スウィートカース(Ⅸ):ファイア・ホーリーナイト

湯上 日澄(ゆがみ ひずみ)

文字の大きさ
27 / 61
第二話「雪明」

「雪明」(15)

しおりを挟む
 病院の跡地は、夜の火災に襲われていた。

 いちはやく立入禁止のロープで現場を封印したのは、組織ファイアの隠蔽部隊たちだ。ワンテンポ遅れて到着したサーコア市警察S・K・P・Dの面々は、遠巻きの外野へ追い出して一歩たりとも侵入させない。謎の恐るべき交戦で廃墟と化した院内では、いったいどんな現実離れした探索が行われているのだろう。

 現場を後にしようとしたジェイスを、暇を持て余す警察の目は見逃さなかった。

「よう、タクシー屋?」

 片手をあげて挨拶したのは、いかめしい風貌の中年刑事だった。

 ネクタイを締め直すジェイスの隣に並んで、同じように救急車のサイドミラーにじぶんの姿を映す。剥げかかった頭を少し気にするといえば、ウォルター・ウィルソン警部しかいない。

 悔し紛れに、ウォルターはジェイスへ皮肉をこぼした。

「怪我だらけみたいだが、いいスーツじゃねえか。本人と違って新品かい?」

「…………」

 警察は完全に出遅れた。あの廃病院で起きたことは、ことごとく政府の管轄だ。右へ左へ往来する棺桶のような特殊輸送ポッドの中身も、きっと〝逃げ遅れた住所不特定者〟あたりで世間に公表されるに違いない。

 業火に赤く染まるシェルター都市の天井を眺め、ウォルターはつぶやいた。

「スティーブ・ジェイス。おまえを特殊情報捜査執行局〝ファイア〟の極秘捜査官だと見込んでの質問だ」

 救急車へもたれかかったまま、ウォルターはタバコに火をつけた。

「包帯のミイラ野郎……スコーピオンを仕留めたってのは本当か?」

「…………」

「そうかい、よくわかった。やったんだな。あの殺人狂が畑仕事みたいにばらまく事件の数々は、ずいぶん飯の種にさせてもらった。こりゃ、野郎の墓には花の一本でも供えにゃならんな」

 また組織のキャリアカーに運ばれてきたのは、おろしたてのタクシーだ。黄色い新品の車体を無感動に見据えながら、ジェイスは初めて口を開いた。

「刑事の手柄だ」

「刑事?」

 ジェイスが話題にあげた名前に、ウォルターの顔は石化した。思わず取りこぼしたタバコは、地面で静かに紫煙をくゆらせている。壮年のベテラン警部は、なにをびっくり仰天しているのだろうか。

「エマ……エマ・ブリッジス警部補のことか? 若い女がそう名乗った? ここまでタクシーに乗って一緒に来た、と?」

「ああ」

 うなずいたジェイスの前で、ウォルターは殴られたように禿頭を押さえた。かすかに手をわななかせ、打ち明ける。

「……けさ早くのことだ。ここからだいぶ遠いスラム街の裏路地で、警察とマフィアの大規模な衝突があった。どっちも全滅してたよ。全滅だ。そこまでしてなにを奪い合ったのか、ひどい有様だったぜ。死んだ大勢の中には、俺の後輩のエマ・ブリッジスも混じってた」

 時間は止まった。

 ウォルターはいま、なんと言ったのだ?

「…………」

 ジェイスは無言だった。冷然とした瞳には、燃え盛る廃病院の炎だけが反射している。

 断腸の思いを乗せ、ウォルターは経緯を紐解いた。

「エマの遺体は、頸動脈を綺麗に掻っ切られてたよ。切り口の鋭さからして、スコーピオンじきじきの仕業と見て間違いない。たぶんエマには痛みを感じる暇も、死んだことに気づく暇もなかったんだろう」

 S・K・P・Dに所属するエマ・ブリッジス警部補は、すでに殉職を遂げていた。

 ではジェイスが、指名手配犯を追って連れてきた彼女はいったい?

 同姓同名の別人?

 いや、まさか……

 組織は当然、現場をくまなく粗探ししたが、結局、該当する女性の痕跡を発見することはいつまでもできず仕舞いでいる。

 救いを求めるウォルターの眼差しは、ジェイスの背中にあたって消えた。

 ポケットに手を入れ、ジェイスは赤青の警告灯が回転する夜道を歩き始めている。唇を震わせたのは、全身を総毛立たせたウォルターだ。

「そうか、タクシー屋。おまえ、あいつの願いを叶えてやってくれたんだな。長いことこのシマを追ってたのに、エマ……あいつ。やけに安らかな死に顔をしてた理由が、やっとわかったよ」

 救急車から身を離すと、ウォルターは踵を返した。ジェイスとは反対の方向へだ。

「なあジェイス、もしだ。もし、見ず知らずの女刑事なんかが、また街角で手を上げたら」

 背中越しに、ウォルターはジェイスへ問いかけた。

「そしたら今度も、客として乗せてやってくれるか?」

「…………」

 ジェイスの親指は、黙ってなにかを弾き飛ばした。回転しながらうまくウォルターの手に収まったのは、もうだれのものとも知れない忘れ物だ。

 傷だらけの彼女の警察バッジ……

 ジェイスは答えた。

「乗車拒否だ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

まだ見ぬ未来へ駆け抜けて!

小林汐希
ライト文芸
2年5組の生徒:松本花菜(17歳 高校2年生) 2年5組の担任:長谷川啓太(23歳 教師歴1年目) 幼い頃から、様々な悩みを抱えながら過ごしてきた花菜。 それは幼い頃に父との離別を経験した家庭環境だったり、小学校の最後に作ってしまった体の古傷であったり。 学校外の時間を一人で過ごすことになった彼女の唯一、かつ絶対的な味方でいてくれたのが、近所に住む啓太お兄ちゃんだった。 しかし年の離れた二人の関係では仕方ないとはいえ、啓太の大学進学や環境変化とともに、その時間は終わりを迎えてしまう。 ふさぎ込む花菜を前に、啓太は最後に「必ず迎えに来る」という言葉を残して街を離れた。 言葉を受け取った花菜は、自分を泣かせないための慰めだったという諦めも入りつつ、一方で微かな希望として心の中で温め続けていた。 数年の時を経て二人が再び顔を合わせたものの、もはや運命の意地悪とでもいうべき「担任教師と生徒」という関係。 最初は様子伺いだったけれど、往時の気持ちが変わっていないことを再確認してからは、「一人じゃない」と嬉しいこと・辛いことも乗り越えていく二人には少しずつ背中を押してくれる味方も増えていく。 再会した当初は「おとなしい終末的運命キャラ」になっていた花菜も次第に自信を取り戻し、新米教師の啓太も花菜のサポートを裏で受けつつ堂々と教壇に立ち続けた。 そんな互いを支えあった二人の前に開けた世界は……。 たった一つだけの約束を胸に、嬉しいときは一緒に喜び、悲しいときは支えあって走り抜けた二人の物語です。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

あべこべな世界

廣瀬純七
ファンタジー
男女の立場が入れ替わったあべこべな世界で想像を越える不思議な日常を体験した健太の話

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

処理中です...