泥中の光

RRMR

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エピローグ

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 月日は百代の過客にして。東京に戻って来てから、一カ月が過ぎた。
 あと二回寝たら、六月が終わってしまう。早い、早すぎる。
 俺は以前住んでいたアパートを引き払い、一足早くに新居での生活を始めている。
 この一カ月の間に【NWF】にトリニティが出演することが解禁されたり、朝のワイドショーにも出演が決まり、ゲームセンターのプライズに俺達のぬいが登場することが解禁されたり、トリニティの活動は順風満帆だ。
 身の周りの人間も、立て続けに変化が起きた。
 親父は地元のバス会社で、ドライバーとして就職した。立花は自分の店の古着屋を瀬良市に七月にオープンさせるし、逆に雲雀丘は無職になった。
 勝本は引っ越したらしいし、沢井は臨床心理士を目指して大学院に行く為に猛勉強中。
 歩夢も司法書士の試験勉強をしながらユニット活動をしているし、智顕は相変わらず。
 三村は漫画の新人賞の原稿を描いてるらしいし、虎婆さんは変わっていない。
 俺は器用なタイプではないので、目先の【NWF】に集中することにして、日々レッスンに励んでいる。
 今まではメンバー間だけでのレッスンだったが、今回は出る場所が出る場所なのでプロのダンサーに三人で頭を下げて指導して貰っている。
 流石プロだけあって普段意識したことないようなことばかりがさも当たり前に要求され、余りの出来なさに俺は帰宅してから泣いた。
 出来ないことの悔しさと言うよりは、己が如何に井の中の蛙でしかなかったことを痛感したからだ。
 先生の動きは洗練されていて、身体の先まで全て綺麗で乱れがない。
 先生にかかれば準備運動の基礎ステップですら、ブロードウェイのダンスみたいで実力の差を思い知らされた。
【NWF】が終わってから、就職活動は本格的に始める予定だ。
 なんかみんなが前に進んでいる中、俺だけ置いてけぼりを食らっている気分……。
 ワイドショーは連日馬鹿の一つ覚えのように、米の高騰やら備蓄米放出だの令和の米騒動だの米に関する話題ばかりだった。
 新しいアパートは日野市にあり、八王子と比べると治安は雲泥の差だ。
 夜中にガキがラップバトルを始めないし、チャリのサドルは盗まれないし、コンビニ店員が舌打ちしながら接客もして来ない。
 今までの俺は生活用水垂れ流しの濁流の川に住むアメリカザリガニで、今の俺は子供達が川遊びをするような清流の川に住む鮎みたいなもんだ。
 日野市は東京の中心部にあるベッドタウンで、賃料も思いの外安いのでここに決めた。
 借りてるアパートは、JR日野駅まで徒歩約十五分の築二十五年の3LDK。
 2LDKの部屋と3LDKの部屋で大して家賃の差がなく、静弥に「配信部屋にしたら?」と言われたので、遠慮なく配信部屋に使わせて貰うことにした。
 引越し先を日野市に決めたのは、静弥の職場が日野市のショッピングモールになったからだった。
 正確にはショッピングモール内の、大手チェーンの本屋だ。
 高校時代のアルバイト経験を買われ、契約社員で雇って貰えたらしい。
 高校生にして本の発注などかけていたらしく(流石、田舎の本屋だと思う)、人手不足の業界で経験者だからと雇って貰えたようだった。
 正社員登用もあるらしく、頑張る! と静弥は、声高らかに宣言していた。
 俺は大学の通学時間が長くなってしまったが言って二十分くらいなので、負担にはなっていない。
 あの街に静弥を住ませる方が、不安で胃がキリキリしそうだし。








 今日は静弥が、新居に引っ越して来る。
 単身と引越しシーズンが過ぎてるとは言え、この長距離移動だ。
 俺の予想より引越し代は数万高価くつき、引越し代は俺が多めに払うことにした。
 静弥は朝の八時に引越し業者に荷物を渡して、電車でこっちへ向かっているらしい。
 東京駅で待ち合わせているので、俺もそろそろ向かおうと思う。
 楽しみ過ぎて、俺はあんまり眠れなかった。小学校の頃も、遠足の前とかはソワソワして眠れなかったんだよな。
 俺の引越し作業は引越し代が勿体ないので、バイト先と大学とトリニティメンバーを掻き集めて手伝って貰った。
 元々ワンルーム住みで、荷物は少なかったし、手分けしたらすぐだった。
 智顕のスポーツカーを見るなり、バイト先の友人は劇場版名探偵アニメの少年探偵団の餓鬼大将かの如く
「すっげー!」と、感嘆の雄叫びを上げたのだった。






 静弥が乗っている新幹線は、のぞみ228号。
 東京駅の17番線に、昼の十二時四十五分に到着するらしい。
 試しに新幹線の時刻表やら乗り換え案内を調べてみると、大量に新幹線の名前と番号と時間と入るホームが表示された。
 当たり前に数分に一本新幹線がこの駅にやって来ることは、何というか社会の縮図のような気がした。
 誰かによって決められたルートに沿って、課せられたノルマを決められた時間までにやること。
 それが「当たり前」になっていて、達成するまでの血の滲むような努力は見えない。
 俺達「トリニティ」だって、そうだ。
 たった数分の為に、何十時間も費やして練習する。
 たった数分の評価で、全てが決まる。
 はっきり言ってしまうと、対価と報酬は見合ってないと思う。
 だけどファンからの「すき」の一言だけで、俺達のエンジンにブーストがかかるから、頑張れてしまうのだ。
【NWF】は、絶対に成功させたい。
 話を、今に戻そう。
 静弥とは、東京駅の東海道・山陽新幹線南乗り換え口で待ち合わせすることにした。
 東海道・山陽新幹線は南北に乗り換え口があるんだけど南の方が見晴らしが良いし、何より説明しやすい。
 南乗り換え口は、改札前の柱と言い改札のフラップドアと言い天井の案内板と言い青で統一されている。
 事前に「東京駅で待ち合わせするなら~」的なまとめサイトのアドレスを共有した上で、さっき写真を送ったから大丈夫だと思う。
 時刻は正午から半刻過ぎたくらいで、少し早く着きすぎたと思う。
 俺が早く着いたからって、静弥に早く会える訳じゃないのに。
 それでも、良いんだ。
 静弥がどんな格好でやって来るのか? とか、俺の名前を呼ぶ第一声はどれだけ優しいんだろう? とか、会ったらどんな顔で抱き着こう? とかそう言うのを考えてる時間が、好きなのだと今気が付いた。
 キャメル色のハーフパンツのポケットで、スマホが振動している。
 ホーム画面を見ると、無料通話アプリの通知が二十件以上来ていた。
 静弥からか? と期待してアプリを開いたら、トリニティのグループトークが動いていた。
 トーク画面を開くと、歩夢と智顕二人で盛り上がっている。
『イモハイの白、抜けるみたい。なんでェ?』
 智顕のメッセージの下には、なんでェ?と言っているハチワレ猫のスタンプが続いていた。
 イモハイ……ああ。あの2.5とメン地下崩れの年齢詐称児ポ高校生達か。
 どうでも良すぎて、存在を忘れていた。
『羽狩(はかり) 燐狗(りんく)だろ? 確か児ポには関与してない子だよな? メンバーの中ではまともな謝罪文出してたから、温度差とか感じたんじゃね?』
 名前とメンカラを言われて、アルビノっぽいコスプレしてるあいつか。と、やっと顔を思い出す。
『あーね。イモハイの中では一番ダンス上手いのに、もったいないね』
『絶対、転生するだろwww あいつwww』
 それは、めちゃくちゃ同意する。
 配信者が一回や二回の炎上で、潔く引退する訳がない。そのケンキョさがあるヤツは、そもそも配信をしない。
 ソースは、俺。
 つーか。イモハイとか、マジでどうでもええわ。
 tmitterに生息している自称心理学者のおっさんの経験人数くらい、どうでもいい。
 丁度新幹線が到着したのか、青い改札口からたくさんの人間が出て来る。
 ペアネックレスにそっと手を触れて、静弥を待つ。
 雑踏の中から、一際目立つ男がこちらへ歩いて来る。
 緑のTシャツの上に黒い半袖のナイロンのジップアップシャツを羽織り、下も同色のナイロンパラシュートパンツを履いている。
 丸い頭にはSのイニシャルワッペンがついた黒のバケットハットに、靴はイギリス風な合皮のカジュアルスニーカー。
 腕は真っ黒のアームカバーで覆われており、おばさんかよ! と、ツッコミを入れそうになった。
 長かった髪はバッサリと切り、以前の陰鬱さは見えない。
 前髪も切ったおかげで、端正な顔立ちがはっきりと見えるようになった。
 身体付きも、少し健康的になったと思う。
 まだ細いっちゃ細いけど、以前は見てて心配になる痩せ型だったから。
 今は「痩せてて、羨ましい~」って、気軽に言える細さと言うか。
 どうしたんだよ、雰囲気変わりすぎだろ……。
 山南村に居た頃は潰れかけの店主が趣味でやってる食堂だったならば、今はおしゃれな穴場イタリアンみたいな感じがする。
 いや、それよりも。
 首のクールネックリングに、ハンディファンに、ワイヤレスイヤホンに……スタイルが原始人から令和へアップデートされている。
 え、本当に静弥か? 中に宇宙人とか、入ってない? いや宇宙人はいつも入っているけど、違う星の宇宙人と言うか。
 俺が手を振るよりも前にこちらへ気付いた静弥は、猪かのようにキャリーケースを引っ張ってこちらへやって来た。
「ひ、久しぶり……。晄君」
 そう言いながら、強く俺を抱きしめる静弥。
 力、かけすぎだろ! 背骨とか、腰の骨折る気かよ!
 静弥の手は下に移動して行き、俺の尻を撫でた。
「セクハラ、やめてくださ~~~~い。山南村に、強制送還すんぞ」
「今日の下着って、デニムみたいなもの? 五月五日と五月八日と五月十日と五月十三日と十六と」
「そんなとこまで、把握すんな!! キモっ!!」
 それはそうと、通行人の視線をめちゃくちゃ感じる。
 こんな公共の場でボーイズが、ラブしてるからか? と思ったけど話し声を盗み聞くと、俺がトリニティのコウではないか? と、気付いているようだった。
 静弥は「ご、ごめん」って謝りながら、慌てて俺から離れる。
 静弥の左手の指に自身の右手の指を絡めて手を繋ぎ、そのまま歩き出す。
「気にすんなって」
「ぃ、あ、うぇ……?」
「てか俺の恋人なら、これくらいで狼狽えないで下さ~い。いつもの妖怪ヌマクローアイズ、喰らわせてやれって」
「な、なにそれ……」
「薬物患者みたいな、ドロっとした目」
「なんで、そんなこと分かるの? キメたことあるの?」
「しばき回すぞ!」
 しまった。釣られてイントネーションが西寄りに、なってしまった。
 通行人の女の子二人組の一人がくすくすと笑いながら「関西人かな?」と言い、もう一人が「そうじゃない? 超バカっぽい~」と、歯を見せながら手を叩いて歩いている。
 どつき回したろか、ほんまによ。
 まぁ、そんなことより。
「久しぶり、静弥。ようこそ、東京へ」
「……うん」
 世界がベールに包まれた気がした。まるで自分と静弥しかこの場に居ないかのように、静弥のことだけ俺の中に入って来る。
「お前、パスポート持って来た? 山南村から、東京に入るには必要なんだよ」
「山南村は、日本だから。あと君、何東京人ぶってるの? たかが三年住んだくらいで……」
「うっわー! 今のガチ田舎者っぽい! コワ~」
「晄君って、自分が田舎者って言う大前提忘れてるよね」
「うるせーな。てかお土産、何買って来てくれたん?」
「蘇蘇チーズケーキ」
 俺は、ずっこけそうになった。それは、俺らが県外の友達にあげるもんだろ!
「なんでだよ!! 京都で京ばあむとか、買って来いよ!!」
「君、東京の人なんでしょ? それで良いじゃない」
「おーおーおー。生意気に育っちゃって……」
「晄君ほどじゃないよ」
 静弥はキャリーケースを道の端で開けて、大きい紙袋を俺に手渡して来た。結構、重いな。
「何……コレ」
「晄君が、大好きな玩具」
 耳元で囁かれるわ、息を吹きかけられてしまった。
「はっ倒すぞ!! お前、ふざけんなよ!! ひ、卑猥なもん押し付けて来んな!」
 尻尾を踏まれた猫のような声で、俺は静弥に文句を言う。
「あれ? 僕は卑猥なものなんて、一言も言ってないけど」
 確かにアダルト用品にしては、紙袋のサイズがデカい。
 俺は静弥に許可を取り、紙袋を開いて中身を確認する。
「す、Switch2……!」
「ね。大好きな、玩具だったでしょ?」
 抽選に外れ店舗でも買えないのに、静弥が手に入れてるのがなんか静弥って感じがする。
「本当に、ありがとう……お金、払う」
 夢にまで見たSwitch2の箱に、頬擦りしながらそう言う。
 静弥は「いいよいいよ。引越し代多めに払って貰ったし、物件選びも任しちゃったし」なんて言っている。
 いくらガサツと言えど、新品Switch2が傷付いたら流石にショックを受ける。
 紙袋にSwitch2を戻そうと紙袋を開いたら、目にとんでもない物が飛び込んで来た。
「せーいーやーくーん?」
「ん? 何かな?」
 こんな代物、公衆の前で晒せる訳がない……!
 振動モードや吸盤がついた、前立腺マッサージのアナルビーズなんて……! うっわぁ。遠隔ローターまで、ついてんじゃねえか!
「な、なんでもない」
「僕電車乗る前に、お手洗いに行っておきたいな。案内してよ」
「え? ああーーオチ、見えたぞ! 一人で、行け! 表示見たら、行けんだろ!」
「酷いなぁ。僕、お上りさんなのに」
「どの口が言ってんだよ!」
 ま、まあ。ようこそ、東京へ。
 これからも、よろしくな。静弥。
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