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イリステア大陸編(エピローグ)

五十三話 生まれ変わり?

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「我らにとっての安住の地は無いな。長い間住むことも、人と関わることも避けねばならぬ。」
カレスの言葉に他の者たちは無言のままだった。

あれから住む場所を転々としながら生活しているカレス達。人間と違って長寿なために、その容姿の移り変わりは長い間ない。つまり、長い間同じ場所にいてしまうと、疑問に思われるわけであり、人との関わりあいを持ってしまっても未来という場所で再び出会ったときにやはり疑問を持たれるだろうとカレス達は思うからだ。
故に関わりあわずに一箇所に留まらずが、彼らの生活習慣になっていた。

「何れ我らの行く先は無くなってしまうだろう。その時にはどうするべきか・・・。」
カレスは呟くが、それに答えを返す者はいなかった。



この世界に堕ちたものはカレス達だけではない。もともと彼らは力を持っている故、カレス達みたいに静かに暮らそうというのは逆に少ないかもしれない。
世界各地では零れ堕ちた彼らが力を振るっているところなどいくらでもあった。もっともそれが自然な形なのかもしれないが。

そういうものたちは、人間と抗争をし、人間は化け物狩りと称して彼らと戦う。カレス達が村人に追われたあたりを境に、あれより約十三年各地での精魔のとの戦いは数を増し、激化していた。



「よぉアリィ。」
「久しぶりね、ケイ。」
リシュア王宮、フィルテイサーズの部屋をケイは訪れていた。
「旦那はどうしたんだ?」
「家にいるわ。私は忙しいからなかなか帰れないけど、その代わり彼にはフレアの世話をしてもらってるから。」
素っ気無く答えるアリィにケイは苦笑した。
「ま、あいつの場合そっちの方がお似合いかもな。」
むしろアリィには似合わないという言葉は言わずにしまって、別のことを口にした。
「ところでクレアのほうはどうなんだ。?」
ケイが訪れた理由などそんなことだろうと思っていたアリィは、投げかれられた質問を最後まで聞く前にため息をつく。
「はっきり言って最低。どこをどう間違ってああなったのか疑問だわ。実力的に言えば全盛期の私でも相手にならないかもね。」
つくづく嫌そうにアリィは言った。
「遺伝子ってのは恐ろしいなぁ。」
ケイはニヤニヤしながら言う。
「あんたからそんな単語が出るとは思わなかったわ。」
アリィの皮肉もケイは気にした風もなく笑う。

「あんたが来た目的はわかっているわ。私が教えられることはもう終わってるから連れてっていいわよ。ほんとは手を借りたいところだけど、今のところ宮廷内の魔術師で事は足りてるし、もともと宮廷内の人間じゃないからね。」
「そいつは助かる。」
アリィは相変わらず淡々と語るが、思い出したような表情をする。
「そういえば今頼みごとをして出ていたんだっけ。暫く待っててくれない?」
「ま、暇だしいいけどな。」
その点はお互い分かっているのか、アリィの言葉にケイは適当に頷いた。

ケイは少し考え事をしていたが、ふと思い出したように口を開いた。
「そういやホリィはいるんだろ?」
アリィの娘、長女はこの宮廷にいることをケイは思い出し、アリィに聞いた。
「いるけど、なんで?」
「いや暇だしちょっと遊んでやろうかと思って。」
その言葉にアリィは半眼でケイを見やる。
「あまり苛めないでよね。」
「わかってますって、母親には似なかったからな。」
「どういう意味よ。」
ケイの皮肉にアリィは苦笑する。長年の付き合いか、その辺はわかっているのか、お互いそんなことは気にはしない。もっとも、親しくもない人に言われればまた違った態度になるのだろうが。

「で、何処にいるんだ?」
そのままだとという言葉は飲み込んで、ケイはホリィの居場所を聞いた。
「多分資料保管室にいると思うわ。それと、なるべく城からは出ないようにしてね。クレアが帰ってきたらすぐに連絡するから。」
「別に用事も無いし、中にいるさ。」
ケイはドアに向かいながらそう言って、部屋を後にした。



「久しぶりだなホリィ。相変わらず資料漁りか?」
ホリィは母親と違い、活動的ではなく、過去の文献や資料などを読むのが好きだった。なので大抵決まって、自分の時間があるときはこの資料保管室にいる。そのこともケイは知っていたので、多少皮肉っぽくホリィに挨拶をしたが、ホリィは本から目は離さずに言ってきた。
「お久しぶりですケイ。しかし、失礼なことは言わないでください。過去の経験、それはひとつの財産です。記録は現在に生きそして過ちを繰り返さぬよう、経験を活かし新たな道を見つけること、危機に対して対処をするなど、未来に対する贈り物と言っても過言ではありません。それを認知しないのは愚かであり罪深いとは思いませんか?」
ケイの言葉に対し、ホリィも多少の皮肉を込める。
(さて、両親ともに似ないってこともあるもんだな。まあそんなのは周りには大いに心当たりはあるが。)
そんなことを思いつつ、ケイは当初の目的をホリィに伝えるために、多少言葉を選び機嫌を伺う。
「確かにお前の言うとおり。築いてきた歴史があるからこそ、現在があるんだと俺は思う。」
それを聞いてホリィは、本からは目は離さなかったが多少笑みを浮かべる。

「で、何か用があったのではないですか?」
「いや、実はクレアを迎えに来たんだが、出ているようなんでな、それまでホリィと遊ぼうかと思ってな。」
ケイはやっと目的を伝えた。その言葉を聞くとホリィは静かにパタンと本を閉じると顔をケイに向ける。
「久しぶりに会えましたし、なかなかある機会でもないので、付き合わせていただきますわ。」
ケイは無言で頷く。
「では中庭へ行きましょう。」
と言い席を立つと、向かうのかと思いきや本を片付け始めた。ケイはそれを見ると、こんなところでも母親に似てねぇなと思った。

ケイは特に気にした風もなく、ホリィが準備を出来るのを待って、二人で資料保管室を後にした。



「アリィ、今帰ったわよ。」
フィルテイサーズの部屋のドアを開け放ち、大きな声で入ってくる一人の少女。
「お疲れ様。しかしクレア、あんたほんと遠慮ってもんを知ったほうがいいわよ。」
クレアと呼ばれた少女は別に気にもせず平然とした顔で、抱えていた荷物を床に置く。
「まあいいじゃない。気を使う仲でもないし。」
クレアはにこやかに笑ってみせる。アリィは呆れたように溜息をつくと、ケイが来ていることを伝えた。

「そう、いよいよこの窮屈な宮廷ともお別れってわけね。」
クレアの言葉にアリィは寂しげな表情を一瞬だけ浮かべた。
「ま、うるさいのが居なくなって少しは平穏が訪れるかしらねぇ。」
内心は隠したまま、皮肉を言う。が、クレアには通用しない。
「アリィにはほんと世話になっちゃって。私が居なくて寂しいでしょうけど、頑張ってね。」
(ほんと、世話したわ。この娘には。あいつの世話と何にも変わらない。)
アリィは多少過去を振り返りった。

「いま呼びに行かせるから、少し待ってて。」
アリィの言葉に、クレアは頷いた。アリィは近くに居たフェルマートを呼び、宮廷内にいるケイを探して呼んでくるように伝えた。もっとも、探すまでもなく、いる場所など決まっているのだが。



「久しぶり、父さん。」
「ああ。」
クレアの挨拶にケイは素っ気無く返事をする。と、思うのだが実際のところケイは未だに自分が父親ということに慣れてなく、少し照れているのだった。クレアが子供の頃はそうでもなかったが、歳をとり大きくなるごとに、そうなっていったのだ。
「ん?そんなに口数少なかったっけ?」
父親の思いも知らず、クレアは聞いてきた。
「そんなこともないがな。」
「それより、父さんが来たってことは、いよいよ旅に出るんでしょ?」
ケイは頷き、アリィに目を向ける。
「大丈夫よ、クレアは現状をちゃんと把握しているから。今すぐにでも連れ出していっても問題ないわ。」
ケイの言わんとすることがわかってか、アリィは答えた。
「じゃあ行くか、クレア。」
「了解!」
クレアは元気に返事をした。



「ほんと、世話になったな。」
城門前まで見送りに来たアリィにケイは言う。
「アリィ、ほんとに感謝してるよ、ありがとう。」
それにならい、クレアも頭を下げる。
「気にすることじゃないわ。しかし、みんな母親に似ないわねぇ。」
(あいつらなら、こんなにちゃんと礼なんかしないしね。)
アリィはそう思うと苦笑してみせる。
「だな。」
つられてケイも笑う。
「なによ二人して、いいじゃない別に、私は私なんだから。」
二人の思い出の間に入れないクレアは抗議した。それを見てアリィとケイは更に笑う。二人の思ってることは一緒だった。

そう、クレアはメイに似ていると・・・。態度も魔力の高さもそっくりで、母親ではなくメイに似たのはなんの因果だろうかと。

「それじゃぁなアリィ、リューセルによろしく。」
「じゃあねアリィ!」
ケイとクレアは、手を振ると城を後にした。それを見送るアリィは、こう思う。

(本当になんで母親のファユではなく、あいつに似たんだろう。)
と。
昔を思い出させられる複雑な気分で、当時生まれ故郷のライズから出て行ったメイを見送るように。その後ろ姿が見えなくなるまでアリィはクレアを見送った。
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