スウィートカース(Ⅸ):ファイア・ホーリーナイト

湯上 日澄(ゆがみ ひずみ)

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第四話「雪半」

「雪半」(16)

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 その強烈な輝きは、いったいどこから現れたのだろう。

 とにかく大きく、そしてまぶしい。奇妙な飛行物体は、なんと毛ほどの風や音も鳴らさず雨の空を浮遊している。

 飛行機ではない。最新鋭のヘリなどとも違う。

 UFO……異星人アーモンドアイご自慢の空飛ぶ円盤だった。

 そちらへ振り向くなり、獰猛な唸りを放ったのはハンだ。胸倉を掴んだスコーピオンの体を、ゴミのように横へ投げ捨てる。

 雨を裂き、ハンは走り始めた。その疾駆が時速百キロに達するまでは、一秒もかからない。狙うはUFOの中核だ。ミサイルでもなんでも飛び蹴りで撃墜してみせる……絶対的な自負にきらめくのは、四肢の鋭い鉤爪だ。

 穏やかな声は、ハンのすぐ耳もとで囁いた。

「もういいんだよ、戦わなくて?」

 おお。

 その暖かい光を浴びた途端、ハンの突撃が鈍ったではないか。それだけではない。禍々しい爪を生やすハンの手は、またたくうちに女の細指へと戻り、気づけば全身の甲殻すらもが消えている。まるで時間が逆戻りしたかのようだ。

 なにが起こったのだろう。

 惰性で二、三歩ばかり進むや、とうとうハンは道路にへたり込んだ。すべては衣服の破れにいたるまで修繕され、負傷も完治してしまっている。

 ただし、見えない鎖に雁字搦めにされたみたいに、体は動かない。幾度となく人々を癒やしたこの奇跡は記憶に新しいが、その力はより一層強まっているようだ。

「ホーリー……」

 ひざまずいたまま、ハンはおぼろげな声で呼びかけた。

 目もくらむUFOの投光の下、静かにたたずむのはホーリーだ。あんな忌むべきものが頭上を滞空しているのに、なぜじっとしているのだろう。

 UFOを示しつつ、ホーリーは口ずさんだ。

「これ、ホーリーが呼んだの」

「……!」

 慄然と目を剥いたハンへ、ホーリーは続けた。

「ぼろぼろになって戦うおばさんを見て、ホーリーは思った。このままなにもしないのはいけないって。自分も変わらなきゃ、ってね」

 酸欠の金魚のように、ハンは必死に唇を開閉した。

「まさか……まさか本当に、アーモンドアイどもを服従させるつもりかい?」

「うん。〝超加速の女王〟の仕事はきっと大変だけど、やってみる。いままでみんなが守ってくれたぶん、こんどはホーリーがみんなを守る番だよ。ぜんぶの半分のアーモンドアイは、ホーリーの考えに賛成してくれた。やっぱりみんな、この星の本来の自然の眺めや小鳥の歌、青い海とかが好きなんだってさ」

 ホーリーは微笑みを残した。重油のように一面、真っ黒に染まった瞳でだ。

「戦争はいったんお終いだよ。またね、おばさん」

「待って!」

 ハンは叫んで手を伸ばしたが、とても届かない。

 謎めいたUFOの虹明かりへと、みるみるホーリーは吸い込まれていく。ホーリーの語調はやや険しく、真剣だった。

「わかったんだ。戦争の責任は、過去の呪力使いにある。悪い呪力使いのせいで、この星はこんなにも凍えた。ホーリーは旅をして、過去と戦うよ。この時間軸はもう直らないかもしれないけど、現在いまのためになるなにかは必ず見つけてくる……こんどまた、おばさんのレストランに立ち寄ったときは、怒らず注文を聞いてね。約束だよ?」

 その言葉を最後に、港からはぷっつり輝きは途絶えた。

 いつの間にか、雨はやんでいる。ホーリーとUFOの姿は、もうどこにもない。申告どおり、どこか遠くへ旅立ったのだ。

 ハンの鼓膜に残響するのは、打っては寄せる切ない潮騒だけだった。

「…………」

 四つん這いの状態で、ハンは身動きしない。

 水の弾ける音がこだました。やり場のない感情をこめ、ハンが地面を殴ったのだ。何度も何度も何度も……うなだれた彼女の顔の下、塩辛い水滴が落ちるも雨ではない。とめどなくハンの瞳からこぼれるそれは、水たまりにぽつぽつと波紋を生んでいる。

 大事なものがまた、目の前からいなくなった……おのれが非力なばかりに、引き留めきれなかったのだ。

 水面に反射する泣き濡れた自分へ、ハンはつぶやいた。

「約束したろ……あたしのことは、ハンと呼べって?」


 ところかわって、埠頭の倉庫……

 床や天井、コンテナや壁といわず、屋内はあらゆる場所が破壊されている。

 揺らめく陽炎の向こう、ひとり立ち尽くすのは傷だらけのジェイスだった。

 次から次へとタクシー運転手に襲いかかるジュズどもの気配は、すでに影も形も残っていない。あとわずかでも戦いが長引いていれば、正直、彼の命も危なかった。他天体のパワードスーツの群れは、ふと何者かの指示を聞いたように、そこかしこの暗闇へ揃って姿を消している。

 女王に……ホーリーに撤退を命じられたのだ。

 割れた天窓を、ジェイスは無表情に見上げた。

「…………」

 人工の雲の切れ間からは、美しい星空がのぞいていた。
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