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第二話「雪明」
「雪明」(15)
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病院の跡地は、夜の火災に襲われていた。
いちはやく立入禁止のロープで現場を封印したのは、組織の隠蔽部隊たちだ。ワンテンポ遅れて到着したサーコア市警察の面々は、遠巻きの外野へ追い出して一歩たりとも侵入させない。謎の恐るべき交戦で廃墟と化した院内では、いったいどんな現実離れした探索が行われているのだろう。
現場を後にしようとしたジェイスを、暇を持て余す警察の目は見逃さなかった。
「よう、タクシー屋?」
片手をあげて挨拶したのは、いかめしい風貌の中年刑事だった。
ネクタイを締め直すジェイスの隣に並んで、同じように救急車のサイドミラーにじぶんの姿を映す。剥げかかった頭を少し気にするといえば、ウォルター・ウィルソン警部しかいない。
悔し紛れに、ウォルターはジェイスへ皮肉をこぼした。
「怪我だらけみたいだが、いいスーツじゃねえか。本人と違って新品かい?」
「…………」
警察は完全に出遅れた。あの廃病院で起きたことは、ことごとく政府の管轄だ。右へ左へ往来する棺桶のような特殊輸送ポッドの中身も、きっと〝逃げ遅れた住所不特定者〟あたりで世間に公表されるに違いない。
業火に赤く染まるシェルター都市の天井を眺め、ウォルターはつぶやいた。
「スティーブ・ジェイス。おまえを特殊情報捜査執行局〝ファイア〟の極秘捜査官だと見込んでの質問だ」
救急車へもたれかかったまま、ウォルターはタバコに火をつけた。
「包帯のミイラ野郎……スコーピオンを仕留めたってのは本当か?」
「…………」
「そうかい、よくわかった。やったんだな。あの殺人狂が畑仕事みたいにばらまく事件の数々は、ずいぶん飯の種にさせてもらった。こりゃ、野郎の墓には花の一本でも供えにゃならんな」
また組織のキャリアカーに運ばれてきたのは、おろしたてのタクシーだ。黄色い新品の車体を無感動に見据えながら、ジェイスは初めて口を開いた。
「刑事の手柄だ」
「刑事?」
ジェイスが話題にあげた名前に、ウォルターの顔は石化した。思わず取りこぼしたタバコは、地面で静かに紫煙をくゆらせている。壮年のベテラン警部は、なにをびっくり仰天しているのだろうか。
「エマ……エマ・ブリッジス警部補のことか? 若い女がそう名乗った? ここまでタクシーに乗って一緒に来た、と?」
「ああ」
うなずいたジェイスの前で、ウォルターは殴られたように禿頭を押さえた。かすかに手をわななかせ、打ち明ける。
「……けさ早くのことだ。ここからだいぶ遠いスラム街の裏路地で、警察とマフィアの大規模な衝突があった。どっちも全滅してたよ。全滅だ。そこまでしてなにを奪い合ったのか、ひどい有様だったぜ。死んだ大勢の中には、俺の後輩のエマ・ブリッジスも混じってた」
時間は止まった。
ウォルターはいま、なんと言ったのだ?
「…………」
ジェイスは無言だった。冷然とした瞳には、燃え盛る廃病院の炎だけが反射している。
断腸の思いを乗せ、ウォルターは経緯を紐解いた。
「エマの遺体は、頸動脈を綺麗に掻っ切られてたよ。切り口の鋭さからして、スコーピオンじきじきの仕業と見て間違いない。たぶんエマには痛みを感じる暇も、死んだことに気づく暇もなかったんだろう」
S・K・P・Dに所属するエマ・ブリッジス警部補は、すでに殉職を遂げていた。
ではジェイスが、指名手配犯を追って連れてきた彼女はいったい?
同姓同名の別人?
いや、まさか……
組織は当然、現場をくまなく粗探ししたが、結局、該当する女性の痕跡を発見することはいつまでもできず仕舞いでいる。
救いを求めるウォルターの眼差しは、ジェイスの背中にあたって消えた。
ポケットに手を入れ、ジェイスは赤青の警告灯が回転する夜道を歩き始めている。唇を震わせたのは、全身を総毛立たせたウォルターだ。
「そうか、タクシー屋。おまえ、あいつの願いを叶えてやってくれたんだな。長いことこのシマを追ってたのに、エマ……あいつ。やけに安らかな死に顔をしてた理由が、やっとわかったよ」
救急車から身を離すと、ウォルターは踵を返した。ジェイスとは反対の方向へだ。
「なあジェイス、もしだ。もし、見ず知らずの女刑事なんかが、また街角で手を上げたら」
背中越しに、ウォルターはジェイスへ問いかけた。
「そしたら今度も、客として乗せてやってくれるか?」
「…………」
ジェイスの親指は、黙ってなにかを弾き飛ばした。回転しながらうまくウォルターの手に収まったのは、もうだれのものとも知れない忘れ物だ。
傷だらけの彼女の警察バッジ……
ジェイスは答えた。
「乗車拒否だ」
いちはやく立入禁止のロープで現場を封印したのは、組織の隠蔽部隊たちだ。ワンテンポ遅れて到着したサーコア市警察の面々は、遠巻きの外野へ追い出して一歩たりとも侵入させない。謎の恐るべき交戦で廃墟と化した院内では、いったいどんな現実離れした探索が行われているのだろう。
現場を後にしようとしたジェイスを、暇を持て余す警察の目は見逃さなかった。
「よう、タクシー屋?」
片手をあげて挨拶したのは、いかめしい風貌の中年刑事だった。
ネクタイを締め直すジェイスの隣に並んで、同じように救急車のサイドミラーにじぶんの姿を映す。剥げかかった頭を少し気にするといえば、ウォルター・ウィルソン警部しかいない。
悔し紛れに、ウォルターはジェイスへ皮肉をこぼした。
「怪我だらけみたいだが、いいスーツじゃねえか。本人と違って新品かい?」
「…………」
警察は完全に出遅れた。あの廃病院で起きたことは、ことごとく政府の管轄だ。右へ左へ往来する棺桶のような特殊輸送ポッドの中身も、きっと〝逃げ遅れた住所不特定者〟あたりで世間に公表されるに違いない。
業火に赤く染まるシェルター都市の天井を眺め、ウォルターはつぶやいた。
「スティーブ・ジェイス。おまえを特殊情報捜査執行局〝ファイア〟の極秘捜査官だと見込んでの質問だ」
救急車へもたれかかったまま、ウォルターはタバコに火をつけた。
「包帯のミイラ野郎……スコーピオンを仕留めたってのは本当か?」
「…………」
「そうかい、よくわかった。やったんだな。あの殺人狂が畑仕事みたいにばらまく事件の数々は、ずいぶん飯の種にさせてもらった。こりゃ、野郎の墓には花の一本でも供えにゃならんな」
また組織のキャリアカーに運ばれてきたのは、おろしたてのタクシーだ。黄色い新品の車体を無感動に見据えながら、ジェイスは初めて口を開いた。
「刑事の手柄だ」
「刑事?」
ジェイスが話題にあげた名前に、ウォルターの顔は石化した。思わず取りこぼしたタバコは、地面で静かに紫煙をくゆらせている。壮年のベテラン警部は、なにをびっくり仰天しているのだろうか。
「エマ……エマ・ブリッジス警部補のことか? 若い女がそう名乗った? ここまでタクシーに乗って一緒に来た、と?」
「ああ」
うなずいたジェイスの前で、ウォルターは殴られたように禿頭を押さえた。かすかに手をわななかせ、打ち明ける。
「……けさ早くのことだ。ここからだいぶ遠いスラム街の裏路地で、警察とマフィアの大規模な衝突があった。どっちも全滅してたよ。全滅だ。そこまでしてなにを奪い合ったのか、ひどい有様だったぜ。死んだ大勢の中には、俺の後輩のエマ・ブリッジスも混じってた」
時間は止まった。
ウォルターはいま、なんと言ったのだ?
「…………」
ジェイスは無言だった。冷然とした瞳には、燃え盛る廃病院の炎だけが反射している。
断腸の思いを乗せ、ウォルターは経緯を紐解いた。
「エマの遺体は、頸動脈を綺麗に掻っ切られてたよ。切り口の鋭さからして、スコーピオンじきじきの仕業と見て間違いない。たぶんエマには痛みを感じる暇も、死んだことに気づく暇もなかったんだろう」
S・K・P・Dに所属するエマ・ブリッジス警部補は、すでに殉職を遂げていた。
ではジェイスが、指名手配犯を追って連れてきた彼女はいったい?
同姓同名の別人?
いや、まさか……
組織は当然、現場をくまなく粗探ししたが、結局、該当する女性の痕跡を発見することはいつまでもできず仕舞いでいる。
救いを求めるウォルターの眼差しは、ジェイスの背中にあたって消えた。
ポケットに手を入れ、ジェイスは赤青の警告灯が回転する夜道を歩き始めている。唇を震わせたのは、全身を総毛立たせたウォルターだ。
「そうか、タクシー屋。おまえ、あいつの願いを叶えてやってくれたんだな。長いことこのシマを追ってたのに、エマ……あいつ。やけに安らかな死に顔をしてた理由が、やっとわかったよ」
救急車から身を離すと、ウォルターは踵を返した。ジェイスとは反対の方向へだ。
「なあジェイス、もしだ。もし、見ず知らずの女刑事なんかが、また街角で手を上げたら」
背中越しに、ウォルターはジェイスへ問いかけた。
「そしたら今度も、客として乗せてやってくれるか?」
「…………」
ジェイスの親指は、黙ってなにかを弾き飛ばした。回転しながらうまくウォルターの手に収まったのは、もうだれのものとも知れない忘れ物だ。
傷だらけの彼女の警察バッジ……
ジェイスは答えた。
「乗車拒否だ」
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