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ニ十五話
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約二十分後。喫茶ソレイユに立花は、やって来た。俺はアイスのカフェオレを頼み、静弥はホットの紅茶を頼んだ。
大型連休明けのド平日なので、店内には俺達と老婦人の二組しか居ない。
店内はトロイメライのオルゴールアレンジが流れていて、どこまでも、平凡な喫茶店だと思う。
四人掛けのテーブルの奥に静弥と並んで座ってるからか、立花は「ふーん」と、短く呟いた。
立花は白い半袖のパフスリーブのブラウスの上に、赤チェックのキャミソールを着て、白いレース付きのミモレ丈フレアスカートを履いている。
頭にはパール付きのクロシェボンネットをつけて、靴下は小さな赤ドットにリボンの飾りが付いていて細部まで可愛い。靴は、茶色のストラップパンプス。
喫茶ソレイユの背景に、昭和レトロテイストのコーデがよく合っている。
クリームソーダあたりを頼めば、映えそうだ。
鞄は靴と同系色のショルダーバッグなんだけど、何とは言わないけどデカさが強調されてて目のやり場に困る。
別れて他人になった今でも、思う。
立花って、可愛いんだ。って……。
未練がましいのかな、俺。
「初めまして。立花 未来って、申します。篠塚君とは、高校の同級生です」
静弥が眉を顰めながら、立花を睨みつける。
女の子相手に、そんな親の仇みたいな目で睨むなよ……。
「そういうの、いいです。僕に、ひかる君と別れて。って、言うんでしょう?」
「え!? は、うぇ!?」
立花は顔を真っ赤にして、俺達を交互に見た。
いや、そうだよな。いきなり憶測で、あんなこと言われたら戸惑うだろう。
「静弥。まずは、立花の用件をちゃんと聞け」
静弥に言い聞かせるように注意すると、立花が意外そうに目を瞬いた。
「え、なに」
「ごめん。悪い意味じゃなくって篠塚君って波風立てない主義だから、他人に注意するの珍しいな。って」
「……確かに」
言われてみれば、今までの俺はそうだった。
勝本の時も、立花の元カレの時も、事を荒立てないように、何も言わずに愛想笑いだけしていたな。
なんて、卑怯な奴だったんだろう。
強者の機嫌を損ねたくないし、弱者にも憎まれたくない。
どっちつかずな、中途半端な人間。
改めて、現実を突きつけられる。
立花はウェイトレスが運んでくれたお冷を飲んでから、口を開く。
「安心してください。そんなつもり、ありません。
この間、沼黒さんのお父様に会って」
BGMのトロイメライに立花の声が重なり、俺の身の毛が粟立つ。
トロイメライの曲は静けさの中に、まるでベールに包まれて異空間にでも放りなげられたかのような幻想的な雰囲気がある。
だからこういう場で聞くと、すごく怖い。
「え、会ったって……」
「サービスカウンター近くのお土産売り場のお菓子を、買おうとしてたの。息子の誕生日に買うって言ってたんだけど、好みも何も知らないみたいで……大分と変わった人だな。って、思ったんだよね」
スーパーのお土産売り場のお菓子を、誕生日プレゼントに……? 普通、百貨店とか行くだろ。
「それで、あの人はなんて言ってたんですか?」
「確か『息子の二十歳の誕生日なのに誰にも祝われないなんて可哀想だから、俺くらいは祝わなきゃ』みたいに、アレ?」
立花も違和感に、気付いたのだろう。細い首を、傾げている。
「沼黒さんって、今年いくつですか?」
「誕生日がくれば、二十一歳ですね」
すっかり忘れていた。
そうだ。そうじゃん! 静弥、もうすぐ誕生日じゃんか。
五月十五日。覚えやすい日だから、覚えてる。
何か、渡したいな。バレずに、何か用意したい。
断じて、父親に触発されたとかじゃない。
「え、ヤバ……。ごめんなさい! 他人の親御さんに」
口から漏れてしまった言葉を、すぐに謝罪する立花。
言わないのが一番良いんだけど、みんなそこまで出来た人間じゃない。
自分の非を自ら認めて、謝れる人間は偉い。
こういうところが、好きだったんだよな。と、思い返す。
それから立花や静弥と、とりとめのない話をした。
今は何してるのか。とか、マイブームとか、瀬良市のショッピングモールに本物のタピオカ屋が出来たんだよ。とか。
会話中静弥は敵意丸出しで立花を睨みつけていたので
「失礼だし相手を傷付けるから、やめた方がいいよ」
と、言ったけど、分かって貰えただろうか。
他人に、伝えるって難しい。
「懐かし~。アライブのクレープ屋のタピオカ、飲んだよな」
「クレープ屋に売ってるの、おいしくないもんね」
ジュースも紅茶も業務用の飲料を透明なプラスチックカップに入れただけだろうし、タピオカも冷凍のを電子レンジで温めるインスタント物だろう。
本物の店で出されるタピオカとは、劇団四季の劇と幼稚園のお遊戯会くらいの差がある。
「アレを、飲む……?」
静弥が首を、傾げている。
「待て。お前は、何を想像している」
「シュークリームみたいな、お菓子」
「それはマリトッツォだよ! 絶妙に、古いわ!」
「えっ」
「やだ、沼黒さん。面白~い」
そう言ってまるで旧友に向けるように、クスクスと笑う立花。
出ましたよ。マン キラー スマイル。
この笑顔を向けられたら、男はみんな立花のことが好きになってしまうのだ。
悲しき哉。男は自分のことが好きな女の子を、好きになるのだ。
「そう言った言葉は、お笑い芸人志望の方とかに言った方が良いかと思います」
眉一つ動かさずに言う、静弥。
ガチで俺以外の人間からの世辞とか、要らないんだ……。
立花は「すみません」と、小さく頭を下げる。コイツが特殊例過ぎるだけで、立花は何も悪くない。
*
喫茶ソレイユを出て、山道を約一時間車で走り、山南村へ帰って来た。
二人で夕飯に、ピーマンの肉詰めを作った。
調理アプリで動画を見ながら、こういう事? と、お互いに確認しながら調理したけど思いの外楽しかったな。
ピーマンの種とへたを抜いたり、肉だねを作ったり、ソースを作ったりと手間暇が多くて力尽きたので添え物はインスタントの味噌汁にしたのだ。
静弥に許可を取ってから、箸で肉詰めピーマンを挟んだ写真を青い鳥ランドに
『今日の夕飯。肉詰めピーマン、作った!』と、投稿する。
投稿からわずか数秒でいいねやRPが数十件つき、フォロワーとリアルタイムで繋がってる感覚を味わった。
「うま」
「ね、美味しいね。熱してたら、お野菜食べられるの?」
「あー、うん。大概のものは。野菜炒めとか、好きだし」
野菜炒めとか肉詰めピーマンはソースやタレの味で野菜の味が薄まるから食べれるんだけど、生野菜は本当に無理。
どんな味のドレッシングをかけようが、野菜の味がすんだもん。
「覚えておくよ」
「え、野菜炒め作ってくれんの? やったー」
小さく万歳をすると、俺がするみたいに頭を撫でられた。
「ひかる君は、可愛いね」
「こっちの台詞だって」
そう言って、指を絡めて見つめ合う。
「今日、この後の予定は?」
粘っこい視線。身体中の毛穴まで観察するかのような視線を向けられて、思わず目を逸らしてしまった。
言葉も熱をはらんでいて、そう言うお誘いのつもりなんだと察した。
子供じゃあるまいし、流石に分かる。
「配信する」
「この家を、映すの?」
「いや、Vチューバーのプログラムの方。CGの俺と背景のイラストが画面に映って、喋るの」
静弥が、首を傾げている。
おじいちゃんには、難しいか……。
スマホを取り出して、アーカイブに残した俺のVの配信を静弥に見せてみる。
まだ他人に見せて恥ずかしくない、去年のクリスマスの時期にやった普通の雑談配信だ。
クリスマスの思い出とか、みんなは何して過ごすのー? とか、そんな当たり障りのない雑談配信をした気がする。
「このしーじーの緑の髪の子が、ひかる君?」
「そう。コウ君な」
「へぇ……」
俺の目や口の動きに合わせてコロコロ変わる表情や揺れる身体を見て、目を白黒させている。
原始人にスマホを与えたら、こんなリアクションするのかな……。
「すごいね。ボタンを押して、表情を変えてるの?」
ボタン……!? ロボットアニメでロボットに搭乗して戦う主人公みたいに、俺がリアルタイムでいちいち操縦してると思ってんのか?
「モーションキャプチャと、フェイストラッキングって言う技術使ってるからボタンとか要らないよ。何もせず、リアルタイムで変わるから。ググった方が、わかりやすいと思う」
俺の説明よりプロのライターが記事の方が、分かりやすいだろう。
「分かった。調べてみる。ひかるくんが、配信するところ、見てみたい」
*
配信は青い鳥ランドが提携している、配信サービスで行うことにした。
一人暮らしのアパートにノートパソコンとマイクを置いて来たのが痛いが、スマホのアプリからでも配信は出来る。
音質の差は雲泥の差だけど、仕方ない。
配信のペースをこれ以上落とすとまたフォロワーが減るだろうし、四の五の言ってられない。
青い鳥ランドで配信のお知らせを投稿して風呂と歯磨きとトイレも済ませて、俺は配信アプリの配信開始ボタンを押す。
ダイニングテーブルに座っている俺の後ろで、静弥が見守るように俺の背中を見ている。
再三、喋んなよ。と釘を刺したから、大丈夫だよな。子供じゃないし……。
時刻は、夜八時。ゴールデンタイムと言う、好条件だ。出来る限り、同接を増やしたい。
話す話題は、考えて来た。
怪我の経過、万バズツイートのこと、最近自炊を始めたから、初心者でも作りやすい料理教えて~。この三つ主要のトピックに、しようと思う。
「みんなー。こんばんはー。元気ー? 今日、一日オツカレー」
俺の語気はキツいらしいので、なるべく声はゆっくり穏やかに優しく高く喉から出す。
今現在リスナーの数は百人くらいだ。ぼんチ。の約三分の一で、RuKiの半分。
たった百人。されど、百人。画面の右側のコメント欄は俺が見てる今この瞬間にも、光の如く流れていく。
「みんな学校とか、お仕事かな? 頑張ってるんだね~、よしよし」
こんな甘い言葉も、もう慣れた。
最初の内は見ず知らずの他人に、こんな恋人みたいなことまで言ってまで好感度稼ぎたくねえよ! だって俺リスナーのことなんとも思ってないのに、かえって失礼じゃね!? と思っていたし、実際今でも思っている。
だけど一回口にしてみたら、抵抗はびっくりするほどなくなった。
父親と母親が求めているいい子なお兄ちゃんを演じたように、リスナーが求めるワンパクで口下手だけど普通の男の子なコウ君も演じれば良いんだ。
大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫。出来る、出来る、出来る。今まで、ずっとやって来たリズムゲームだ。
配信中はずっと自己暗示のように、リズムゲームだ。と自分に言い聞かせて、話している。
「脚の怪我はね、ちょっとずつ良くなって来たんだよー。みんな心配かけて、ごめんねー。数日後に、病院行って来るわ~」
こうして話してる間にも、コメントが流れて来る。
『コウ君、お大事に。私が彼女なら、看病するのにな』
うわ。投げ銭アイテム付きのリアココメントじゃん。
有料投げ銭アイテム付きのコメントは、コメント欄の色がデフォルト設定と異なるのでめちゃくちゃ目立つ。
有名推し活ブランドのマスコットキャラクターアイコンに、覚えがあった。
コウの数少ないリアコ勢である、ユーザーネーム む~しゅだ。
現場や配信は、ほぼ全通じゃないか? ってくらいの強火担。トリニティのコウ界隈の中では、知らない奴は居ないと思う。
俺の痛バを組んでいたり、投げ銭もしてくれるし、円盤を何枚も買ったり、硬質ケースのデコとかもしてくれてたり、とにかく愛が大きい。
スルーしても良いんだけど安くはない金額を払ってくれてる訳だから、リアクションはした方が良いよな……。
「む~しゅ、コメントありがとー。ダメだよ。俺、みんなのコウ君だから。勿論、む~しゅもみんなのことも大好きだよ」
流れているコメントの空気は、ギスギスとした険悪なものばかりだった。
『コイツ、本当嫌い。コウ君リアコあしらえないから、菓子爆(有料投げ銭アイテム)でのリアココメントは禁止って暗黙の了解あるじゃん』
『コウ君、なんか変。前なら、スルー決めてたのに』
『リアコは、オキラだよ』
『自分さえ、良ければいいって人居るよね~笑』
『コウ君、みにゃも大好き~!ぎゅっぎゅ』
『コウ君が配信してくれなくなったらどうセキニンとるの!む~しゅさん、声明出した方がいいよ』
『配信者の癖に、リアコ対応出来ないコウが悪い。RuKIとぼんチ。見習えよ』
『ねぇ~。菓子爆したのに、なんで無視するの~?みにゃも名前呼んで欲しい~』
なんだコレ。なんだコレ。なんだコレ。なんなんだよッ!
何か言わないと。笑わないと。コウ君に、ならないと。
パーフェクト判定は出せなくても、良い。グレート判定を、狙え。
「みんな、喧嘩はやめて欲しいな~。俺は、仲良くして欲し……ヒッ」
静弥の舌が、俺の後ろの首筋を這う。
静弥の手は俺の服の中に侵入して来て、肌着の上から胸の突起を指の腹で押された。
この間みたいにそれを左右に動かされて、自分でもびっくりするような甘い声が漏れた。
大型連休明けのド平日なので、店内には俺達と老婦人の二組しか居ない。
店内はトロイメライのオルゴールアレンジが流れていて、どこまでも、平凡な喫茶店だと思う。
四人掛けのテーブルの奥に静弥と並んで座ってるからか、立花は「ふーん」と、短く呟いた。
立花は白い半袖のパフスリーブのブラウスの上に、赤チェックのキャミソールを着て、白いレース付きのミモレ丈フレアスカートを履いている。
頭にはパール付きのクロシェボンネットをつけて、靴下は小さな赤ドットにリボンの飾りが付いていて細部まで可愛い。靴は、茶色のストラップパンプス。
喫茶ソレイユの背景に、昭和レトロテイストのコーデがよく合っている。
クリームソーダあたりを頼めば、映えそうだ。
鞄は靴と同系色のショルダーバッグなんだけど、何とは言わないけどデカさが強調されてて目のやり場に困る。
別れて他人になった今でも、思う。
立花って、可愛いんだ。って……。
未練がましいのかな、俺。
「初めまして。立花 未来って、申します。篠塚君とは、高校の同級生です」
静弥が眉を顰めながら、立花を睨みつける。
女の子相手に、そんな親の仇みたいな目で睨むなよ……。
「そういうの、いいです。僕に、ひかる君と別れて。って、言うんでしょう?」
「え!? は、うぇ!?」
立花は顔を真っ赤にして、俺達を交互に見た。
いや、そうだよな。いきなり憶測で、あんなこと言われたら戸惑うだろう。
「静弥。まずは、立花の用件をちゃんと聞け」
静弥に言い聞かせるように注意すると、立花が意外そうに目を瞬いた。
「え、なに」
「ごめん。悪い意味じゃなくって篠塚君って波風立てない主義だから、他人に注意するの珍しいな。って」
「……確かに」
言われてみれば、今までの俺はそうだった。
勝本の時も、立花の元カレの時も、事を荒立てないように、何も言わずに愛想笑いだけしていたな。
なんて、卑怯な奴だったんだろう。
強者の機嫌を損ねたくないし、弱者にも憎まれたくない。
どっちつかずな、中途半端な人間。
改めて、現実を突きつけられる。
立花はウェイトレスが運んでくれたお冷を飲んでから、口を開く。
「安心してください。そんなつもり、ありません。
この間、沼黒さんのお父様に会って」
BGMのトロイメライに立花の声が重なり、俺の身の毛が粟立つ。
トロイメライの曲は静けさの中に、まるでベールに包まれて異空間にでも放りなげられたかのような幻想的な雰囲気がある。
だからこういう場で聞くと、すごく怖い。
「え、会ったって……」
「サービスカウンター近くのお土産売り場のお菓子を、買おうとしてたの。息子の誕生日に買うって言ってたんだけど、好みも何も知らないみたいで……大分と変わった人だな。って、思ったんだよね」
スーパーのお土産売り場のお菓子を、誕生日プレゼントに……? 普通、百貨店とか行くだろ。
「それで、あの人はなんて言ってたんですか?」
「確か『息子の二十歳の誕生日なのに誰にも祝われないなんて可哀想だから、俺くらいは祝わなきゃ』みたいに、アレ?」
立花も違和感に、気付いたのだろう。細い首を、傾げている。
「沼黒さんって、今年いくつですか?」
「誕生日がくれば、二十一歳ですね」
すっかり忘れていた。
そうだ。そうじゃん! 静弥、もうすぐ誕生日じゃんか。
五月十五日。覚えやすい日だから、覚えてる。
何か、渡したいな。バレずに、何か用意したい。
断じて、父親に触発されたとかじゃない。
「え、ヤバ……。ごめんなさい! 他人の親御さんに」
口から漏れてしまった言葉を、すぐに謝罪する立花。
言わないのが一番良いんだけど、みんなそこまで出来た人間じゃない。
自分の非を自ら認めて、謝れる人間は偉い。
こういうところが、好きだったんだよな。と、思い返す。
それから立花や静弥と、とりとめのない話をした。
今は何してるのか。とか、マイブームとか、瀬良市のショッピングモールに本物のタピオカ屋が出来たんだよ。とか。
会話中静弥は敵意丸出しで立花を睨みつけていたので
「失礼だし相手を傷付けるから、やめた方がいいよ」
と、言ったけど、分かって貰えただろうか。
他人に、伝えるって難しい。
「懐かし~。アライブのクレープ屋のタピオカ、飲んだよな」
「クレープ屋に売ってるの、おいしくないもんね」
ジュースも紅茶も業務用の飲料を透明なプラスチックカップに入れただけだろうし、タピオカも冷凍のを電子レンジで温めるインスタント物だろう。
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「アレを、飲む……?」
静弥が首を、傾げている。
「待て。お前は、何を想像している」
「シュークリームみたいな、お菓子」
「それはマリトッツォだよ! 絶妙に、古いわ!」
「えっ」
「やだ、沼黒さん。面白~い」
そう言ってまるで旧友に向けるように、クスクスと笑う立花。
出ましたよ。マン キラー スマイル。
この笑顔を向けられたら、男はみんな立花のことが好きになってしまうのだ。
悲しき哉。男は自分のことが好きな女の子を、好きになるのだ。
「そう言った言葉は、お笑い芸人志望の方とかに言った方が良いかと思います」
眉一つ動かさずに言う、静弥。
ガチで俺以外の人間からの世辞とか、要らないんだ……。
立花は「すみません」と、小さく頭を下げる。コイツが特殊例過ぎるだけで、立花は何も悪くない。
*
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調理アプリで動画を見ながら、こういう事? と、お互いに確認しながら調理したけど思いの外楽しかったな。
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『今日の夕飯。肉詰めピーマン、作った!』と、投稿する。
投稿からわずか数秒でいいねやRPが数十件つき、フォロワーとリアルタイムで繋がってる感覚を味わった。
「うま」
「ね、美味しいね。熱してたら、お野菜食べられるの?」
「あー、うん。大概のものは。野菜炒めとか、好きだし」
野菜炒めとか肉詰めピーマンはソースやタレの味で野菜の味が薄まるから食べれるんだけど、生野菜は本当に無理。
どんな味のドレッシングをかけようが、野菜の味がすんだもん。
「覚えておくよ」
「え、野菜炒め作ってくれんの? やったー」
小さく万歳をすると、俺がするみたいに頭を撫でられた。
「ひかる君は、可愛いね」
「こっちの台詞だって」
そう言って、指を絡めて見つめ合う。
「今日、この後の予定は?」
粘っこい視線。身体中の毛穴まで観察するかのような視線を向けられて、思わず目を逸らしてしまった。
言葉も熱をはらんでいて、そう言うお誘いのつもりなんだと察した。
子供じゃあるまいし、流石に分かる。
「配信する」
「この家を、映すの?」
「いや、Vチューバーのプログラムの方。CGの俺と背景のイラストが画面に映って、喋るの」
静弥が、首を傾げている。
おじいちゃんには、難しいか……。
スマホを取り出して、アーカイブに残した俺のVの配信を静弥に見せてみる。
まだ他人に見せて恥ずかしくない、去年のクリスマスの時期にやった普通の雑談配信だ。
クリスマスの思い出とか、みんなは何して過ごすのー? とか、そんな当たり障りのない雑談配信をした気がする。
「このしーじーの緑の髪の子が、ひかる君?」
「そう。コウ君な」
「へぇ……」
俺の目や口の動きに合わせてコロコロ変わる表情や揺れる身体を見て、目を白黒させている。
原始人にスマホを与えたら、こんなリアクションするのかな……。
「すごいね。ボタンを押して、表情を変えてるの?」
ボタン……!? ロボットアニメでロボットに搭乗して戦う主人公みたいに、俺がリアルタイムでいちいち操縦してると思ってんのか?
「モーションキャプチャと、フェイストラッキングって言う技術使ってるからボタンとか要らないよ。何もせず、リアルタイムで変わるから。ググった方が、わかりやすいと思う」
俺の説明よりプロのライターが記事の方が、分かりやすいだろう。
「分かった。調べてみる。ひかるくんが、配信するところ、見てみたい」
*
配信は青い鳥ランドが提携している、配信サービスで行うことにした。
一人暮らしのアパートにノートパソコンとマイクを置いて来たのが痛いが、スマホのアプリからでも配信は出来る。
音質の差は雲泥の差だけど、仕方ない。
配信のペースをこれ以上落とすとまたフォロワーが減るだろうし、四の五の言ってられない。
青い鳥ランドで配信のお知らせを投稿して風呂と歯磨きとトイレも済ませて、俺は配信アプリの配信開始ボタンを押す。
ダイニングテーブルに座っている俺の後ろで、静弥が見守るように俺の背中を見ている。
再三、喋んなよ。と釘を刺したから、大丈夫だよな。子供じゃないし……。
時刻は、夜八時。ゴールデンタイムと言う、好条件だ。出来る限り、同接を増やしたい。
話す話題は、考えて来た。
怪我の経過、万バズツイートのこと、最近自炊を始めたから、初心者でも作りやすい料理教えて~。この三つ主要のトピックに、しようと思う。
「みんなー。こんばんはー。元気ー? 今日、一日オツカレー」
俺の語気はキツいらしいので、なるべく声はゆっくり穏やかに優しく高く喉から出す。
今現在リスナーの数は百人くらいだ。ぼんチ。の約三分の一で、RuKiの半分。
たった百人。されど、百人。画面の右側のコメント欄は俺が見てる今この瞬間にも、光の如く流れていく。
「みんな学校とか、お仕事かな? 頑張ってるんだね~、よしよし」
こんな甘い言葉も、もう慣れた。
最初の内は見ず知らずの他人に、こんな恋人みたいなことまで言ってまで好感度稼ぎたくねえよ! だって俺リスナーのことなんとも思ってないのに、かえって失礼じゃね!? と思っていたし、実際今でも思っている。
だけど一回口にしてみたら、抵抗はびっくりするほどなくなった。
父親と母親が求めているいい子なお兄ちゃんを演じたように、リスナーが求めるワンパクで口下手だけど普通の男の子なコウ君も演じれば良いんだ。
大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫。出来る、出来る、出来る。今まで、ずっとやって来たリズムゲームだ。
配信中はずっと自己暗示のように、リズムゲームだ。と自分に言い聞かせて、話している。
「脚の怪我はね、ちょっとずつ良くなって来たんだよー。みんな心配かけて、ごめんねー。数日後に、病院行って来るわ~」
こうして話してる間にも、コメントが流れて来る。
『コウ君、お大事に。私が彼女なら、看病するのにな』
うわ。投げ銭アイテム付きのリアココメントじゃん。
有料投げ銭アイテム付きのコメントは、コメント欄の色がデフォルト設定と異なるのでめちゃくちゃ目立つ。
有名推し活ブランドのマスコットキャラクターアイコンに、覚えがあった。
コウの数少ないリアコ勢である、ユーザーネーム む~しゅだ。
現場や配信は、ほぼ全通じゃないか? ってくらいの強火担。トリニティのコウ界隈の中では、知らない奴は居ないと思う。
俺の痛バを組んでいたり、投げ銭もしてくれるし、円盤を何枚も買ったり、硬質ケースのデコとかもしてくれてたり、とにかく愛が大きい。
スルーしても良いんだけど安くはない金額を払ってくれてる訳だから、リアクションはした方が良いよな……。
「む~しゅ、コメントありがとー。ダメだよ。俺、みんなのコウ君だから。勿論、む~しゅもみんなのことも大好きだよ」
流れているコメントの空気は、ギスギスとした険悪なものばかりだった。
『コイツ、本当嫌い。コウ君リアコあしらえないから、菓子爆(有料投げ銭アイテム)でのリアココメントは禁止って暗黙の了解あるじゃん』
『コウ君、なんか変。前なら、スルー決めてたのに』
『リアコは、オキラだよ』
『自分さえ、良ければいいって人居るよね~笑』
『コウ君、みにゃも大好き~!ぎゅっぎゅ』
『コウ君が配信してくれなくなったらどうセキニンとるの!む~しゅさん、声明出した方がいいよ』
『配信者の癖に、リアコ対応出来ないコウが悪い。RuKIとぼんチ。見習えよ』
『ねぇ~。菓子爆したのに、なんで無視するの~?みにゃも名前呼んで欲しい~』
なんだコレ。なんだコレ。なんだコレ。なんなんだよッ!
何か言わないと。笑わないと。コウ君に、ならないと。
パーフェクト判定は出せなくても、良い。グレート判定を、狙え。
「みんな、喧嘩はやめて欲しいな~。俺は、仲良くして欲し……ヒッ」
静弥の舌が、俺の後ろの首筋を這う。
静弥の手は俺の服の中に侵入して来て、肌着の上から胸の突起を指の腹で押された。
この間みたいにそれを左右に動かされて、自分でもびっくりするような甘い声が漏れた。
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