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マウリシア大陸編

四十一話 ケイの奮闘

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~悠久の刻を抱く我が魂。絶えることなく我が心に伝わる息吹。我が誓いを以て、今汝の心にも豊穣を与えよう。我が名はクラウフ、一つの時を共に歩む汝の名を掲げよ~
~我の名はメイリー。我が時の中に汝の名を刻み、我が心の中に汝の想いを抱く。我は汝と共に歩むことを望む者~
『我と汝の温もりは、今ひとつに!』
クラウフと合わせていた手から、暖かい柔らかさに包まれるような感じがした。

「これで精霊との契約は終わりだ。」
ヴァル兄の言葉に、あたしは歓喜みたいのが沸き上がってくる。誰も手にしたことのな・・・くは無いだろうけど、今この世界ではあたしのみの力。奢るわけではないけど、なんか良い気分。
「ついにあたしも此処まで来たかぁ。」
「まだ安心するのは早い。ここからが試練なんだ。契約は力を結ぶためのもの。解放するにはまだやらなければならないことがある。」
え、まだ終わりじゃないのか・・・。
「心配するな。いずれその時が来る。近いうちにな。お前なら乗り切れると信じている。」
「何かは教えてくれないのね。」
「時が来ればわかるわよん。じゃ、わたしはその時まで休ませてもらうわぁ~。」
「俺もだ。暫くは好きにしていればいい。」
「わかったわ。」

マリアンとヴァル兄が消えて、町に戻る頃にはもう夜が明けていた。



「いつまで寝てんのよ!」
ドカッ!
「うおぅっ・・・。」
あたしは宿が無いことを忘れていて、仕方が無いんで町の入口にあるアーチの根本に寄りかかって寝ていた。夜が明けてから眠ったため、日が昇ってそんなに経ってない今はとても瞼が重い。
あたしがここに寝る頃には、通行人もまばらで、変な目で見られたけど、眠気がどっときてそんなこと気にしてられる状況じゃ無かったんだけどねぇ。ってか今の方が変に見られてるよ。通行人も多いし、アリィに蹴り起こされるし、眠いし。
「なにこんなところで寝てるのよ。」
「えぇ、だって行くところ無いんだもん。」
(そういえば、行くところ無いのってアリィの意地悪の所為だよな・・・。)
「そんなことはどうでもいいから、朝食未だなんでしょ、食べに行くわよ。今日は奢ってあげるから。」
なんかサラッと流されたんですけど・・・。でもま、ご馳走してくれるんならいいか。あたしは頷くと、重い腰を上げて立ち上がろうとした。
「ってか、いつもたかられて奢ってるっつーの。」
ボスッ!
「グホッ・・・。」
(な、なんでよ。)
起きあがり際におもいっきりお腹を叩かれる。
「って、置いてくなよぉ・・・。」
あたしを叩いた後、アリィはさっさと歩き出していた。くぅ、こっちはまだ眠いし、痛いし、身体がまだ目覚めてないっていうのに。



町のとある食堂で朝食を取っている。眠さ故かあまり食が進まない感じだけど。
「で、昨夜結局何を話していたの?」
一通り食べ終わるとアリィが聞いてきた。
「ああ、昨夜はクラウフと契約してたのよ。それで今後の方針なんかを話していたんだけど、ちゃんと教えてくれなかったよ。」
最終的にはどうなるか聞いたけど、それは話さないでおくことにした。酷い仕打ちを受けてるからちょっと意地悪してあげよう。っても、それを聞いたからと言ってアリィが動揺するとは到底思えないけどね。
「ふ~ん。土の精霊かぁ、どんなヤツ?」
「かなりボケてるというか、天然・・・。」
あたしは昨夜のことを思い出しながら、不安そうな顔で言う。
「そう・・・なんかまともな性格の精霊っていないのかしら。」

このアリィの言葉に激しく反論したのはマティアとアーレリィだったが、あたしとしてもあんまり変わるようには思えなかった。
「って・・・なに出て来てんのげふっ・・・。」
なんて思った時には、二人からの突っ込みが・・・。



アリィとケイが準備をして宿を引き払って、町のアーチで待ち合わせた。
「いろいろ世話になったけど、ランブーレルの町ともお別れね。」
あたしは振り返って町並みを見る。最初はボケジジイに会ったけど、結局はいい人達だったし、最初は酷い目に遭うけど、終わってみると良い想い出よねぇ。
「ほら、さっさとシャクルに向かうわよ!」
浸っているあたしに蹴りをくれてさっさと歩き出すアリィ。
「待てって・・・。」

あたし達は次の町、シャクルを目指して歩き始めた。シャクルまでは暫く町らしい町も村もない。早くても一週間はかかるだろう。



「カァッ!」
咆哮とともに周囲の地面が剔れ、衝撃破に飲まれた街道脇の木々が折れる。あたしたち以外に通行人が居なかったのが幸いだったが、突然のことに対処が遅れ、あたしたちも弾き飛ばされる。
「な・・・なんなのよ突然!」
アリィが起き上がりながら文句を言う。
「ありゃ、この前闘った精魔とかいうヤツじゃねぇのか。波動が似てる。」
ケイの方は飛ばされてもちゃんと着地していたらしく、相手を分析?しているようだ。
「ぶほっ・・・。」
「お前はなんで後ろに飛ばされたのに、うつ伏せに突っ伏してんだ?」
あたしの状態にケイが突っ込む。体制を立て直して着地に失敗した、なんて言えない・・・。
「いやぁ、飛ばされたときに身体が回っちゃってねぇ・・・って、なんだよその冷たい視線は。」
「マヌケ。」
「プッ。」
おのれこいつらぁ・・・。

「ってかそれよりも、あれなんとかしないとねぇ。明らかにあたし狙いじゃん。」
あたしはイヤな顔をしながら言う。
「そうよねぇ、以前もかなり苦戦させられたし、出来ればやりたくないわ。そもそも、あんたが原因ならあんただけで闘いなさいよね。」
もう既にやる気無し状態であたしに不満を叩きつけるアリィ。ったくしょうがない。あたしはアンティヴィアを抜こうとしたが、ケイがそれを制した。
「なによ。」
「待て、ここは俺にやらせろ。この前は上手くいかなかったからな。」
いや、やりたいなら全然構いませんけど。
「んじゃよろしく。」
あたしはそう言って、既にお茶の準備をしているアリィのとこに行った。ってかこの状況でなんでお茶なんか煎れてんだ?
「メイも飲む?」
「うん飲む♪」



「駆天閃!」
ケイと精魔の戦いは既に始まっていた。精魔の懐に潜り込み、アルゲイストを袈裟切りに振り下ろす。精魔の背中まで剣閃が伸びていたが、次の瞬間バギンッ!という音とともに弾かれる。そこへ振りかぶられていた精魔の腕がケイを捉える。
「ぐあっ!・・・」
かろうじてアルゲイストて受け止めたものの、後方へ飛ばされるケイ。

「よくあんなのと戦ってられるわね。」
呑気にお茶を飲みながら言うアリィ。
「あんたも呑気に飲んでのよっ!」
「ぐ・・・ぐぇ・・・。」
アリィは言いながらあたしの首を絞める。ちょっとまて・・・マジ死ぬから・・・。

「はぁ・・・まったく、なんで首しめられなきゃなんないのさ。それよりさぁ、アリィだって前は戦ってたじゃん。」
「あれは成り行きよ。まさかあんな手強いとは思ってなかったし。それに、あの経験があるからこそ今回は戦わないことにしたんじゃない。」
なるほど、それもそうね。まあ、そういうことだからケイには頑張ってもらおう。などと思い、参加する意思など毛頭無かった。
「ケイがやられたらあんたの番だけどね。見届けた後、私は逃げるけど。」
そうですか、別にそれは構わない・・・
「って、それはあたしがやられることを前提に話してないかい?」
「そうだけど?」
なにをしれっと・・・。



(くそう・・・剣閃だけじゃ効きやしねぇ・・・。かといって瞑纏死じゃ損ねた場合こっちが危ない。)
あたしらが呑気にお茶を飲んでる間にも、ケイは頑張っていた。
(あたしに回さないようガンバレ~。)
心の中でケイの無事を祈る。

(あいつら呑気に茶なんか飲みやがって。まあ、手出しされても気に入らないが。狙いはメイらしいが、こっちに気を取られているのは都合がいいな、集中できる。)

精魔がケイに仕掛けた。なにを考えているのかわからないが、飛ばされたケイはぼーっとしていた。そのケイの方に精魔が口を大きく開ける。
ずどぉぉぉぉん!
(おお!目からビーム!)
スパーンッ!
などと思ったあたしにアリィの突っ込みが入る。正確には口から閃光が迸ったようだ。一瞬の閃光とともにケイのいた場所にちっちゃなクレーターが出来ている。範囲は狭いがその分威力を集中させてるみたいだ。なにせケイが跡形もなく
ガスッ・・・
(な、なにさっきからその無言の突っ込みは・・・。)
アリィの突っ込みは炸裂してるが、ケイの方は精魔の攻撃をしっかりかわしている。

「ちっ、やっぱ大人しくしてるわけないか。」
続けざまに連発する精魔の攻撃。粉塵が巻き上がってケイの姿が追えなくなった。

「ぐがぁぁぁぁっ!」
その時突然、精魔の雄叫びが聞こえる。
「何時までも調子に乗ってんじゃねぇ。」
雄叫びの中に微かにケイの声が混じってる。何かをしたんだな。

粉塵が落ち着いた時に目にした光景は、片腕から血を流しているケイと、頭に刺さったアルゲイストを引き抜いたところの精魔だった。
(あの程度じゃ死なないわね。)
「メイ、お茶のおかわり煎れるわよ。」
「あ、うん。ありがとう。」
ま、とりあえずお茶飲んで落ち着こう。向こうも一段落ついたみたいだし。

引き抜かれたアルゲイストは精魔の手を離れると、ケイのところに戻った。
「なめた真似しやがって・・・気力の疲労が激しいがあれをやるか。」
ケイがアルゲイストを正面に構えると、もう片方の手を刃の背に置く。
「なんかするみたいだわ。」
「そうだね。」

「思纏閃!」
その言葉の後、アルゲイストの赤い刀身を包むように、淡く白い刀身が大剣なみに浮かび上がっている。
「すげぇ、剣になったよ。」
「確かに凄いわ。ケイも魔術師だったら、私程じゃないにしろかなりの使い手だったかもしれないわね。」
「ケイ魔法使えないじゃん。」
「例えばの話しよ。あれだけのものを具現させてるんだもの。」
確かに凄い。魔法の中にも具現化させるような魔法はあるが、あれは難しくてあたしは得意じゃない。というか出来ない。おそらくアリィも出来ないだろう。そもそも使い手自体が殆ど居ない。何故そうなのか、それはその魔法に費やすべき時間、魔力が半端じゃないからだ。
否応なしにそれのみに全てを費やさねばならない。だからといって、ちゃんと出来るかといえばそうでもない。そのリスクの大きさ故か、使い手があまり居ないのである。
もっとも、成功してる人はしてるんだが。

以前にアリィが使った剣を創る魔法は、別に剣を具現化したわけではなく、魔力を剣の形に集中させたもの。もっとも、自分の魔力をそういう形で使うってのも高度な技術なんだよ。

「続けていくぜ、俺のとっておきだ・・・。」
まだ何かをするつもりらしい。アルゲイストを下段に構えたケイがゆらりと動く。
「滅天使・・・。」
ケイが流れるように動く。が、その動きは速くもなく揺れるように流れていく。さっきまで馬鹿みたいに出ていた殺気もまるで感じない。
「壊れたの?」
「違うでしょ!・・・しかし恐ろしいわね。」
ケイはそこに何も無い、ただ自分だけの世界で舞っているようにアルゲイストを振る。そう、例えるならば役者が舞台の上で舞っているように。速いようには見えないが、剣の軌跡が見える頃には別の場所で剣を振っている。だから幾重にも剣閃が折り合って見えた。
「華麗?ね。」
「うん、綺麗?だね。」

なんて話してるうちに、ケイがゆらりとこっちに向かってくる。
(怖いよぉ・・・。)
「はいお疲れさま。」
「ああ。」
何時の間に煎れたのか、アリィがケイにお茶を出す。何事もなかったかのようにケイはお茶を受け取って飲み始めたけど、目には疲労の色が濃く出ていた。
「お疲れさま、凄かったねぇ。」
とあたしは言ったが、ケイは何も応えなかった。

精魔はまるで彫刻のようにその場に固まって動かない。
「死んだのかな?」
「そうじゃない。」
その言葉を待っていたように、精魔は崩れ始める。風に溶け込むようにその姿は消えていった。

「今日はここで休もうよ。」
あたしの提案に、アリィは頷くとテントをあたしに渡した。
(つまりやれってことね。)



夕食も食べ終え、あたしたちはくつろいでいた。といってもケイは食べるとすぐ寝てしまったが。
「しかし昼間は凄かったね。」
「メイがとろとろテントを準備してるあいだに聞いたんだけど、かなりの気力を消耗するらしいわ。精神的疲労が激しいらしいわよ。もっとも、斬るのも相手の精神らしいから、外傷は残らずに精神崩壊起こすらしいわよ。」
「げ・・・なんちゅう恐ろしい技だ。」
まるでどっかの誰かさんみたいだな。もっともあっちはそれ系のエキスパートなんだろうが。天霊だもんあたりまえか。
「なんで、やると眠くなるそうよ。」
「それでか、あんなに眠そうにしてたのは。」

あたしたちも火を消して寝ようとしたとき、突然ケイが飛び起きてアルゲイストを構える。
「ど、どうしたのケイ?」
あたしはびっくりしながら聞いた。
「なにか来るぞ。」
「何がって何よ。」
寝ようとしていたアリィは明らかに不服そうに訪ねる。
「いやぁ、なんか昼間のよりやばそうな感じなのが。」
「冗談でしょう?昼間のことで疲れてんのに。」
疲れてるもなにも・・・
「いやアリィお茶煎れて飲んでただけじゃん。」
「飲んでただけのヤツに言われたくないわ。」
あたしの突っ込みに、返される。

その時、少し離れた空間に赤い閃光が迸る。
「来た・・・。」
ケイがボソって呟いた。あたしにはその閃光が何か、理解するのにさほど時間はいらなかった。見覚えがあったから。
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