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一話
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伸び切った左手の薬指の爪は、桜の花を抱きしめることなくポッキリと割れてしまった。
冬空の濁りはすっかりなくなり、澄み切った青が今日も俺を閉じ込めている。
アスファルトの上に落ちた爪なんて、誰も気にも留めない。
痛い。と言う当たり前の感情すら沸かず、ベンチの背もたれに背をあずけて空を見上げていた。
正午を告げる寺の鐘が、ゴーンゴーンと響き渡る。
俺が物心ついた頃から聞いてる音だ。何も、変わっていない。
蔦が生えまくった木造建築の小屋がバックにあるバス停。
小屋の中には木製のベンチと、電話台が置かれている。
電話台の上には、今時珍しいダイヤル式電話が居座っているのだ。
電話台の棚版には埃が積もった電話帳と、誰が落とした百円玉と十円玉が置かれている。
バスは上りと下り合わせても、一日五本未満。
東京では、考えられない。
帰って来たんだ。故郷である、山南(やまなみ)村に。
俺の胸は、じーんと温かくなった。
山に囲まれた人口五千人にギリギリ届かない、ドがつく田舎。
コンビニもねぇ、ゲーセンもねぇ、カラオケもねぇ。おら、こんな田舎嫌だ~。東京の人間が見たら、泡を吹いて倒れそうな田舎だ。
バス停横のどこのメーカーのか分からない自販機は、九割の商品が売り切れランプが点灯している。
唯一残っている飲み物はチゲスープだが、このドがつく田舎の住民がそんなものを買う訳がない。
生意気に料金は缶ジュースの癖に、百五十円もするようだ。
なんでそこだけ、都会料金なんだよ。
ベンチに座っている白髪を後ろで一本に縛ったばあさんは、皺くちゃな手で蜜柑の皮を剥いている。
俺の視線に気付いたのか、ばあはんは蜜柑を一欠片くれた。
こう言う人の優しさが、田舎の良いところだと思う。
小さく「どうも」と会釈すると「最近の若者は、碌にお礼も言えないのかい。穀潰しが」と、毒づかれてしまった。
前言撤回。こう言う人の悪さが、田舎のクソなところだ。
思わず「すみません」と頭を下げると、老婆は俺の顔をまじまじと見つめて来た。
田舎者からしたら、化学物質の塊の黄緑の髪が珍しいのかもしれない。
「な……なんすか」
「アンタ、アレじゃろ? アイドルの! 暴風少年団! 孫が好きなのよ~」
違いまーーーす。エアプは黙っててくださーーーい。
「そんなイケメンじゃないですよ~」と、愛想笑いを浮かべて誤魔化す。
当たらずとも、遠からず。
俺はダンスユニット「トリニティ」の緑担当だ。
「トリニティ」は男三人からなるダンスユニットで、大手動画サイトWeeTubeのチャンネル登録者は約二十二万人。
大学に上がり上京したとほぼ同時に結成した、ユニットだ。
中学時代からSNSで絡みはあったが、俺が田舎住みが故に二人に会えなかった。
大学生になり二人会ったら、意気投合してユニットを組むに至った。
大手チェーンのパスタ屋で俺が生パスタの味に感動している間に、二人がユニット名まで決めていたのはいい思い出だ。
K-POPや国内アイドルの踊ってみた動画を、メインに活動している。
アメリカのヒップホップダンスコンテストで入賞履歴があるユニットのリーダーである、赤担当のRuKI。学年は大学四年生だが、一回浪人してる為俺より二つ上だ。
チームのビジュ担当で、ブレイクダンスが得意な紫担当のぼんチ。年齢も学年も、俺と一緒だ。
特技はタップダンスだけど、なんでも踊る緑担当ーー俺ことコウだ。
最近はサブカル好きに人気がある大手複合小売店のコラボ商品も発売して、我ながら配信者の中では人気がある方だと思う。
渋谷で有名コーヒースタンドの期間限定フラペチーノを飲んでいたら、声をかけられる程。
カシャっと、カメラのシャッター音が鳴った。
瞬いた目を開けると、ばあさんがニコニコしながらガラケーを握り締めていた。
「孫に自慢しちゃお~っと」
そう言って、俺の手を握り潰すほどに固く握るクソババア。
望郷の念がたった一瞬にして、殺意へと変わった。
帰って来たのは、間違いだったかもしれない。
*
事の始まりは、一枚の往復ハガキだった。
絶滅危惧種であるそれに、俺は何事かと構えてしまった。
東京にある俺のアパートに、同級生である勝本 龍(かつもと りゅう)から来ていたのだ。
スマホで連絡を取れば良いのにわざわざアナログな往復ハガキを選ぶあたり、律儀な勝本らしい。
往復ハガキの住所欄を埋め尽くす程の元気一杯な文字は、勝本のもので間違いなかった。
村で唯一の小学校、山南村小学校の同級生。
底抜けに明るく生命力に溢れていて、どんなこともやる気一杯。
日によく焼けた小麦色の肌。肌に反して真っ白な歯。
あいつはよく歯を見せて笑っていて、教室の面白いことの中心は勝本だった。
勝本が「やってみようぜ!」って言い出したことは、どんなに荒唐無稽なことでも楽しく思えたのである。
小学校五年生の頃。夏休みに、みんなで妖怪探し大会をやろうと勝本が言い出した。
ルールはシンプルで、一番すごい妖怪を見つけた人間が優勝だった。
小学校五年にもなると、妖怪やお化けなどの非科学的なものに関心を無くす。
漫画やアニメの存在と、自分の中でみんな区別をつけている。現実と空想物の違いを、理解しているのだ。
また勝本が、変なことを言い出したよ……。
みんなそう思いながら、口にはしなかった。
勝本が居ると、何をしても楽しい。
例えば手足を振るだけの遊びでも、勝本が居ると俺達だけのスポーツになる。
義務教育の九年が楽しかったのは、間違いなく勝本のおかげだ。
宛名の「篠塚 晄(しのづか ひかる)様」の文字を見て、俺はトリニティのコウではなく篠塚 晄だと思い知るのだ。
配信者と言うのは、アバウトな存在だ。芸能人でなければ、一般人でもない。
ダンス界隈でいくら有名であっても違う界隈の人間からしたら、こいつら誰? って、リアクションをされる存在なのだ。
トリニティの中で、俺は一番人気がない。
WeeTube個人チャンネルの登録者数、エンスタグラムのフォロワー、TukTekのフォロワー、どれも一番少ない。
個人の踊ってみた動画ならば、同じ曲の踊ってみた動画でもぼんチ。は一日経たずとも万バズする。RuKIなら、三日。俺個人は万バズした回数は、両手の指の本数で足りる。
三人で好きな酒とつまみを持ち寄って宅飲みをする雑談配信をした時には
「コウおもんないから、ぼんチ。とRuKIだけで良い」
「コウって、なんもかんも中途半端だよね。ダンスもまぁまぁだし、喋り下手だし、笑えない系の馬鹿だし」
「コウって箸の持ち方、おかしくない?発達障害?」
などと、心ないコメントがつく程だ。
RuKIには
「RuKIくんゲソ好きなの~?」だの「次は珍獣先輩ダンス踊って♡」だのコメントがついていた。
RuKIは本人がフレンドリーでタメ語で話すこともあり、コメントは友達みたいに話す奴が多いのだ。ファンの年齢層も、小中学生の低年齢が多い。
対するぼんチ。はファンがRuKIとは毛色が全然違う。
「ぼんチ。くん、本当にぼんち揚好きなんですね、、、。私もぼんち揚になって、ぼんチ。くんに食べられたい。、、」など意味が分からない句読点の使い方をするコメントや「鎖骨エロすぎ。prpr」という古のヲタクみたいな、コメントがよくつく。要するに、リアコが多い。
俺につくコメントは大半はまともな「期間限定のやつ、おいしい?」みたいなものが多いが、二人より辛辣なコメントも多い。
人気商売だから、仕方ない。分かってる。
二人に比べて、売り出せるものがタップダンス以外にないことは俺が一番よく分かっている。
お荷物だってことも、分かっている。
分かっている=折り合いをつけられている。では、ないんだ。
ファンの中には心ないコメントに怒ってくれる子や、気にしないで! 私たちが、その分応援するから! って慰めのコメントを送ってくれる子も居る。
ごめんな。いくら綺麗な浄水でも、毒が一滴でも入ったら、飲めないんだよ。
篠塚 晄。今年で、二十一歳。大学の三年生。就活が始まる時期だ。
そろそろコウを、卒業する時だと思う。
俺は現実逃避(コウは画面の中の人間なので、正確には違うかもしれない)するかのように、往復ハガキに視線を落とす。
どうやら国内最大の大型連休の中日に、同窓会をするらしい。
場所は同級生の三村の親戚がやってるゲストハウス「宝桜(ほうおう)」の別邸を貸し切って、泊まりがけでやるらしい。
明治時代にフランス人が山南村の自然に感動して、フランスにある城を丸ごと山南村に引っ越したと聞いている。
そのフランス人は日本庭園も気に入り、城の敷地内に緑生い茂る日本庭園を作ったのだ。
敷地は広大で、都会にある学校よりも下手したら広いんじゃないかと思う。
温泉も圧巻の庭園を見下ろせる露天風呂に、檜を使用した木風呂の大浴場に、石垣の壁を使った岩風呂に、サウナまである。
まさに和洋折衷と言った建物で、最近はエンスタ映えとかでよくインフルエンサーが泊まりに来るらしい。
俺が村を出るまでは山南中学校の野球部の夏合宿か鮎釣りのおっさん達にしか貸してなかった宿泊施設なのに、何があるか分からない。
料金は、知り合い料金で五千円。大型連休にしては、破格の料金だ。
大学生と言うことを、考慮してくれたのだろう。
東京で飲み会するような値段で、一泊出来るのは有り難すぎる。
山南村は南部に大きな山脈があるため、気温は春でも涼しい。
桜が満開に咲くのはまさに大型連休で、宝桜の一番のかきいれ時だろうに……。
三村の親戚には、足を向けて寝れないな。
インターネットの汚染された空気から、解放されたい。田舎の澄んだ空気を吸いたい。
そう考えた俺は、勢いよく出席に赤ペンで丸をした。
我ながら、単純で笑ってしまう。
*
何も変わってない村の風景を辟易と眺めながら、バス停から歩くこと四十分。
畠中さんの畑に居座っている、口裂け女のような顔面の案山子。
空き地を陣取り、麻雀に精を出すジジイ達。
ラジカセで大音量でラジオ体操第一を流しながら、寒風摩擦する中西さん家のお父さん。
村の公衆便所前では、ばあさん三人が掃除のやり方の違いで大声をあげて喧嘩している。
本当に笑えるくらい、何一つ変わっていない。
実家には顔だけ出して、すぐさま「宝桜」に向かった。
俺の実家は「山南科学館」とは名ばかりの、親父のガラクタ展示場である。
木造建築の一戸建ての面積の殆どが、親父のガラクタ展示場だ。
俺達篠塚家のスペースは、台所とリビングと寝室と風呂とトイレしかない。
肝心の展示場は入場料大人千円の子供五百円払って見れるのは、ロクでもない物しかない。
洗濯物を自動で畳む人形とか、お経に合わせて自動で木魚を叩く棒とか、発信機をつけた人間を追跡出来るサングラスとか(有名な推理漫画の原作者に訴えられそうだ)そんなんばかりだ。
最近の一番の発明は、充電式の電動キックボードらしい。うん。それ東京では、ライド料金五十円の一分あたり十五分で乗れるんだわ。
そこらに居る工学部の大学生にでも作れそうなものを作って、世紀の大発明だ! と喜ぶ父と、弟と妹達。
母親は何も言わずに、黙々と夕飯の支度をしている。
今年で三歳になる妹の真凜(まりん)が、居間で牛乳を溢して泣いている。
真凜の服がびちゃびちゃに濡れていて、さぞ気持ち悪いだろう。
同じリビングで、発明品を作っている親父は作業の手を止めない。
俺は真凜に「ちょっと待ってろ」と言い、台所に台拭きを取りに行く。
ところが洗濯中なのか、台拭きが見当たらない。
流し台の開き戸にかけてあるタオル掛けから、タオルを持って行き真凜の服を拭いて、床も拭く。
濡れたタオルは、居間に置いてある洗濯籠に投げ入れた。
真凜が好きなアニメ映画でも流してやろうと、DVDレコーダーを触ったその時。
母親が鬼の形相で台所から土間を渡り、居間へとやって来た。
「ちょっと! それで終わりのつもり!? 本当に、男って適当よね!! 真凜の服を替えて、新しいタオルを出して終わりでしょ!」
「なら、お前がやれや!! てか、なんで親父には言わないんだよ!!」
「お父さんに向かって、なんてことを言うの! 土下座しろ! 謝れ! 謝れよ!」
ぶくぶくと太った父親は、この騒ぎでもこっちに目を向けない。
母親は針金のように細い身体で、全身に怒りを表している。
白髪混じりの黒髪をだらしなく下ろした、妖怪ハハオヤモドキ。
馬鹿だよな。土下座自体に意味なんてないのに、俺の気持ちなんてミジンコ程もないのに。
こんな行為一つで、気が済むなんて。
俺は嘘吐きだから、簡単に頭を下げられる。
母親と言う絶対的な神に、許しを乞うように。
「うん。ひーくん、大好きだよ。仲直りだね」
母親は目尻に涙を浮かべながら、俺を抱きしめた。
死ねばいいのに。
昭和時代の物語なら夢を追う父親と、すれ違いながらも献身的に旦那を支える母親の純愛物語になったのだろうか。
「ひーくん、動画見たわよ。ダンス、上手いのね。あんなに難しい動き出来るなんて、見直したわ。お母さん、転んじゃいそう。同窓会終わったら、戻って来てね。伝えたいことあるから」
心底、気持ち悪い。
お前らが子供が寝静まった夜に、何をしてるかなんて知ってる。
俺は七人兄弟の長男で、これから八人兄弟になるのだろう。
やっぱり、帰って来るんじゃなかった。早くコウに戻りたい。
俺に用意された訳じゃない、スポットライトでも良い。泥中でも、奈落の底でも良い。
ここ以外なら、俺は息をしてられる。
明日の朝「宝桜」のベッドで目が覚めたら、誰かと入れ替わったりしてないかな。
冬空の濁りはすっかりなくなり、澄み切った青が今日も俺を閉じ込めている。
アスファルトの上に落ちた爪なんて、誰も気にも留めない。
痛い。と言う当たり前の感情すら沸かず、ベンチの背もたれに背をあずけて空を見上げていた。
正午を告げる寺の鐘が、ゴーンゴーンと響き渡る。
俺が物心ついた頃から聞いてる音だ。何も、変わっていない。
蔦が生えまくった木造建築の小屋がバックにあるバス停。
小屋の中には木製のベンチと、電話台が置かれている。
電話台の上には、今時珍しいダイヤル式電話が居座っているのだ。
電話台の棚版には埃が積もった電話帳と、誰が落とした百円玉と十円玉が置かれている。
バスは上りと下り合わせても、一日五本未満。
東京では、考えられない。
帰って来たんだ。故郷である、山南(やまなみ)村に。
俺の胸は、じーんと温かくなった。
山に囲まれた人口五千人にギリギリ届かない、ドがつく田舎。
コンビニもねぇ、ゲーセンもねぇ、カラオケもねぇ。おら、こんな田舎嫌だ~。東京の人間が見たら、泡を吹いて倒れそうな田舎だ。
バス停横のどこのメーカーのか分からない自販機は、九割の商品が売り切れランプが点灯している。
唯一残っている飲み物はチゲスープだが、このドがつく田舎の住民がそんなものを買う訳がない。
生意気に料金は缶ジュースの癖に、百五十円もするようだ。
なんでそこだけ、都会料金なんだよ。
ベンチに座っている白髪を後ろで一本に縛ったばあさんは、皺くちゃな手で蜜柑の皮を剥いている。
俺の視線に気付いたのか、ばあはんは蜜柑を一欠片くれた。
こう言う人の優しさが、田舎の良いところだと思う。
小さく「どうも」と会釈すると「最近の若者は、碌にお礼も言えないのかい。穀潰しが」と、毒づかれてしまった。
前言撤回。こう言う人の悪さが、田舎のクソなところだ。
思わず「すみません」と頭を下げると、老婆は俺の顔をまじまじと見つめて来た。
田舎者からしたら、化学物質の塊の黄緑の髪が珍しいのかもしれない。
「な……なんすか」
「アンタ、アレじゃろ? アイドルの! 暴風少年団! 孫が好きなのよ~」
違いまーーーす。エアプは黙っててくださーーーい。
「そんなイケメンじゃないですよ~」と、愛想笑いを浮かべて誤魔化す。
当たらずとも、遠からず。
俺はダンスユニット「トリニティ」の緑担当だ。
「トリニティ」は男三人からなるダンスユニットで、大手動画サイトWeeTubeのチャンネル登録者は約二十二万人。
大学に上がり上京したとほぼ同時に結成した、ユニットだ。
中学時代からSNSで絡みはあったが、俺が田舎住みが故に二人に会えなかった。
大学生になり二人会ったら、意気投合してユニットを組むに至った。
大手チェーンのパスタ屋で俺が生パスタの味に感動している間に、二人がユニット名まで決めていたのはいい思い出だ。
K-POPや国内アイドルの踊ってみた動画を、メインに活動している。
アメリカのヒップホップダンスコンテストで入賞履歴があるユニットのリーダーである、赤担当のRuKI。学年は大学四年生だが、一回浪人してる為俺より二つ上だ。
チームのビジュ担当で、ブレイクダンスが得意な紫担当のぼんチ。年齢も学年も、俺と一緒だ。
特技はタップダンスだけど、なんでも踊る緑担当ーー俺ことコウだ。
最近はサブカル好きに人気がある大手複合小売店のコラボ商品も発売して、我ながら配信者の中では人気がある方だと思う。
渋谷で有名コーヒースタンドの期間限定フラペチーノを飲んでいたら、声をかけられる程。
カシャっと、カメラのシャッター音が鳴った。
瞬いた目を開けると、ばあさんがニコニコしながらガラケーを握り締めていた。
「孫に自慢しちゃお~っと」
そう言って、俺の手を握り潰すほどに固く握るクソババア。
望郷の念がたった一瞬にして、殺意へと変わった。
帰って来たのは、間違いだったかもしれない。
*
事の始まりは、一枚の往復ハガキだった。
絶滅危惧種であるそれに、俺は何事かと構えてしまった。
東京にある俺のアパートに、同級生である勝本 龍(かつもと りゅう)から来ていたのだ。
スマホで連絡を取れば良いのにわざわざアナログな往復ハガキを選ぶあたり、律儀な勝本らしい。
往復ハガキの住所欄を埋め尽くす程の元気一杯な文字は、勝本のもので間違いなかった。
村で唯一の小学校、山南村小学校の同級生。
底抜けに明るく生命力に溢れていて、どんなこともやる気一杯。
日によく焼けた小麦色の肌。肌に反して真っ白な歯。
あいつはよく歯を見せて笑っていて、教室の面白いことの中心は勝本だった。
勝本が「やってみようぜ!」って言い出したことは、どんなに荒唐無稽なことでも楽しく思えたのである。
小学校五年生の頃。夏休みに、みんなで妖怪探し大会をやろうと勝本が言い出した。
ルールはシンプルで、一番すごい妖怪を見つけた人間が優勝だった。
小学校五年にもなると、妖怪やお化けなどの非科学的なものに関心を無くす。
漫画やアニメの存在と、自分の中でみんな区別をつけている。現実と空想物の違いを、理解しているのだ。
また勝本が、変なことを言い出したよ……。
みんなそう思いながら、口にはしなかった。
勝本が居ると、何をしても楽しい。
例えば手足を振るだけの遊びでも、勝本が居ると俺達だけのスポーツになる。
義務教育の九年が楽しかったのは、間違いなく勝本のおかげだ。
宛名の「篠塚 晄(しのづか ひかる)様」の文字を見て、俺はトリニティのコウではなく篠塚 晄だと思い知るのだ。
配信者と言うのは、アバウトな存在だ。芸能人でなければ、一般人でもない。
ダンス界隈でいくら有名であっても違う界隈の人間からしたら、こいつら誰? って、リアクションをされる存在なのだ。
トリニティの中で、俺は一番人気がない。
WeeTube個人チャンネルの登録者数、エンスタグラムのフォロワー、TukTekのフォロワー、どれも一番少ない。
個人の踊ってみた動画ならば、同じ曲の踊ってみた動画でもぼんチ。は一日経たずとも万バズする。RuKIなら、三日。俺個人は万バズした回数は、両手の指の本数で足りる。
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「コウおもんないから、ぼんチ。とRuKIだけで良い」
「コウって、なんもかんも中途半端だよね。ダンスもまぁまぁだし、喋り下手だし、笑えない系の馬鹿だし」
「コウって箸の持ち方、おかしくない?発達障害?」
などと、心ないコメントがつく程だ。
RuKIには
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RuKIは本人がフレンドリーでタメ語で話すこともあり、コメントは友達みたいに話す奴が多いのだ。ファンの年齢層も、小中学生の低年齢が多い。
対するぼんチ。はファンがRuKIとは毛色が全然違う。
「ぼんチ。くん、本当にぼんち揚好きなんですね、、、。私もぼんち揚になって、ぼんチ。くんに食べられたい。、、」など意味が分からない句読点の使い方をするコメントや「鎖骨エロすぎ。prpr」という古のヲタクみたいな、コメントがよくつく。要するに、リアコが多い。
俺につくコメントは大半はまともな「期間限定のやつ、おいしい?」みたいなものが多いが、二人より辛辣なコメントも多い。
人気商売だから、仕方ない。分かってる。
二人に比べて、売り出せるものがタップダンス以外にないことは俺が一番よく分かっている。
お荷物だってことも、分かっている。
分かっている=折り合いをつけられている。では、ないんだ。
ファンの中には心ないコメントに怒ってくれる子や、気にしないで! 私たちが、その分応援するから! って慰めのコメントを送ってくれる子も居る。
ごめんな。いくら綺麗な浄水でも、毒が一滴でも入ったら、飲めないんだよ。
篠塚 晄。今年で、二十一歳。大学の三年生。就活が始まる時期だ。
そろそろコウを、卒業する時だと思う。
俺は現実逃避(コウは画面の中の人間なので、正確には違うかもしれない)するかのように、往復ハガキに視線を落とす。
どうやら国内最大の大型連休の中日に、同窓会をするらしい。
場所は同級生の三村の親戚がやってるゲストハウス「宝桜(ほうおう)」の別邸を貸し切って、泊まりがけでやるらしい。
明治時代にフランス人が山南村の自然に感動して、フランスにある城を丸ごと山南村に引っ越したと聞いている。
そのフランス人は日本庭園も気に入り、城の敷地内に緑生い茂る日本庭園を作ったのだ。
敷地は広大で、都会にある学校よりも下手したら広いんじゃないかと思う。
温泉も圧巻の庭園を見下ろせる露天風呂に、檜を使用した木風呂の大浴場に、石垣の壁を使った岩風呂に、サウナまである。
まさに和洋折衷と言った建物で、最近はエンスタ映えとかでよくインフルエンサーが泊まりに来るらしい。
俺が村を出るまでは山南中学校の野球部の夏合宿か鮎釣りのおっさん達にしか貸してなかった宿泊施設なのに、何があるか分からない。
料金は、知り合い料金で五千円。大型連休にしては、破格の料金だ。
大学生と言うことを、考慮してくれたのだろう。
東京で飲み会するような値段で、一泊出来るのは有り難すぎる。
山南村は南部に大きな山脈があるため、気温は春でも涼しい。
桜が満開に咲くのはまさに大型連休で、宝桜の一番のかきいれ時だろうに……。
三村の親戚には、足を向けて寝れないな。
インターネットの汚染された空気から、解放されたい。田舎の澄んだ空気を吸いたい。
そう考えた俺は、勢いよく出席に赤ペンで丸をした。
我ながら、単純で笑ってしまう。
*
何も変わってない村の風景を辟易と眺めながら、バス停から歩くこと四十分。
畠中さんの畑に居座っている、口裂け女のような顔面の案山子。
空き地を陣取り、麻雀に精を出すジジイ達。
ラジカセで大音量でラジオ体操第一を流しながら、寒風摩擦する中西さん家のお父さん。
村の公衆便所前では、ばあさん三人が掃除のやり方の違いで大声をあげて喧嘩している。
本当に笑えるくらい、何一つ変わっていない。
実家には顔だけ出して、すぐさま「宝桜」に向かった。
俺の実家は「山南科学館」とは名ばかりの、親父のガラクタ展示場である。
木造建築の一戸建ての面積の殆どが、親父のガラクタ展示場だ。
俺達篠塚家のスペースは、台所とリビングと寝室と風呂とトイレしかない。
肝心の展示場は入場料大人千円の子供五百円払って見れるのは、ロクでもない物しかない。
洗濯物を自動で畳む人形とか、お経に合わせて自動で木魚を叩く棒とか、発信機をつけた人間を追跡出来るサングラスとか(有名な推理漫画の原作者に訴えられそうだ)そんなんばかりだ。
最近の一番の発明は、充電式の電動キックボードらしい。うん。それ東京では、ライド料金五十円の一分あたり十五分で乗れるんだわ。
そこらに居る工学部の大学生にでも作れそうなものを作って、世紀の大発明だ! と喜ぶ父と、弟と妹達。
母親は何も言わずに、黙々と夕飯の支度をしている。
今年で三歳になる妹の真凜(まりん)が、居間で牛乳を溢して泣いている。
真凜の服がびちゃびちゃに濡れていて、さぞ気持ち悪いだろう。
同じリビングで、発明品を作っている親父は作業の手を止めない。
俺は真凜に「ちょっと待ってろ」と言い、台所に台拭きを取りに行く。
ところが洗濯中なのか、台拭きが見当たらない。
流し台の開き戸にかけてあるタオル掛けから、タオルを持って行き真凜の服を拭いて、床も拭く。
濡れたタオルは、居間に置いてある洗濯籠に投げ入れた。
真凜が好きなアニメ映画でも流してやろうと、DVDレコーダーを触ったその時。
母親が鬼の形相で台所から土間を渡り、居間へとやって来た。
「ちょっと! それで終わりのつもり!? 本当に、男って適当よね!! 真凜の服を替えて、新しいタオルを出して終わりでしょ!」
「なら、お前がやれや!! てか、なんで親父には言わないんだよ!!」
「お父さんに向かって、なんてことを言うの! 土下座しろ! 謝れ! 謝れよ!」
ぶくぶくと太った父親は、この騒ぎでもこっちに目を向けない。
母親は針金のように細い身体で、全身に怒りを表している。
白髪混じりの黒髪をだらしなく下ろした、妖怪ハハオヤモドキ。
馬鹿だよな。土下座自体に意味なんてないのに、俺の気持ちなんてミジンコ程もないのに。
こんな行為一つで、気が済むなんて。
俺は嘘吐きだから、簡単に頭を下げられる。
母親と言う絶対的な神に、許しを乞うように。
「うん。ひーくん、大好きだよ。仲直りだね」
母親は目尻に涙を浮かべながら、俺を抱きしめた。
死ねばいいのに。
昭和時代の物語なら夢を追う父親と、すれ違いながらも献身的に旦那を支える母親の純愛物語になったのだろうか。
「ひーくん、動画見たわよ。ダンス、上手いのね。あんなに難しい動き出来るなんて、見直したわ。お母さん、転んじゃいそう。同窓会終わったら、戻って来てね。伝えたいことあるから」
心底、気持ち悪い。
お前らが子供が寝静まった夜に、何をしてるかなんて知ってる。
俺は七人兄弟の長男で、これから八人兄弟になるのだろう。
やっぱり、帰って来るんじゃなかった。早くコウに戻りたい。
俺に用意された訳じゃない、スポットライトでも良い。泥中でも、奈落の底でも良い。
ここ以外なら、俺は息をしてられる。
明日の朝「宝桜」のベッドで目が覚めたら、誰かと入れ替わったりしてないかな。
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これは、ちょっとしたおじさんイジメを受けながらもマイペースに旅に同行する荷物番のおじさんと、世界最強の力を持った勇者様のお話。
無気力、性格破綻勇者様 ✕ 平凡荷物番のおじさんのBLです。
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さいとう みさき
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