女神ノ穢レ

紅雪

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三章 愚者ニ捧グ血ノ射陽

25.夜襲

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エセット村へは山を下って半日もかからず、朝出発すれば昼前には到着するらしい。
晩ご飯が終わり、もう一つの建屋に案内された後、リリエルと明日からの行動を再確認した。

部屋は三つほどあったが、広いとはいえない。
こんな岩山の上に建ててあるのだから期待はしていなかった。
逆に、こんな場所でちゃんと寝れる場所があったと考えれば期待以上かもしれないけど。

エセット村では馬を調達し、リュオンカ領内をそのまま北上。
目指すは塞壁の町、トルヘン。
メイオーリア王国の北端に位置するトルヘンは、隣国バルグセッツとの国境にあたる。
主要公路は別の場所にあるとして、町が在るという事はその場所も一つの国間を繋ぐ道があるという事。
ただ、メイオーリアとバルグセッツの関係は友好と言えず、小競り合いも多い。
お互いが隔てる高い壁を構築し、その壁の間で幾度となく戦闘をしているのだとか。
その戦闘が齎す効果についてはわからない。

それ以外は両国を行き交う人が当然いるが、戦闘中は通行止めになるのだそう。
迷惑よね。
というのが、エルメラから聞いた話し。
私たちは別にバルグセッツに行くわけじゃないから、聞いたところでとも思った。
トルヘンでは滓の状態を確認し、すぐに東にあるシシルへ向かう。

そんな重要な場所に滓が住む事に懸念は無いのかと思ったが、そもそも顕現の事象自体が稀なため考慮に価しないらしい。
言われてみれば納得だけど、この短期間で2回も目の当たりにしてしまったのだから、気にならない方が不自然よ。



「また、いつでも来いよ。」
朝ご飯もご馳走になり、出発の際にザスカが笑顔で言う。
こんな岩山で、食事付きの宿泊なんて普通は考えられない。
山越えなんて野宿して当たり前だもの。
だけど、二度と来ない。
それは彼らに問題があるのではなく、この場所に用が無いというだけの話し。
「俺の嫁でも良いっって!」
「ほら、このバカは無視して早くいけ。」
蹴られたゲラッドがザスカに掴みかかっていたが、ザスカは笑顔のまま手を振った。
「それだけは無いわ。」
リリエルも笑顔で返すと、ゲラッドの手から力が抜け寂しそうな目をこちらに向ける。
それに背を向け、私とリリエルは歩き出した。

「うるさかったね。」
「そうなの?」
坂を下り、エセット村方面の道に入ったところでリリエルが言った。
私にはよくわからない。
声が大きい、と言われればそうだけど、そういう事を言っているわけじゃないのでしょうね。
「そうだよ。」
「でもリリエルも楽しそうだったわよ。」
「まぁね。悪い奴らじゃなかったね。」
それなら、良かったんじゃない。



エセット村の食堂でお昼を済ませ、馬を調達してすぐに出発した。
村からほどなく、広い街道の辻に出る。
交差する街道は無視して、そのまま北上。
エセット村へ続く道よりも広く整っている。
それは、トルヘンが国境の町であり、要所でもあるという事を示しているのかもしれない。

「この辺でいい?」
大きな川の石橋を越えたところで、馬を止めリリエルに聞く。
日が落ち暗くなり始めたらから、これ以上進むのは難しい。
私は良いけど、馬は休めないとならないもの。
「うん。橋から見たけど、魚も結構居たよ。」
「そうね。」
食料が現地調達可能な場所は、野宿をするのに悪くない。
「あたし捕ってくるくるよ。」
木に手綱を結び付けたリリエルが言うと、返事も聞かずに川へ走り出した。
・・・
楽をできるから良いけど、元気ね。
私は火を起こすための枝を集めることにした。
考えてみれば、分担としては自然よね。
火を扱うのは私だもの。



(二十・・・もう少し居るわね。)
(うん。あたしは数までわからないけど、結構な人数に囲まれているよ。)
食事を終え、横になっていると殺気にあてられ目が冴える。
深夜の闇に紛れ、木の陰にかなりの人数。
(野盗じゃないわ。)
(そうなの?)
(断言はできないけど、殺す気で集まっているから違うと思う。)
私とリリエルは横になったまま様子を窺い、小声で話す。
(あたしたちを殺すのが目的ってこと?)
誰でも良いのか。
それとも私たちを狙ったものなのか。
(おそらくね。)
(ふぅん。返り討ちにしてやろ。)
リリエルが右手を開いたり握ったりしながら口の端を上げて嗤った。
恐い・・・

一人が音も立てず私の傍に来ると、剣を突き下ろして来る。
私は跳ね起きながら焚火の火種をそいつに蹴りつける。
「・・・」
黒ずくめ。
顔まで布で覆い隠し、目と鼻孔だけを晒した状態。
黒ずくめは冷静に左手で火種を払いつつ私に突進して剣を突き出してきた。
動きが野盗とはまるで別物。
「・・・」
私は踏み込みながら避け、短刀で剣を持った手首を飛ばす。
だが黒ずくめは無言で飛び退った。
本当に声すら出さないとは、徹底してる。

「霧原。」
リリエルが小さく呟くと、白霧のようなものが地面を這うように広がった。
後に続いていた黒ずくめたちは、瞬時に近くの木に飛び捕まる。
反応が良すぎる。
ただ、何人かは地面に足を氷で縫い付けられた。
木に飛んだ奴らはその場から一斉に、私に向かって短剣を投擲してくる。
私は身体を捌き、地面を転がり、跳んで避ける。
(狙いは私か?)
「まぁそんな焦らないでよ。」
リリエルは言いながら氷塊を出し柄を掴むと、縫い留めた黒ずくめに向かう。
「動く上半身だけで避けてみ。」
嗤いながら言うと、リリエルは氷塊を振り被った。
・・・
相変わらず・・・

「貴様に用は無い。」
右手で氷塊を振り被っていたリリエルに向かって、黒ずくめが飛び蹴りを放つ。
リリエルは左手でその蹴りを受け止めると、口を半開きにして狂気の笑みを浮かべる。
上下の歯を唾液が糸を引いて嗤うリリエルはまるで別人のようだった。
「あたしも無ぇし。」
「なっ!?」
黒ずくめの足とリリエルの左手が氷漬けになって、黒ずくめが地面に叩きつけられる。
「ちょうどいい鈍器が手に入ったね。」
リリエルは打ち上げるように、斜めに黒ずくめを左から右へと振りぬいた。
足を氷漬けにされ動けなかった黒ずくめの頭部に、振られた黒ずくめの頭部が激突し、衝撃で眼球が飛び出す。
黒頭巾に視神経が切れずに垂れ下がった眼球が張り付いたところに、リリエルの往復打撃が鈍い音を響かせた。
「無視できるならしてみ。」
左手に付けていた黒ずくめを凍った地面に叩きつけて離すと、別の足が氷漬けになっている黒ずくめに歩き出す。
「拒霧。」
私の前にまずはリリエルと思ったのか、投擲される標的がリリエルに変わった。
だが短剣が届く前に、氷の膜に弾かれる。
リリエルは何事も無かった様に、右手に持ち続けていた氷塊を動けない黒ずくめに叩きつけた。

(まだ半分も減ってないわね。)
リリエルの行動を横目に、私も三人喉を斬り裂いたけど、さすがに数が多い。
野盗なら造作もない数だけど。
続けて斬りかかってきた黒ずくめの腕を斬り飛ばそうとしたが、二番煎じは通用しないみたい。
だけど、それは私もわかっている。
引いた手を掴んで引き寄せつつ、左肩口に短刀を突き刺す。
そのまま投げるように地面に横倒しにして、右膝を踏み抜いて砕く。
「っ!!」
やはり声は上げないのね。
「初対面で殺される理由は無いのだけど?」
殺す事を目的に集団で襲うなら、それなりの理由、若しくは誰かが差し向けた可能性が高い。
「塵という以外に理由は必要か?」
喉元に短刀を押し付けているが、怖気づく様子は無い。

なるほど。
期待以上。
黙られるよりわかりやすいわ。
標的は私。
しかも、女神の浄化の塵と知っている人物。
かなり限定的よね、その情報。
「イギールね。」
「・・・」
デダリオの可能性も無くは無かったが、国外に居るという事と、身辺の状況から低いと思った。
そうなると、領主や黒鷲の件を何かしらの方法で知った司祭という可能性が高いんじゃないかと。
「沈黙は肯定、でいいかしら?」
「・・・」
もう余計な事は口にしない、って感じね。
その時、奥の暗がりに光が灯った。
地面に押さえつけていた黒ずくめが、首に短刀が食い込むのも気にせず右手で私の服を掴む。
急いで首を切断し逃れるが、飛来した無数の炎の矢は避けきれそうにない。
相手に魔法使いが居るのは想定してなかったわ。

「火ってのが残念だったね。」
また火傷かって覚悟したけど、リリエルの氷の膜が悉く無効化した。
溶けた氷が水蒸気となって周囲が白く煙る。
「良い感じじゃん。」
リリエルはまた口を開けて嗤うと、右手を奥の方に突き出した。
「雪華・界。」
水蒸気が一瞬で煌めくと、リリエルの手の先へ押し寄せる。
人も草木もすべて凍り付き、空気すらも凍ったように寒々とした群青の世界が広がった。
「よし、全部砕くよ。」
嬉々としてリリエルが凍り付いた闇へと歩き出した。
「私は別の場所に火を起こしておくわね。」
「うん、よろしく~。」
右手だけ上げて私に合図をすると、そのまま氷塊を作り出した。
人が砕けるところを見る趣味も無いので、言ったとおりに場所を移動する。



「で、あいつら何だったの?」
冷えた身体を焚火で温めながらリリエルが聞いてくる。
「おそらく、司祭のイギールが私を殺そうとしたんだと思う。あくまで、黒ずくめの反応からの予想でしかないけど。」
「そっか。それでアリアちゃんが狙われたわけね。」
状況から察するに一番可能性は高そう。
もっとも、まったく別の可能性もありはするのだけど。
「ちょっと疲れたね。」
本当に。
「でも、夜が明けたらすぐに出発しないと。」
「うん。あの状況が誰かに見られる前に離れたいね。」
「えぇ。」

それから、私とリリエルは眠ることが出来ず、空が白んで来たと同時に出発した。
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