女神ノ穢レ

紅雪

文字の大きさ
28 / 72
三章 愚者ニ捧グ血ノ射陽

27.異例

しおりを挟む
スェベリウは左手でこん棒を掴むと、右足の蹴りが相手の巨体を宙に浮かせた。
滑る様に円形の広場の端まで吹き飛び、危うく観客を巻き込みそうになる。
「待て待て、これを見るために来たんだろ。終わるまで待ってろ。」
観客の最前に出た私とリリエルに、振り向いたスェベリウが笑顔で言った。
笑顔だけど、血走った眼は恐い・・・

「なにそれ!?」
「正気、よね?」
私とリリエルは立ち止まって、お互いの顔を見る。
意識を保ったままの狂暴化?
いえ、意識が無いから狂暴化よね。
どういう状態。
単に狂暴化の状態に素で変化したって事?
「これって、ある意味あたしたちに近いって事だよね?」
「言われてみるとそうね。どうやって・・・」
聞かれても良い状況にはなりそうにないから、小声で話していたが周囲の盛り上がりに声が搔き消される。

「さぁ、続きと行こうか。まだ終わりじゃないだろ?」
スェベリウは左手に持ったこん棒を握り潰し木片にしながら相手に向かう。
「ふん。力はあるようだが、この程度なら相手にならんな。」
蹴られた腹部を手で掃いながら巨体が立ち上がって言う。
あれに蹴られて平気なの?
人を簡単に引き千切るような狂暴化の攻撃を受けても平気なら、頑丈にもほどがあるわ。

「そうこなくっちゃ・・・な!」
スェベリウが口を開いた瞬間、巨体は左腕に嵌めていた盾を前に突進、スェベリウがそれを両手で受け止める。
「貴様こそこの程度で沈むなよ!」
間髪入れずに巨体が右手の打ち下ろしを放った。
あれを受けたら頭が潰れそう・・・
しかし、巨体に見合わず動きは速い。

だが、スェベリウはそれを避けるでもなく頭突きで受けた。
「ぐっ!・・・」
「頑丈さでも俺の方が上だったなぁ!」
頭突きによって指が折れた巨体は、左手で押さえ顔を歪める。
そこへスェベリウが追撃の右拳。

巨体は顔面に向かってきたスェベリウの右手を盾で弾く。
スェベリウはそれを計算していたか、右手を引きながら左足が跳ね上がっていた。
巨体は咄嗟に右腕を顔の前に移動させたが、スェベリウ左足は打ち下ろしの様に巨体の右太腿に叩きこまれる。
「ぬぅっ。」
「これで終わりだ!」
右膝を付いてしまい、下がって来た頭部にスェベリウが右の拳を繰り出した。
巨体は盾を顔の前に移動させたが、受け流しきれず石畳に叩きつけられる。
盾は拳大にへこみ、嵌めていた腕は明らかに折れていた。

「まいったまいった、俺たちの負けだ。」
始まる前に息巻いていたエルボア警備隊の男が、闘っていた二人の間に入り両手を上げた。
巨体は指の折れた右手で、左腕を押さえ起き上がる気配はない。
意識はあるようだけど・・・
狂暴化も身体は膨張するが、身長が伸びるわけじゃない。
その点において、相手の巨体の方がはるかに大きかった。
当然、手足の長さや重量、頑強さにおいて優位に他ならない。
だが、それは人間相手の場合、という事が証明された感じがした。

人間の中では抜きん出た強さでも、滓の前では他の人間と変わらないのでしょうね。



「これでは一方的過ぎて賭けにならん!次から代表を変えろ!」
「今までこれで合意しておいて、今更変えろなんて応じられるか。」
「公平性をもって勝負しろと言っているんだ。」
「闘える人材を見つけるのも勝負の範疇だろうが。」

円形の石畳の上、今度は決戦の根本的な内容について争いが始まっている。
町の代表か、その辺かなぁ。
それを遮る様に、もとに戻ったスェベリウが目の前に笑顔で寄ってきた。
「どうだった?」
どうって言われてもね。
「なんで正気保ってんの?」
「それについては、ここではちょっと。」
シシルに向かうのもいいけれど、もう少しスェベリウについて確認したくなった。
それも含めて、エルメラの思惑なのでしょうね。
「家に戻るの?」
「いや、お腹が空いたから何処かお店に行こうか。僕のおすすめで良ければ。」
それでいいのなら。
「よし、行こう。あたしもお腹空いた。」

先に町の中に戻ったけど、スェベリウは町民に進むごとに声を掛けられ、なかなか出て来ない。
「意思を以て女神の力を行使するのなら、滓も同様の扱いを受けても不思議じゃない。」
「それね、あたしも思った。」
力の顕現による暴走なら、稀にという可能性の範囲で軽視されているのも頷ける。
だが、意思を以て力を使える時点でそれは塵と大差ない。
「発現の可能性じゃん?」
「それが一番妥当よね。塵は必ず脅威になるけれど、滓は暴走以上に可能性が無い。とか?」
「そんな感じだよね。じゃなかったら今でも放置されている理由がわかんないもん。」
おそらくそんなところでしょうね。

「お待たせ、行こうか。」
リリエルと話していると、出てきたスェベリウに声を掛けられた。
「口調違うじゃん。」
「なんだろうね。あの姿になると気が大きくなっちゃうっていうか。」
後ろについて歩き始めると、リリエルがそんな事を聞いた。
確かに、俺とか言ってたわね。
「たまにいるよね。馬を駆ると性格変わる奴とか。」
「そんな人いるの?」
「いるよ!」
・・・
意味がわからない。
「あはは、もしかするとそんな感じかもね。」
目の当たりにしないと想像もできないわね。
スェベリウの例を見たから、その馬を駆るとって人を見たときに、あぁなるほどって思えるのかしら。



「自分の意志で変われるのよね?」
食事をしながら少し雑談をした後、本題に入る。
「そうなんだけど、出来るようになった理由はわからないよ。」
先手を取られたわ。
滓が暴走しなければ、それだけ脅威が減るという事。
だから聞いてみたけど駄目ね。
「いきなり出来るようになった?」
「五年くらい前かな。突然だよ。最初は自分の意志で変われなかったど、今では自由に変われるんだ。」
「最初から意識はあったの?」
「うん、そうだよ。」
リリエルの問いに、スェベリウが笑顔で答えていく。

結局、どうしてそうなったのかはわからないのよね。
ただ、これは一つの可能性としてエルメラからの示唆なのだろう。
意識を保っていられるのなら、殺す事も殺される事も無くなる。
それは環境に左右されるとしても、確実に減るだろうから。
「魔法は?」
「残念だけど、それは使えないんだよね。あくまで身体が強化されるだけで。」
とはいえ、人間を凌駕する力な事に変わりはない。
「君たちはどんな魔法を使えるんだい?」
「燃やす。」
「潰す。」
・・・
スェベリウの興味に私もリリエルも即答したけど、リリエルは違う気がする。
「あはは、よくわからないけど、強そうだね。」
「試す?」
リリエルが不敵な笑みを浮かべる。
「遠慮しとくよ。僕はこの身体で戦うしかできないから、分が悪そうだ。」
それはどうかしら。
私の場合、スェベリウとは相性が悪い気がする。

「まぁそれくらいかな。折角来てもらったけど、あまり教えられることも無いんだ。」
「いえ、十分よ。」
「だね。」
食事が終わり、スェベリウが言う。
どちらかというと、雑談の方が多かった。
あとはやはり、本日の町の主役なせいか、周りからの視線が気になる。

「ありがとう、有意義だったわ。」
「僕も新鮮だったよ。普段は町の人としか話さないからね。」
「あたしも楽しめたよ。決闘とか。」
「なら良かった。エルメラにもよろしく。気が向いたらいつでも遊びに来てよ、歓迎するから。」
私は気が向かないけど。
「うん。次の決闘日決まったら教えてね。」
リリエルは向いたみたいね。
「それじゃ。」
店の外でも、スェベリウを気にする人は多かった。
私たちから離れると、すぐに別の人がスェベリウに近付き話しかけている。

「可能性・・・か。」
「まぁ、普通に暴走したら殺し合いになるから、回避出来るならいいよね。」
宿に向かいながら私が呟くと、リリエルが応えた。
確かに、それはそうなのだけど。
エルメラの示唆は、裏も含んでそうな気がした。
スェベリウの例が表だとして、人間がそこにすべて当て嵌まるわけじゃない。
意思を持っているという事は、そういう事よね。
「そうね。不要な殺しはあまりしたくないもの。」
「駆け付けるのも疲れるしねぇ。」
「あ、それもあるわね。」

それと力を得られた、と考えるのであれば、何の代償も無しとは考えられない。
現状のまま維持できるなんて保障はないのだから。
その辺は、エルメラに確認した方が良さそうね。
何をどこまで知っているのか、今後も含め、ね。
「どしたの?難しい顔をして。」
「大した事じゃないわ。滓の存在に対する考え方が、ちょっと複雑になったなぁって。」
「だよね。」
「リリエルも知らなかったんでしょ?」
「あたしはエルの依頼であちこち行っていただけだから。それこそ、アリアちゃんと一緒に行動し始めてからだよ、いろいろ聞いたの。」
そう。

やはり、エルメラはまだ話してない事がありそうね。
前から居たリリエルも、私が来るまで話していなかった。
何か意図的なものを感じるけれど、今はそれを確認すべきじゃない。



翌朝、久しぶりにゆっくり休んだ私とリリエルは、スェベリウに挨拶する事もなくトルヘンを後にした。
ここからは只管東に向かって街道を進むだけ。
北東に伸びるメイオーリアとバルグセッツを隔てる山脈も遠ざかっていく。

長旅になったけれど、やっと次の復讐に手が届くとろまで来た。
運んだだけの黒鷲とは違う。
それなりの苦痛を与えてやるわ。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

忘れ去られた婚約者

かべうち右近
恋愛
『僕はレベッカしか選ばない』 甘い声音でそう話したはずの王太子サイラスは、レベッカを忘れてしまった。 レベッカは、王太子サイラスと付き合っていることを、ある事情により隠していた。舞踏会で関係を公表し、婚約者に指名される予定だったのに、舞踊会の夜にサイラスは薬を盛られて倒れ、記憶喪失になってしまう。 恋人が誰なのかわからないのをいいことに、偽の恋人が次々と名乗りをあげ王太子の婚約者の座を狙ってくる。おかげで不信に陥ったサイラスに、レベッカは自分が恋人だと名乗り出せなくなってしまった。 サイラスの記憶喪失を解消するため、薬師兼魔女であるレベッカは恋人であることを隠しながら、事件調査を協力することになった。そうして記憶が戻らないまま二人の距離は再び近づいていく。だが、そんなおりにサイラスの偽の恋人を名乗りでた令嬢たちが、次々と襲われる事件も起き始めて……!? ※他のサイトにも掲載しています。 毎日更新です。

酒好きおじさんの異世界酒造スローライフ

天野 恵
ファンタジー
酒井健一(51歳)は大の酒好きで、酒類マスターの称号を持ち世界各国を飛び回っていたほどの実力だった。 ある日、深酒して帰宅途中に事故に遭い、気がついたら異世界に転生していた。転移した際に一つの“スキル”を授かった。 そのスキルというのは【酒聖(しゅせい)】という名のスキル。 よくわからないスキルのせいで見捨てられてしまう。 そんな時、修道院シスターのアリアと出会う。 こうして、2人は異世界で仲間と出会い、お酒作りや飲み歩きスローライフが始まる。

処刑された王女、時間を巻き戻して復讐を誓う

遊鷹太
ファンタジー
断頭台で首を刎ねられた王女セリーヌは、女神の加護により処刑の一年前へと時間を巻き戻された。信じていた者たちに裏切られ、民衆に石を投げられた記憶を胸に、彼女は証拠を集め、法を武器に、陰謀の網を逆手に取る。復讐か、赦しか——その選択が、リオネール王国の未来を決める。 これは、王弟の陰謀で処刑された王女が、一年前へと時間を巻き戻され、証拠と同盟と知略で玉座と尊厳を奪還する復讐と再生の物語です。彼女は二度と誰も失わないために、正義を手続きとして示し、赦すか裁くかの決断を自らの手で下します。舞台は剣と魔法の王国リオネール。法と証拠、裁判と契約が逆転の核となり、感情と理性の葛藤を経て、王女は新たな国の夜明けへと歩を進めます。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

婚約破棄の代償

nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」 ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。 エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

処理中です...