泥中の光

RRMR

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三十話

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 どうやって眠ったのか、覚えていない。
 だけどこちらの気持ち関係なく、睡眠欲も朝もやって来る。
 目が覚めたのは朝十時で、サイクルが狂ってしまった。
 今からブランチ食べて、洗濯回すのか……。
 しかも空はどんよりした灰色で、雨が降りそうだし。
 起きた時から、ゲンナリするのは一日のスタートとして良くない波だと思う。
 勉強机の上に置かれた静弥のスマホが、振動している。
 あいつ、スマホ持たずに出かけたのかよ……。
 着信相手は、喫茶ソレイユから。
 うわ。十件も、着信来てるじゃん。
 あいつ、絶対無断欠勤してるだろ。親父のスマホ借りて、連絡くらいしろよ。
 俺はスマホの応答ボタンをタップして、電話に出る。
『お疲れ様です。芝田(しばた)です。沼黒君、どうしたの? 体調不良?』
 電話先の声は快活な、女性のものだった。女の人にしては低めな声だけど、ハッキリとした発音なので聞きやすい。年齢は、四十か五十くらいだと思う。
 芝田さんの声は、すんなりと俺の中へ入って来た。
 まるで昔に世話になった人に、再会したみたいな感じだ。
「すみません……。あいつ、無断欠勤したみたいで。俺、沼黒君の家にお邪魔してる篠塚 晄って言います。深夜に沼黒のお父さんがやって来て、沼黒君のこと連れて行っちゃって」
『え? え?』
 電話越しから、芝田さんの困惑した声が聞こえる。
 そうだよな。意味分かんないよな。
 目の前で見てた俺だって、理解出来なかったもん。
 どこに気持ちを、持っていけば良いかも分からない。
『ちょっと待って下さいね。それって、誘拐とかに該当しませんか? 警察に連絡って、されました?』
 芝田さんの神妙な声音に、背筋がピンと伸びた。
 誘拐って、探偵漫画とかで出てくる誘拐だよな……?
『篠塚さん。誘拐って言うのは、家族にも適用されるんですよ。第三者に、連れ去られることだけじゃありません』
 まるで刑事ドラマの刑事のように、俺に説明してくれる芝田さん。
 俺の倍近く生きてるだけあって、知識も気概も俺よりずっとある。
 大人の女の人って、感じがする。
「あいつ、自分からお父さんと過ごしたい。って」
『沼黒君ね、全然自分のこと喋らないの。学生バイトの子が、家族で旅行行った話とか聞いてる時に物悲しそうな顔をするのよ。全ては分からないけれど、ちょっとは分かるもんなのよ。同じくらいの年齢を持つ、母親としてね。そりゃあ嬉しいでしょうよ。家族が会いに来てくれたら』
 家族か。そうだよな。あんなんでも、たった一人の肉親だもんな。
 今までは俺が、静弥の生きている世界に垂らされた蜘蛛の糸だったのだろう。
 俺を失ったかのように錯覚したあいつは、父親を蜘蛛の糸だと思ったんだろう。
「警察、連絡してみます」
『私からも、してみますね。それにしても、カナちゃんの息子さん、こんなに大きくなったんだねぇ。私も年、取る訳だわ』
 カナちゃん。うちの母親の名前が可奈子(かなこ)だから、それがニックネームなのだろう。
 芝田さんを、呼ぶ声が電話口から聞こえた。
 短く「ごめんね」と言って、電話を切られてしまう。
 なんだよ。言い逃げかよ……。
 うちの母親と仲が良い、芝田さん……。
 あっ! 子供の頃によく遊んでた、まー君のお母さんじゃね? 確か芝田さんが、母親の部活動の先輩かなんかで……。
 世間って、狭い。田舎は、特に、狭い。
 シェルターの中で、生活してんのか? って、錯覚するくらい小さな世界。
 俺達は、ここに囚われすぎてるんだと思う。
 







 嫌なことと言うのは本当に続くもので、警察に電話して(碌に取り合ってはくれなかったけど)、ブランチのフレンチトーストを食べ終えて、洗濯物を干し終わり、掃除機かけるかと思っていたところで奴はやって来た。
 玄関の扉をトントンとノックする音が聞こえたので、扉を開けると俺の母親が玄関先に立っていた。
 俺のキャリーケースを引きながら、右腕には有名洋菓子店の紙袋を下げて、左手は真凜の手を握っている。
 母親はボーダーの長袖Tシャツに細めのGパンを履き、HUの白いスニーカーを履いていた。
 囚人かよ。
「にぃ~に! げんき?」
 真凜が、俺の腹に抱きついて来る。
 ちぎりパンみたいなぷにぷにの腕は、見ていて愛おしく思う。
 何世代も前の日曜朝の変身女児アニメの絵が描かれたピンクのTシャツにギンガムチェックのスカートを履いていて、可愛らしい。
 真凜の小さな背中には、紫とピンクのグラデーションがかったユニコーン柄のリュックサックが背負われている。
「なんの用だよ。大学なら自分で何とかするから、それでいいだろ」
「自分で何とかって、アンタいくらするか分かってんの!?」
「調べてるに決まってんだろ!! パキたんに聞いてるお前とは、ちげーんだわ!!」
 母親は肩をビクリと跳ね上がらせ、真凜は大きな声にびっくりしたのか声をあげて泣き出した。
「ママと、にぃ~に、ケンカしないでぇ……。なかよちちえ~」
 びぃや~! と背景に擬音が出て来そうなくらいの、大きな声で泣く真凜。
 顔面から出せるもの全て出し切る勢いで、泣いている。
 俺も真凜くらいの時、両親がケンカしてたら、泣いてたっけ……。
 母親が何で怒ってるのか、父親が何で怒られてるのかは分からなかった。だけど空気が悪いことは、子供心ながら分かったんだよな。
「真凜~。大丈夫よ、よしよし」
 母親が真凜を抱き上げて、頭を撫でる。
 真凜の涙や鼻水は、たちまち引っ込んでいく。
 母親の手って、不思議だ。よしよしされるだけで嫌なこととか不安は全て吹き飛んで、叩かれるだけで間違いや過ちを反省させるから。
「大学、続けていいわよ」
「……ハ?」
 なんで今このタイミングで、そんなことを言うんだよ。
 どうせパキたんの信者にバッシングされて、おかしい。って、気付いたんだろ。
 見ず知らずのインターネットの奴に言われて揺らぐような決意ならば、口にしなきゃ良いのに。
「私なりに、考えたのよ。私も下に弟が居るからって、親に大学の進学を許して貰えなかったの。弟は大して勉強してなくて、私の方が努力してるし成績も良いのになんで? って思いながら、言うことを聞いたのよ。私の頃とは時代も違うし、母親と同じことしちゃったな。って」
 母親は言葉ってを、続ける。その瞳は幼い頃に転んで泣いてる俺を、慰めながら絆創膏を貼ってくれた時と同じ目をしていた。
「……おう。さっきはごめん」
 感謝の言葉を言うのはなんだか照れ臭くて、ぶっきらぼうにそれだけ返事する。
 母親は「いいのよ」と笑いながら、洋菓子店の袋を渡して来た。
「何、これ」
「洋菓子の詰め合わせ。抹茶とかあんこ味のお菓子も選んだから、静弥君にもあげてね」
「あいつの好み、なんで知ってんの?」
「昔うちに遊びに来た時、ポテチとかクッキーよりどら焼きとかの方が喜んでたじゃない」
 小学校一年の冬休みの時だったか。
 母親がこたつに大皿でポテチとか個包装のクッキーを置いたのに、親父のどら焼きを勝手に食ったんだよな。あいつ……。
 そうだよな。親なら、子供の様子を見てるもんだよな。
 真凜もリュックサックを細い肩から外して、リュックサックのファスナーを開けた。
「にーに、ぶえすえっと~」
 そう言って真凜は、俺にハート柄のopp袋を渡して来た。紫のリボンで、結んだのは奈々だろう。
 ビーズは二つあった。
 一つは原色めいた緑と赤と紫の三色で作られた、ビーズのブレスレット。ビーズは工場で大量生産されたものの証か、寸分違わない球型で綺麗に三色順番に並んでいる。
 真ん中にはトリニティの公式ロゴのような、ゴールドの三角形のチャーム。
 ブレスレットの印象を一言で言うならば、ボタニカルとかエスニックだろうか。
 二つ目は透明と白で、揃えられたブレスレット。一つ目と違って石のようにビーズの形や大きさが不均等で、静弥の心みたいだと思った。
 真ん中には黒蝶貝のような色をしたハートの飾りがつけられていて、白基調だから少し浮いている印象を受けた。
「静弥お兄ちゃんにも渡す。って、聞かなくって」
 真凜とも、関わりあるの? 怖いんですけど……。
 聞いてもないのに、母親が語り出す。
 ちょっと前に母親と真凜で、アライブに買い物へ行った時。
 母親が真凜に車に乗る前にトイレへ行こうと提案したけど、真凜は喫茶ソワレのショーウィンドウを見てるから行きたくない! と、駄々をこねたらしい。
 母親はトイレに行きたいけれど、何があるか分からないし真凜を置いて行きたくはなかったらしい。
 しかし両手は買い物をした後の荷物で塞がっていて、どうしようかと途方に暮れていたらショーウィンドウを拭きに来た静弥が
「僕、真凜ちゃん見てますよ」と、提案したらしい。
 真凜と静弥であやとりをして遊んで待っていたらしく(とことん老人じゃねーか)、母親は頭を何度も下げたらしい。
 以来すっかり静弥に懐き、喫茶ソワレに行きたがるらしい。
 まさかこんな身近なところに、静弥のファンが居るとは思わなかった。
「そうだ。挨拶させてよ」
「いやー。それがさ……」
 かくかくしかじかで……と説明をしたら、母親に「探しに行きなさいよ!」と、叱られてしまった。
 警察に相談しても動いてくれなさそうなことを言うと、この村の警察の仕事はお天気を記録することだから。と、皮肉たっぷりに言う母親。
 俺もそう思います。わりかし、本気で。
 探しに行くと言っても、相手は車持ちだ。移動範囲は、めちゃくちゃ広いだろう。
 どうしたらいいんだよ。
 あの軽薄な男が、静弥を連れて行きそうな場所……。
 自分を良く見せたいだろうから、オシャレなイタリアンとかか!? 前と同じスーツ着てるから、金なさそうだよな。ファミレスか? 昔行った思い出の店とかも、有り得る。
 特定しようがねえ~!
 静弥の父親、エンスタとかフェイス ノートとかしてねぇかな? 
 田舎者だから、位置情報をONにして投稿してるだろう(この作品の主人公の半分は優しさで、残り半分は偏見で出来ています)。
おっさんだからエンスタじゃなくって、フェイス ノートの方が可能性高いか?
 俺はフェイス ノート、エンスタグラム、青い鳥ランド、ブルーシー、シーリアルを片っ端から思いつく名前で検索をかける。
 メンヘラのホス狂かのような挙動で、我ながらキモくて笑ってしまう。
「GPSとか、仕込んでないの?」
「犯罪だから、それ!」
 どっちかって言うと、やるのは静弥の方だろ……。
 うん? 待てよ? GPS?
「仕込んでるかも……」
「アンタ、犯罪よ。それ」
 まるでオンラインカジノで、数百万を溶かした息子を見るような目で母親は俺を見た。
「どの口が、言ってんだよ!」







 静弥のパパ活の証拠を掴む為に黒のタートルネックに発信機をつけていたのを、すっかり忘れていた。
 俺は居間のテレビの上に置いた、犯人追跡サングラスを顔にかける。
 よしよし。反応したぞ。
 右目のレンズに地図が、映し出された。追跡対象の赤い点と、俺の現在の位置である緑の点が重なっている。
『追跡対象が近くに居る為、ナビを終了致します』
 犯人追跡サングラスは機械のような声でそう告げて、レンズから地図を消した。
「グーグルマップか、お前は! 何しに起動したんだよ!!」
 顔から犯人追跡サングラスを外して、壁に叩きつけた。
 母親がスマホを見て、困惑の声をあげた。なんだよと母親に聞くと、半笑いで答えた。
「なんか、蓮のお店に居るらしいわよ」
 勘当されたんじゃねーのかよ。なんでやり取りしてんだよ。
 俺も迎えに来てくれたし、小学生の絶交並の効力しかないのかもしれない。
「え? あいつ働いてるの、BARじゃないの?」
「昼間は、レストランらしいのよ」
 母ちゃんのスマホのトーク画面には、蓮と静弥と怪物の自撮り写真が送られていた。
 三人とも楽しそうに、笑っている。
 画面に静弥は照れ臭くそうに、はにかんでいる。
 なんだよ、その笑顔……。俺には、向けない癖に。
 分かっている。俺は、他人だ。家族じゃない。
 あんな人間でも静弥と繋がれるし、笑わせられるんだな。
 俺達は恋愛感情と言う強固に見えて、一番脆い感情でしか繋がってないんだ。
 つか、世間狭すぎだろ。マジでシェルターの中で、生活してんのかよ……。
 母ちゃんは、また大きな声をあげた。その声は、家に巣作っていたツバメの巣がカラスに襲撃されたような悲しい声をしていた。
「静弥君。お父さんと喧嘩して、お店出て行ったって……」
 さっきの今で? 即オチニコマなの? 情緒ジェットコースターなの?
 本当に、手間がかかるな……。
「にぃに、ドコ行くの?」
 真凜がキョトンとしながら、俺を見ている。
「お姫様のお迎え」
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