泥中の光

RRMR

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二十三話

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「え、あの、俺、まあまあ有名な配信者で、スマホを貸すのはちょっと」
 ここで「まあまあ」という言葉が出てくるあたり、中途半端な人間だと思う。
「結構」とか「めちゃくちゃ」って言葉を使うのは恥ずかしい。
 なのに「ちょっと」とか「地味に」って、使うのはプライドが邪魔をする。
 本当に面倒臭い人間だよ、俺は。
 静弥の父さんは「そうなの? 知らないな~」と、軽薄な笑顔を浮かべている。
 よし。これで父親本人からの連絡は、阻止出来た。
 俺から、まずはメッセージで連絡を入れよう。
 スマホをズボンのポケットから取り出したタイミングで、静弥の父さんの口が開いた。
「大丈夫だよ。写真とか、メール見たりはしないし。静弥のアカウント出してくれたら、連絡するから」
 言い終わるとほぼ同時に、スマホを手から奪われてしまった。
 返して下さい! 困ります! って大声をあげても、通じない。
 まるで一人で相撲を、取っているみたいだと思う。
 静弥のアカウントに発信しているみたいだが、中々繋がらないようだ。
 静弥の父さんは「親戚って、誰だー? 田中さん家かなぁ」とか、ボヤいている。
 頼む。静弥、電話に出ないでくれ……! 出てくれ! じゃない方の祈りって、あるんだ。って、ぼんやりと思う。
『もしもし。ひかる君、どうしたの?』
 静弥の何かを期待するような、上擦った声。
 余りにも、無垢な声音。
 缶の炭酸飲料を振った時に、飛び散るように湧き上がってから地面に落下するように罪悪感がシュワシュワと湧き上がって来た。
 スマホを奪おうと腕を伸ばすも、躱されてしまった。
「もしもし。静弥ー? 久々だなあ。元気にしてるか?」
『……え』
 スマホ越しにも、静弥が困惑している様子が伝わる。
 静弥からの返事がないのは、返事が出来ないのだろう。
 なんて話したらいいか、分からないよな。
 十五年も会っていない、父親なんて。 
「なんだよー。父親の声、忘れたのかー? 薄情だなぁ」
 カレーを食べながら、父親はヘラヘラと笑っている。
 静弥はきっとスマホを固く握り締めて苦しんでるのに、その相手は片手間に電話しているなんて。
 コイツにとって、静弥はその程度の存在なんだ。って怒りが、湧いて来た。
『え、な、なんで。今更、電話なんて、それも、ひかる君の番号から……』
 絞り出すように紡いだ静弥の言葉は、疑問と言うよりは強い拒否感が全面に出ていた。
 目の前に居れば、一発殴ってそうな勢いだ。
「なんでって、お前もうすぐ誕生日じゃん。二十歳の。一生に一度だし、お祝いしたいなって思ってさ」
……ハァ? 正直な感想は、その一言に尽きる。
 お宅の息子さん、今年で二十一歳ですけど。十五年も放置した癖に、どの面下げてそんなこと言ってんだ? あの声音を聞いて、よくそんな言葉を言えるな。
 静弥は、何も返事をしない。震えの余り、荒くなった息使いだけが聞こえる。
 ハァハァと苦しそうに吐く息は、聞いていて痛々しい。
 父親に体当たりをして、スマホをなんとか奪った。
 俺の掌にあるスマホから、静弥の声が流れた。
『い、嫌だ。貴方と、話したくない』
 すごい。静弥は自分でちゃんと、嫌って親に意思表示出来るんだ。
 俺が暴言でしか言えないことを、ストレートに嫌だ。って言えるんだ。
「アレ? なんか、ご機嫌斜めな感じ? お前、本当気難しいよなー」
 嘘だろ。あの言い方の「嫌」を、単なる不機嫌って捉えるってどんな脳みその作りをしてんだよ……。 
 逆にどう言ったら、コイツに伝わるんだよ。
 怖い。コイツは、人間じゃない。
「……け」
「え? なんて?」
「出てけつってんだよ!」
 静弥の父親の顔色が、青色の方に変化した。
 うわ~。こいつも、パターン青の人間かよ。
「何、その顔。お前この家の大黒柱に、楯突く訳? お前、静弥の何?」
 言いながら松葉杖を蹴飛ばす、静弥の父親。
 俺はバランスを崩して、その場に仰向けに転倒してしまった。
「イっ……」
 松葉杖の杖先のゴムで頬をぐりぐり押し当てらるわ、口にそれを捩じ込まれる。
 信じらんねぇ! 地面とかを、ついて歩いてる用具だぞ……!
 口の中に、猛烈なゴムや埃やコンクリートの味が広がる。
 今すぐに、口を濯ぎたい。
 だけど目の前の怪物は俺にのしかかり、松葉杖で喉を切り開くんじゃないか? と思うくらいに、口の中にグイグイと押し込まれていく。
「目と脳みそ、ついてねえのか。恋人だよ」
 実際には上手く口が開かず「めほほのうみほ、ふいへへえのあ。ほいひおあ゛お」とか、言葉になっていなかったかもしれない。
 それでも、引けなかった。
「あー、そういう設定ね。あいつ馬鹿だから、優しくしてくれる配信者に高額投げ銭してんだ」
 え? もう同級生って言ったこと、忘れちゃった? 
 あとお前よりは、数百倍……数千倍、いや数万倍頭いいよ。
 通話は繋がったままで、静弥が『ひかる君、何があったの!?』とか『返事して!』とか『警察、呼んだ方が良い!?』とか、ひたすらこちらの状況を案じている。
 折角おでかけ中なのに、最悪だ。
 何が最悪って、静弥をこんな気分にさせてしまったこと。
 俺が不甲斐なければ、もっと大人ならば、この怪物を追い出せたのに。
 怪物は「気分が悪いから、帰るわ」とだけ言って、去って行った。
 ああ、そうだよ。ここは、お前の家じゃねえ。
 二度と敷居跨ぐな、クソがよ! と叫びたいのに、こんな人間でも静弥の父親なんだ。
 たった一人の家族。その重みが分かるからこそ、俺は口には出来なかった。







 朝日が登るとほぼ同時に、静弥は帰って来た。
 物音で目が覚めて、起き上がって玄関まで迎えに行ったのだ。
 特急電車に駆け込み県内で一番大きな駅まで出て、ほぼ終電地方線に乗り換えて天谷駅まで出て、タクシーで帰って来たらしい。
 深夜料金で、五千円以上したんじゃねえの……?
 そんなに俺のこと、心配してくれたのか……なんて、乙女ちっくなことを考えてしまった。
 青い鳥ランドなら、ポチャーンって呟くところだ。
 帰って来るなり俺の存在を確かめるように、強く抱きしめたのだった。
ずっと「あの人が、ごめんね……」と頭を垂れていて、この前と逆みたいだと思った。
 静弥の所為じゃないよ。大丈夫だよ。と優しく抱きしめて、頭を撫でていた筈なのに。
 トレーナーを脱がされて、俺の胸に静弥の唇が吸い寄せられた。
「肌着、着てないんだ」
「シンプルに、買い忘れただけ……。せーいーやーくーん?」
 ちゅぱ、と赤ちゃんが己の指を舐めるような音がする。
 静弥の舌が俺の乳首に照準を定め、吸い上げる。
 余りの刺激に俺は何かに捕まりたくなり、静弥の頭に手を回すとより深く静弥の頭が俺の胸板に沈んでいった。
 抵抗しようにも、乳首を吸われると同時に体力まで吸われているのか、身体に力が入らない。
 静弥に吸い上げられた小さな粒に、熱が灯り彩りが豊かになった気がする。
「赤くなってるね、痛かった?」
「ああ、あッ、ああ、イタっ」
 今度はそれを天を向けるように、摘みあげられる。
 千切る気かよ! やめろ! と叫びたいのに、快感で舌はだらしなく垂れ下がるだけだった。
 静弥は俺の快感を感じ取ったのか、下着の中に手を入れ始めた。
 平たく冷たい手が、俺の性器の気持ちいいところを拾っていく。
 乳首は優しく舐められ、今になって唾液の温度を感じてしまう。
 手とか頬の温度は低いのに、唾液は人並みにあるんだ。
 行為のためらいの無さがこなれていて、胸がチクリと痛んだ。
 沢井にも、同じように触ったり、舐めたのかな? とか、どんな声で沢井の名前を呼んだのかな? とか、そういうの。
 うわ。彼氏の元カノを、許さない面倒くさい女の子みたいに、なっている。
 俺の思考を許さないとでも言うように、静弥の手の動きは激しくなっていく。
 俺、お前のベッドでシコったばかりなの……! これ以上、醜態を晒したくない……!
「ヤダーッ!」
 サブカル界隈で絶大な人気を誇る、よく分からない生態をしている生物のような声をあげてしまった。
 うわ、勿体ないねー。今の声録音してたら、万バズ狙えたかもしれない。
 男に襲われて、奇声を発するトリニティのコウ……。嫌すぎる! やっぱり、録音しなくて良かった。
「行為が、嫌なの? 僕が、嫌なの?」
 静弥の声は恐ろしい程に落ち着いていて、あんなことがあった後なのに。と、感心する。
「慰み者みたいなのと、なし崩し的に抱かれそうで嫌だ」
 静弥は鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をして、俺を見つめた。
「大丈夫だよ。僕は一生ひかる君と、一緒に居る。お墓も、一緒に入るつもりだよ。何社か葬儀場の資料請求してるから、もうすぐ届くと思う」
 こちらの言葉も待たずに、一息に言う静弥。
 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。下手なホラーより、怖い。目が本気だもん。
「あと初夜は、星空が見える海って決めてて」
 まさかの青姦!? 少女漫画趣味な気もすれば、強姦願望な気もする。
 やっぱり、こいつキモいな……。
「普通に、ラブホで良いです」
「ホテル ワンダーガーデンは、岩崎君が働いてるから、ちょっと」
「東京さ、来い!」
 
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