スウィートカース(Ⅸ):ファイア・ホーリーナイト

湯上 日澄(ゆがみ ひずみ)

文字の大きさ
57 / 61
第四話「雪半」

「雪半」(13)

しおりを挟む
 ハンに覆い被さった状態で、ホーリーは薄目を開けた。

 予想した終わりは、いつまでたっても訪れない。なかばから切り落とされたジュズの片腕は、束の間の滞空ののち、鋭く床に刺さっている。その鏡のごとき切断面から、鮮やかに火を吹きつつだ。

 おお。

 ふたりを襲ったジュズとの間に、何者かが立ち塞がっているではないか。大きく前に踏み込んだ姿勢のまま、その男は、右手一本でジュズの顔を掴んで止めていた。真っ赤に燃えるその掌こそが、すんでのところで必殺のレーザーカッターを切り飛ばし、ハンとホーリーを救ったのだ。

 鼻先をかすめた火の粉を眺め、ハンは苦しげに笑った。

「やっと答えたね……ジェイス!」

「…………」

 組織ファイア捜査官エージェント……スティーブ・ジェイスに言葉はない。

 代わりに、獰猛な金属音を残し、ジェイスの肘から、肩から、脚からは、荷電粒子式ロケットブースターの推進装置がいっせいに展開している。短い充填とともに、ジェイスの全身から放たれたのは爆発的な加速の炎だ。ジェイスに捕らえられた頭部を、体ごと地面へ叩きつけられ、ジュズはたちまち火だるまと化した。瞬殺だ。

 外の雨音は、刻々と勢いを強めていた。

 それに混じったのは、かすかなアラームの響きだ。発信源は、ハンの腕時計に他ならない。

 体じゅうから戦闘の煙を漂わせ、ジェイスは肩越しになにかを投げて寄越した。うまいこと手の中に納まったそれを一瞥し、顔をしかめたのはハンだ。

「ようやく現れたかと思ったら、やっぱり血清これの配達かい?」

「…………」

「わかったよ、打ちゃいいんだろ、打ちゃ。助けてもらった借りもあるしね」

 ジェイスに渡された抑制剤〝青虫ケルタプラ〟を、ハンはしかたなく首に注射した。意識が飛びかけるのを必死にこらえる。何重にも増えてぶれる視界に迷いながら、ハンはかたわらのホーリーを紹介した。

「こ……このお嬢ちゃんの経緯は、これから説明する。ひとまずタクシーに乗っけてよ」

 倉庫の闇に、光が差したのはそのときだった。

 ハンの背中の裂傷は、さっきジュズに負わされたものだ。そのダメージは驚くべきスピードで……あたかも映像を早送りするかのように完治してしまっている。

「〝超時間の影シャドウ・オブ・タイム〟……」

 優しい輝きを発するのは、かざされたホーリーの細腕だった。ハンは動揺した面持ちでジェイスをうかがったが、タクシー運転手は眉ひとつ動かさない。その凍えた刀身のような眼差しは、見返すホーリーを黙って射ている。

 硬い口調で、ハンは割り込んだ。

「とまあ、こういうわけさ。本部までふたり、安全運転で連れてっておくれ」

「子供料金はない」

「!」

 ハンの嫌な予感は当たった。

 ホーリーめがけて、ジェイスが歩き始めたのだ。脱力したその掌からは、すでに荷電粒子のかげろうが立ち昇っている。

 ホーリーをあわてて背後へ隠し、ハンは噛みついた。

「ヘイ、タクシー。そんな手でおんぶしちゃ、お嬢ちゃんがヤケドしちゃうよ?」

「どけ」

「なるほど、政府の決定だね。危険だって言うんだろ、こんな、まだろくに世間の汚さも知らない子どもが。たしかにそうだ。もし敵に回れば、これだけ厄介な能力もない。ちなみにあたしゃ、いまから精一杯、あんたの邪魔をしようと思う。そしたら、あたしごと消しちまえって命令かい?」

「ああ」

「やっぱり過去の復讐か」

 ハンのその一言は、ジェイスの動きを止めるという奇跡を起こした。

 握り締められたジェイスの拳の内側で、炎だけは激しく揺らいでいる。熱気に汗を浮かべつつ、ハンは質問した。

「聞くが、ジェイス。この娘がなにをした?」

「これからする」

「そう、これからさ」

 ハンの訴えは切実だった。

「これからこの娘は、ほっといても大人になる。学校へ行って勉強して、かしましく仲間と大笑いして、世の中にはこんな美味い料理があるんだなって感動して、ときには気象庁に注文して、シェルター都市の天井に映してもらった綺麗な星空に涙する。たぶんぜんぶ組織の監視つきだとは思うが、かまやしない。聞きゃあこの娘、この歳まで地獄しか見てないっていう。だけど、ぎりぎりで取り戻せる範囲内だ。この娘には、まだやることが残ってる。この子には、人並みの生活が待ってる。あんたがいま、この娘の将来を焼き払わないかぎりはね、ジェイス?」

「…………」

異星人やつらが憎くてしょうがないのは、あたしも一緒さ。悲しいね。あたしらエージェントはみんな、年がら年中いつも、なにもない夜空に動く光ばかり探してる。だからって、たまに通った〝可能性〟って名前のほうき星まで撃ち落としちまっていいのかい? あたしゃゴメンだよ。わかるだろ、機械より冷たいあんたの心でも?」

「…………」

「どうしても見逃さないつもりだね?」

 宣戦布告として、ハンは静かに身構えた。

 だが、このエージェント・ジェイスに抵抗を企てたのは運の尽きだ。速い。ハンにフットワークのひとつを踏む暇も与えず、ジェイスの右手は紅蓮の軌跡を描いている。その超高熱の手刀は、ハンの頬をかすめ、背後に忍び寄ったジュズの心臓部をそのまま貫いた。

 炎上して踊るジュズを横目に、困惑顔をこしらえたのはハンだ。

「な、なんでまだ繋がってんだい、あたしの首?」

 ハンではなく、ジェイスは腕時計の通信機にたずねた。

「どうだ?」

 通信機の向こう側で、不満げにうなったのはネイ・メドーヤの声だった。

〈うむ……実験ナンバーD10・ホーリーの希少価値や安全性は、ジェイス、きみの体を張った下調べでおおむね把握した。きみを配備して正解だったのかもな。うまく組織で保護して囲い込めれば、娘は今後の戦いに有効活用できるかもしれん。よかろう、生かしたままリンフォンともども連れてきたまえ〉

「了解。通信終了オーバー

 銀時計との会話を終えたジェイスを、ハンは呆然と見直した。

「あんた、娘を始末しろっていう課長の命令を、曲げて説得するためにわざわざ……」

「タクシーは、埠頭の入口に停めてある」

 ハンの推察を、ジェイスは無感情に切って捨てた。

 ジュズを撃退した腕は、まだハンの顔の隣に置いたままだ。その間にも、重なり合うふたりを狙い、倉庫の暗がりからは続々とジュズの巨体が湧いてくる。ハンとホーリーへ順番に瞳を移し、ジェイスはささやいた。

「行け。本部までは自分で運転しろ」

 夢か幻か、ハンは見た気がした。

 ジェイスが、この冷徹無比の戦闘マシンが、一瞬だけ浮かべた不思議な顔色を。コンマ数ミリにも満たないが、それは微笑みと呼ばれる感情表現だったのかもしれない。だからホーリーは、ジェイスの鉄面皮へ明るく笑い返した。

「ありがとう、おにいさん!」

「運転するのはおねえさんらしいよ、ホーリー。ところであんたは、ジェイス?」

 ハンの問いに、ジェイスは返事をした。燃える裏拳を、無言で横のジュズの顔へ打ち込んだのだ。装甲の破片を散らして吹っ飛ぶジュズを前に、ジェイスはつぶやいた。

「客だ。ここで食い止める」

「……こんど一杯、奢らせてよ」

 駆け出すふたりを背後に、ジェイスは床を蹴った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

まだ見ぬ未来へ駆け抜けて!

小林汐希
ライト文芸
2年5組の生徒:松本花菜(17歳 高校2年生) 2年5組の担任:長谷川啓太(23歳 教師歴1年目) 幼い頃から、様々な悩みを抱えながら過ごしてきた花菜。 それは幼い頃に父との離別を経験した家庭環境だったり、小学校の最後に作ってしまった体の古傷であったり。 学校外の時間を一人で過ごすことになった彼女の唯一、かつ絶対的な味方でいてくれたのが、近所に住む啓太お兄ちゃんだった。 しかし年の離れた二人の関係では仕方ないとはいえ、啓太の大学進学や環境変化とともに、その時間は終わりを迎えてしまう。 ふさぎ込む花菜を前に、啓太は最後に「必ず迎えに来る」という言葉を残して街を離れた。 言葉を受け取った花菜は、自分を泣かせないための慰めだったという諦めも入りつつ、一方で微かな希望として心の中で温め続けていた。 数年の時を経て二人が再び顔を合わせたものの、もはや運命の意地悪とでもいうべき「担任教師と生徒」という関係。 最初は様子伺いだったけれど、往時の気持ちが変わっていないことを再確認してからは、「一人じゃない」と嬉しいこと・辛いことも乗り越えていく二人には少しずつ背中を押してくれる味方も増えていく。 再会した当初は「おとなしい終末的運命キャラ」になっていた花菜も次第に自信を取り戻し、新米教師の啓太も花菜のサポートを裏で受けつつ堂々と教壇に立ち続けた。 そんな互いを支えあった二人の前に開けた世界は……。 たった一つだけの約束を胸に、嬉しいときは一緒に喜び、悲しいときは支えあって走り抜けた二人の物語です。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

あべこべな世界

廣瀬純七
ファンタジー
男女の立場が入れ替わったあべこべな世界で想像を越える不思議な日常を体験した健太の話

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

処理中です...