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二話
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俺のむしゃくしゃした気持ちとは裏腹に、鶯が呑気にホーホケキョと鳴いている。
うっせぇ。うっせぇ。うっせぇわ。
今すぐにでも撃ち殺してやりたい……。織田信長の気持ちが分かるわーと言いかけたが、有名なフレーズはホトドギスだった。
宝桜のチェックイン時間は十五時だが、庭園や大浴場の利用は出来るらしい。
家に居たくないので、少し早いが宝桜へ向かうことにした。
宝桜は村のほぼ東端の丘の上にある。
丘の上にある城だけ聞いたら、少女漫画のように思えるかもしれない。
城の背景にはキラキラなスクリーントーンが貼られて、城には絶世の美男な王子様が住んでいるみたいな。
実際は宝桜に続く丘は、落ち葉や木の枝や不法投棄のゴミで出来た獣道だ。
この獣道の先に城があるとは、なんとも趣がある。
バキ。と鈍い音が、俺の足元から鳴った。
どうやら踏ん付けた枝が、折れてしまったらしい。
別に珍しいことでもないのに、胸がざわついた。
まるで蛙を踏み潰したかのような気持ち悪さを感じて、脚を上げてスニーカーの靴底を見る。
真っ赤な靴底に掘られた、有名スニーカーブランドのロゴが擦り切れている。
「マジか……」
いつからこうなっていたのかは、分からない。
分からないからこその気持ち悪さがある。
「お~い」
後ろから、山の湧き水のように清涼な声がする。
振り返ると、そこには沢井が居た。
「久々だな、沢井(さわい)」
最後に会ったのは、中学の卒業式だった筈だ。
俺らの学年で一番頭が良くて、村で数十年ぶりに国公立大学に進学した沢井 蒼真(さわい そうま)。
髪の毛を茶髪に染めてパーマをかけた姿は、中学の頃のヘルメットのような黒髪からは想像がつかない。
服装はクリーム色のカーディガンに、白のTシャツに、ノーブランドのGパン。
布製のトートバッグには、有名バンドの缶バッジがついている。
この微妙な垢抜けなさが、沢井って感じがして安心感を覚えた。
沢井は「元気そうで良かった」と、へにゃと笑う。
見る者の邪気を奪う、赤子のような笑顔だ。
他愛もないことを話しながら、獣道を登って行く。
田舎において、会話の言葉選びは非常に重要だ。
よく女の社会は会話をミスれば、そのグループから一発退場と言うが田舎もそうだ。
田舎はコミュニティが狭く、その地域のボス猿の機嫌を損ねたら村八部にされる。
都会の人は「嫌われるなんて、余程のことをしたんじゃないか?」と思うかもしれないが、理由は大体しょうもない。
自分の家の畑で育てている作物の葉っぱが、横の家の畑に侵入していた。とか、そんなんばかりだ。
誰かが一人の悪口を言うと、連想ゲームのように無限に悪口が出て来る。
そんなことで、よくこんなに怒れるな。と言う内容ばかりで、本当に暇だし他人のことを監視カメラ並によく見ているのだ。
田舎者の娯楽は、他人の悪口とSEXしかない。
それをおかしいとも、思っていない。
だからこそ悪口を言わない、沢井との会話は心地がいい。
その人が何を話したいのかを察知して質問して来てくれるし、逆に触れて欲しくないことは聞いて来ない。
沢井本人が聡明なことは勿論、満たされていない人間なのだろう。
山南村で数少ない、こちら側の人間。
だから、落ち着くんだ。
会話のラリーが途切れた頃に、宝桜に着いた。
*
宝桜の大きな門に足を踏み入れた瞬間、世界が変わった。
「ようこそ宝桜へ、お越し下さいました」
門を開けるなり、両サイドに宝桜のスタッフが居て数十名が深くお辞儀をして来たのだ。
ドラマとかで見る大金持ちの屋敷の使用人達にそっくりで、俺は背筋を伸ばした。
沢井も驚いたようで、スタッフと同じ角度で頭を下げて「今日はお日柄が、宜しいですね」なんて言っている。
完全にテンパってんじゃねーか。
スタッフ全員が目鼻立ちが整っていて、垢抜けている。
モデルとかアナウンサーと言われても、納得する顔立ちの面々だ。
てっきり家族経営だとばかり思っていたので、三村のような野暮ったいスタッフばかりだと思っていた。
「あ、キレイ」
沢井が頬を赤く染めながら、そう口から漏らす。
庭園内を散策している人も、うっとりと見つめている。
まるで踊るように風にたゆたっている桜の花びらが、俺はとても怖く感じた。
美しいと言う当たり前の感想を言うことが、憚られるような綺麗さ。
この怖さは、なんて言ったら良いのだろうか。
桜の下には死体が埋まっているとか、そんな迷信めいたことではなくって。
俺達に対する、警告のような気がする。
例えるなら、映画で主人公の身に何か起きる時の不穏なBGMとかそんな感じの。
洗練された庭園だからこそ、怖さが際立つのだろうか。
素人から見ても分かる盆栽の巧みさが、そうさせているのかもしれない。
余りに非現実的な光景だからこそ、現実かと疑ってしまう。
いや、違う。
この素晴らしい場所に、俺が居ても良いのか分からない。
そうだ。怖さの正体は、不釣り合いな場所だからだ。
俺が居ても良いと言う「証」がない、恐怖。
王様の機嫌次第で、首を刎ねられそうな恐怖。
俺は、もう失敗しない。
昔の自分とは、違う。
どうやったら選ばれるか、多少は弁えてるつもりだ。
自我を出すな、殺されるぞ。
上手く王様に媚びろ、弾かれるぞ。
底辺の人間に加害するな、復讐されるぞ。
あれ? じゃあ、どうすれば良いんだっけ? リズムゲームみたいに、相手が望む言葉を適切なタイミングで放てば良いのか。
パーフェクト、グレート、グッド、グレート、パーフェクト。コンボを、繋げれば良い。
「あそこが受付だって」
沢井が指差した方を見ると、入ってすぐ左にある建物が受付らしい。
俺は間の抜けた返事をして、沢井の後を追って受付に足を踏み入れた。
天井が高い石造りの建物で、入るなり花のいい香りに包まれた。
受付内は、とても広い。
高い天井のおかげで開放感があるし、子供なら走り回りそうだ。家族連れの親子三人が横並びで
ロイヤルブルーの生地にゴールドで刺繍されたダマスク柄のソファーに座っている。
真ん中に座っている子供は、手足をバタつかせることも大声を出すこともなく両親との会話を楽しんでいるのだ。
親子三人ともいい服を着ていて、山南村の人間ではないだろう。
まるで、パーティーにでも行くような服装だ。
地元民はこんな格好で宝桜に来ないし、イントネーションが違う。
受付の人にキャリーケースを預けて、散策に行こうとしたその時だった。
「よお! 久しぶりだな!」
快活な声が受付内に響き渡り、振り返ると勝本が居た。
今にも動きそうな太い眉毛に、刈り上げたツーブロックの髪に、釣り上がった三角の目を覆うように、薄紫のレンズのサングラスをかけている。
まだまだ寒いのに、黒のタンクトップを着てタトゥーが入ったニの腕を晒している。タトゥーは蓮の花模様でオシャレだが、思わず身震いしてしまう。
「か……つもと?」
「なんで疑問系なんだよ! お前の方が、見た目変わってんだろ。どうしたんだよ!」
そう言って力加減無しに、バシバシと背中を叩いて来る勝本。
沢井が舌で唇を舐めてから、口を開く。
「勝本くん、最終的な参加者って何人かな?」
「全員参加だよ」
その言葉に俺と沢井が声を上げて、驚いた。
「え。沼黒(ぬまくろ)君、参加してくれるんだ?」
沢井の率直な感想に、俺も同意だ。
沼黒 静弥(ぬまくろ せいや)。俺達の代一の曲者だった。
今でも、忘れない。あれは、小学校二年の大型連休明けのことだった。
今から、約十三年前の話だ。もう十三年になるのかと、時の流れの早さにおののく。
丁度中間休みの時に、山南村小学校の校庭に、子供の野良猫が迷い込んで来たのだ。
小さくてふわふわな毛並みは、そりゃあ可愛らしかった。
野良猫はシーソーの陰を気に入り、一向に動こうとしなかった。
俺達はドッジボールをやめて、野良猫に構い始めた。
野良猫が迷い込んで来たと言う噂は学校中に広まり、四年生の女生徒が家から牛乳を持って来てあげてしまったのだ。
それから野良猫は山南村小学校に住み着いてしまい、始めはみんな「やまにゃん」なんて呼んで可愛がっていた。
そう。糞尿の匂いに、直面するまでは。
時間にしてやまにゃんがやって来てから、三日後くらいだったように思う。
やまにゃんは、校庭の砂場で糞をするようになった。
言うまでもないが、猫の糞は本当に臭い。
人間は身勝手なもので、自分に不利益なことがあればすぐに悪者にする。
どんなに愛情を注いだ存在でも、悪者に出来てしまう。
つくづく永遠の愛情とか想像力なんて、人間には備わってないと思う。
見かねた先生が「保健所に引き取って貰いましょう」と言うと、女子生徒の一人が「ほけんじょに行くと、やまにゃんしんじゃう!」と泣き出した。
だけど誰一人として、やまにゃんを飼うと言う責任を負おうとする者は居なかった。
生徒の中には、木の枝でやまにゃんを叩いて追い出そうとする者まで現れた。
やまにゃんが来て、一週間経つかどうかくらいかの日。
沼黒が無地の白いTシャツを真っ赤に汚しながら、登校して来た。
転んだにしてはピンピンしているし、手足に怪我がない。
「あ、あの、ぬ、ぬまくろくん、そのふく、どうしたの?」
三村が二つに縛った量の多い黒髪を揺らしながら、沼黒に近づいた。
小学校二年生ながら、みんな気づいていたのだ。
沼黒から匂う、鉄のような香りの正体に。
「やまにゃんの、血」
「ち、血って、やまにゃん、ケガしたの?」
「車にひかれて、死にかけてた。から、川原から大きな石をひろってきて、やまにゃんの上に落とした」
沼黒の葡萄酒のような、甘い声は確かにそう言った。
濡れ羽色のような、輪郭に添った艶の黒髪。ガラス玉を埋め込んだだけの、なんの感情も読み解けない伏し目がちな瞳。蝋のように、白い肌。
日本人形のような美しい見た目をしている人間から放たれた、鬼畜の所業の自供にクラスの人間は言葉を失った。
山南村小学校二年生の二十人分の刺すような、視線が沼黒に集まった。
「ひ、ひどい! ころすなんて!」
女子の誰かが、そう声をあげた。
車に轢かれていたのだから沼黒が手を加えなくても、やまにゃんは助からなかったかもしれない。
そんな因果関係が小学校二年生に、理解出来る訳がない。
目の前の死にかけの生物にトドメをさした非人道的な行為を、みんな非難した。
「ちがうよ。みんながやまにゃんにかまうから、やまにゃんのおかあさんはむかえに来なかったんだよ。人の手が入ると、動物は世話をしなくなるんだ。みんなが、ころしたんだよ」
そう言った沼黒は、やっぱり能面のような無表情だった。
天使の顔をした悪魔という表現は、沼黒のためにあるようなものだと思う。
そんな沼黒が、同窓会に来る……? 本当に?
俺の気持ちとは裏腹に、勝本が大袈裟に歯を見せて笑った。
「あいつは、招待してないぜ。招待した奴は、全員参加だって」
首を斬り落とされたような、そんな衝撃が走る。
勝本って、こういうことする奴だっけ? 妖怪探し大会をした勝本。俺がジャングルジムから落ちて骨が折れた時に、背中におんぶして励ましながら家まで連れ帰ってくれた勝本。風邪で休んだ女生徒に、七夕ゼリーを家まで持っていってあげた勝本。逆上がりが出来ない沢井と沼黒を、放課後につきっきりで練習に付き合ってあげた勝本。
俺たちのヒーロー、勝本はもう居ないのか?
憧れが、遠ざかっていく。
俺には目の前の生き物は勝本 龍ではなく、名前のない怪物に見えた。
さすがに、可哀想だろ。俺には、どうもできない。誰か、声かけてやれよ。いや沼黒が来たところで、招かざれる客だし……。あいつ、絶対とんでもないこと言うもん。
そんな自分でもはっきりしない考えが、まるで渦潮に巻き込まれたかのように無限に湧いて出て来る。
空気を読め、自分……。周りに合わせろ。笑え、笑って誤魔化せ。
「だ、だよ」
「僕、沼黒くん家行って来る」
俺の言葉を遮るように、仰々しく挙手してそう言う沢井。
勝本は「マァジー?」って、動物園の猿でも見るかのような目で沢井を見ている。
「うん。誘って断られたら仕方がないし、誘ってるのと誘ってないのは違うと思うんだ」
それは、そうなんだけどよ。相手は、あの沼黒だぞ。
「DMで、沼黒家の写真送ってくれや~」
「うん。覚えてたらね」
いつもと変わらない笑顔で、DQN猿と対等にコミュニケーションを取る沢井。
そうだ。正しいことを出来る奴が、偉い。意地悪するカツモトは、偉くない。
俺は「正しい」側で、居たい。
「お、俺も行く」
割れた左手薬指の爪を、摩りながら言った。
うっせぇ。うっせぇ。うっせぇわ。
今すぐにでも撃ち殺してやりたい……。織田信長の気持ちが分かるわーと言いかけたが、有名なフレーズはホトドギスだった。
宝桜のチェックイン時間は十五時だが、庭園や大浴場の利用は出来るらしい。
家に居たくないので、少し早いが宝桜へ向かうことにした。
宝桜は村のほぼ東端の丘の上にある。
丘の上にある城だけ聞いたら、少女漫画のように思えるかもしれない。
城の背景にはキラキラなスクリーントーンが貼られて、城には絶世の美男な王子様が住んでいるみたいな。
実際は宝桜に続く丘は、落ち葉や木の枝や不法投棄のゴミで出来た獣道だ。
この獣道の先に城があるとは、なんとも趣がある。
バキ。と鈍い音が、俺の足元から鳴った。
どうやら踏ん付けた枝が、折れてしまったらしい。
別に珍しいことでもないのに、胸がざわついた。
まるで蛙を踏み潰したかのような気持ち悪さを感じて、脚を上げてスニーカーの靴底を見る。
真っ赤な靴底に掘られた、有名スニーカーブランドのロゴが擦り切れている。
「マジか……」
いつからこうなっていたのかは、分からない。
分からないからこその気持ち悪さがある。
「お~い」
後ろから、山の湧き水のように清涼な声がする。
振り返ると、そこには沢井が居た。
「久々だな、沢井(さわい)」
最後に会ったのは、中学の卒業式だった筈だ。
俺らの学年で一番頭が良くて、村で数十年ぶりに国公立大学に進学した沢井 蒼真(さわい そうま)。
髪の毛を茶髪に染めてパーマをかけた姿は、中学の頃のヘルメットのような黒髪からは想像がつかない。
服装はクリーム色のカーディガンに、白のTシャツに、ノーブランドのGパン。
布製のトートバッグには、有名バンドの缶バッジがついている。
この微妙な垢抜けなさが、沢井って感じがして安心感を覚えた。
沢井は「元気そうで良かった」と、へにゃと笑う。
見る者の邪気を奪う、赤子のような笑顔だ。
他愛もないことを話しながら、獣道を登って行く。
田舎において、会話の言葉選びは非常に重要だ。
よく女の社会は会話をミスれば、そのグループから一発退場と言うが田舎もそうだ。
田舎はコミュニティが狭く、その地域のボス猿の機嫌を損ねたら村八部にされる。
都会の人は「嫌われるなんて、余程のことをしたんじゃないか?」と思うかもしれないが、理由は大体しょうもない。
自分の家の畑で育てている作物の葉っぱが、横の家の畑に侵入していた。とか、そんなんばかりだ。
誰かが一人の悪口を言うと、連想ゲームのように無限に悪口が出て来る。
そんなことで、よくこんなに怒れるな。と言う内容ばかりで、本当に暇だし他人のことを監視カメラ並によく見ているのだ。
田舎者の娯楽は、他人の悪口とSEXしかない。
それをおかしいとも、思っていない。
だからこそ悪口を言わない、沢井との会話は心地がいい。
その人が何を話したいのかを察知して質問して来てくれるし、逆に触れて欲しくないことは聞いて来ない。
沢井本人が聡明なことは勿論、満たされていない人間なのだろう。
山南村で数少ない、こちら側の人間。
だから、落ち着くんだ。
会話のラリーが途切れた頃に、宝桜に着いた。
*
宝桜の大きな門に足を踏み入れた瞬間、世界が変わった。
「ようこそ宝桜へ、お越し下さいました」
門を開けるなり、両サイドに宝桜のスタッフが居て数十名が深くお辞儀をして来たのだ。
ドラマとかで見る大金持ちの屋敷の使用人達にそっくりで、俺は背筋を伸ばした。
沢井も驚いたようで、スタッフと同じ角度で頭を下げて「今日はお日柄が、宜しいですね」なんて言っている。
完全にテンパってんじゃねーか。
スタッフ全員が目鼻立ちが整っていて、垢抜けている。
モデルとかアナウンサーと言われても、納得する顔立ちの面々だ。
てっきり家族経営だとばかり思っていたので、三村のような野暮ったいスタッフばかりだと思っていた。
「あ、キレイ」
沢井が頬を赤く染めながら、そう口から漏らす。
庭園内を散策している人も、うっとりと見つめている。
まるで踊るように風にたゆたっている桜の花びらが、俺はとても怖く感じた。
美しいと言う当たり前の感想を言うことが、憚られるような綺麗さ。
この怖さは、なんて言ったら良いのだろうか。
桜の下には死体が埋まっているとか、そんな迷信めいたことではなくって。
俺達に対する、警告のような気がする。
例えるなら、映画で主人公の身に何か起きる時の不穏なBGMとかそんな感じの。
洗練された庭園だからこそ、怖さが際立つのだろうか。
素人から見ても分かる盆栽の巧みさが、そうさせているのかもしれない。
余りに非現実的な光景だからこそ、現実かと疑ってしまう。
いや、違う。
この素晴らしい場所に、俺が居ても良いのか分からない。
そうだ。怖さの正体は、不釣り合いな場所だからだ。
俺が居ても良いと言う「証」がない、恐怖。
王様の機嫌次第で、首を刎ねられそうな恐怖。
俺は、もう失敗しない。
昔の自分とは、違う。
どうやったら選ばれるか、多少は弁えてるつもりだ。
自我を出すな、殺されるぞ。
上手く王様に媚びろ、弾かれるぞ。
底辺の人間に加害するな、復讐されるぞ。
あれ? じゃあ、どうすれば良いんだっけ? リズムゲームみたいに、相手が望む言葉を適切なタイミングで放てば良いのか。
パーフェクト、グレート、グッド、グレート、パーフェクト。コンボを、繋げれば良い。
「あそこが受付だって」
沢井が指差した方を見ると、入ってすぐ左にある建物が受付らしい。
俺は間の抜けた返事をして、沢井の後を追って受付に足を踏み入れた。
天井が高い石造りの建物で、入るなり花のいい香りに包まれた。
受付内は、とても広い。
高い天井のおかげで開放感があるし、子供なら走り回りそうだ。家族連れの親子三人が横並びで
ロイヤルブルーの生地にゴールドで刺繍されたダマスク柄のソファーに座っている。
真ん中に座っている子供は、手足をバタつかせることも大声を出すこともなく両親との会話を楽しんでいるのだ。
親子三人ともいい服を着ていて、山南村の人間ではないだろう。
まるで、パーティーにでも行くような服装だ。
地元民はこんな格好で宝桜に来ないし、イントネーションが違う。
受付の人にキャリーケースを預けて、散策に行こうとしたその時だった。
「よお! 久しぶりだな!」
快活な声が受付内に響き渡り、振り返ると勝本が居た。
今にも動きそうな太い眉毛に、刈り上げたツーブロックの髪に、釣り上がった三角の目を覆うように、薄紫のレンズのサングラスをかけている。
まだまだ寒いのに、黒のタンクトップを着てタトゥーが入ったニの腕を晒している。タトゥーは蓮の花模様でオシャレだが、思わず身震いしてしまう。
「か……つもと?」
「なんで疑問系なんだよ! お前の方が、見た目変わってんだろ。どうしたんだよ!」
そう言って力加減無しに、バシバシと背中を叩いて来る勝本。
沢井が舌で唇を舐めてから、口を開く。
「勝本くん、最終的な参加者って何人かな?」
「全員参加だよ」
その言葉に俺と沢井が声を上げて、驚いた。
「え。沼黒(ぬまくろ)君、参加してくれるんだ?」
沢井の率直な感想に、俺も同意だ。
沼黒 静弥(ぬまくろ せいや)。俺達の代一の曲者だった。
今でも、忘れない。あれは、小学校二年の大型連休明けのことだった。
今から、約十三年前の話だ。もう十三年になるのかと、時の流れの早さにおののく。
丁度中間休みの時に、山南村小学校の校庭に、子供の野良猫が迷い込んで来たのだ。
小さくてふわふわな毛並みは、そりゃあ可愛らしかった。
野良猫はシーソーの陰を気に入り、一向に動こうとしなかった。
俺達はドッジボールをやめて、野良猫に構い始めた。
野良猫が迷い込んで来たと言う噂は学校中に広まり、四年生の女生徒が家から牛乳を持って来てあげてしまったのだ。
それから野良猫は山南村小学校に住み着いてしまい、始めはみんな「やまにゃん」なんて呼んで可愛がっていた。
そう。糞尿の匂いに、直面するまでは。
時間にしてやまにゃんがやって来てから、三日後くらいだったように思う。
やまにゃんは、校庭の砂場で糞をするようになった。
言うまでもないが、猫の糞は本当に臭い。
人間は身勝手なもので、自分に不利益なことがあればすぐに悪者にする。
どんなに愛情を注いだ存在でも、悪者に出来てしまう。
つくづく永遠の愛情とか想像力なんて、人間には備わってないと思う。
見かねた先生が「保健所に引き取って貰いましょう」と言うと、女子生徒の一人が「ほけんじょに行くと、やまにゃんしんじゃう!」と泣き出した。
だけど誰一人として、やまにゃんを飼うと言う責任を負おうとする者は居なかった。
生徒の中には、木の枝でやまにゃんを叩いて追い出そうとする者まで現れた。
やまにゃんが来て、一週間経つかどうかくらいかの日。
沼黒が無地の白いTシャツを真っ赤に汚しながら、登校して来た。
転んだにしてはピンピンしているし、手足に怪我がない。
「あ、あの、ぬ、ぬまくろくん、そのふく、どうしたの?」
三村が二つに縛った量の多い黒髪を揺らしながら、沼黒に近づいた。
小学校二年生ながら、みんな気づいていたのだ。
沼黒から匂う、鉄のような香りの正体に。
「やまにゃんの、血」
「ち、血って、やまにゃん、ケガしたの?」
「車にひかれて、死にかけてた。から、川原から大きな石をひろってきて、やまにゃんの上に落とした」
沼黒の葡萄酒のような、甘い声は確かにそう言った。
濡れ羽色のような、輪郭に添った艶の黒髪。ガラス玉を埋め込んだだけの、なんの感情も読み解けない伏し目がちな瞳。蝋のように、白い肌。
日本人形のような美しい見た目をしている人間から放たれた、鬼畜の所業の自供にクラスの人間は言葉を失った。
山南村小学校二年生の二十人分の刺すような、視線が沼黒に集まった。
「ひ、ひどい! ころすなんて!」
女子の誰かが、そう声をあげた。
車に轢かれていたのだから沼黒が手を加えなくても、やまにゃんは助からなかったかもしれない。
そんな因果関係が小学校二年生に、理解出来る訳がない。
目の前の死にかけの生物にトドメをさした非人道的な行為を、みんな非難した。
「ちがうよ。みんながやまにゃんにかまうから、やまにゃんのおかあさんはむかえに来なかったんだよ。人の手が入ると、動物は世話をしなくなるんだ。みんなが、ころしたんだよ」
そう言った沼黒は、やっぱり能面のような無表情だった。
天使の顔をした悪魔という表現は、沼黒のためにあるようなものだと思う。
そんな沼黒が、同窓会に来る……? 本当に?
俺の気持ちとは裏腹に、勝本が大袈裟に歯を見せて笑った。
「あいつは、招待してないぜ。招待した奴は、全員参加だって」
首を斬り落とされたような、そんな衝撃が走る。
勝本って、こういうことする奴だっけ? 妖怪探し大会をした勝本。俺がジャングルジムから落ちて骨が折れた時に、背中におんぶして励ましながら家まで連れ帰ってくれた勝本。風邪で休んだ女生徒に、七夕ゼリーを家まで持っていってあげた勝本。逆上がりが出来ない沢井と沼黒を、放課後につきっきりで練習に付き合ってあげた勝本。
俺たちのヒーロー、勝本はもう居ないのか?
憧れが、遠ざかっていく。
俺には目の前の生き物は勝本 龍ではなく、名前のない怪物に見えた。
さすがに、可哀想だろ。俺には、どうもできない。誰か、声かけてやれよ。いや沼黒が来たところで、招かざれる客だし……。あいつ、絶対とんでもないこと言うもん。
そんな自分でもはっきりしない考えが、まるで渦潮に巻き込まれたかのように無限に湧いて出て来る。
空気を読め、自分……。周りに合わせろ。笑え、笑って誤魔化せ。
「だ、だよ」
「僕、沼黒くん家行って来る」
俺の言葉を遮るように、仰々しく挙手してそう言う沢井。
勝本は「マァジー?」って、動物園の猿でも見るかのような目で沢井を見ている。
「うん。誘って断られたら仕方がないし、誘ってるのと誘ってないのは違うと思うんだ」
それは、そうなんだけどよ。相手は、あの沼黒だぞ。
「DMで、沼黒家の写真送ってくれや~」
「うん。覚えてたらね」
いつもと変わらない笑顔で、DQN猿と対等にコミュニケーションを取る沢井。
そうだ。正しいことを出来る奴が、偉い。意地悪するカツモトは、偉くない。
俺は「正しい」側で、居たい。
「お、俺も行く」
割れた左手薬指の爪を、摩りながら言った。
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