泥中の光

RRMR

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二十四話

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 静弥との共同生活を始めて、数日が過ぎた。
 今日は昨日雨が降ったおかげで、涼しくて過ごしやすい気温だ。
 春って感じの、草とか花の優しい匂いもする。
 あれから学生課に電話して、学費の支払いは分納させて貰えることになった。
 国がやっている支援金のリーフレットも郵送してくれるらしいので、首の皮が一枚繋がった。
 配信はVのガワを使った雑談配信を、不定期に開いている。
 青い鳥ランドの呟きにしろ、配信にしろ鮮度と頻度が肝なのだ。
 いかに早くミームに乗っかるかと、朝の挨拶や夜の挨拶等のルーティンや何気ない呟きをする頻度が重要なのだ。
 活動の頻度を落とすと投稿したから、フォロワーが千人近く減ってしまった。
 当然インプレッションは減る訳で、今残っているフォロワーを少しでも楽しませたい。
 朝の挨拶とか、食べた物とか、寝起きの自撮りとかしょうもないことも呟いてみている。
 そんな努力が報われたのか
「万バズ、来ましたねぇ!」
 万バズしたポストは、ピカチュウの乗り物に抱きつく俺の写真ポストだった。
 平成レトロと言う映え要素に、田舎のゲーセン背景に、何よりーー。
 HUのサイズ表記のラベルをついたまま着ていると言う、コウのポンコツっぷりと庶民感が受けたらしい。
 そうなんだよな。ハイブランドの服やスタジオを借りて撮影した決め顔の写真より、こういう俺の中身が垣間見える方が受けたりする。
『ピカチュウ丸くて、可愛い!コウ君は格好いい!』
『コウ君ラベルついてるよ笑』
『コウ君ピカチュウ好きなのー?』
『同じの持ってる!お揃いだね』
などなど、たくさんのリプライが来た。
 やっぱり飾らない庶民丸出しの、HUコーデを着た俺の方が受けるんだ! ヒャッホゥ! なんて、歓喜した。
 静弥は毎日変わらず、黒いタートルネックの服を着ていてる。
 コイツ夏でも、タートルネック着てるのかな……。着てそうだな。静弥だしな。
 洗濯物籠にタートルネックとズボンが入れられているから、複数買って着回しているのは本当なのだろう。
 静弥は意外と交友関係が広いようで、親戚の家の他にも職場の人と飲みに行ったり展示会に出かけている。
 前から決まっていた約束なのかもしれないけど、俺とも出かけて欲しい。
 俺のこと好きって言う割に、放置してるじゃん。嘘だったのかよ。
 仮にも恋人なんだから、構えや。
 魚を釣るまでは餌を変えたり手間暇かけるけど、釣ったらどうでも良くなる系かよ……。
 だけどあの静弥に友達が出来たのは、素直に嬉しいし。
 色々な感情が渦巻いているけど、一番大きな感情は静弥に面倒臭い男って、思われたくない。って、コト。
 こういうこと一回考えたら、連想ゲームみたいに嫌なことまで思い出すんだよな。
 静弥は台所でスマホを見ながら、昼食を作っている。
 さっき電子レンジに、チンするパスタの容器をぶち込んでたな。
 今はフライパンでクリームソースを煮ているから、カルボナーラあたりを作っているのだろう。
 チーズの芳醇な香りと牛乳と卵の温かくて優しい香りが、台所を包み込んでいる。
 程なくして、カルボナーラが出来上がった訳だけど……。
 添え物のサラダは、見なかったことにしよう。
「ごめんなさい。失敗したから、食べないで」
「食えないことは、ないだろ。具材、勿体ないし」
 フライパンの中身を全てゴミ箱に捨てようとする、静弥を必死に止める。
 どうやらクリームソースを煮過ぎたみたいで、卵黄がスクランブルエッグみたいに固まっていた。
 あるあるだよなあ。ちゃんと火が通ってるか不安で、煮続けていたら卵がこうなってしまうのだ。
「こんなの、食べさせられないよ……」
「大丈夫! 俺、バカ舌だから! この前も賞味期限切れたお菓子食べたけど、大丈夫だったし!」
「ひかる君」
 悪戯をした子供を咎めるような声で、静弥は俺を叱った。
「すみませんした。お前、なんで、料理しようと思ったの?」
 俺が言えた義理じゃないが、冷蔵庫の中身を見る限り究極の自炊をしない人間だと思う。
 アライブに行けば冷凍食品のパスタやらお好み焼きやら焼きそばやらドリアは売ってるし、喫茶店のバイトで賄いも出るだろう。
 余程、自炊するぞ! と決意しないと、飯を作らないのはめちゃくちゃ分かる。
 静弥は口籠りモジモジしながら、俺を見つめている。 
 え、何。何を、言い出すつもりなの?
「す、州崎さんの料理、美味しいって食べてたから」
 州崎? 誰? ああ、歩夢のことか。と数秒くらい経ってから、ようやく話の筋を理解した。
「へー。それで、料理しようとか思ったんだ。可愛いとこ、あるじゃん」
「うエっ!? か、かわ……」
 静弥の視線が、バシャバシャと泳いでいる。
 まるでひまわりの種が入った袋を齧っていたら、中身が全て溢れ落ちた時のハムスターのように挙動不審だ。
 コイツ、褒められ慣れてなさそうだもんな。
 カルボナーラをパスタ皿に盛り付けて、手を合わせてから食べる。
 うお……。麺は伸び切っているし、玉ねぎとベーコンは焦げてるし、ニンニク臭いし、卵はスクランブルエッグになっている。
 他人が作ってくれた料理に、言うべき言葉じゃないけど不味い。
 俺の反応から、出来栄えを察したのだろう。
 静弥が、皿を取り上げた。
「ごめん。最初から、冷凍食品のを温めたら良かった」
「気持ちが、嬉しいんだよ」
 そう言って、静弥の頭に腕を伸ばして撫でる。
 静弥は「ありがとう」と口篭りながら言って、カルボナーラを一口口に運んだ。
「こんな不味いこと、有り得るの?」
「俺のリゾットのがマシだなー」
「どんぐりの背比べだよ、これ」
「ハ!? 俺のリゾットのが、美味いから」
「既製品使ってる時点で、フェアじゃないでしょ」
 それはそう。
 おかしくって、二人して笑った。
 こんな時間が、ずっと続けば良いのに。







 静弥に「二人で、お出かけしたいなー」とおねだりしてみたら、アライブに連行されてしまった。
 うん。知ってた。お前初デートに、ファミレス選ぶ男だもんな。
  いくら田舎とは言え、デートでスーパーが許されるのは高校生までだぞ。
 俺が女の子なら、お前振られてるからな。と、ツッコミを内心で入れておく。
 本屋に取り寄せた小説が届いたらしく、取りに行くと言って聞かなかったのだ。
 アライブなんかこの前来たばかりだし、退屈だっての……。と思いながら、車から降りる。
 アライブのすぐ近くに空手道場と花屋と鯛焼きの屋台があり、空手道場の方には人だかりが出来ている。
 大きな放送用カメラを構えたカメラマンに、マイクを構えたアナウンサーに、カンペを出してるADに、大きなマイクを肩からかついだスタッフが居ることからテレビ局が来ているのだろう。
 買い物客達は街頭に集まる蛾のように、撮影陣を取り囲んでいる。
 自分達がテレビで「すごい人なんですよ~」って、紹介される訳でもないのに。暇かよ。
「テレビ局が来たくらいで、田舎者は大袈裟だなあ」
「君も田舎者って、大前提を忘れてない?」
「おっ? やんのか? 俺山南村でも、わりかし都心ぞ?」
「山南村って時点で、都心も郊外もないよ」
 そう言う静弥もお上りさんみたいにキョロキョロと、テレビ局の人間を見ている。
 気になるんじゃねーか。
 ギャラリーの会話に聞き耳を立ててみると、どうやらこの空手道場に凄い高校生の選手が居るようだ。
 このド田舎から空手部の全国大会に出場した選手が居るらしく、今年は全国制覇なるか!? みたいな特集を、組むのだろう。
 空手の胴着に身を包んだ角刈りで筋肉隆々で、いかにも武闘家って感じの青年がインタビューの受け答えをしている。
 今まさにインタビューを受けている子が、全国大会に行く子なのだろう。
 なんていうか、覇気が違う。全国大会出場と言われて納得する、オーラがある。
 あんな格ゲーみたいな筋肉、実在するんだ。俺も、目指そうかな。
 それから俺は紳士服売り場で肌着を買い、静弥は本屋で取り寄せた小説を受け取った。
 二人でぶらぶらウィンドウショッピングをするも、めぼしい物はなかった。
 駐車場の鯛焼き屋で、俺はカスタードクリームの鯛焼きを静弥は粒あんの鯛焼きを買って二人で頬張る。
 カスタードクリームの卵黄と生クリームのハーモニーが、絶妙に舌で絡み合って美味い。
 口の端についたクリームを、静弥が舐めて取ってくれた。
 いやそれはもう、キスなんよ。
 なんて照れていたら、不意打ちでそれを食らってしまった。
 人の目があるところで、やめろって。と叱ったら、見られた方が興奮する癖に。とか、言われてしまった。
 意味分からねぇ……。
 入り口のゴミ箱に鯛焼き屋の袋を捨ててから、車へ向かう。
 車を前にして、静弥がゴソゴソと自身の身体を探り始めた。
「もしかして」
「うん。車の鍵、落としちゃったかもしれない」
 それは、大ピンチだ。なんてったって、あの虎婆さんの車だから。
 車の鍵を無くしたとなれば、俺の命が危ない。
「鞄の中は?」
 一緒に探すよ。と言って、クラッチバッグのファスナーを開ける。
 クラッチバッグの中身は、財布にスマホに目薬にハンカチにティッシュにキーケースと言った本当にお出かけ必要最低限のものが入っている。
 だからこそ、ジップロックに入った五万円が異様な存在に見えた。
 銀行から下ろして来たなら、封筒に入れるか財布に入れるだろう。
 他人に渡すものなら、ポチ袋とかに入れないか……?
 俺の頭に、とある可能性が浮かんだ。
 いやいや。ないない。あの静弥が、俺以外にそう言うことをする訳がない。
 掃除する時に使い捨ての手袋とマスクをつけないと掃除出来ない潔癖気味の静弥が、知らないおっさんと夜を過ごせないよな……。
 服のポケットにもないバッグにもないとなると、本当に落とした可能性が高い。
「サービスカウンターに、聞いてみようぜ」
 






 一階のサービスカウンターに行き、俺は目を瞬いた。
「みら……立花」
 こんな寂れた砂漠のようなスーパーに、沸いたオアシスかのような存在。
 三角巾とマスクで頭の半分を覆っているのに、それでも可愛いな。って、思う。
「久々だね。篠塚君。落とし物は自動車の鍵で、間違いございませんか?」
「あ、ハイ」
 まるで百貨店のフロントのような、話し言葉にこちらも畏まってしまった。
 立花は拾得物管理ファイルと書かれた分厚いファイルを見ながら、言う。
「確かに本日、一件あがっております。貴重品の為、事務所で保管してます。取って参りますので、お掛けになってお待ちください」
 サービスカウンター前の、レザーのベンチへ勧められて静弥と並んで座る。
 仕事中なので言葉使いが違うのは当たり前なのだろうが、なんとなく他人行儀な気がして少し寂しくも思う。
 あの立花が、こんな丁寧な接客をするまで成長するなんて……。
 時の流れって、残酷だ。
 お父さんか、俺は。
「立花さんって、元恋人?」
「な、なンで、しし、知ッ、、てんだよ!」
 思わず声が、裏返ってしまった。
 一番知られたくない相手に、知られてしまった。
「有名だったよ。天谷市で一番可愛い女の子と、山南村の原始人が付き合ってるって」
「誰が原始人じゃ!」
 お前にだけは、言われたくね~!
 二人で話していたら、立花が戻って来た。
 小さく白い手には、車のキーが下げられている。
「お客様、拾得物はこちらでお間違いございませんか?」
「はい。ありがとうございます」
 ぺこりと音が聞こえそうなくらいに、深く頭を下げる静弥。
「受領のサインと、身分証のご提示をお願いしております」
 立花の声は山の湧き水のような清涼で、ハッキリとした発音だからとても聞きやすい。
「あ、はい。免許証……」
 静弥が財布から運転免許証を出して、立花に見せた。
「え……」
 明らかに戸惑いをはらんだ、濁った声音。
 何事かと俺は静弥を見つめたが、静弥は怪訝そうに立花を睨みつけるだけだった。
「あ、あの。私、あと十分くらいで退勤なんです。伝えたいことがあって、レストラン街の喫茶店『ソレイユ』で、お話出来ませんか? 不快なら、断ってください」
 ソレイユは、静弥のバイト先だ。
 俺は構わないけど、静弥がどう言うかだな。
「……分かりました。聞きましょう」
 てっきりつっぱねると思っていたから、少し意外だった。
 少しずつ何かが、変わって来てる。 
 この頃はまだ蕾が芽吹くようで、微笑ましく思えていた。
 
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