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三十五話
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大丈夫だと言ったのに、静弥にタクシーに乗せられてしまった。
俺達の焼肉代は雲雀丘に渡したから、上手いこと精算してくれるだろう。
タクシー代は虎ばあさんが出してくれて、おんぶに抱っこすぎる。
お中元でも、贈ろうと思う。
俺は頭の中で、あの動画のことを考えていた。
冬服を着ていることから、恐らく冬服期間。
静弥の細い首には、赤いネクタイが巻かれていた。
成条高校は進級する度に、ネクタイの色が変わるのだ。
一年生は茶色、二年生は深緑、三年生は赤って言う感じで。
確かネクタイ一本で四千円近くして、三年間で一万二千円支払うことになる。
相澤や犬山と「流石、名門校の私立だよな」と、話していたのを覚えている。
俺らがつけてるペラペラのドンキのコスプレ用品みたいなネクタイですら、千五百円して高いと思うのに。
ネクタイの色が赤だから、静弥が三年生の冬服期間だ。
三年生の冬服となれば、期間はぐっと絞られる。
四月の年度始めから五月中旬までと、十月下旬から卒業式の三月一日まで。
成条はどうか知らないが最近は気候の関係で、ブレザーの着用は行事の時だけで良い学校も多い。
想像でしかないが、あの自慰動画と沢井とのセックス動画は高校三年の一月ではないだろうか?
沢井と蓮の話から考えるに、勝本達が春頃に沢井と静弥が付き合っていたと知っていたのは考えにくい。
二月の線も考えたが進学校の成条は大半以上の生徒が受験を終えているので、ニ月は自由登校だった気がする。
勝本に命令されて自慰動画を撮られた挙句に、セックス動画まで撮影されたのならば別れる理由として充分過ぎる。
静弥のメンヘラ試し行動抜きにしても、罪悪感に苛まれて別れる選択をすると思う。
沢井はどんな気持ちで、静弥を同窓会に誘おう。と、言ったんだろうか?
勝本達と、一緒に過ごしたくないに決まってるじゃないか! って沢井を凶弾する気持ちと、同級生が集まる楽しい同窓会に呼ばれないのは、悲しいに決まっている。と、沢井に同調する気持ちもある。
一人ぼっちは、寂しいから。
勝本達が、静弥の人生を捻じ曲げた。全ての元凶だ。黒よりも邪悪な、闇の権化そのものだろう。
だけど俺の推理が正しいならば、静弥の憎む対象は勝本になる筈なんだ。
何故あそこまで、雲雀丘を嫌っている……? 静弥が言っている雲雀丘の嘘って、なんだ?
一緒に入れる期間は、半分を過ぎてる。
「折角、焼肉来たのにごめんな」
タクシーの中で静弥の肩に頭を授けながら、そう謝ると
「また行ったら良いよ」
と、頭を撫でられた。
静弥は、本当に変わったと思う。
前の静弥なら、全然楽しくなかったから良い。とか、言ってただろう。
「あの……さ。雲雀丘と、何あったの?」
今の静弥ならば、教えてくれるかもしれない。
俺は静弥の端正な顔を、じっと見つめる。
「雲雀丘君は僕と沢井くん双方に、お互いが言っていたことを曲解して伝えたんだよ」
「た、例えば……」
「僕達が別れる決定打となった出来事があった直後。僕には沢井君が『メンヘラの試し行動も、あそこまでいくと怖いよ。勝本君達に僕達のことを吹聴して、強姦するように命令するなんて邪悪過ぎる』って、言って来たの」
「え……」
静弥は勝本が動画を送ったことに、気づいているのか?
もしかしたら勝本が静弥にも、同じのを送ったのかもしれない。
赦せない。暗闇の中で走る雷のように、怒りが俺の中でチラついて落下する。
怒りの雷勝本達に落ちて、勝本達は余りの熱さにもがき苦しみながらも暴言を吐いていた。
殺してやりたい。殺したいじゃ、ダメだ。殺さないと。
俺が、この手で。
雷が消えた瞬間に、俺の世界は真っ白に変わる。
余りにも空虚で、何もない世界。
その世界に疑念と言う名の墨が、一滴垂らされた。
静弥のオナニー動画や沢井と静弥のSEX動画は、静弥が酷い目に遭っても沢井が守ってくれるかの試験だったのか?
俺が勝本に襲われたのも、こいつの作戦だったのか……?
またこいつに、騙されたのか?
「ち、違う……! あ、アレは、本当に、勝本君達が勝手にしたことで!」
俺の言いたいことを、察したのだろう。静弥の濁った瞳の穢れが、増していく。
あの時の静弥の混乱も怒りも、本物だった。
それに静弥からの命令ならば、勝本からメッセージで
「話が違うだろ! 沼黒、出せよ!」
くらいは送って来るだろう。
そう言った類のメッセージが来ていないと言うことは、共謀はないと思う。
分かっているのと、納得出来るのはイコールじゃない。
「分かってる。僕がしてきたことを思えば、当然の反応だって……。だけどひかる君だけは、僕のことを信じて欲しい」
まるで蝋燭に火を灯すような、小さな祈り。
すきま風が吹くだけで、消えてしまいそうな小さな小さな灯火だ。
「あー……」
今この場で出すのはムードが無さ過ぎる気がするけど、何もかも間違えて今がある俺達だからもういいや。
「バッグ、開けて」
静弥は恐る恐る、クラッチバッグを開く。
開かれたクラッチバッグから、誕生日プレゼントのネックレスの箱が出て来る。
静弥に投げつけられ箱の角がグシャリと折れた、白い箱が。
俺はクラッチバッグに手を伸ばして、白い箱を開けてみせた。
箱からネックレスを取り出して、裏面を見せる。
裏面に刻印して貰ったメッセージは
『I want to be forgiven only by you.』
貴方にだけ、許されたい。
「静弥のこと許すから、俺のことも許してよ。ガサツなところとか、最初の酷い発言とか、気配り足りないところとか。俺はお前のアレとか、メンヘラ発狂するとか、潔癖なところとか面倒臭いとことか、手間かかるところ許すからさ」
「ひかる君……」
静弥の右目から一筋の涙が溢れ、蝋のように白い頬を伝う。
俺は仰向けにタクシーのシートに、押し倒されてしまった。
静弥の顔が、近づいて来る。
もう息が、顔にかかるくらいの距離まで接近してんじゃねーか。
こんなところで、おっぱじめんな!
一昔前に流行った、携帯小説の彼氏か! お前は!
「お兄ちゃん達」
定年手前くらいの玄関前によく居る狸の置き物みたいな運転手が、聞かせるように咳払いをした後俺達に呼びかける。
「お客さん」じゃなくってわざわざ「お兄ちゃん達」って言うあたり、田舎のタクシー ドライバーって感じがする。
「カーセックスは、二十歳までだよ」
うぜぇ~~~!! しばき倒してぇ~~~!!
静弥は顔色一つ変えずに
「初夜は星空が見える海の下って、決めてるんです」
なんて赤の他人でしかないおっさんに、のたまっている。
「そういうことを、言ってるんじゃないよ!」
うん。本当にそう。俺の恋人が、申し訳ありません。
俺はペアネックレスのホワイトオパールがついた方を、静弥の首につける。
ホワイトオパールは、俺の誕生石だ。静弥の心をそのまま凝固したみたいで、お守り代わりになれば良いなと思う。
静弥の誕生石は、エメラルドなので緑色。ありきたりな言葉だけど、運命を感じてしまう。
「静弥君。運転手さん困ってるから、やめなさい」
車内の照明に照らされて、ネックレスのオーロラのようなシェルがゆらゆらと揺れる。
スポットライトみたいで綺麗だと、素直に思えた。
*
沼黒家に着くなりタイミングを見計らったように、歩夢から通話がかかって来た。
時刻は、夜九時。人によったら、非常識にあたる時間だろう。
なんだよ。こっちは、忙しいんだよ。色々な意味で。
『お疲れー。晄、メール見た?』
「ごめん。見てないわ」
通話を繋げたまま、大手検索エンジンのメールを開く。
歩夢から転送されたメールに俺は驚きの余り、大声を出した。
【ニュージェネシス WeeTuberフェス運営】からの、出演依頼のメールだった。
【ニュージェネシス WeeTuberフェス】通称【NWF】は、次に来るWeeTuberをジャンル問わずに、関東の有名アリーナで毎年八月の頭にパフォーマンスをするフェスだ。
ジャンルは本当に雑多で、バンドに、漫才に、ジャグリングに、シンガーソングライターに、ラップに、演劇に、イリュージョンに、俺達みたいなダンサーも過去に出演していた。
運営が声をかけるチャンネル登録者の目安は、大体十五万超えくらいに思う。
なのでチャンネル登録者が十五万を超えた配信者は、とりあえずの目標として【NWF】の出演を掲げる者が多い。
勿論チャンネル登録者十五万を超えているからと言って、必ずしも声がかかる訳じゃない。
熾烈な椅子取りゲームで、席を勝ち取った人間だけが上がれる晴れ舞台。
今年の【NWF】の出演者は、もう決まっていた筈だ。
それこそ相互フォローの配信者も、告知していたし。
『いや~。イモータリス ハイスクールが、大炎上したじゃん』
「ああ。あの2.5とメン地下を足して十倍くらいに希釈した、コスプレダンサー集団な」
存在は知っているけど、炎上しているのは知らなかった。
イモータリス ハイスクールは男九人(スクールアイドルアニメかよ)からなる、ダンス系配信者だ。
みんなイモータリス ハイスクールに通う男子高校生と言う設定で、踊ってみた動画はアイドルアニメや踊る系のアニメOPが多い。
滑舌と発声終わってんのに、アニメのアフレコをした声優ごっこ動画をあげてたり、面白くねえ癖に「爆笑必須☆男子高校生の会話」とかのコント動画もあげていた。
男子高校生が、お互いのチンコのサイズ語り合うかよ。
なにが「りゅぴ。のちんちん大きくて、かっこういい~。カブトムシみた~い。俺の小さいから、羨ましい」だよ。
お前ら全員JK食ってる顔してる癖に、ホモ営業やめろって。
俺と相澤と犬山なんか、延々とジャンプで一番シコれるヒロインは誰か? だの、卑猥な意味じゃないのに、卑猥な意味にしか聞こえない単語選手権をしたり(ちなみに優勝は、犬山が言ったアナリスト)、女性器を横から見るか? 下から見るか? で談義したり、性欲まみれの男子高校生ライフを送ってましたよ。
ヤバい。静弥に知られたら生き埋めにされそうだから、墓場までこの秘密は持っていこう。
歩夢は爆笑を決めてから、言葉を続けた。
『お前マジ、悪口の万博会場すぎ……! そう。イモハイの奴らほぼ全員が、めちゃくちゃファン食ってたらしくてさ。それも未成年! ハメ撮りとかヌード写真をメンバー内で共有するだけじゃなくって、売ってたらしいんだよ。それそれに暴露されて、代打が俺達って訳』
それそれは、暴露系配信者だ。自ら面白いものを生み出す力がないけど自己顕示欲は強いので、ある程度燃料の揃った炎上事を配信することで自己顕示欲を満たしてやがるのだ。
自らもリサーチはしているだろうが、大半はリスナーから痛い人間や犯罪者の情報を提供して貰って配信してるんだと思う。
イモータリス ハイスクールの代打、ねぇ。
それは、喜んで良いのだろうか? どうせネットで、めちゃくちゃ悪口書かれるんだろうな。って、予想がつくもん。
『学祭クオリティーのコスプレダンサーの代打が、オナニー配信者が居るユニット? 緑、運営と寝たの?』
『もっとクリーンに活動してる配信者居るじゃん! こんな奴ら出すくらいなら、推しにチャンスあげてよ!』
『出演しても良いけど、Rukiとぼんチ。だけに、して欲しい。フォーメーション狂ってやりにくいなら、バックダンサーでやればいいし』
言われそう!! これ以上のえげつないのも、言われるんだろう。
一度失った信頼を取り戻すのは、ゼロから築くより難しいんだ。
『そんな訳で出演すっから、よろしく~! 依頼してた新曲届いたし、それでやろうぜ! コウをセンターにしたから!』
なに今からコンビニで、アイス買いに行こうぜ!(東京都民) くらいのノリで、言ってんだよ!
静弥が、俺の横顔を覗き見している。
ちょっと前の俺なら、センターなんて断固反対していたと思う。
だって、一番ダンス下手だし。二人のファンに、悪口言われるの見えてるし。
だけど、今は見せたい人が居る。
それだけの理由で、今すぐにでも踊り出したくて仕方ない。
「大丈夫だよ、ひかる君なら」
「これ以上、失うもん何もないしな~」
そう言ってケタケタと笑うと、静弥は鈍いなぁ。と、呟くのだった。
夜空の絨毯に我が物顔で居座っている月は二割くらい欠けてるけど、天文学的には満月に当たるのだろう。
「フラワームーンだね」
「フルムーンじゃなくって?」
静弥が呟いた言葉に、質問で返す。
「五月の満月を、フラワームーンって呼ぶんだ。様々な花が咲き始めることが、由来みたい。確か達成とか、実りって意味があった筈」
満月に意味があるなんて知らなかった。毎月満月を見上げては「綺麗だな」くらいしか思っていなかったのが、意味を知れば毎月の楽しみになるだろう。
「お前、なんでも知ってんなー」
流石、読書家と言うか。俺が気にしたことをないことを、知っているのは素直にすごいと思う。
「沢井君に、教えてもらった」
なんでこんなところまで、爽やかなんだよ。
足臭いくらいの欠点、あってくれよ。
流れ星など降り注いでいないのに、俺は夜空にそう祈った。
俺達の焼肉代は雲雀丘に渡したから、上手いこと精算してくれるだろう。
タクシー代は虎ばあさんが出してくれて、おんぶに抱っこすぎる。
お中元でも、贈ろうと思う。
俺は頭の中で、あの動画のことを考えていた。
冬服を着ていることから、恐らく冬服期間。
静弥の細い首には、赤いネクタイが巻かれていた。
成条高校は進級する度に、ネクタイの色が変わるのだ。
一年生は茶色、二年生は深緑、三年生は赤って言う感じで。
確かネクタイ一本で四千円近くして、三年間で一万二千円支払うことになる。
相澤や犬山と「流石、名門校の私立だよな」と、話していたのを覚えている。
俺らがつけてるペラペラのドンキのコスプレ用品みたいなネクタイですら、千五百円して高いと思うのに。
ネクタイの色が赤だから、静弥が三年生の冬服期間だ。
三年生の冬服となれば、期間はぐっと絞られる。
四月の年度始めから五月中旬までと、十月下旬から卒業式の三月一日まで。
成条はどうか知らないが最近は気候の関係で、ブレザーの着用は行事の時だけで良い学校も多い。
想像でしかないが、あの自慰動画と沢井とのセックス動画は高校三年の一月ではないだろうか?
沢井と蓮の話から考えるに、勝本達が春頃に沢井と静弥が付き合っていたと知っていたのは考えにくい。
二月の線も考えたが進学校の成条は大半以上の生徒が受験を終えているので、ニ月は自由登校だった気がする。
勝本に命令されて自慰動画を撮られた挙句に、セックス動画まで撮影されたのならば別れる理由として充分過ぎる。
静弥のメンヘラ試し行動抜きにしても、罪悪感に苛まれて別れる選択をすると思う。
沢井はどんな気持ちで、静弥を同窓会に誘おう。と、言ったんだろうか?
勝本達と、一緒に過ごしたくないに決まってるじゃないか! って沢井を凶弾する気持ちと、同級生が集まる楽しい同窓会に呼ばれないのは、悲しいに決まっている。と、沢井に同調する気持ちもある。
一人ぼっちは、寂しいから。
勝本達が、静弥の人生を捻じ曲げた。全ての元凶だ。黒よりも邪悪な、闇の権化そのものだろう。
だけど俺の推理が正しいならば、静弥の憎む対象は勝本になる筈なんだ。
何故あそこまで、雲雀丘を嫌っている……? 静弥が言っている雲雀丘の嘘って、なんだ?
一緒に入れる期間は、半分を過ぎてる。
「折角、焼肉来たのにごめんな」
タクシーの中で静弥の肩に頭を授けながら、そう謝ると
「また行ったら良いよ」
と、頭を撫でられた。
静弥は、本当に変わったと思う。
前の静弥なら、全然楽しくなかったから良い。とか、言ってただろう。
「あの……さ。雲雀丘と、何あったの?」
今の静弥ならば、教えてくれるかもしれない。
俺は静弥の端正な顔を、じっと見つめる。
「雲雀丘君は僕と沢井くん双方に、お互いが言っていたことを曲解して伝えたんだよ」
「た、例えば……」
「僕達が別れる決定打となった出来事があった直後。僕には沢井君が『メンヘラの試し行動も、あそこまでいくと怖いよ。勝本君達に僕達のことを吹聴して、強姦するように命令するなんて邪悪過ぎる』って、言って来たの」
「え……」
静弥は勝本が動画を送ったことに、気づいているのか?
もしかしたら勝本が静弥にも、同じのを送ったのかもしれない。
赦せない。暗闇の中で走る雷のように、怒りが俺の中でチラついて落下する。
怒りの雷勝本達に落ちて、勝本達は余りの熱さにもがき苦しみながらも暴言を吐いていた。
殺してやりたい。殺したいじゃ、ダメだ。殺さないと。
俺が、この手で。
雷が消えた瞬間に、俺の世界は真っ白に変わる。
余りにも空虚で、何もない世界。
その世界に疑念と言う名の墨が、一滴垂らされた。
静弥のオナニー動画や沢井と静弥のSEX動画は、静弥が酷い目に遭っても沢井が守ってくれるかの試験だったのか?
俺が勝本に襲われたのも、こいつの作戦だったのか……?
またこいつに、騙されたのか?
「ち、違う……! あ、アレは、本当に、勝本君達が勝手にしたことで!」
俺の言いたいことを、察したのだろう。静弥の濁った瞳の穢れが、増していく。
あの時の静弥の混乱も怒りも、本物だった。
それに静弥からの命令ならば、勝本からメッセージで
「話が違うだろ! 沼黒、出せよ!」
くらいは送って来るだろう。
そう言った類のメッセージが来ていないと言うことは、共謀はないと思う。
分かっているのと、納得出来るのはイコールじゃない。
「分かってる。僕がしてきたことを思えば、当然の反応だって……。だけどひかる君だけは、僕のことを信じて欲しい」
まるで蝋燭に火を灯すような、小さな祈り。
すきま風が吹くだけで、消えてしまいそうな小さな小さな灯火だ。
「あー……」
今この場で出すのはムードが無さ過ぎる気がするけど、何もかも間違えて今がある俺達だからもういいや。
「バッグ、開けて」
静弥は恐る恐る、クラッチバッグを開く。
開かれたクラッチバッグから、誕生日プレゼントのネックレスの箱が出て来る。
静弥に投げつけられ箱の角がグシャリと折れた、白い箱が。
俺はクラッチバッグに手を伸ばして、白い箱を開けてみせた。
箱からネックレスを取り出して、裏面を見せる。
裏面に刻印して貰ったメッセージは
『I want to be forgiven only by you.』
貴方にだけ、許されたい。
「静弥のこと許すから、俺のことも許してよ。ガサツなところとか、最初の酷い発言とか、気配り足りないところとか。俺はお前のアレとか、メンヘラ発狂するとか、潔癖なところとか面倒臭いとことか、手間かかるところ許すからさ」
「ひかる君……」
静弥の右目から一筋の涙が溢れ、蝋のように白い頬を伝う。
俺は仰向けにタクシーのシートに、押し倒されてしまった。
静弥の顔が、近づいて来る。
もう息が、顔にかかるくらいの距離まで接近してんじゃねーか。
こんなところで、おっぱじめんな!
一昔前に流行った、携帯小説の彼氏か! お前は!
「お兄ちゃん達」
定年手前くらいの玄関前によく居る狸の置き物みたいな運転手が、聞かせるように咳払いをした後俺達に呼びかける。
「お客さん」じゃなくってわざわざ「お兄ちゃん達」って言うあたり、田舎のタクシー ドライバーって感じがする。
「カーセックスは、二十歳までだよ」
うぜぇ~~~!! しばき倒してぇ~~~!!
静弥は顔色一つ変えずに
「初夜は星空が見える海の下って、決めてるんです」
なんて赤の他人でしかないおっさんに、のたまっている。
「そういうことを、言ってるんじゃないよ!」
うん。本当にそう。俺の恋人が、申し訳ありません。
俺はペアネックレスのホワイトオパールがついた方を、静弥の首につける。
ホワイトオパールは、俺の誕生石だ。静弥の心をそのまま凝固したみたいで、お守り代わりになれば良いなと思う。
静弥の誕生石は、エメラルドなので緑色。ありきたりな言葉だけど、運命を感じてしまう。
「静弥君。運転手さん困ってるから、やめなさい」
車内の照明に照らされて、ネックレスのオーロラのようなシェルがゆらゆらと揺れる。
スポットライトみたいで綺麗だと、素直に思えた。
*
沼黒家に着くなりタイミングを見計らったように、歩夢から通話がかかって来た。
時刻は、夜九時。人によったら、非常識にあたる時間だろう。
なんだよ。こっちは、忙しいんだよ。色々な意味で。
『お疲れー。晄、メール見た?』
「ごめん。見てないわ」
通話を繋げたまま、大手検索エンジンのメールを開く。
歩夢から転送されたメールに俺は驚きの余り、大声を出した。
【ニュージェネシス WeeTuberフェス運営】からの、出演依頼のメールだった。
【ニュージェネシス WeeTuberフェス】通称【NWF】は、次に来るWeeTuberをジャンル問わずに、関東の有名アリーナで毎年八月の頭にパフォーマンスをするフェスだ。
ジャンルは本当に雑多で、バンドに、漫才に、ジャグリングに、シンガーソングライターに、ラップに、演劇に、イリュージョンに、俺達みたいなダンサーも過去に出演していた。
運営が声をかけるチャンネル登録者の目安は、大体十五万超えくらいに思う。
なのでチャンネル登録者が十五万を超えた配信者は、とりあえずの目標として【NWF】の出演を掲げる者が多い。
勿論チャンネル登録者十五万を超えているからと言って、必ずしも声がかかる訳じゃない。
熾烈な椅子取りゲームで、席を勝ち取った人間だけが上がれる晴れ舞台。
今年の【NWF】の出演者は、もう決まっていた筈だ。
それこそ相互フォローの配信者も、告知していたし。
『いや~。イモータリス ハイスクールが、大炎上したじゃん』
「ああ。あの2.5とメン地下を足して十倍くらいに希釈した、コスプレダンサー集団な」
存在は知っているけど、炎上しているのは知らなかった。
イモータリス ハイスクールは男九人(スクールアイドルアニメかよ)からなる、ダンス系配信者だ。
みんなイモータリス ハイスクールに通う男子高校生と言う設定で、踊ってみた動画はアイドルアニメや踊る系のアニメOPが多い。
滑舌と発声終わってんのに、アニメのアフレコをした声優ごっこ動画をあげてたり、面白くねえ癖に「爆笑必須☆男子高校生の会話」とかのコント動画もあげていた。
男子高校生が、お互いのチンコのサイズ語り合うかよ。
なにが「りゅぴ。のちんちん大きくて、かっこういい~。カブトムシみた~い。俺の小さいから、羨ましい」だよ。
お前ら全員JK食ってる顔してる癖に、ホモ営業やめろって。
俺と相澤と犬山なんか、延々とジャンプで一番シコれるヒロインは誰か? だの、卑猥な意味じゃないのに、卑猥な意味にしか聞こえない単語選手権をしたり(ちなみに優勝は、犬山が言ったアナリスト)、女性器を横から見るか? 下から見るか? で談義したり、性欲まみれの男子高校生ライフを送ってましたよ。
ヤバい。静弥に知られたら生き埋めにされそうだから、墓場までこの秘密は持っていこう。
歩夢は爆笑を決めてから、言葉を続けた。
『お前マジ、悪口の万博会場すぎ……! そう。イモハイの奴らほぼ全員が、めちゃくちゃファン食ってたらしくてさ。それも未成年! ハメ撮りとかヌード写真をメンバー内で共有するだけじゃなくって、売ってたらしいんだよ。それそれに暴露されて、代打が俺達って訳』
それそれは、暴露系配信者だ。自ら面白いものを生み出す力がないけど自己顕示欲は強いので、ある程度燃料の揃った炎上事を配信することで自己顕示欲を満たしてやがるのだ。
自らもリサーチはしているだろうが、大半はリスナーから痛い人間や犯罪者の情報を提供して貰って配信してるんだと思う。
イモータリス ハイスクールの代打、ねぇ。
それは、喜んで良いのだろうか? どうせネットで、めちゃくちゃ悪口書かれるんだろうな。って、予想がつくもん。
『学祭クオリティーのコスプレダンサーの代打が、オナニー配信者が居るユニット? 緑、運営と寝たの?』
『もっとクリーンに活動してる配信者居るじゃん! こんな奴ら出すくらいなら、推しにチャンスあげてよ!』
『出演しても良いけど、Rukiとぼんチ。だけに、して欲しい。フォーメーション狂ってやりにくいなら、バックダンサーでやればいいし』
言われそう!! これ以上のえげつないのも、言われるんだろう。
一度失った信頼を取り戻すのは、ゼロから築くより難しいんだ。
『そんな訳で出演すっから、よろしく~! 依頼してた新曲届いたし、それでやろうぜ! コウをセンターにしたから!』
なに今からコンビニで、アイス買いに行こうぜ!(東京都民) くらいのノリで、言ってんだよ!
静弥が、俺の横顔を覗き見している。
ちょっと前の俺なら、センターなんて断固反対していたと思う。
だって、一番ダンス下手だし。二人のファンに、悪口言われるの見えてるし。
だけど、今は見せたい人が居る。
それだけの理由で、今すぐにでも踊り出したくて仕方ない。
「大丈夫だよ、ひかる君なら」
「これ以上、失うもん何もないしな~」
そう言ってケタケタと笑うと、静弥は鈍いなぁ。と、呟くのだった。
夜空の絨毯に我が物顔で居座っている月は二割くらい欠けてるけど、天文学的には満月に当たるのだろう。
「フラワームーンだね」
「フルムーンじゃなくって?」
静弥が呟いた言葉に、質問で返す。
「五月の満月を、フラワームーンって呼ぶんだ。様々な花が咲き始めることが、由来みたい。確か達成とか、実りって意味があった筈」
満月に意味があるなんて知らなかった。毎月満月を見上げては「綺麗だな」くらいしか思っていなかったのが、意味を知れば毎月の楽しみになるだろう。
「お前、なんでも知ってんなー」
流石、読書家と言うか。俺が気にしたことをないことを、知っているのは素直にすごいと思う。
「沢井君に、教えてもらった」
なんでこんなところまで、爽やかなんだよ。
足臭いくらいの欠点、あってくれよ。
流れ星など降り注いでいないのに、俺は夜空にそう祈った。
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