4 / 53
三話
しおりを挟む
沢井が獣道で足を滑らせて転び、動けなくなってしまった。
沢井を背負って、宝桜の受付へ戻るとスタッフさんが慣れた手付きで救急車を呼んでくれたのだ。
迅速に動いてくれたスタッフさんには、感謝しかない。
村に、医者は居ない。一ヵ月に一度、村役場に来訪された時に診て貰うしかないのだ。
その日はまるでパチ屋の開店凸かのように、ジジババ共が村役場に押し寄せる。
要するに沢井の脚を診れる医者が居ないので、多分市内の総合病院にでも運ばれたのだろう。
沢井、何ともないと良いけど……。
脚と聞くと、ダンサーとしてはどうしても構えてしまう。
そんな心配の感情とは別で、一つ不満がある。 俺一人で、沼黒の家へ行くことになったことだ。
沢井から沼黒の家の住所を、そのまんま共有されて来たのは流石にビビった。
田舎者のプライバシーの管理意識は、昭和時代で止まってやがる。
子供の頃。親父が好きな漫画を読んでいたら、コミック最後の方に漫画家にファンレターを送ろう! と、漫画家のアパートの住所が載っていてひっくり返った。
住所によると沼黒の家は、山南村の東西隔てる鷹戸(たかど)川の上流にあるらしい。
沼黒の家は村のかなり北部で、周りに目印となる物なんてないんじゃないか? レベルの位置だ。
地図アプリで調べたら、徒歩四十分と書いてある。
実際に到着するのは、一時間近くかかるだろ
う。
こんなに歩くならば、親父からパチモンのLOOPを借りれば良かった。
山南村は南部に、村役場、郵便局、公衆便所、小中学校と主要な公共機関が集中している。
俺の家は南寄りの西側なので、アクセスはそこまで不便に感じない。
そして村の何処に居ても、目に入るのが宝桜な訳だ。
今更だけど、宿泊料本当に五千円で良かったのか……? 俺は不安になり、宝桜の公式ホームページをググってみる。
ホームページ右上の横線のアイコンをタップして、料金のページを見ると一泊二日二万八千円(税抜)と書いてある。約三万円、ねぇ。
超高級とまでもいかないまでも、相場よりは高い。
五千円って、六分の一程の値段じゃないか……?
この大型連休に別邸を貸し切りって、どう見ても宝桜の赤字なんじゃ……。
小中学校の頃の勝本と、三村の様子を思い出す。
勝本がよく宿題をやり忘れていて、三村に写させて! と、頼んでいた気がする。
三村はいつも小さな声で「う、うん、いいよ」と写させてあげていた。
アレ、本当は嫌だったんじゃないか……? 怖くて、嫌だ。って言えなかったんじゃないか……?
三村の容姿を過大評価をするならば、真面目そうに該当する女子だ。
太く量の多い黒髪を、膨らんだ手で縛っていた。短い脚をバタバタさせて走った時に、振動がすごいとか揶揄われていたっけ。
成績は良くも悪くも普通で、美術だけは得意だった。
将来は漫画家になりたいとか、言ってたっけ。
典型的なオタク女子で、カーストは勿論底辺。
勝本は暴力を振るったりはしていなかったけど、岩崎と別所のいじめっ子男子コンビの格好の的だった。
今回の件も勝本に逆らえなくて、渋々承諾したんじゃないだろうか。
俺はクラスのグループLINEから、三村のアカウントに飛ぶ。
アカウント名は、味噌カツ爆弾次郎丸(由紀)と、書かれてある。
味噌カツ爆弾次郎丸の名前は、ハンドルネームだろう。
見覚えがあったので独り言を呟くことに特化した大手SNSで検索してみると、ぼんチ。がフォローしていた。
アイコンは、自作のイラストらしい。
彼女のメディア欄を見てみると、ぼんチ。が遊んでいる中国発のオープンワールドのソシャゲのファンアートをよく描いてるみたいだ。
三村の作品はどれも洗練されたタッチで描かれており、プロ並に上手い。
メディア欄が裸の男二人が異様に多いのが、気になるが……。
アレか、腐女子ってやつか。
俺は独り言ランドのアプリを閉じて、無料通話アプリに戻る。
三村を友達登録して、個人メッセージを送ることにした。
どう送るのが、正解なんだ……?
『三村様 本日はお日柄も宜しく、絶好の同窓会日和ですね。お誘い頂き、誠にありがとうございました。料金ですがお宅のホームページを見たところ、余りにも安くはないでしょうか……?この料金で、本当に良いのでしょうか? また沼黒君を誘いたく思います。人数が増えるのは、大丈夫でしょうか? お手数おかけしますが、お返事よろしくお願いします』
これは、固すぎる。同級生に送るメッセージじゃないな。
『三村へ オツカレー。今日は、よろしく👍 ホームページ見たんだけど、料金安くね? マジで大丈夫?💦 てか、沼黒も誘おうぜ‼️😁』
これは、チャらいな。
歩きながらメッセージを考えていると、着信音が鳴ったので通話に出た。
相手は、ぼんチ。らしい。
「おー。ぼんチ。どしたん? また車のカギ、無くしたん?」
『遊戯帝の新パック、買って来て。出遅れて、ここらのカドショとかコンビニの在庫枯れた』
スマホ越しに、眠そうなぼんチ。の声が聞こえる。
どこか舌足らずで、子猫のような無垢さがある。
「ハァー!? お前、モーニングコールしてやっただろ!!」
コンビニでの販売が九時からだと言うので、朝の八時にわざわざ電話してやったのになんで朝一行ってないんだよ。
こっちは家を出るギリギリの時間に、電話をしたと言うのに……。
『や、なんか。時間が十時だったから二度寝したら、今起きた』
「お前が悪いわ」
『買えるなら、ボックスで買って欲しい。購入制限あるなら、上限まで』
「こちとら、コンビニもカドショもない田舎に居るんじゃ! ボケ! 言っただろ! アホ!」
ぼんチ。に三回くらい大型連休の予定を聞かれたので、三回とも同窓会するのに地元に帰省する。って、答えたぞ。
どんだけ他人の話、聞いてないんだよ。老人かよ!
『え、じゃあ、ブアガーデン来ないの?』
「それは、月末だろ! あー! お前と話してたら、イライラする! 二度とくだんねーことで、電話かけてくんな! ブロックすんぞ」
ぼんチ。が電話越しに「ええっ」と、どこか上擦った声をあげた。
『お母さんが、カード買って来てくれたからやっぱり良いわ。ありがとう~』
ぼんチ。は言うだけ言って、一方的に通話を切った。
どれだけ、マイペース野郎なんだよ。次会ったら、ケツしばいてやろうか。
通話アプリのトーク画面に、ぼんチ。からメッセージが、届いた。
柔らかいタッチのアザラシが笑顔で「ありがとう」と、言っているスタンプ。
優しい雰囲気の可愛いイラストなので、釣られて俺の顔もアザラシのような笑顔になる。
ぼんチ。は大分と天然だけど、お礼をちゃんと言うところは偉いと思う。
ケツをしばくのは、また今度にしてやろう。
スタンプの下に、メッセージが続いている。
『合コン、楽しんで来てね』
ガチで他人の話を、聞いてねえじゃねえか!! やっぱり次会ったら、ケツを金属バットで八百十回しばこう。
こう言うやりとりをする度に、思い知らされる。ぼんチ。と俺では、家族の形が違い過ぎる。
俺とぼんチ。は、前提も価値観も見えてる景色も違う。
生きてる世界が違う貴族みたいな存在なので、嫉妬心は沸かない。
嫉妬心が沸くのは、自分より下だと思っている相手が自分より上に行った時だ。
*
歩くこと四十分。
三村に同窓会のお礼と宿泊費と沼黒の件でメッセージを入れたが、未読スルーをされている。
真っ青な快晴を覆い尽くすように、雲が立ちこみ始めた。
小学生の頃に今使っている水彩絵の具の色を全部混ぜて作った、黒に近い灰色の空。
こりゃ、雨が降るだろうな。
田舎者は、天気に敏感だ。
山の天気は変わり易く、一度天気が傾けば外出は困難だ。
地元の民は農作業の手を止めて、家に引き籠る。
雨が降れば、視界が暗くなり足場は悪くなり水流は激しくなる。
要するに、死亡率が格段と上がるのだ。
人間が電子レンジを作ろうが、パソコンを作ろうが、全自動運転の自動車を作ろうが自然現象を覆せない。
石器時代から、俺達のDNAには自然に勝てないと刻まれている。
釣りをしていたおっさん達も、釣り具を片付けて撤収していく。
沼黒の家は地図アプリによれば、あと三分ほどで着くらしい。
知り合いの家でもあったりしないだろうかと、周りの家を見渡す。ひび割れた昭和型番ガラスの玄関戸の一軒家に、雑草に侵食されそうな一軒家に、玄関の真横に置かれた物干し竿にオバシャツとガーゼショーツと腹巻きと議員のポスターが吊るされていた。
ポスターの議員は真っ白な歯を見せて、政治家らしい空虚な笑顔で笑っている。
議員よ。ポスターが雑に貼られてるけど、それで良いのか?
他人の家をジロジロ見るのも、良くない。
本格的に雨が降り出す前に、沼黒を連れ出そう。
歩くこと、四分。沼黒の家が、見えた。
一戸建ての瓦屋根の、山南村ではありふれた家。
家の前には小さな畑があり、果物が植えられているようだった。
表札に住所まで書いてある、プライバシーの概念ゼロな前時代的な家。
それなのに郵便受けはガムテープで塞がれ、インターホンのボタンは取り外されている。
インターホンの上には赤ペンの手書き文字で「セールス、勧誘お断り。警察に通報します」と、習字の手本のような達筆で書かれていて喉がヒュッと鳴った。
どうやって、沼黒を呼ぶべきだ? 普通に考えたら、昭和型番ガラスの玄関の引き戸をノックだとは分かってる。
しかしノックしたが最後、射殺されたりして……。
悩むこと五分。灰色の空が、叩きつけるように雨を降らし始めた。
雨は地面に打ちつけられると、鈍い音が鳴る。
動物を轢いた時みたいな、音が。
突如玄関の引き戸が開き、俺は声をあげて跳び退いた。
不審げにこっちを見つめるのは、間違いなく沼黒だ。
黒のタートルネックに、グレーのスラックス。
華奢と言うよりは、痩せ細っている身体。両目は相変わらず、なんの感情も感じない人形のような目つきで気味が悪い。
「あ、沼黒……くん。久しぶり。俺、篠塚だけど、覚えてる?」
沼黒は俺を一瞥して傘もささずに、そのまま俺の前を通り過ぎた。
シカトかよ。
「あ、ちょ、ちょっと! 今日宝桜で、同窓会するんだけど、沼黒くん来ない? 参加費は五千円なんだけど、厳しいなら出すし」
沼黒は庭の脇に設置された物置の鍵を開けて、ブルーシートを取り出した。
ブルーシートで畑を覆い、四隅の穴にロープを通す。ロープは木の杭に結びつけ、トンカチで杭を地面に打ち付けていく。
余りに手慣れた様子に、俺は「お~」と短く感嘆の息を漏らした。
「同窓会って、今日決まったの?」
俺が知ってる、沼黒の声じゃない。
声音は柔らかく穏やかなのに、ナイフのように心臓を抉って来る。
暴力を振るう訳でもなく大声を出す訳でもない沼黒に、恐怖を抱くのはその人が一番突いて欲しくない言葉を選ぶからだ。
こいつに、適当な嘘はダメだ。見破られる。
「ごめん。ずっと前から決まってたんだけど、沼黒が招待されてないって聞いて、こんなイジメみたいなの良くないよな。って思ってさ」
我ながら、こんな馬鹿正直にしか言えなくて恥ずかしい。
手違いがあったみたいで~。とか言えば良かったかもしれないが、嘘が通用しない相手だ。
誤魔化しきれない。
「へぇ。だから正しいことを、しようって?」
「あ、うん」
沼黒は慈愛に満ちた、聖母様のような笑顔を浮かべている。
良かった。この様子なら、意外とすんなり同窓会に来てくれそうじゃん。
「正しいことってさ、その人が求めてることをする。ってことだと、思うんだよね」
「え、なに。なんの話?」
今はお前が同窓会に、参加するかしないかの話をしてるんだけど。
沼黒は笑みを崩さず、俺に近づいてくる。
息と息がかかるくらいの距離で、沼黒のガラス玉のような目に俺の姿が映っている。
「クラスみんなにイジメられていた子が、不登校になりました。学校に来れるように、寄せ書きをしようと担任の先生が言いました。この寄せ書きは、イジメられっ子は嬉しいと思いますか?」
「いや、嬉しくないだろ……」
自分のことをイジメて来た奴が「学校来いよ! 待ってるからな!」みたいなメッセージを書いたのならば、イジメられっ子からしたら死刑宣告のようなものだろう。
安易に、想像出来る。
「君って、本当に頭悪いよね。今の話で、分からない?」
沼黒の笑顔は、やはり崩れない。
イジメられっ子は、寄せ書きが欲しくないし学校にも行きたくないだろう。って言う俺の想像を、沼黒に結び付けた。
そっか。そうだよな。呼ばれてもいない、同窓会なんて行きたくないよな。
去年の秋。トリニティが、男子高の文化祭で、ダンスを披露したことがあった。
その男子校は県内でもトップクラスの進学校だったのだ。生徒が見る配信者は、博士号を持っている教授とか医者とかそう言った権威ある存在なのだろう。
俺達三人がステージに立った瞬間、みんな目を点にして「誰?」と言った顔つきをしていた。
呼ばれてないんだ。求められてないんだ。この場には。
あの時、はっきりそう思った。
俺達のパフォーマンスが終わると拍手はして貰ったが、俺達の中に残る達成感は無かった。
形式的な、拍手。義務的な、拍手。
そんな拍手は、失敗と一緒だ。
「ごめん……」
思わず口から、謝罪の言葉が漏れた。
俺が行動しなければ、沼黒は同窓会の存在を知らずに済んだ。
俺が余計なことをしたから、こいつを傷つけた。
「悪いって思うならさ。僕のしたいこと、付き合ってよ」
沼黒が、俺の肩に手を置いた。
なんとなく、嫌な予感はしていた。
俺の語彙力では言い表せない、胸がざわつく感じ。
沼黒の言葉を了承したら、今までの当たり前が当たり前じゃなくなるような気はしていた。
だけどこいつの瞳は、他人を動かす力がある。
俺は力なく、しゃべるぬいぐるみみたいに「うん。分かった」と、了承してしまった。
沢井を背負って、宝桜の受付へ戻るとスタッフさんが慣れた手付きで救急車を呼んでくれたのだ。
迅速に動いてくれたスタッフさんには、感謝しかない。
村に、医者は居ない。一ヵ月に一度、村役場に来訪された時に診て貰うしかないのだ。
その日はまるでパチ屋の開店凸かのように、ジジババ共が村役場に押し寄せる。
要するに沢井の脚を診れる医者が居ないので、多分市内の総合病院にでも運ばれたのだろう。
沢井、何ともないと良いけど……。
脚と聞くと、ダンサーとしてはどうしても構えてしまう。
そんな心配の感情とは別で、一つ不満がある。 俺一人で、沼黒の家へ行くことになったことだ。
沢井から沼黒の家の住所を、そのまんま共有されて来たのは流石にビビった。
田舎者のプライバシーの管理意識は、昭和時代で止まってやがる。
子供の頃。親父が好きな漫画を読んでいたら、コミック最後の方に漫画家にファンレターを送ろう! と、漫画家のアパートの住所が載っていてひっくり返った。
住所によると沼黒の家は、山南村の東西隔てる鷹戸(たかど)川の上流にあるらしい。
沼黒の家は村のかなり北部で、周りに目印となる物なんてないんじゃないか? レベルの位置だ。
地図アプリで調べたら、徒歩四十分と書いてある。
実際に到着するのは、一時間近くかかるだろ
う。
こんなに歩くならば、親父からパチモンのLOOPを借りれば良かった。
山南村は南部に、村役場、郵便局、公衆便所、小中学校と主要な公共機関が集中している。
俺の家は南寄りの西側なので、アクセスはそこまで不便に感じない。
そして村の何処に居ても、目に入るのが宝桜な訳だ。
今更だけど、宿泊料本当に五千円で良かったのか……? 俺は不安になり、宝桜の公式ホームページをググってみる。
ホームページ右上の横線のアイコンをタップして、料金のページを見ると一泊二日二万八千円(税抜)と書いてある。約三万円、ねぇ。
超高級とまでもいかないまでも、相場よりは高い。
五千円って、六分の一程の値段じゃないか……?
この大型連休に別邸を貸し切りって、どう見ても宝桜の赤字なんじゃ……。
小中学校の頃の勝本と、三村の様子を思い出す。
勝本がよく宿題をやり忘れていて、三村に写させて! と、頼んでいた気がする。
三村はいつも小さな声で「う、うん、いいよ」と写させてあげていた。
アレ、本当は嫌だったんじゃないか……? 怖くて、嫌だ。って言えなかったんじゃないか……?
三村の容姿を過大評価をするならば、真面目そうに該当する女子だ。
太く量の多い黒髪を、膨らんだ手で縛っていた。短い脚をバタバタさせて走った時に、振動がすごいとか揶揄われていたっけ。
成績は良くも悪くも普通で、美術だけは得意だった。
将来は漫画家になりたいとか、言ってたっけ。
典型的なオタク女子で、カーストは勿論底辺。
勝本は暴力を振るったりはしていなかったけど、岩崎と別所のいじめっ子男子コンビの格好の的だった。
今回の件も勝本に逆らえなくて、渋々承諾したんじゃないだろうか。
俺はクラスのグループLINEから、三村のアカウントに飛ぶ。
アカウント名は、味噌カツ爆弾次郎丸(由紀)と、書かれてある。
味噌カツ爆弾次郎丸の名前は、ハンドルネームだろう。
見覚えがあったので独り言を呟くことに特化した大手SNSで検索してみると、ぼんチ。がフォローしていた。
アイコンは、自作のイラストらしい。
彼女のメディア欄を見てみると、ぼんチ。が遊んでいる中国発のオープンワールドのソシャゲのファンアートをよく描いてるみたいだ。
三村の作品はどれも洗練されたタッチで描かれており、プロ並に上手い。
メディア欄が裸の男二人が異様に多いのが、気になるが……。
アレか、腐女子ってやつか。
俺は独り言ランドのアプリを閉じて、無料通話アプリに戻る。
三村を友達登録して、個人メッセージを送ることにした。
どう送るのが、正解なんだ……?
『三村様 本日はお日柄も宜しく、絶好の同窓会日和ですね。お誘い頂き、誠にありがとうございました。料金ですがお宅のホームページを見たところ、余りにも安くはないでしょうか……?この料金で、本当に良いのでしょうか? また沼黒君を誘いたく思います。人数が増えるのは、大丈夫でしょうか? お手数おかけしますが、お返事よろしくお願いします』
これは、固すぎる。同級生に送るメッセージじゃないな。
『三村へ オツカレー。今日は、よろしく👍 ホームページ見たんだけど、料金安くね? マジで大丈夫?💦 てか、沼黒も誘おうぜ‼️😁』
これは、チャらいな。
歩きながらメッセージを考えていると、着信音が鳴ったので通話に出た。
相手は、ぼんチ。らしい。
「おー。ぼんチ。どしたん? また車のカギ、無くしたん?」
『遊戯帝の新パック、買って来て。出遅れて、ここらのカドショとかコンビニの在庫枯れた』
スマホ越しに、眠そうなぼんチ。の声が聞こえる。
どこか舌足らずで、子猫のような無垢さがある。
「ハァー!? お前、モーニングコールしてやっただろ!!」
コンビニでの販売が九時からだと言うので、朝の八時にわざわざ電話してやったのになんで朝一行ってないんだよ。
こっちは家を出るギリギリの時間に、電話をしたと言うのに……。
『や、なんか。時間が十時だったから二度寝したら、今起きた』
「お前が悪いわ」
『買えるなら、ボックスで買って欲しい。購入制限あるなら、上限まで』
「こちとら、コンビニもカドショもない田舎に居るんじゃ! ボケ! 言っただろ! アホ!」
ぼんチ。に三回くらい大型連休の予定を聞かれたので、三回とも同窓会するのに地元に帰省する。って、答えたぞ。
どんだけ他人の話、聞いてないんだよ。老人かよ!
『え、じゃあ、ブアガーデン来ないの?』
「それは、月末だろ! あー! お前と話してたら、イライラする! 二度とくだんねーことで、電話かけてくんな! ブロックすんぞ」
ぼんチ。が電話越しに「ええっ」と、どこか上擦った声をあげた。
『お母さんが、カード買って来てくれたからやっぱり良いわ。ありがとう~』
ぼんチ。は言うだけ言って、一方的に通話を切った。
どれだけ、マイペース野郎なんだよ。次会ったら、ケツしばいてやろうか。
通話アプリのトーク画面に、ぼんチ。からメッセージが、届いた。
柔らかいタッチのアザラシが笑顔で「ありがとう」と、言っているスタンプ。
優しい雰囲気の可愛いイラストなので、釣られて俺の顔もアザラシのような笑顔になる。
ぼんチ。は大分と天然だけど、お礼をちゃんと言うところは偉いと思う。
ケツをしばくのは、また今度にしてやろう。
スタンプの下に、メッセージが続いている。
『合コン、楽しんで来てね』
ガチで他人の話を、聞いてねえじゃねえか!! やっぱり次会ったら、ケツを金属バットで八百十回しばこう。
こう言うやりとりをする度に、思い知らされる。ぼんチ。と俺では、家族の形が違い過ぎる。
俺とぼんチ。は、前提も価値観も見えてる景色も違う。
生きてる世界が違う貴族みたいな存在なので、嫉妬心は沸かない。
嫉妬心が沸くのは、自分より下だと思っている相手が自分より上に行った時だ。
*
歩くこと四十分。
三村に同窓会のお礼と宿泊費と沼黒の件でメッセージを入れたが、未読スルーをされている。
真っ青な快晴を覆い尽くすように、雲が立ちこみ始めた。
小学生の頃に今使っている水彩絵の具の色を全部混ぜて作った、黒に近い灰色の空。
こりゃ、雨が降るだろうな。
田舎者は、天気に敏感だ。
山の天気は変わり易く、一度天気が傾けば外出は困難だ。
地元の民は農作業の手を止めて、家に引き籠る。
雨が降れば、視界が暗くなり足場は悪くなり水流は激しくなる。
要するに、死亡率が格段と上がるのだ。
人間が電子レンジを作ろうが、パソコンを作ろうが、全自動運転の自動車を作ろうが自然現象を覆せない。
石器時代から、俺達のDNAには自然に勝てないと刻まれている。
釣りをしていたおっさん達も、釣り具を片付けて撤収していく。
沼黒の家は地図アプリによれば、あと三分ほどで着くらしい。
知り合いの家でもあったりしないだろうかと、周りの家を見渡す。ひび割れた昭和型番ガラスの玄関戸の一軒家に、雑草に侵食されそうな一軒家に、玄関の真横に置かれた物干し竿にオバシャツとガーゼショーツと腹巻きと議員のポスターが吊るされていた。
ポスターの議員は真っ白な歯を見せて、政治家らしい空虚な笑顔で笑っている。
議員よ。ポスターが雑に貼られてるけど、それで良いのか?
他人の家をジロジロ見るのも、良くない。
本格的に雨が降り出す前に、沼黒を連れ出そう。
歩くこと、四分。沼黒の家が、見えた。
一戸建ての瓦屋根の、山南村ではありふれた家。
家の前には小さな畑があり、果物が植えられているようだった。
表札に住所まで書いてある、プライバシーの概念ゼロな前時代的な家。
それなのに郵便受けはガムテープで塞がれ、インターホンのボタンは取り外されている。
インターホンの上には赤ペンの手書き文字で「セールス、勧誘お断り。警察に通報します」と、習字の手本のような達筆で書かれていて喉がヒュッと鳴った。
どうやって、沼黒を呼ぶべきだ? 普通に考えたら、昭和型番ガラスの玄関の引き戸をノックだとは分かってる。
しかしノックしたが最後、射殺されたりして……。
悩むこと五分。灰色の空が、叩きつけるように雨を降らし始めた。
雨は地面に打ちつけられると、鈍い音が鳴る。
動物を轢いた時みたいな、音が。
突如玄関の引き戸が開き、俺は声をあげて跳び退いた。
不審げにこっちを見つめるのは、間違いなく沼黒だ。
黒のタートルネックに、グレーのスラックス。
華奢と言うよりは、痩せ細っている身体。両目は相変わらず、なんの感情も感じない人形のような目つきで気味が悪い。
「あ、沼黒……くん。久しぶり。俺、篠塚だけど、覚えてる?」
沼黒は俺を一瞥して傘もささずに、そのまま俺の前を通り過ぎた。
シカトかよ。
「あ、ちょ、ちょっと! 今日宝桜で、同窓会するんだけど、沼黒くん来ない? 参加費は五千円なんだけど、厳しいなら出すし」
沼黒は庭の脇に設置された物置の鍵を開けて、ブルーシートを取り出した。
ブルーシートで畑を覆い、四隅の穴にロープを通す。ロープは木の杭に結びつけ、トンカチで杭を地面に打ち付けていく。
余りに手慣れた様子に、俺は「お~」と短く感嘆の息を漏らした。
「同窓会って、今日決まったの?」
俺が知ってる、沼黒の声じゃない。
声音は柔らかく穏やかなのに、ナイフのように心臓を抉って来る。
暴力を振るう訳でもなく大声を出す訳でもない沼黒に、恐怖を抱くのはその人が一番突いて欲しくない言葉を選ぶからだ。
こいつに、適当な嘘はダメだ。見破られる。
「ごめん。ずっと前から決まってたんだけど、沼黒が招待されてないって聞いて、こんなイジメみたいなの良くないよな。って思ってさ」
我ながら、こんな馬鹿正直にしか言えなくて恥ずかしい。
手違いがあったみたいで~。とか言えば良かったかもしれないが、嘘が通用しない相手だ。
誤魔化しきれない。
「へぇ。だから正しいことを、しようって?」
「あ、うん」
沼黒は慈愛に満ちた、聖母様のような笑顔を浮かべている。
良かった。この様子なら、意外とすんなり同窓会に来てくれそうじゃん。
「正しいことってさ、その人が求めてることをする。ってことだと、思うんだよね」
「え、なに。なんの話?」
今はお前が同窓会に、参加するかしないかの話をしてるんだけど。
沼黒は笑みを崩さず、俺に近づいてくる。
息と息がかかるくらいの距離で、沼黒のガラス玉のような目に俺の姿が映っている。
「クラスみんなにイジメられていた子が、不登校になりました。学校に来れるように、寄せ書きをしようと担任の先生が言いました。この寄せ書きは、イジメられっ子は嬉しいと思いますか?」
「いや、嬉しくないだろ……」
自分のことをイジメて来た奴が「学校来いよ! 待ってるからな!」みたいなメッセージを書いたのならば、イジメられっ子からしたら死刑宣告のようなものだろう。
安易に、想像出来る。
「君って、本当に頭悪いよね。今の話で、分からない?」
沼黒の笑顔は、やはり崩れない。
イジメられっ子は、寄せ書きが欲しくないし学校にも行きたくないだろう。って言う俺の想像を、沼黒に結び付けた。
そっか。そうだよな。呼ばれてもいない、同窓会なんて行きたくないよな。
去年の秋。トリニティが、男子高の文化祭で、ダンスを披露したことがあった。
その男子校は県内でもトップクラスの進学校だったのだ。生徒が見る配信者は、博士号を持っている教授とか医者とかそう言った権威ある存在なのだろう。
俺達三人がステージに立った瞬間、みんな目を点にして「誰?」と言った顔つきをしていた。
呼ばれてないんだ。求められてないんだ。この場には。
あの時、はっきりそう思った。
俺達のパフォーマンスが終わると拍手はして貰ったが、俺達の中に残る達成感は無かった。
形式的な、拍手。義務的な、拍手。
そんな拍手は、失敗と一緒だ。
「ごめん……」
思わず口から、謝罪の言葉が漏れた。
俺が行動しなければ、沼黒は同窓会の存在を知らずに済んだ。
俺が余計なことをしたから、こいつを傷つけた。
「悪いって思うならさ。僕のしたいこと、付き合ってよ」
沼黒が、俺の肩に手を置いた。
なんとなく、嫌な予感はしていた。
俺の語彙力では言い表せない、胸がざわつく感じ。
沼黒の言葉を了承したら、今までの当たり前が当たり前じゃなくなるような気はしていた。
だけどこいつの瞳は、他人を動かす力がある。
俺は力なく、しゃべるぬいぐるみみたいに「うん。分かった」と、了承してしまった。
6
あなたにおすすめの小説
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
【完結】勇者パーティーハーレム!…の荷物番の俺の話
バナナ男さん
BL
突然異世界に召喚された普通の平凡アラサーおじさん<山野 石郎>改め【イシ】
世界を救う勇者とそれを支えし美少女戦士達の勇者パーティーの中……俺の能力、ゼロ!あるのは訳の分からない<覗く>という能力だけ。
これは、ちょっとしたおじさんイジメを受けながらもマイペースに旅に同行する荷物番のおじさんと、世界最強の力を持った勇者様のお話。
無気力、性格破綻勇者様 ✕ 平凡荷物番のおじさんのBLです。
不憫受けが書きたくて書いてみたのですが、少々意地悪な場面がありますので、どうかそういった表現が苦手なお方はご注意ください_○/|_ 土下座!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる