スウィートカース(Ⅸ):ファイア・ホーリーナイト

湯上 日澄(ゆがみ ひずみ)

文字の大きさ
50 / 61
第四話「雪半」

「雪半」(6)

しおりを挟む
 モノレールの走る揺れを受け、地下歩道の天井から破片は降った。

 よどんだ風に舞ったのは、乱暴に打ち捨てられた新聞紙だ。その一面記事を、でかでかとこんな内容が飾っている。

 廃棄都市バナンへの大規模な空爆を、ついに政府が開始……

 先立っての国家の公表には、サーコア市民のだれもが仰天した。

 このシェルター都市から約五千キロ離れたバナンの廃墟を根城とし、なんと凶悪なテロリストの一団が生存圏の侵略を企てていたという。なにも知らずに突撃取材を試みたYNKニュースの報道班は、捕らえられて無残にも血祭りに上げられた。それらを救助するために駆けつけた調査隊も、同じく全滅だ。事態を重く受け止めた政府は、とうとうテロリストの殲滅を決定する。

 上空からの超高火力の絨毯爆撃により、バナンは徹底的に消毒された。

 そのすべては、ひとりの天才化学者と、医者に扮した組織ファイア捜査官エージェントが、ある生物の乾眠クリプトピオシスサンプルおよび、破壊された人型自律兵器マタドールシステム絶対領域ブラックボックスを、命がけでサーコアへ持ち帰ったおかげであることは、あまり世間に知られていない。

「…………」

 硬い靴音は、中華街の地下歩道によく反響した。壁面を這い上る孤影は、ポケットに両手を差している。

 出た、スティーブ・ジェイスだ。商売道具のタクシーは、この先のコインパーキングに停めてある。

 しかしジェイスは知っていただろうか。たったいま通過した場所に、ついさっきまで凄まじい量の黒血が塗りたくられていたことを。

 真相を秘密にしたい何者かは、ダニエルの交戦の記録を綺麗さっぱり掃除した。だが異星人の死骸は闇に葬られても、この吐き気をもよおす残り香までは隠せない。

 歩くジェイスのかたわらで、唸りを回す清掃車へゴミ袋を投げ入れるのは、作業着の現地人たちだった。聞き取りづらい早口の中国語を使い、なにやら熱心に会話している。

 錆びついた金網フェンスの向こう側、明滅する電灯を頼りに、ゴールのないバスケットボールに興じるのは多数のやんちゃな若者だ。また、冷たい支柱にうずくまるホームレスたちはと言えば、工業用のアルコールに脳を賛美され、もはや失う意識も財産もない。まともな一般人であれば、こんな汚染地対は数キロ遠ざかってでも迂回する。

 そう、まともであれば。

 おや……

 ジェイスの足取りは静かに止まった。完全に軌道を操られた隕石や、切れ味抜群の殺人光線が交互に飛び交う戦場でも、近道と聞けば率先して闊歩するこの男の前進が、珍しい。

 暗がりのどこかで、腐った水音が滴っている。遠く風に乗って聞こえるのは、モノレールの発着を知らせるかすかなアナウンスだ。

「…………」

 いったい、いつの間に?

 ジェイスのずっと後ろに、だれかが立っていた。

 さほどおかしいとも言えないものの、それはどこか奇妙なシルエットだ。

 すこしタイトだが糊のきいたスーツ。張り詰めたスカート。おまけに美しい脚線の爪先を包むハイヒール。清廉さの奥に封じられたそのセクシーさは、男であれば口笛のひとつも吹きたくなる。もっとも、中華街の土地柄からすれば、こんな秘書風の若い女は、気づいたときには身ぐるみを剥がされているだろうが。

 OL?

〈ぎゃーはははは! ぎゃははははは!〉

 あられもない男の高笑いは、女のどこかから響き渡った。

 頭が痛くなるほど甲高い笑い声、聞き覚えのある悪魔の笑い声……笑う、笑う、笑いまくる。天地がひっくり返っても、この堅苦しい仕事女の放つものとは考えられない。

 無言のジェイスへ、声は自己紹介した。

〈俺だよ俺俺! スコーピオン様だよ~~!〉

 スコーピオン?

 神の名前だった。

 あらゆる反政府主義者に武装革命軍、猟奇殺人鬼や精神異常者が、そろって最後の希望と崇め立てる犯罪の申し子。人だけを狙う災害。テロのスペシャリスト。

 イカれた包帯野郎……

 そのスコーピオンの舌使いで、女は告げた。

〈ま、残念ながら! スコーピオン様は、この子のお口のスピーカーを借りてるだけなんだが!〉

 常軌を逸したスコーピオンの危険さは、ジェイス自身もよく知るところだ。特殊情報捜査執行局〝ファイア〟は、この異星人の手先を総力をかけて追っていた。それも西ジノーテの廃病院で生じた戦闘により、一応は死亡したものと判断されていたが……

〈その節はどうも、エージェント・ジェイス。相変わらずだな。待ちぼうけを食ってる可愛い子ちゃんを相手に、その冷たさ?〉

 よみがえったスコーピオンの反応にも、ジェイスは眉ひとつ動かさなかった。

 かたや、見よ。絶え間なく拡大や伸縮を繰り返す女の瞳孔、その奥の奥を。おびただしい分析が入り乱れる女の視界モニターは、すでに、ジェイスの後ろ姿にロックオン表示を重ねている。

 女は人間ではない。人型自律兵器アンドロイドだった。

〈なあなあなあ、ジェイス。いいかげんに振り向いてやんなよ。この子はちょっと前まで組織ファイアで一生懸命にご奉仕してたんだぜ。おまえと同じ、操り人形としてな〉

 語るスコーピオンの足もと、排水口の隙間から小さな光点が覗いた。ふたつ。よく肥え太ったドブネズミだ。

 ネズミは一匹だけに留まらない。押し合いへし合い、地下歩道の隙間から、壁の亀裂から現れる百匹、千匹、一万匹……汚れた芝生のごとく流れる害獣の大群は、たしかに歩道の出口を目指していた。殺気の手から逃げ切れなかった何割かが、腹を見せて失神しているのはご愛嬌だ。

 原因はすぐにわかった。

 一心不乱にバスケで汗を流していた若者たちが、ぴたりと止まったのだ。ひび割れたアスファルトを、点々とボールだけが跳ねる。

 たくましい清掃員たちの手から、なにか諦めたように都市指定のゴミ袋は落ちた。酒瓶の砕ける音に目をやれば、続々と立ち上がるのは酔っ払ったホームレスたちだ。

 不気味な漆黒に輝く彼らの眼球は、もはやその体が、ただの容器にしかすぎないことを意味している。それは地球外生命体たちが〝着る〟かりそめの格好だ。

 アーモンドアイ……

 歪み始めていた。絵の具を落とした水のごとく、次元そのものが。強い鬼気の磁場に触れて。

 アーモンドアイたちの眼差しは、全部が同じ方向を見ていた。

 ジェイスを。

 アーモンドアイどもは、ジェイスをゆっくり取り囲んでいく。

 ささやいたのはスコーピオンだった。

〈健気なんだぜ、この子。バナンの廃墟でたったひとり孤独に、ダリオン百匹を道連れに自爆したんだ。バラバラになった女の体を、また一から組み立て直すのは、昔やったオトナのパズルにそっくりだったよ〉

 不動のジェイスは、ただひたすら沈黙を守った。

〈んん? ここまで種明かししても、まだわかんないの、ジェイス? なら仕方ねえ。改めて自己紹介といこう、愛しのマタドール。コンニチワ、ワタシの名前は……ほら、言ってみ?〉

 モノレールのヘッドライトは、高速で暗闇を切り裂いた。

 アンドロイドの女の髪が、突風になびく。美しい。美しいが、その光沢はどこまでも作り物めいていた。

 なんの冗談だろう。

 光と影が代わる代わる照らす彼女の顔には、人間らしいパーツはない。

 仮面を被っているのだ。狂った瞳が埋め込まれた〝ジュズ〟の頭部を。

 彼女もまた、アーモンドアイの一員だった。

〈早く早く! こうでしょ! ワタシは組織ファイアの元エージェントで敏腕弁護士。ワタシはマタドールシステム・タイプブレイド……〉

 急かすスコーピオンは無視して、女の片腕はかき消えた。

 ふたたび現れたその繊手の中、金属質の火花を散らして広がった物体はなんだ。

 それは、極薄まで研ぎ澄まされた巨大な円月輪チャクラムの輝きに他ならない。上下に彼女の頭を越え、左右の腰を抜けて回転した威嚇的な輪刃の風鳴りは、やがて、その先端を真正面へ向けて止まった。すなわち、ジェイスの背中を狙って。

 あたりのアーモンドアイへの合図だった。

 殺れ、と。

 人型に擬態したアーモンドアイどもの指先が、灼けたレーザーカッターの響きをたてるのを満足げに聞きつつ、スコーピオンは言い放った。

〈マタドールシステム・タイプブレイド、シヨちゃんだ!〉

 無数の光刃は、次の瞬間、ジェイスの影をあちこちから串刺しにした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

まだ見ぬ未来へ駆け抜けて!

小林汐希
ライト文芸
2年5組の生徒:松本花菜(17歳 高校2年生) 2年5組の担任:長谷川啓太(23歳 教師歴1年目) 幼い頃から、様々な悩みを抱えながら過ごしてきた花菜。 それは幼い頃に父との離別を経験した家庭環境だったり、小学校の最後に作ってしまった体の古傷であったり。 学校外の時間を一人で過ごすことになった彼女の唯一、かつ絶対的な味方でいてくれたのが、近所に住む啓太お兄ちゃんだった。 しかし年の離れた二人の関係では仕方ないとはいえ、啓太の大学進学や環境変化とともに、その時間は終わりを迎えてしまう。 ふさぎ込む花菜を前に、啓太は最後に「必ず迎えに来る」という言葉を残して街を離れた。 言葉を受け取った花菜は、自分を泣かせないための慰めだったという諦めも入りつつ、一方で微かな希望として心の中で温め続けていた。 数年の時を経て二人が再び顔を合わせたものの、もはや運命の意地悪とでもいうべき「担任教師と生徒」という関係。 最初は様子伺いだったけれど、往時の気持ちが変わっていないことを再確認してからは、「一人じゃない」と嬉しいこと・辛いことも乗り越えていく二人には少しずつ背中を押してくれる味方も増えていく。 再会した当初は「おとなしい終末的運命キャラ」になっていた花菜も次第に自信を取り戻し、新米教師の啓太も花菜のサポートを裏で受けつつ堂々と教壇に立ち続けた。 そんな互いを支えあった二人の前に開けた世界は……。 たった一つだけの約束を胸に、嬉しいときは一緒に喜び、悲しいときは支えあって走り抜けた二人の物語です。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

あべこべな世界

廣瀬純七
ファンタジー
男女の立場が入れ替わったあべこべな世界で想像を越える不思議な日常を体験した健太の話

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

処理中です...