スウィートカース(Ⅶ):逆吸血鬼・エリーの異世界捕食

湯上 日澄(ゆがみ ひずみ)

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第一話「脈動」

「脈動」(2)

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 閃く長刀、火を吹く機関銃。

 反撃に打ち込まれる血の爪。

 想像を絶する激しさで衝突するのは、超科学の武装と伝説の呪いだ。

 何十年も前……

 影から世界を牛耳る政府の諜報機関〝特殊情報捜査執行局Feature Intelligence Research Enforcement〟略称〝Fireファイア〟……その欧州ユーロ支部の研究所に、突如として侵入者は出現した。

 ぼろぎれ一枚だけをまとって研究所に忍び込んだ侵入者の狙いは、金品でも化学兵器でもない。なぜか侵入者は、大昔から保管されて半分忘れ去られていた〝吸血鬼の血〟を奪取した。

 侵入者は当初、歴史の闇で滅びたはずの希少な〝吸血鬼〟かと思われたが、ちがう。なにせ侵入者は、ただのひとりも研究所員を死傷することなく、その血を啜るでもなくすぐさま逃走に移ったではないか。

 だが侵入者には、ほんとうに運がなかったと言うしかない。その日はたまたま、組織の強力な戦闘員エージェントが別件で現地に駐在していたのだ。

 太陽を白く照り返すそこは、組織の敷地と外部を区切るぎりぎりの境界線だった。あとほんのすこしの場所まで、無謀な盗っ人は逃げおおせている。

 その不届き者もいまや、壁に縫い留められたまま動けない。その頭にはマタドールシステム・タイプファイアの腕部から展開した機関銃が突きつけられ、首筋には同じく系列機であるタイプソードの極薄の長刀が据えられている。

 ぐうぜん研究所に居合わせた最新鋭の人型自律兵器アンドロイドたちが、二機がかりでようやく賊を捕らえることはできた。もし彼女たちがいなければ、秘密主義を一貫する組織にまたひとつ失点が刻まれることになっていただろう。

 乱暴に切り裂かれた機体から漏電を散らしつつ、タイプF……フィアは問うた。

「なんなの、あんた? いまは真っ昼間よ? なんで平気な顔して、吸血鬼が外を出歩けるわけ? 燃え尽きて灰にもならず?」

 うなずいたのは、タイプSのミコだった。彼女も彼女で、片目を無残に傷つけられて潰されている。それでも淡々と事務をこなす司書のような冷静さで、ミコはつぶやいた。

「この能力、組織のデータベースのどこにも見当たりません。呪力じゅりょくで血を武器にするさっきの特異な戦闘方法……一機だけで戦っていては危なかったでしょう」

 みずからを包囲する武器と武器を、正体不明の侵入者はぼろ頭巾の底の濁った独眼で悔しげに見返した。骸骨のように節くれだった醜い両腕を、小刻みに震わせながらお手上げホールドアップする。

 その足もとに転がるのは、大きなボストンバッグだ。中には〝吸血鬼の血〟を封入した血液パックが、ありったけ詰め込まれている。

 そんな奇妙な代物を指さしながら、フィアは英語でたずねた。

「なんでかっぱらおうとしたの、こんな毒にも薬にもならないモノを? なにか怪しい儀式にでも使うつもりだったのかしら?」

 しばし黙秘したのち、盗賊は乱ぐい歯を光らせて答えた。古いハンガリー語で。

「耐えきれなかったのじゃ、空腹に……」

 彼女の声は、とんでもなくしわがれた老婆のそれだ。

 二機のマタドールのセンサーが検知した声紋の波形から、彼女は人類にはありえない超高齢者との分析結果が弾き出された。百歳、二百歳、三百歳……彼女の年齢を測定するメーターは、常軌を逸した域へと上昇していく。

 洪水のように視界を流れる異常な情報に、ミコは表情を険しくして聞いた。

「食用目的ですか、その吸血鬼の血は? 人間の血ではなく?」

「人間の血なぞ、青臭くて飲めたものではない。よかろう、白状する」

 いまにも力尽きそうな様子で、老婆は自己紹介した。

「わらわは偉大なる〝逆吸血鬼ザトレータ〟じゃ。甘美なる吸血鬼の血を吸う、吸血鬼である。生まれたときに授かった貴名は……」

 からからのミイラなみに渇いた老婆には、拘束後、お目当てだった吸血鬼の血が組織の興味本位に投与された。

 そのとたん、信じられないことは起こる。

 血を飲んだ彼女が、女子中高生レベルの肉体まで〝若返った〟ことを組織は確認。念入りに調べられた彼女の細胞は、申告のとおり吸血鬼の赤血球を好んで捕食した。逆に人間の血液にはたしかに興味は示さず、注入したところでなんの化学的な変化もうかがえない。

 組織のいかなる実験・拷問の類にも、彼女はその驚異的な再生能力で対応してみせた。

 その身体能力にいたっては、異世界で確認された吸血鬼と同等かそれ以上の成績を叩き出すことになる。霧やコウモリ等に変身する便利な才能をもたない代わりに、彼女は吸血鬼の定番とも呼ぶべき陽光への拒否反応をさほど示さない。理論上では彼女は真空中、つまり宇宙空間での生命維持・活動も不可能ではないとのことだ。

 隔離室での模擬戦闘から得られた彼女自身の〝血液〟を操作する呪力は、開発途上のナノマシンと酷似していることを特定。

 組織は彼女を、超自然の奇跡が生んだ吸血鬼の突然変異個体として認識。

 数年後、人材難の観点と、吸血鬼の血を与えた際のその従順性から、闇の政府は決議。

 極秘の捜査官エージェントとして、彼女は正式に組織へ登用されることに。

 労働の対価には、所定の金銭と貴重な吸血鬼の血を給与する。

 その左手首には、反逆行為等々の緊急事態に作動する自爆装置を要装着のこと。

 そう、気高く誇り高き彼女の名前は……
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