。
人生っていつも見えない「正解」と、戦わされている気がする。
「じゃあ、描かなかったら良いよ。良かったら、ってお姉さん言ってたでしょ?」
「ヤダ!! そうしたら、できない子って思われる!! オレ、バカじゃないっ……!!」
男の子の頬や身体は肉付きが良く、眉毛の形も俺のそれとは違う。
クラスでどう言う立ち位置に居るのか、分かってしまった。
きっと今までこの子が出来ないことで、みんなから白い目で見られたりからかわれて来たんだろうな。
俺はクリップボードを持ってすっと立ち上がり、男の子の前に屈む。
「おはよう。正解が分からない、って怖いよな」
「え? う、うん…」
男の子は急に知らない大人に話しかけられて、大きな背を丸めた。
「学校で先生に当てられた時にさ。間違えた回答した時に、クラスのみんなから向けられる『ちがうと思いまーす!』みたいな視線も辛いよな」
静弥は絵を描く手を止めて、俺の様子をじっと見守っている。
「お兄ちゃん、間違えてばかりの人生だよ。いつも向こうに居る黒髪のお兄ちゃんとケンカするし、しょうがとからしを間違えて買って来るし、ゴミの分別は間違うし、靴下なんか穴空いてるし」
言いながら、自分が描いた絵を見せる。
「この絵だって、多分図工の授業なら、先生に怒られると思う」
男の子は「めちゃくちゃ下手じゃん」と言いながら、腹を抱えて笑っている。
「大人でこんだけ下手なんだから、大丈夫!」
自分で言ってて、悲しくなって来た。
男の子は口元を緩めて「オレ、マイクラの木かくー」ってニコニコな笑顔で言って、鉛筆を握り始めた。
お母さんに「すみません。ありがとうございます」と、ぺこぺこと何回も頭を下げられてしまった。
漫画や映画の主人公ならば「お母さんも子育ての正解がないから、不安ですよね」とか言うシーンなのだろう。
だけど俺はFラン大学生で、配信者で、パーティー界隈で、ド田舎出身の篠塚 晄でしかない。
自分が経験してない癖に、偉そうなこと言えない。
「良いですよ」と、笑うしか出来なかった。
*
俺に続いて静弥の診断も終わり二人で「終わったね」なんて言いながら、待合のソファーに腰を掛ける。
待合室は人がほぼ入れ替わっていて、俺と静弥はほんやりと辺りを見渡した。
俺はもう会計と、処方箋の受け取りと、次回の予約も済んでいる。
今日は初診だし二人揃って来たが、無理して揃える必要はないよね。と事前に言っていたので、自分の都合が良い日で予約を入れた。
程なくして受付の人が「沼黒さーん」と呼んだので、静弥は短く返事をしてから受付へ向かって支払いや次回の予約をした。
二人でビルから出て、ふっと笑い合う。
「優しい先生で、良かったな」
「……うん」
「俺、ちょっと泣いちゃったわ」
「……僕も」
「まあ、生きましょうや」
そう言って、静弥の手を握って歩き出す。
静弥は俺の言葉に応えるように、指を絡めて来た。
「なんか疲れたから、ラーメン食いたいわ」
「いつもでしょ」
静弥は、くすくす笑っている。
「ラーメン、食べに行く?」
「えっ。良いのか!?」
「うん」
ラーメン大好き篠塚君なので、日野市のラーメン屋は大体食べた。
俺のオススメは背脂ギットギトのくっせえラーメン(褒めてる)なんだけど、ここから一キロメートルくらい距離があるわ静弥は絶対に食えないだろう。
駅近で静弥が食えそうな店を絞り出して、Googleに店名を打ち込み静弥に食べログを見せる。
「……へぇ。魚介出汁の塩ラーメンもあるんだ、コレなら食べられそう」
「俺のオススメは鰹出汁の味噌なんだけど、濃いからなー」
「晄君で濃いなら、僕には無理だね」
「だろ」
二人で手を繋いで歩きながら、麺処「笑井笑井(わいわい)」へ向かう。
十分くらい歩いた後、無事に到着した。
ギリギリ会社員達の昼休憩前に、滑り込めたぜ。
店内は狭くカウンターとテーブル席を合わても、二十席もない。
券売機で食券を買い、黒いTシャツを着て頭にはちまきを巻いている男性店員に手渡す。
俺達は、カウンター席の真ん中に通された。
上着やらを後ろの壁のハンガーに掛けて割り箸を配膳してから、待つこと約五分。
あっつあつのラーメンが、来ちゃ~!!
二人で手を合わせて、ラーメンを啜る。
「……うん。美味しい。晄君がハマるのも、分かった気がするよ」
「だろ!?
『この味がいいね』と君が言ったから、十一月十九日はラーメン記念日」
「よく他人の短歌を恥ずかしげもなく、言えるよ。あとすごく字余りだよ」
「うっせえな。ネギ食って」
「は!? ラーメン好きな癖に、ネギ食べないってどう言うこと!?」
「いや、それ、チャーシューに言うセリフだから! ラーメンビギナーの癖に!」
「いやいや、みんな思うよ」
「おっ!? やんのか!? 今から、お客さんに聞いて回ろうか!?」
「やめなさい」
横に座っているサラリーマンは肩を震わせながらラーメンを食っているし、横に座っている朝からパチンコ屋と言う名の現代の錬金術に精を出してそうなジジイは鼻水を吹き出しながら笑っている。
平和で、何よりだわ。
静弥が「ああっ」と大きな声を、上げた。
まるでラーメンをひっくり返したかのような声で、俺は思わず横を向く。
……水も、ラーメンも、溢れてないな。
「どうしたんだよ」
「処方箋……」
「あーっ!! 忘れてた!! 人間はラーメンを前にすると、記憶を無くすからな」
「カルデーの入り口のコーヒーなの?」
この間に荻原はまた彼女と破局したし(何代目だよ)、詩片 しずくはユニットを脱退させられていた。
地下アイドルとは言え、バックに事務所ついてんだろ……? こんなに、守って貰えないもんなのか?
非情な世界だな。と思った後に、短い期間でしかないがそう言う世界を一ミリでも覗いたから納得する自分も居る。
コウの公式tmitterアカウントに、詩片 しずく本人からDMが昨晩届いていた。
DMの内容は、びっくりするくらいあっさりした短文だった。
『コウ君
こんにちは。元I♡Shadowの詩片 しずくです
めーわくかけてごめんね』
迷惑くらい、漢字で書けよ! スマホの予測変換に出てくるだろ!!
そう思うも勇気を出して謝って来たんだから、俺は
「詩片さん、こんにちは。気にしてないよー。寒くなって来たから、ご自愛下さいねー」くらいの短文で返事をしておいた。
いやだって、本当に素で存在忘れてたしな……。
トリニティのグループLIMEに、詩片 しずくから謝罪のDMが来たことをメッセージで入れると予想以上に食い付いて来た(主に歩夢が)。
『マ!? いい子じゃん! やっぱり地下ドルって、闇深いんだな笑笑笑 人気あるメンバーだったらしいのに。色々やらかしてるらしいから、事務所的にはもう手に負えない。って、なったんかもだけど。地下ドルなんて、昼職はイヤ! 世間一般の努力もしたくないけど、チヤホヤはされたい奴がなる職業だもんなー』
お前は、ソレソレのリスナーかよ!!
テレビ局よりマスゴミしてるとは思ってたけど、一般視聴者側の下世話さもあるんかい!!
智顕は歩夢のメッセージを完全スルーして、教育テレビのゴマが寝ているスタンプを送って来た。
お前は、もうちょっと文脈を読めよ。
『このしずくって人、ダンス上手いよ。わざとくずして、おどってる。なんで?』
え? メンカラの青の子が言うには、詩片 しずくって運動音痴なんだよな? だからみんなより、ちょっとテンポがズレてんじゃねえの?
歩夢から、メッセージが入った。
『髪型と言い、ロリキャラと言い、陰キャ向け営業じゃないの?笑笑笑 運動出来ないってことで親近感覚えさせて、だけどひたむきに頑張ってる!! みたいな女の子、陰キャ好きそうじゃん笑笑笑』
なんとなく、分かってしまう自分が居る。
つまり詩片 しずくって言う、キャラを演じてたって訳か……。
実力はあるのに、わざと出来ない子を演じさせられるって、すごく残酷だな。
『闇深ァアー!!』
そうメッセージを入れたら、二人から「パーティー界隈が、言うな」とツッコミのメッセージが入った。
お前ら、しつこ過ぎ……。
母親が過去のことまで掘り返して、俺のズボラさやガサツさを指摘するくらいしつこい。
そろそろ、支度しないとな。
俺はボディバッグのファスナーを開けてスマホを閉まった。
上着を羽織り、リビングへと向かう。
*
静弥と二人で、クリニックへやって来た。
予約の時間は朝十時。俺達二人は、十分前に無事到着した。
ありふれたレンガ造りのビルの二階に、クリニックはあるみたいだ。
一階には眼鏡屋や床屋が入っていて、クリニックやの真横には歯医者が入っている。
クリニックのガラス戸を押すと、しんとした雪が降った朝のような空間が広がっていた。
フローリングの床の上には、パステルカラーの横長の合皮のソファーが何個も並べられている。
待合の椅子は平日にも関わらず半分以上埋まっていて、少しびっくりしてしまった。
俺達と同世代くらいの女の人や、小学校高学年くらいの男の子と母親や、俺からは普通に見えるスーツを着たサラリーマンや、どう見ても還暦をとっくに過ぎている女性も居る。
小学校高学年くらいの男の子は、木製のクリップボードを手に握っている。
色々な人が、クリニックにかかっているんだな。と思いつつ、受付へと向かう。
俺と静弥はマイナンバーカードを機械に読ませて、予約を入れた「篠塚と沼黒です」と受付の女性に挨拶をする。
webで予約した時にweb問診に記入したからか、思ったよりスムーズに受付は済んだ。
俺達それぞれに診察券と、クリップボードを渡された。
クリップボードには、一枚のA4サイズの用紙が挟まれている。
「良かったら、木の絵を描いてみて下さい。正解はないので、自由に描いて大丈夫ですよ」
ゲェー!! 絵心がない人間にとって、いきなり木を描け。なんて、言われても、拷問でしかない。
逆に静弥さんは、目を輝かせているけどな……。
受付の人は「良かったら」って言っていたから、強制ではないのだろう。
まあ……折角だし、木を描くか。
木と言われてパッと浮かんだのは、どう森の木とカービィのリンゴを投げて来る木だ。
渡された鉛筆で、左側にどう森の木を描いて右側にカービィのリンゴを投げて来る木を描く。
うーん。やっぱり世界観を表すなら、住民とカービィは必要だよなあ。
そう思って描いたは良いものの、出来上がったのはーークリーチャーでした。
恥ずかしいから、消そうかな!? いや、折角描いたんだし!! そんな矛盾めいた思考が、ぐるぐると回る。
「早く描いちゃいなさい。自由に、ってお姉さん言ってたでしょう?」
男の子のお母さんが、息子に話しかける。
短く切り揃えた栗色の髪の毛から覗く顔は、明らかに苛立っている。
「だって、見本ないとかけないッ!!」
病院にも関わらず、大きな声を張り上げる男の子。
周りの患者は一瞬だけ男の子をみてから、各自スマホなり文庫本なりに視線を戻した。
少し分かる気がした。正解が分からない、見えないって不安だよな。
人生っていつも見えない「正解」と、戦わされている気がする。
「じゃあ、描かなかったら良いよ。良かったら、ってお姉さん言ってたでしょ?」
「ヤダ!! そうしたら、できない子って思われる!! オレ、バカじゃないっ……!!」
男の子の頬や身体は肉付きが良く、眉毛の形も俺のそれとは違う。
クラスでどう言う立ち位置に居るのか、分かってしまった。
きっと今までこの子が出来ないことで、みんなから白い目で見られたりからかわれて来たんだろうな。
俺はクリップボードを持ってすっと立ち上がり、男の子の前に屈む。
「おはよう。正解が分からない、って怖いよな」
「え? う、うん…」
男の子は急に知らない大人に話しかけられて、大きな背を丸めた。
「学校で先生に当てられた時にさ。間違えた回答した時に、クラスのみんなから向けられる『ちがうと思いまーす!』みたいな視線も辛いよな」
静弥は絵を描く手を止めて、俺の様子をじっと見守っている。
「お兄ちゃん、間違えてばかりの人生だよ。いつも向こうに居る黒髪のお兄ちゃんとケンカするし、しょうがとからしを間違えて買って来るし、ゴミの分別は間違うし、靴下なんか穴空いてるし」
言いながら、自分が描いた絵を見せる。
「この絵だって、多分図工の授業なら、先生に怒られると思う」
男の子は「めちゃくちゃ下手じゃん」と言いながら、腹を抱えて笑っている。
「大人でこんだけ下手なんだから、大丈夫!」
自分で言ってて、悲しくなって来た。
男の子は口元を緩めて「オレ、マイクラの木かくー」ってニコニコな笑顔で言って、鉛筆を握り始めた。
お母さんに「すみません。ありがとうございます」と、ぺこぺこと何回も頭を下げられてしまった。
漫画や映画の主人公ならば「お母さんも子育ての正解がないから、不安ですよね」とか言うシーンなのだろう。
だけど俺はFラン大学生で、配信者で、パーティー界隈で、ド田舎出身の篠塚 晄でしかない。
自分が経験してない癖に、偉そうなこと言えない。
「良いですよ」と、笑うしか出来なかった。
*
俺に続いて静弥の診断も終わり二人で「終わったね」なんて言いながら、待合のソファーに腰を掛ける。
待合室は人がほぼ入れ替わっていて、俺と静弥はほんやりと辺りを見渡した。
俺はもう会計と、処方箋の受け取りと、次回の予約も済んでいる。
今日は初診だし二人揃って来たが、無理して揃える必要はないよね。と事前に言っていたので、自分の都合が良い日で予約を入れた。
程なくして受付の人が「沼黒さーん」と呼んだので、静弥は短く返事をしてから受付へ向かって支払いや次回の予約をした。
二人でビルから出て、ふっと笑い合う。
「優しい先生で、良かったな」
「……うん」
「俺、ちょっと泣いちゃったわ」
「……僕も」
「まあ、生きましょうや」
そう言って、静弥の手を握って歩き出す。
静弥は俺の言葉に応えるように、指を絡めて来た。
「なんか疲れたから、ラーメン食いたいわ」
「いつもでしょ」
静弥は、くすくす笑っている。
「ラーメン、食べに行く?」
「えっ。良いのか!?」
「うん」
ラーメン大好き篠塚君なので、日野市のラーメン屋は大体食べた。
俺のオススメは背脂ギットギトのくっせえラーメン(褒めてる)なんだけど、ここから一キロメートルくらい距離があるわ静弥は絶対に食えないだろう。
駅近で静弥が食えそうな店を絞り出して、Googleに店名を打ち込み静弥に食べログを見せる。
「……へぇ。魚介出汁の塩ラーメンもあるんだ、コレなら食べられそう」
「俺のオススメは鰹出汁の味噌なんだけど、濃いからなー」
「晄君で濃いなら、僕には無理だね」
「だろ」
二人で手を繋いで歩きながら、麺処「笑井笑井(わいわい)」へ向かう。
十分くらい歩いた後、無事に到着した。
ギリギリ会社員達の昼休憩前に、滑り込めたぜ。
店内は狭くカウンターとテーブル席を合わても、二十席もない。
券売機で食券を買い、黒いTシャツを着て頭にはちまきを巻いている男性店員に手渡す。
俺達は、カウンター席の真ん中に通された。
上着やらを後ろの壁のハンガーに掛けて割り箸を配膳してから、待つこと約五分。
あっつあつのラーメンが、来ちゃ~!!
二人で手を合わせて、ラーメンを啜る。
「……うん。美味しい。晄君がハマるのも、分かった気がするよ」
「だろ!?
『この味がいいね』と君が言ったから、十一月十九日はラーメン記念日」
「よく他人の短歌を恥ずかしげもなく、言えるよ。あとすごく字余りだよ」
「うっせえな。ネギ食って」
「は!? ラーメン好きな癖に、ネギ食べないってどう言うこと!?」
「いや、それ、チャーシューに言うセリフだから! ラーメンビギナーの癖に!」
「いやいや、みんな思うよ」
「おっ!? やんのか!? 今から、お客さんに聞いて回ろうか!?」
「やめなさい」
横に座っているサラリーマンは肩を震わせながらラーメンを食っているし、横に座っている朝からパチンコ屋と言う名の現代の錬金術に精を出してそうなジジイは鼻水を吹き出しながら笑っている。
平和で、何よりだわ。
静弥が「ああっ」と大きな声を、上げた。
まるでラーメンをひっくり返したかのような声で、俺は思わず横を向く。
……水も、ラーメンも、溢れてないな。
「どうしたんだよ」
「処方箋……」
「あーっ!! 忘れてた!! 人間はラーメンを前にすると、記憶を無くすからな」
「カルデーの入り口のコーヒーなの?」
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