59 / 61
第四話「雪半」
「雪半」(15)
しおりを挟む
ホーリーは逃げなかった。
むしろ、うつ伏せに寝転んだハンのもとへ歩み寄っていく。ハンの体の下、打ち広がる血の勢いは強い。
毅然と進むホーリーの肩を、だれかの手が掴んで止めた。包帯ぐるぐる巻きの腕だ。
スコーピオンを見もせず、ホーリーは反論した。
「邪魔しないで。今ならまだ、やり直せる」
忍び笑いをこぼし、スコーピオンは言い返した。
「とっくに見失ってんだよ、後戻りのタイミングなんか。俺も、この女も、この世界も」
「大事なそれを探す時間を作るのが、ホーリーの役目なんだ」
風雨に打たれながらも、ホーリーはハンから視線を逸らさなかった。きつく上目遣いにした前髪の間から嘆願する。
「おばさんだけは治させて。そしたらホーリーのこと、どこにでも連れてっていい。実験室でも、宇宙でも、どこへでも。だから……」
痛撃とともに、ホーリーの視界には星が舞った。
精緻な毒蠍の彫刻された44マグナムの銃把が、その後頭部へ容赦のない当て身を食らわせたのだ。動かぬハンの横へ、意識を失って崩れ落ちる。
拳銃を指先でもて遊び、スコーピオンは下品に唇を歪めた。
「言ったはずだぜ。俺の愛は〝死体にも平等〟だってな。じゃあガキから運ぼうよ、シヨちゃん?」
「…………」
眠ったホーリーを肩にかつぐ間にも、シヨの面持ちは非情なまま動じない。ジュズの被り物こそ損壊したが、すでに素顔そのものが鉄仮面だ。
「さあ、明日へ向かって走り出そう! 俺たちの未来は、夢と希望に満ち溢れてる!」
うきうきと身をひるがえしたスコーピオンに続き、シヨも雨の帳に踵を返した。
どくん。
「?」
どしゃ降りの中、スコーピオンは思わず立ち止まった。
なんだ、いまの薄気味悪い音は?
どくん。
ふと気づけば、地面の血溜まりはかすかに泡立ちつつあった。
倒れたハンの流す血が、勢いよく沸騰しているのだ。摂氏六千度にまで達する超高熱のそれは、もはや溶岩に等しい。白煙をあげてアスファルトは溶け、ハンの周囲にはうっすら炎が広がっていく。
どくん。
両耳を塞ぎ、スコーピオンはうめいた。
「おいおい……心臓の音が、こんなに大きいわけあるかよ」
だが、音はそうとしか聞こえない。
また地面の業火は震えた。
この世ならざる異次元の足音に怯えるように。
煉獄の胎内から、今まさに産まれ落ちんとする魔性の申し子を讃えるように。
狂ったように激しく躍った鼓動は、しだいに一回ごとの間隔を短くしていく。
鳴響が途絶えるのは唐突だった。
「……!」
包帯越しにも、スコーピオンの顔筋は引きつった。
すぐ背後、燃え盛る強燃性の血海から、そいつが静かに身を起こしたからだ。操り糸に絡んだ傀儡のごとく、ぎこちなく立ち上がる。尋常な生物の動きではまずない。
戦慄に、スコーピオンの声は裏返った。
「だからさ、死んじゃってていいんだって。頑張って地獄から生き返ってこなくたってさ」
スコーピオンの頬を、冷汗は包帯からなお滲んで伝った。振り返ろうにも、その足は凍結したように動かない。同様に事態を把握しかねるシヨを尻目に、スコーピオンは背中でつぶやいた。
「そうか。俺としたことが、ついうっかり忘れてたよ。いまの時代、この世もあの世も結局は地獄だったな……おはよう。ひとつ提案なんだが、女みたいに泣いて逃げ出してもいいかい?」
腕をだらんと垂らしたまま、ハンは答えた。
「……そいつは残念だ」
ハンの瞳は、爛とふたつの光点に変わった。
幾万、幾億の血を吸った色へ。
呪われた炎の色に。
「あんたの悲鳴は……」
ささやきとともに、ああ、ハンの体は爆発した。
正確には、その全身を突き破り、おびただしい本数の〝触手〟が生えたのだ。知る者が見れば、その現象こそ、寄生生物〝ダリオン〟の孵化、または発芽の瞬間だと思っただろう。
だが、ここからが普通とは違った。ハンの内側から覗いた大量の触手は、しばしなにかを探して蠢いたあと、思い立ったように方向転換する。触手の群れは、ハンの手足を、体を、すべてを一片の隙間なく包み込んだ。それらは即座に、硬い甲殻へと変じていく。
完全に外骨格で覆われる間際、ハンの顔は告げた。
「あんたの悲鳴は、だれにも聞こえない」
ノコギリのような尻尾は、嬉しげに地面を叩いた。
鉤爪どうしの軋るおぞましい音が、その握り拳から響く。
花弁じみた口腔が四方へ開くと、奥に輝いたのはおびただしい牙だ。
雨に照り光る生体装甲の体は、この混血のモンスターを醜くも美しく飾っている。
決して呼び起こしてはならぬ魔獣の血を、死に瀕する傷が目覚めさせてしまった。
ハン・リンフォン……ダリオンハーフ。
「~~~~~~~~~~~ッッッ!!!」
人間とダリオンを掛け合わせた姿のそれは、雨空めがけて凄まじい咆哮を放った。まるで、この世のあらゆる存在を怨嗟するかのような声だ。
「ひッ……!」
腰を抜かして尻餅をつくことで、スコーピオンはようやく逃げる動きを可能にした。地面を這って後退りしながら、震える指でハンの成れの果てを指差す。
「こ、こいつァ一本取られた! 惨殺はやだ! こんなこともあろうかと、シヨ!」
背負ったホーリーを、シヨはそばの芝生に寝かせた。スカートの下、繊細なその指がかかったのは太もものホルスターだ。直後、シヨの腕はそれぞれ左右へかき消えている。
雨を斬り裂いた輝きはふたつだ。
踏み込まれたハンの足底は、地響きを轟かせた。
飛来したシヨの刃の円盤と激突したのは、ハンが素早く上下から繰り出した両手だ。ハンの拳と拳は、凶器の切れ味のない中心点をたくみに打った。円刃のひとつは最寄りの倉庫を紙のように切断して消え、もう一方は海に飛び込んで水面を爆発させている。
そのまま緩やかに両腕で円を描き、ハンはぴたりと油断のない構えをとった。
「あらら……中国武術じゃん」
スコーピオンの感想は正しい。
截拳道を駆使するエイリアン……ダリオンに達人の反射神経と技術を与えたらこうなる。
ただ、開閉する花弁状の顎から、とめどなく垂れるのは湯気をあげる涎だ。野性の肉食動物そのものの慟哭もやまない。ハン自身も実際、ダリオンの肉体を制御できていなかった。厳しい負傷も重なり、明らかな暴走状態だ。
唾液を親指で払うや、突如、ハンはシヨと肉薄していた。ハンの掌と掌の間に絶妙のタイミングで挟まれ、シヨの巨大な円月輪は止まっている。超宇宙居合い斬りに対しての異次元真剣白刃取りだ。こんどは通さない。
かんだかい響きがこだました。
星外複合金属でできたシヨの輪刃が、一息にへし折られたではないか。あわせて、数百キロを超えるシヨの機体は、とんでもない勢いで後方へ蹴り飛ばされている。着弾の煙をあげるのは、上体を深く落とし、背中をくぐって打ち込まれたハンの踵だ。その柔軟さは怪物らしからぬが、身につけた術理はやはり体が記憶している。
倒壊した倉庫のがれきを押しのけ、シヨは身を起こした。起こしかけた途端、その胸倉をハンの縦拳が強打する。
シヨの後頭部がめり込み、倉庫の支柱には亀裂が走った。いったんフェイントで胸もとを防がせるや、すかさずハンの逆の拳がシヨの美貌に突き刺さったのだ。その猛スピードは反撃の余地も与えない。鞭のように撓るフックが、アッパーが、掌底が、戦斧の重量を帯びてシヨの顔を打ち据える。
とどめの寸勁を浴び、シヨはハンの足下へ叩きつけられた。無残に金属の骨格を剥いた表情に始まり、その体中を故障の漏電が駆け巡っている。
まっすぐ伸ばした右拳を震わせ、ハンは勝利の雄叫びをあげた。
「いまだ! シヨ!」
バネ仕掛けのごとくシヨが跳ね起きるのは、スコーピオンが合図したまさにその刹那だった。左右から打ち込まれたシヨの両腕には、表皮を割って現れた二振りの隠し剣が輝いている。
鋭い音が響いた。
シヨが断ち切ったのは、ハンの残像だけだ。肝心のハンはといえば、横薙ぎにされたシヨの左腕に飛びついている。飛びつくなり、シヨの後頭部を重い右踵の一撃が襲った。強引に踏み躙られたシヨの脊椎が、骨折の悲鳴を漏らす。踵はそのまま右脚ごとシヨの首に絡み、次にその顎へ跳ね上がったのはハンの左の膝頭だ。渾身の膝蹴りはシヨの顔を下から上へ打ち抜き、整った硬質プラスチックの歯列を粉砕する。
ひねり上げたシヨの左腕を、ハンは迷わず折ってのけた。と同時に、重力に従ってギロチンのごとく落下したハンの右脚は、シヨの首筋を勢いよく地面に挟み込む。
踵落としと膝蹴り、そして腕ひしぎ十字固めの超高速コンビネーションだ。その猫科の猛獣が食らいつくがごとき一連の流動は、こんな無慈悲な名で呼ばれる。
秘奥義〝獅咬〟……
ハンの全体重を乗せられ、ぶちり、とシヨの頭は胴から千切れて転がった。地面に散乱したのは、大量の配線と疑似血液だ。完膚なきまでに破壊されたその機体は、雨粒を弾いてじきに命の放電をも弱めていく。
「……ホぃッ!?」
足を滑らせ、スコーピオンは思いきり水たまりに転倒した。一目散に逃げる途中、頭上のクレーンを逆さまに四つん這いになって疾走したハンが、いきなり眼前に降り立ったのだ。
食われる……醜悪な花弁を口もとで開け閉めするハンに対し、スコーピオンにできることはあまりなかった。
「まだ根に持ってんだね、下着の色を聞いたこと? じゃあついでにブラの色も……ァそィ!?」
スコーピオンの喉をついたのは、金切り声の絶叫だった。
常識離れしたハンの馬鹿力が、閃いた44マグナムを手ごと握り潰したのだ。裏拳で乱暴に殴り飛ばされ、空中をきりもみ回転する。冗談や命乞いが通用する相手ではない。包帯の体が水しぶきを弾いて地面をバウンドしたときには、スコーピオンは白目を剥いて気を失っている。
鼻血まみれのスコーピオンに馬乗りになり、ハンはまた大きく吠えた。もはや身動きひとつできないスコーピオンの顔面を、殴る。殴る殴る殴る。ひたすら殴り続ける。
血袋と化した包帯の顔を狙い、そこだけ別の生物のようにハンの尻尾は動いた。その槍のように尖った先端は、スコーピオンの急所を一気に……
雨天が光に染まったのはそのときだった。
むしろ、うつ伏せに寝転んだハンのもとへ歩み寄っていく。ハンの体の下、打ち広がる血の勢いは強い。
毅然と進むホーリーの肩を、だれかの手が掴んで止めた。包帯ぐるぐる巻きの腕だ。
スコーピオンを見もせず、ホーリーは反論した。
「邪魔しないで。今ならまだ、やり直せる」
忍び笑いをこぼし、スコーピオンは言い返した。
「とっくに見失ってんだよ、後戻りのタイミングなんか。俺も、この女も、この世界も」
「大事なそれを探す時間を作るのが、ホーリーの役目なんだ」
風雨に打たれながらも、ホーリーはハンから視線を逸らさなかった。きつく上目遣いにした前髪の間から嘆願する。
「おばさんだけは治させて。そしたらホーリーのこと、どこにでも連れてっていい。実験室でも、宇宙でも、どこへでも。だから……」
痛撃とともに、ホーリーの視界には星が舞った。
精緻な毒蠍の彫刻された44マグナムの銃把が、その後頭部へ容赦のない当て身を食らわせたのだ。動かぬハンの横へ、意識を失って崩れ落ちる。
拳銃を指先でもて遊び、スコーピオンは下品に唇を歪めた。
「言ったはずだぜ。俺の愛は〝死体にも平等〟だってな。じゃあガキから運ぼうよ、シヨちゃん?」
「…………」
眠ったホーリーを肩にかつぐ間にも、シヨの面持ちは非情なまま動じない。ジュズの被り物こそ損壊したが、すでに素顔そのものが鉄仮面だ。
「さあ、明日へ向かって走り出そう! 俺たちの未来は、夢と希望に満ち溢れてる!」
うきうきと身をひるがえしたスコーピオンに続き、シヨも雨の帳に踵を返した。
どくん。
「?」
どしゃ降りの中、スコーピオンは思わず立ち止まった。
なんだ、いまの薄気味悪い音は?
どくん。
ふと気づけば、地面の血溜まりはかすかに泡立ちつつあった。
倒れたハンの流す血が、勢いよく沸騰しているのだ。摂氏六千度にまで達する超高熱のそれは、もはや溶岩に等しい。白煙をあげてアスファルトは溶け、ハンの周囲にはうっすら炎が広がっていく。
どくん。
両耳を塞ぎ、スコーピオンはうめいた。
「おいおい……心臓の音が、こんなに大きいわけあるかよ」
だが、音はそうとしか聞こえない。
また地面の業火は震えた。
この世ならざる異次元の足音に怯えるように。
煉獄の胎内から、今まさに産まれ落ちんとする魔性の申し子を讃えるように。
狂ったように激しく躍った鼓動は、しだいに一回ごとの間隔を短くしていく。
鳴響が途絶えるのは唐突だった。
「……!」
包帯越しにも、スコーピオンの顔筋は引きつった。
すぐ背後、燃え盛る強燃性の血海から、そいつが静かに身を起こしたからだ。操り糸に絡んだ傀儡のごとく、ぎこちなく立ち上がる。尋常な生物の動きではまずない。
戦慄に、スコーピオンの声は裏返った。
「だからさ、死んじゃってていいんだって。頑張って地獄から生き返ってこなくたってさ」
スコーピオンの頬を、冷汗は包帯からなお滲んで伝った。振り返ろうにも、その足は凍結したように動かない。同様に事態を把握しかねるシヨを尻目に、スコーピオンは背中でつぶやいた。
「そうか。俺としたことが、ついうっかり忘れてたよ。いまの時代、この世もあの世も結局は地獄だったな……おはよう。ひとつ提案なんだが、女みたいに泣いて逃げ出してもいいかい?」
腕をだらんと垂らしたまま、ハンは答えた。
「……そいつは残念だ」
ハンの瞳は、爛とふたつの光点に変わった。
幾万、幾億の血を吸った色へ。
呪われた炎の色に。
「あんたの悲鳴は……」
ささやきとともに、ああ、ハンの体は爆発した。
正確には、その全身を突き破り、おびただしい本数の〝触手〟が生えたのだ。知る者が見れば、その現象こそ、寄生生物〝ダリオン〟の孵化、または発芽の瞬間だと思っただろう。
だが、ここからが普通とは違った。ハンの内側から覗いた大量の触手は、しばしなにかを探して蠢いたあと、思い立ったように方向転換する。触手の群れは、ハンの手足を、体を、すべてを一片の隙間なく包み込んだ。それらは即座に、硬い甲殻へと変じていく。
完全に外骨格で覆われる間際、ハンの顔は告げた。
「あんたの悲鳴は、だれにも聞こえない」
ノコギリのような尻尾は、嬉しげに地面を叩いた。
鉤爪どうしの軋るおぞましい音が、その握り拳から響く。
花弁じみた口腔が四方へ開くと、奥に輝いたのはおびただしい牙だ。
雨に照り光る生体装甲の体は、この混血のモンスターを醜くも美しく飾っている。
決して呼び起こしてはならぬ魔獣の血を、死に瀕する傷が目覚めさせてしまった。
ハン・リンフォン……ダリオンハーフ。
「~~~~~~~~~~~ッッッ!!!」
人間とダリオンを掛け合わせた姿のそれは、雨空めがけて凄まじい咆哮を放った。まるで、この世のあらゆる存在を怨嗟するかのような声だ。
「ひッ……!」
腰を抜かして尻餅をつくことで、スコーピオンはようやく逃げる動きを可能にした。地面を這って後退りしながら、震える指でハンの成れの果てを指差す。
「こ、こいつァ一本取られた! 惨殺はやだ! こんなこともあろうかと、シヨ!」
背負ったホーリーを、シヨはそばの芝生に寝かせた。スカートの下、繊細なその指がかかったのは太もものホルスターだ。直後、シヨの腕はそれぞれ左右へかき消えている。
雨を斬り裂いた輝きはふたつだ。
踏み込まれたハンの足底は、地響きを轟かせた。
飛来したシヨの刃の円盤と激突したのは、ハンが素早く上下から繰り出した両手だ。ハンの拳と拳は、凶器の切れ味のない中心点をたくみに打った。円刃のひとつは最寄りの倉庫を紙のように切断して消え、もう一方は海に飛び込んで水面を爆発させている。
そのまま緩やかに両腕で円を描き、ハンはぴたりと油断のない構えをとった。
「あらら……中国武術じゃん」
スコーピオンの感想は正しい。
截拳道を駆使するエイリアン……ダリオンに達人の反射神経と技術を与えたらこうなる。
ただ、開閉する花弁状の顎から、とめどなく垂れるのは湯気をあげる涎だ。野性の肉食動物そのものの慟哭もやまない。ハン自身も実際、ダリオンの肉体を制御できていなかった。厳しい負傷も重なり、明らかな暴走状態だ。
唾液を親指で払うや、突如、ハンはシヨと肉薄していた。ハンの掌と掌の間に絶妙のタイミングで挟まれ、シヨの巨大な円月輪は止まっている。超宇宙居合い斬りに対しての異次元真剣白刃取りだ。こんどは通さない。
かんだかい響きがこだました。
星外複合金属でできたシヨの輪刃が、一息にへし折られたではないか。あわせて、数百キロを超えるシヨの機体は、とんでもない勢いで後方へ蹴り飛ばされている。着弾の煙をあげるのは、上体を深く落とし、背中をくぐって打ち込まれたハンの踵だ。その柔軟さは怪物らしからぬが、身につけた術理はやはり体が記憶している。
倒壊した倉庫のがれきを押しのけ、シヨは身を起こした。起こしかけた途端、その胸倉をハンの縦拳が強打する。
シヨの後頭部がめり込み、倉庫の支柱には亀裂が走った。いったんフェイントで胸もとを防がせるや、すかさずハンの逆の拳がシヨの美貌に突き刺さったのだ。その猛スピードは反撃の余地も与えない。鞭のように撓るフックが、アッパーが、掌底が、戦斧の重量を帯びてシヨの顔を打ち据える。
とどめの寸勁を浴び、シヨはハンの足下へ叩きつけられた。無残に金属の骨格を剥いた表情に始まり、その体中を故障の漏電が駆け巡っている。
まっすぐ伸ばした右拳を震わせ、ハンは勝利の雄叫びをあげた。
「いまだ! シヨ!」
バネ仕掛けのごとくシヨが跳ね起きるのは、スコーピオンが合図したまさにその刹那だった。左右から打ち込まれたシヨの両腕には、表皮を割って現れた二振りの隠し剣が輝いている。
鋭い音が響いた。
シヨが断ち切ったのは、ハンの残像だけだ。肝心のハンはといえば、横薙ぎにされたシヨの左腕に飛びついている。飛びつくなり、シヨの後頭部を重い右踵の一撃が襲った。強引に踏み躙られたシヨの脊椎が、骨折の悲鳴を漏らす。踵はそのまま右脚ごとシヨの首に絡み、次にその顎へ跳ね上がったのはハンの左の膝頭だ。渾身の膝蹴りはシヨの顔を下から上へ打ち抜き、整った硬質プラスチックの歯列を粉砕する。
ひねり上げたシヨの左腕を、ハンは迷わず折ってのけた。と同時に、重力に従ってギロチンのごとく落下したハンの右脚は、シヨの首筋を勢いよく地面に挟み込む。
踵落としと膝蹴り、そして腕ひしぎ十字固めの超高速コンビネーションだ。その猫科の猛獣が食らいつくがごとき一連の流動は、こんな無慈悲な名で呼ばれる。
秘奥義〝獅咬〟……
ハンの全体重を乗せられ、ぶちり、とシヨの頭は胴から千切れて転がった。地面に散乱したのは、大量の配線と疑似血液だ。完膚なきまでに破壊されたその機体は、雨粒を弾いてじきに命の放電をも弱めていく。
「……ホぃッ!?」
足を滑らせ、スコーピオンは思いきり水たまりに転倒した。一目散に逃げる途中、頭上のクレーンを逆さまに四つん這いになって疾走したハンが、いきなり眼前に降り立ったのだ。
食われる……醜悪な花弁を口もとで開け閉めするハンに対し、スコーピオンにできることはあまりなかった。
「まだ根に持ってんだね、下着の色を聞いたこと? じゃあついでにブラの色も……ァそィ!?」
スコーピオンの喉をついたのは、金切り声の絶叫だった。
常識離れしたハンの馬鹿力が、閃いた44マグナムを手ごと握り潰したのだ。裏拳で乱暴に殴り飛ばされ、空中をきりもみ回転する。冗談や命乞いが通用する相手ではない。包帯の体が水しぶきを弾いて地面をバウンドしたときには、スコーピオンは白目を剥いて気を失っている。
鼻血まみれのスコーピオンに馬乗りになり、ハンはまた大きく吠えた。もはや身動きひとつできないスコーピオンの顔面を、殴る。殴る殴る殴る。ひたすら殴り続ける。
血袋と化した包帯の顔を狙い、そこだけ別の生物のようにハンの尻尾は動いた。その槍のように尖った先端は、スコーピオンの急所を一気に……
雨天が光に染まったのはそのときだった。
0
あなたにおすすめの小説
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
まだ見ぬ未来へ駆け抜けて!
小林汐希
ライト文芸
2年5組の生徒:松本花菜(17歳 高校2年生)
2年5組の担任:長谷川啓太(23歳 教師歴1年目)
幼い頃から、様々な悩みを抱えながら過ごしてきた花菜。
それは幼い頃に父との離別を経験した家庭環境だったり、小学校の最後に作ってしまった体の古傷であったり。
学校外の時間を一人で過ごすことになった彼女の唯一、かつ絶対的な味方でいてくれたのが、近所に住む啓太お兄ちゃんだった。
しかし年の離れた二人の関係では仕方ないとはいえ、啓太の大学進学や環境変化とともに、その時間は終わりを迎えてしまう。
ふさぎ込む花菜を前に、啓太は最後に「必ず迎えに来る」という言葉を残して街を離れた。
言葉を受け取った花菜は、自分を泣かせないための慰めだったという諦めも入りつつ、一方で微かな希望として心の中で温め続けていた。
数年の時を経て二人が再び顔を合わせたものの、もはや運命の意地悪とでもいうべき「担任教師と生徒」という関係。
最初は様子伺いだったけれど、往時の気持ちが変わっていないことを再確認してからは、「一人じゃない」と嬉しいこと・辛いことも乗り越えていく二人には少しずつ背中を押してくれる味方も増えていく。
再会した当初は「おとなしい終末的運命キャラ」になっていた花菜も次第に自信を取り戻し、新米教師の啓太も花菜のサポートを裏で受けつつ堂々と教壇に立ち続けた。
そんな互いを支えあった二人の前に開けた世界は……。
たった一つだけの約束を胸に、嬉しいときは一緒に喜び、悲しいときは支えあって走り抜けた二人の物語です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~
ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。
王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。
15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。
国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。
これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる