女神ノ穢レ

紅雪

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六章 塵ニ捧グ覆滅ノ灯朧

55.家族

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「なん・・・そうなるんだよ。」
グエンが驚きか、整理がついていないのか、わからないが声を漏らした。
本人にしかわからない。
想像はついても、想像でしかない。
あの日がきっかけなのか。
メウの暴行が始まった日がきっかけなのか。
それとも、グエンが旅立った、いやそれ以前なのか。
レウが何を思って生きて来たのか、なぜ今の決断に至ったのか。

「生きている価値あるの?留守も守れない汚れた存在に。」
使命感・・・じゃない。
きっとそれを含めたグエンへの思いだろうか。
「俺は気に・・・」
そこまで言ったところで殺気を叩きつける。
半ば呆然としていたグエンも、驚きで私を見た。
気にしないって言おうとしたんだと思う。
だから止めた。
気付いてよ、それくらい。

「レウを、失いたくない・・・」
まぁ、いいか。
どんな言葉を使ったところで届かない事もある。
「なぁ、レウ・・・」
「近寄らないで!!」
グエンがレウに近付こうとした瞬間、レウは弱弱しさなど感じない程に大きな声を出した。
強い拒絶。
それを示しても、涙を浮かべた瞳は悲しそうだった。
「あなたは気にしないかもしれない、何も言わないかもしれない、優しい言葉をかけ、態度で示すかもしれない。」
レウの言葉を、グエンは黙って聞いていた。

「メウに暴行を受けた時から、激しい嫌悪と憎悪が込み上げて来て、何かが壊れた気がした。何も考えられない状況でも、グエンの頼みは守らないと、その思いだけが身体を動かしていた気がする。」
心がいろいろと拒否してしまったのだろうか。
メウが感情が無くなったと言っていたが、きっとそんな程度じゃない。
「そのメウは裏切り、頼まれた事も守れず、更なる暴行を受けて、私に生きろと言うの?」
復讐に囚われた私にはわからない。
環境も違えば状況も違く。
物心つく前から少し前まで、私には憎悪しかなかったから。

「殴られ、蹴られ、犯され続けて刻まれた記憶を、毎日毎日思い出しながら生きろって言うの!?」
「知らない男たちに暴行された恐怖と嫌悪に、毎日苦しめって言うの!?」
それはもうレウの叫びだった。
恐怖と悲しみに揺れる瞳から、涙を流し続ける悲痛の声。
「あなたにはわからない。何故生かしたの?あの日、襲われた時死んでいた方が楽だったわ。生きて、こんな思いをするくらいなら・・・」
レウの声は小さくなり、項垂れて顔を地面に向ける。
「なんで生かしたのよっ!!」

そう叫ぶと、レウは声を上げながら泣き続けた。
誰も言葉をかける事も無く。
いや、かけられる言葉が無いだけ。
私だけじゃなく、きっと泣き続けるグエンも、静かにレウを抱いたままのマリアも、悲しそうな顔をしたウリカも。

「グエン、悪いけれど暫く何処かに行ってくれないかしら。」
少しの間をおいて、マリアがグエンに言った。
居ても居なくても大差ないとも思えるが、メウが言ったレウの感情が本当ならば、今のレウにグエンは酷かもしれない。
きっと、マリアはそう思ったんじゃないだろうか。
「・・・」
グエンは俯いていた顔を上げて口を開こうとしたが、そのまま背中を向けると力ない足取りで森の闇へ消えて行った。


私が拷問を受けたのは物心がつく前。
だから、憎悪と復讐だけに囚われたのかもしれない。
経験や感情といった、生きて積み重ねたものが無いから。
以前も考えさせられたアリーシャの話しでそう思えた。
程度は違えど、レウ程の大人になってから受けた暴行は、どう処理すればいいのだろう。
まったく想像できない。
だから、私はレウに言える言葉が出て来なかった。


「もう・・・殺して・・・」
レウが小さく、力無く言った。
傷ついて、生きる意志を失くした人を殺した事は無い。
私にとってそれを受ける理由が思いつかない。
だから、私には出来ない。
その願いを聞ける程の間柄でもない。
「私たちにその業を背負わせるの?」
マリアが静かに冷たく言った。
「普通の人間は、あななたち塵みたいに強くないのよ・・・暴行を受けても生き続け、向かってくれば殺すんでしょ。」
自棄になったのか、もともとそんな思いがあったのかわからない。
でも、言われると気分は良くない。

「っ!」
そんな事を思っていると、ウリカがレウの髪の毛を掴んで顔を上げさせる。
「ワタシにはアンタの気持ちはワカラナイ。塵も滓もちょっとツヨイってだけで、人間から迫害され拷問され続けコロされる。でもココロは人間だから同じ様に壊れるんだよ?今のアンタみたいな思いが集団でコロしてんの。好きでコロされてるわけじゃないし、コロしてるわけじゃない。死にたきゃ勝手に死ねよ。」
ウリカの言い方はきつい。
でも、私は少し気持ちが軽くなった。

レウが悪いわけじゃない。
もう生きていたくないって思わされる事をされたのも事実。
そんな状態で、他人の事まで気にして言葉を選ぶなんて事も出来ないだろう。
だからと言って、その言葉を甘んじて受けられる程、私は強くもないし優しくもない。
差し出した手を取る事はあっても。
私の時間をレウに捧げるつもりはない。
すべての手を取るなんて事は出来ないのだから、私は私の都合で取捨選択する。
そう思いながら、近くに戻って来たウリカの頭を撫でた。

マリアは抱いていたレウの身体から手を離し立ち上がった。
自分の荷物まで移動すると、中から短剣を取り出す。
「マリア?」
まさか殺すの?そう思って名前を呼んでみたが、一瞬だけ微笑むとレウの前に移動した。
きっと、殺さない。
それはわかった。
「求められるなら手を取る事もするわ。気持ちに余裕が無いのも仕方がない。でも、ウリカちゃんの言った通り、私たちは烙印はあれど人間に変わりはないの。嫌なものは嫌、どうしてもと言うなら自身で終わらせなさい。」
マリアは言うと、レウの前にそっと短剣を置いた。

「刻まれた記憶は、身体の傷と違って消えはしない。生きている間はずっと苛まれるわ。それは私たちも同じ。だからあなたの言い分もわかるわ。」
私はきっと、関わった人間皆殺しにしてやる!ってなっちゃうだろうな。
そういう生き方しかしてないし。
「だから、生き方の違いでしかない。みんな同じ事を思うわけじゃないのだから。ただ、あなたが生きる事を止める選択に私たちを巻き込まないで、私たちはそれを望んでいないのだから。」
うん。
マリアありがとう。
そう思って見ると、マリアはこちらを見て微笑んだ。

暫く無言で動かなかったレウだが、ゆっくりと短剣を拾い上げると胸の前に持っていき両手で抱きしめた。
直後から、堰を切ったように大きな声を出しながら泣く。
どんな思いで泣いているのかわからない。
私たちはレウの言葉に寄り添いはしなかった。
それとは別に、きっといろんな思いや考えが渦巻いているのかもしれない。
だから、どうなるかなんてわからない。

「ちょっと、行ってくる。」
私は立ち上がって、グエンが消えた方に顔を向けると言った。
「えぇ。」
マリアはそれだけ言った。
私はウリカを手招きして、グエンが消えた方に向かって歩き始める。




「どうだ?」
足を抱えて座り込んでいたグエンに近付くと、顔も上げずに聞いてきた。
まぁ、こっちもこっちでいろいろな思いを抱えてるでしょうね。
「私には、レウの思いなんて想像できないよ。だから、本人がどうしたいかによる。」
「そうか・・・」
「私が来たのは、覚悟はしておいてねって言いに来ただけ。」
「ふざけろ・・・」
そうは言われてもね。

「俺がバルグセッツに戻って来てから間もなく、レウとメウが来た。エルメラ曰く、滓が顕現してほぼ壊滅した村の生き残りだそうだ。」
まぁ、聞いてはあげるけど。
私は、壊れてしまった二人の事しか知らないから。
「あいつら双子なんだ、あまり似てないけどな。」
「そう。」
「最初は戸惑っていたさ。まぁ、当然だよな。違う国に来て、歳も変わらない奴と三人で暮らすなんてな。」
環境が変わった以上に、恐怖があったんでしょうね。
村がほぼ壊滅するくらいの惨事だったのなら。
「ガキ三人で稼げるわけもなく、最初はエルメラの仕送りで暮らしていた。裕福とは言えないが、そのうち話すようになって、居るのが当たり前になってからは楽しくてな。」
私が変わったくらいだから、生きているという事は変化もあるでしょうね。

「家族なんだよ・・・」
そうね。
今、私が変われているのは、お母さんがいたからだと思える。
エルメラ達がいたからこそ、此処に繋がっている。
「俺、どうしたらいいんだろうな。」
「前に進む以外に何があるっていうの。」
その言葉に、グエンは顔を上げると苦笑いした。
「お前、厳しいな・・・はは、いっその事、俺も死んだ方が楽な気がしてっ!・・・」
全部を聞く気は無い、その言葉が出た時点で右手の平手打ちをグエンの左頬に入れた。
「あんたが逃げるのは赦さない。」
叩かれた事で睨んでくるグエンの胸座を掴む。
「悔恨を抱え苛まれてでも前に向かって歩くしかないのよ。塵とか関係ない、レウとメウは家族なんでしょう?」

「あぁ・・・ああ!その通りだよ。」
グエンは涙を流しながら、私の手を振り払って立ち上がった。




グエンと一緒に戻ると、気付いたレウが笑みを浮かべる。
その笑みは別人の様に綺麗だった。
だけど、グエンを見ている瞳は、どこか遠くを見ている様に感じた。
・・・
きっと、レウはもう駄目なんだ。
目を見た時に、そう思わされた。

「レウ、大丈夫か?」
「私ね、グエンと一緒に暮らしたいの。いつからか、ずっとそれが夢だったのよ。知ってた?」
「・・・」
「頼りないけど、一緒にいて楽しい。いつか結婚して、幸せに暮らせるかなって。」
そう語ったレウは幸せそうな笑みを浮かべているが、どこか切なく儚さすら感じさせた。
グエンはレウ見て、辛そうな顔をしている。
察しているのだろうか。
「でも、私汚れちゃった。」
レウは言うと短剣を鞘から抜いた。
「レウ!もういい!一緒に暮らそう、だからそれ仕舞え!」
グエンの声は聞こえていないのか、レウは笑みを浮かべたまま自分のお腹に短剣を突き刺した。
「レウ!!」
近寄ろうとするグエンの腕を掴んで引き留める。

グエンは目を逸らさずにレウを見つめていた。
口の端からは血が滴っている。
「待っててねグエン。あいつの子供を殺して、今身体を綺麗にするから。」
言いながら何度も繰り返し、レウは自分のお腹を刺し続けた。
マリアは辛いのか、顔を逸らして目を瞑って何かを堪える様な表情をしている。
ウリカは私にしがみついて、その光景を黙って見ていた。

血に染まった両手、お腹から足まで赤黒く染まっても、痛みなど感じていない様にレウの笑みは変わらない。
その先の存在しない未来に目を向けている様。
やっぱり、最初に感じた通り見ていたのは遠い場所だったみたい。

堕ちた先は狂気。
グエンには酷な結果。
動かなくなったレウの傍に、グエンが膝を付いた。
「綺麗に、なったかな、私・・・」
「あぁ。もとから綺麗だし今も変わらねぇ。もっと早く言えば良かったな。」
「嬉しい。汚れる前に、気持ち、伝えられたら、良かった・・・」
「今からでもいいだろ。」
レウが血塗れの手でグエンの頬に触れる。
「綺麗に、生まれ変わったら、一緒になって、くれるでいいの、かな?」
「そうだ!」
「もう。こう、いうのは、グエン、から言って、よね・・・ほんと・・・頼り・・・な・・・」
「レウ!!」

頬に触れていた腕が落ちる前に、グエンはその手を掴んだ。
レウの身体を抱き寄せ、歯を食いしばり声を殺して涙を流す。

最期は、レウに戻れたのだろうか。
ちゃんと、グエンを見ていたあの瞳ならきっと。

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