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第二話「雪明」
「雪明」(12)
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不法投棄の山に、夕焼けは赤い絨毯を敷いていた。
午後五時十一分……
ジノーテ西端の病院跡地。
経営難につぐ経営難によって、ずいぶん前に打ち捨てられた病院の廃墟である。ここにおかしな怪談を漂わせたのは、そこかしこに残る焚き火の消し炭だったろうか。
いわく、真夜中の窓辺からこちらを凝視する目、目、吊り上がった目。はたまた、無人のはずの屋上近辺を、木の葉そっくりの動きで舞い踊る謎の発光体。リノリウム張りの廊下を覆う埃に、点々と刻まれる真新しい子どもの足形。その他、その他……
スプレーアートも毒々しい正門を抜けるや、ジェイスたちのタクシーは停まった。
組織が把握したスコーピオンの位置情報に従い、すでに先客がいたのだ。廃病院のロビー手前に乗り捨てられた特殊車両たちの外装には、どれもこれも政府の刻印が描かれている。これ以上、タクシーでは進めそうもない。
タクシーを駆け下りたエマの靴裏で、思いきり泥水は跳ねた。気配に驚いたドブネズミの一家が、廃油まみれの汚水を垂れ流す下水管へ突進する。
それとは別に、水溜まりに波紋を生んだのは赤い絵の具だった。とめどなく滴る呪われた雫をたどった先には……ああ。
口もとを手でふさぎ、エマはあえいだ。
「ひどい……」
政府車両の前に立つと、エマは拳銃をひと払いした。黒い羽を群れで散らして、カラスの不吉な鳴き声が夕陽へ飛び去る。鋭いくちばしを飾るのは、餌食の真っ赤な鮮血だ。
車体に乗せられた隊員の手首の脈を取りかけ、エマはやめた。意味がない。眼窩から視神経をはみ出しながら、亡骸たちもちょっぴり怒っているように見える。
いまや車という車は、はりつけの十字架と化していた。
苦悶に吐かれた戦闘員たちの舌を、両目を、そして手足を車両のボンネットに縫いつけるのは、建築用の長大なビスだ。それが一台、二台、三台……数えきれない。ここまで深く骨肉ごと鋼鉄を貫くには、強力な電動ドリルが必須と考えられる。
スコーピオンの仕業に間違いない。
大量の惨殺遺体から視線をそらすと、エマは嘆いた。
「イカれてるわね、完璧に」
怒りに任せて空き缶を蹴り飛ばすと、エマはタクシーへ振り返った。
じぶんの車にもたれかかり、ジェイスは腕組みして瞳をつむっている。彼なりの黙祷だろうか。まぶたを痙攣させ、反射的に問うたのはエマだ。
「あんたもなの? ジェイス? なんでそんなに平然としてられるわけ? 仲間がこんなことされてるのに?」
「死人だからだ」
ジェイスの制止も振り切り、危険を覚悟でこの場所に連れて行けとせがんだのはエマ自身だった。泣く子と熱血刑事には勝てない。
悪魔の金切り声のごとく、ドリルの回転音が高鳴ったのはそのときだった。
スコーピオンだ。
「ぎゃーははは! 南無三ッ!」
「や、やめやめいめややや……」
狂気の掘削に震える新たな捜査官の悲鳴は、割れた窓から幾重にも廃屋をこだました。
「助けなきゃ!」
地面に転がる政府仕様のサブマシンガンを掴んだのは、顔を強張らせたエマだった。そばの死体から拝借した防弾ベストと武器ベルトを、いそがしく身にまとう。
タクシーの車体に背中を預けたまま、ジェイスは冷静に告げた。
「十五分待て」
それはちょうど、ここに応援が到着するまでの時間だった。
さっき倒壊した道路に阻まれ、組織の本隊もかなりの足止めを食らっている。しかし腕時計の通信機から断続的に漏れるやりとりを聞く限り、政府の戦闘輸送ヘリが駆けつけるのはもうじきだ。
が……
「ヒーロー願望って聞いたことない?」
そう言い返して、エマは軍用の投擲ナイフを鞘といっしょに足首へ巻いて隠した。安全ピンつきの重い手榴弾に加え、予備弾倉や電撃棒等をありったけベルトにねじ込む。
勢いよく装填桿を引かれたサブマシンガンの先端で、エマはフラッシュライトの投光を試すように幾度か明滅させた。体重は何倍にも膨れ上がったが、このフル装備でも足りるかどうかわからない。
深呼吸して心を落ち着けると、エマは肩越しに背後のジェイスへたずねた。
「あとで街まで送ってくれる?」
ジェイスの返事は低温だった。
「霊柩車ではない」
夕陽に染まった風に、ジェイスのネクタイだけが揺れていた。
「……残念」
やや寂しげにつぶやくや、エマは駆け出した。ガラスの破片が散乱するロビーへ踏み込み、鉄骨の跳ねた支柱を盾に、真っ暗な通路の左右を用心深く銃口で確かめる。
その後ろ姿が廃病院の奥へ消えても、ジェイスはまだ動かなかった。
「…………」
いきなり落ちてきた熱線の雨は、次の瞬間、ジェイスをタクシーごと八つ裂きに焼き切っていた。地面を陥没させて降り立ったジュズの数は、合計で四体にのぼる。
タクシーは爆発した。
午後五時十一分……
ジノーテ西端の病院跡地。
経営難につぐ経営難によって、ずいぶん前に打ち捨てられた病院の廃墟である。ここにおかしな怪談を漂わせたのは、そこかしこに残る焚き火の消し炭だったろうか。
いわく、真夜中の窓辺からこちらを凝視する目、目、吊り上がった目。はたまた、無人のはずの屋上近辺を、木の葉そっくりの動きで舞い踊る謎の発光体。リノリウム張りの廊下を覆う埃に、点々と刻まれる真新しい子どもの足形。その他、その他……
スプレーアートも毒々しい正門を抜けるや、ジェイスたちのタクシーは停まった。
組織が把握したスコーピオンの位置情報に従い、すでに先客がいたのだ。廃病院のロビー手前に乗り捨てられた特殊車両たちの外装には、どれもこれも政府の刻印が描かれている。これ以上、タクシーでは進めそうもない。
タクシーを駆け下りたエマの靴裏で、思いきり泥水は跳ねた。気配に驚いたドブネズミの一家が、廃油まみれの汚水を垂れ流す下水管へ突進する。
それとは別に、水溜まりに波紋を生んだのは赤い絵の具だった。とめどなく滴る呪われた雫をたどった先には……ああ。
口もとを手でふさぎ、エマはあえいだ。
「ひどい……」
政府車両の前に立つと、エマは拳銃をひと払いした。黒い羽を群れで散らして、カラスの不吉な鳴き声が夕陽へ飛び去る。鋭いくちばしを飾るのは、餌食の真っ赤な鮮血だ。
車体に乗せられた隊員の手首の脈を取りかけ、エマはやめた。意味がない。眼窩から視神経をはみ出しながら、亡骸たちもちょっぴり怒っているように見える。
いまや車という車は、はりつけの十字架と化していた。
苦悶に吐かれた戦闘員たちの舌を、両目を、そして手足を車両のボンネットに縫いつけるのは、建築用の長大なビスだ。それが一台、二台、三台……数えきれない。ここまで深く骨肉ごと鋼鉄を貫くには、強力な電動ドリルが必須と考えられる。
スコーピオンの仕業に間違いない。
大量の惨殺遺体から視線をそらすと、エマは嘆いた。
「イカれてるわね、完璧に」
怒りに任せて空き缶を蹴り飛ばすと、エマはタクシーへ振り返った。
じぶんの車にもたれかかり、ジェイスは腕組みして瞳をつむっている。彼なりの黙祷だろうか。まぶたを痙攣させ、反射的に問うたのはエマだ。
「あんたもなの? ジェイス? なんでそんなに平然としてられるわけ? 仲間がこんなことされてるのに?」
「死人だからだ」
ジェイスの制止も振り切り、危険を覚悟でこの場所に連れて行けとせがんだのはエマ自身だった。泣く子と熱血刑事には勝てない。
悪魔の金切り声のごとく、ドリルの回転音が高鳴ったのはそのときだった。
スコーピオンだ。
「ぎゃーははは! 南無三ッ!」
「や、やめやめいめややや……」
狂気の掘削に震える新たな捜査官の悲鳴は、割れた窓から幾重にも廃屋をこだました。
「助けなきゃ!」
地面に転がる政府仕様のサブマシンガンを掴んだのは、顔を強張らせたエマだった。そばの死体から拝借した防弾ベストと武器ベルトを、いそがしく身にまとう。
タクシーの車体に背中を預けたまま、ジェイスは冷静に告げた。
「十五分待て」
それはちょうど、ここに応援が到着するまでの時間だった。
さっき倒壊した道路に阻まれ、組織の本隊もかなりの足止めを食らっている。しかし腕時計の通信機から断続的に漏れるやりとりを聞く限り、政府の戦闘輸送ヘリが駆けつけるのはもうじきだ。
が……
「ヒーロー願望って聞いたことない?」
そう言い返して、エマは軍用の投擲ナイフを鞘といっしょに足首へ巻いて隠した。安全ピンつきの重い手榴弾に加え、予備弾倉や電撃棒等をありったけベルトにねじ込む。
勢いよく装填桿を引かれたサブマシンガンの先端で、エマはフラッシュライトの投光を試すように幾度か明滅させた。体重は何倍にも膨れ上がったが、このフル装備でも足りるかどうかわからない。
深呼吸して心を落ち着けると、エマは肩越しに背後のジェイスへたずねた。
「あとで街まで送ってくれる?」
ジェイスの返事は低温だった。
「霊柩車ではない」
夕陽に染まった風に、ジェイスのネクタイだけが揺れていた。
「……残念」
やや寂しげにつぶやくや、エマは駆け出した。ガラスの破片が散乱するロビーへ踏み込み、鉄骨の跳ねた支柱を盾に、真っ暗な通路の左右を用心深く銃口で確かめる。
その後ろ姿が廃病院の奥へ消えても、ジェイスはまだ動かなかった。
「…………」
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タクシーは爆発した。
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